第69話 港町
犬獣人の女勇者と出会った日の午後。彼女の案内で町のギルドへ向かっている。ハンハルトは大きな城の周囲に町が広がりその周りを石壁で囲う城塞都市で、海に面した部分には港町が有り、大きな港町は有るが今はまだ再建途上にある。仕事さえあれば漁師も船乗り達も家に戻れるという事も有って、昼夜問わずの突貫工事が進められている。海の魔物に壊された箇所はその後一度も修理されていなかったため、一から造り直してると言っても過言ではなく、元の姿を取り戻すにはまだまだ月日が必要だった。
ギルドに到着すると、改めての自己紹介となった。
「私はマギ・エンボスです。色々と済みませんでした。」
「スズキタロウです。まぁ、間違いがあるのは仕方が無いから・・・あれ?」
「どうしたんです?」
「首輪に紐が付いた女の子が裏の方に連れてかれてるんだけど・・・。なんか嫌がってるような。」
マギはすぐに理解したが言い難そうだった。
「・・・あれは・・・お金が無くて娘を売ったんです。この町には奴隷オークションも有るくらいですし、見るだけで良い気持ちはしませんが、生活の為には仕方がないという事も有って見逃されているんです。」
そう語る彼女の表情は暗い。
「・・・助けてあげたいと思う気持ちが有るのなら、気持ちだけにしておいた方が良いですよ。ほとんどの奴隷が有力貴族の息が掛かっていて、お金を払って取り返そうとした人でさえ生きて帰ってこなかったくらいですから。」
「治安が悪いですねー。」
「港さえ戻ればそんな事も無くなると思いたいところなんですけど、悦楽とか愉悦とか、人をダメにしてしまうモノが存在するようで、すでに貴族の一部では港が復活した後に奴隷が高額になると考えて、色々と準備しているみたいです。」
「・・・詳しいね?」
「え?・・・えぇ、まぁ・・・。沢山の少女が連れ去られるのを守ってきた身ですから。守れなかった事も多いですけど。」
無理やり奴隷にしてしまう事も有るという事か。それでも金品を渡されたら黙ってしまう親が多くいたらしく、自分達が生きる為にお金が必要だという社会は俺がいた世界と変わりはしない。
「時には見世物にされている子達もいて、町中で・・・もう、何もできない自分が悔しいです。」
スーがなんとも言えない表情になった。自分の過去を思い出しているのだろうか。瞬間的に空気が重く感じた。
「とにかく手続きしましょう。こんな場所よりか町中の方がいくらかマシですから。」
そう言って入ったギルドは冒険者の数が少なく、魔王国のような活気はない。ガーデンブルクでもそうだったが、ここではさらに人が少なく感じた。
「今時この町で冒険者として活動をしようとする人は少ないです。依頼は有るんですが、陸での魔物の被害は少ないので公認依頼もそれほど無いうえに安いんですよ。今は殆どの人が魔王国に移動しているんじゃないですかね。あちらでは度々戦争も有るようですし。」
手続きをするときにケルベロスに対しての注意を受けたが、意外とあっさりしていた。冒険者カードの中にポチに対する安全性が有る程度保証されていたとの事で、要するに問題が起きていないから何も書き込まれていない事が良かったようだ。ちなみに、ガーデンブルクから来た事になっていて、コルドーの記録はない。
■---
鈴木太郎 普人 20歳 代表 アンサンブル
マナ 普人 15歳 -- アンサンブル
スー 猫獣人 183歳 G級 ギンギール
ポチ ケルベロス 不明 従獣 アンサンブル
Pass *****
■記録■
再登録申請
ダリスの町を通過
王都アンサンブルを通過
-削除-
インプの退治達成
オーガの退治達成
ゴブリンの退治達成
ゾンビの退治達成
グールの退治達成
スケルトンの退治達成
インプの退治達成
オーガの討伐達成
ゴブリンの退治達成
スケルトンの退治達成(備考:犯人は行方不明)
イエローカード申請(備考:依頼10達成)
リバウッドにて特別通過申請(備考:魔王国ダンダイル特別許可証有)
ガーデンブルク王国リバウッドを通過
ハンハルト公国ハンハルトを通過
「そう言えばこれって年齢は変わらないの?」
「登録した当時の年齢のままですよー。」
この時、あの依頼を受けていた男が太郎達が来たことをマリアに伝えている。
「宿とかはどうしますか?治安が悪い所為も有って安宿はあまりお勧めしませんが。」
そう言いながらマナを見詰めるマギ。なるほど、可愛いから危ないという事か。
「お金には困っていないから、それなりに安全な宿を知っていたら紹介してほしいかな。港が見下ろせる場所だとさらに良いんだけど。」
「港ですか?」
「うん。特に深い理由はないけど、港って眺めてると何となく落ち着くからさ。」
「あー、そうですね。はい。」
なんとなく納得したマギに案内された宿は、石造りの3階建てで、一人一泊で60銀貨という宿だった。スーが難しい表情をしているが、これは高いという意味なのだろうか?
「ここは市場にも近いですし、港と市場を結ぶ中間ぐらいの場所で商人の人達も多く利用される宿なんです。今は閑古鳥が鳴いていますけど。」
「港の再建が進んでいると判れば一気に商人が来るかもね。」
「良い場所を早めに確保しようと考えれば予想より早く来るかもしれませんねー。」
「なるほど確かにそうだ。じゃあ最近は移動ばかりで疲れたし、暫くのんびり滞在しようか。市場に人が集まればいろんな品物も見れるかもしれないし。たまには遊んでもいいよね?」
「さんせー!!」
嬉しそうに同意したマナは、宿代を前金で10日分支払っているスーを置いて3階の角部屋へ走って行った。
「何か困った事が有ればいつでも訪ねてください。」
と、そう言って案内してくれたマギとはここで別れ、気前よく払った客に飲み物を用意してくれた宿の主人が食事について説明した。
「まだちょっと値は張りますが、新鮮な魚が手に入るようになりましたので、刺身も用意できますが。」
刺身なら醤油が欲しいな・・・でも無いよね。調味料関係は変色しているから殆ど捨てちゃったし・・・。一応聞いてみるか。
「刺身用の調味料ですか?もちろん有りますよ、1金貨ですがよろしいですか?」
なるほど、過去に貿易船から入ってきた調味料が有るのか。それにしても流石に高すぎないか。宿代超えてるよ。って言うかそれちゃんと味するのか?
「刺身が有るって言ってからの調味料でそんな値段を付けるって・・・狙ってますねー?」
スーがちょっと怖い。しかし言われてみればその通りだ。主人が愛想笑いをする。
「じゃあ普通に塩焼きで良いよ。」
魚を断られる事を考えれば満面とは言わないが、ホッとした笑顔になった主人がすでに用意してある魚を見せてくれた。しかし何の魚かは解らないが、何となく鯛に似ている。骨は丁寧に抜いてほしいと注文を付けてから3階へ移動すると、全開になっている窓の縁に座っているマナが潮風を浴びていた。
そこそこ大きなテーブルに3人分の飲み物。ポチの分が無いのは仕方のない事だが、夕食はちゃんと4人分にしてある。しかし、宿代でポチの分までしっかりと取られた事にスーは粘り強く交渉していたらしい。
「風呂場も無いですし、ベッドも二部屋に一つづつです。なので食事には少し位イロを付けてもらう事にしましたよー。」
・・・流石だ。
「しかし、風呂ってないんだな。」
改めてそう思うと、それが当たり前の世界だという事を忘れていた事になるのだが、入れないと思うと余計に入りたくなる。
「公共の浴場がどこかにあると思いますよー。」
「じゃあ、あとで探しに行くか。」
「後でって事は今日はどうするんですか?」
「俺は寝る。」
「わたしもー!」
窓から飛んできたマナが太郎に抱き付いた。スーもポチも、眠いと言った太郎の欠伸に釣られて、夕食まで昼寝をすることにした。
部屋にはランプが灯され、海に沈む夕日を見ながら優雅に食事をしている。結果として何かの魚の塩焼きは美味しかった。しっかりと抜いてあって骨も無く、ナナハルのところで使っていた箸を今も使って食べている。ポチが皿まで綺麗に舐めているのを見れば、マナも真似している。ちょ、それはヤメテ。
盛り合わせサラダに魚介のスープ。ナンに似たパンの様なものをちぎって食べながら、今後の予定を考える。
スズキタ一族の謎は解けていないけど、すでに廃村となったところからある程度の資料は手に入れることは出来た。だが、それ以降は流れに流されて、戦って、追いかけて、戦って、逃げて、気が付けばハンハルトの領地に来たわけで、自分で臨んだ冒険ではなかった。今回の旅で自分が成長したという実感を得ることも出来たが、それは本来の目的とは違う。マナが安心できる場所・・・。
「やっぱり元の場所が一番なのかなあ?」
「それね。港が有るのなら船旅もしてみたいけど。」
「特に制約とか無いんですね?」
「制約・・・まあ、どこでも大きく成長してしまえばそこが私の場所になるだけで、大きく成長するまで時間がかかるから安心できる場所が欲しいのよ。」
「ですよねー。」
「木を隠すなら森の中って事だな。マナの場合そのままの意味になるけど。」
元々マナがいた場所はどうなっているのだろう。
「焼野原?」
首を傾けて少し考える。普段はなかなかしない珍しいポーズだ。可愛いな。
「焼けて枯れた森だと思うけど。」
「それはもう森じゃないな。でも500年以上経過しているから、草木が生えていても不思議はないと思うぞ。」
「生き残ったトレントが居れば・・・元の姿に戻っているかもね。生命力はかなり強いはずだけど、もの凄い勢いで燃えてたからなー。」
それは過去の自分を含めた発言で、世界樹の9割以上が燃えただけではなく、逃げ遅れたスズキタ一族も、家も田畑も、周囲数キロに亘って焼き尽くされたのだ。
「その話を聞く度に良く生き残れたな、って思うよ。」
「身を守る魔法はそれなりに使えたからね。攻撃魔法は得意じゃないけど抵抗はしてたのよ。マナの扱いについては自然と身に付いていたけど、実際にちゃんとした魔法を使うのはあの子達(スズキタ一族)が来てからだし・・・あの子達がいなかったら完全に燃え尽きてたでしょうねぇ。」
出火元がドラゴンのブレスなのは分かっているが、そこまで強力な火炎を吐き付けられたら町だって城だってひとたまりも無い。しかしマナを相手にするのにいったいどれだけのドラゴンがやって来たのか。
「沢山いたけど・・・この世界のドラゴンの殆どがいたんじゃないかな。フーリンみたいな味方もいたけど、あれは特別だったから。」
そんな話をしていると食事も終わり、窓から見える景色が星空に変わっていた。眼下に見える港には灯りがあちこちに見え、僅かながらに騒がしそうな声が鼓膜を叩く。明日はのんびりと観光でもしようかな―――
目的を忘れることは無いが、たまには忘れて遊んでも怒られないと思う太郎だった。