第68話 終わったイベント
ハンハルトの城や町並みが肉眼で確認できるところまで近づくが、にぎやかさ迄は伝わってこない。過去には貿易で国力を伸ばしたハンハルトは、今は急激に下火になっている。貿易船が出港できず、多くいた漁師達も仕事を失っていて、特産品の飴と蜂蜜も陸路を使って魔王国へ運ばれるくらいだ。
オオシマノ国とボルドルト帝国という大海原を渡った大陸と島国が貿易相手で、航路も海図も有るのに原因となっている海にシードラゴンが棲みついていて、誰一人撃退することが出来ず、討伐依頼の報酬金額がうなぎ上りになっていた。
行き場を失った漁師達の町は寂れていて、過去に太郎が訪れた商人の町と同様に港としての機能を失っている。ハンハルトの港湾施設にもやる気のない船乗りや関係者らが昼間から酒を飲んでいて、いつまで待っても解決しない事にイライラしている。海路さえ開ければハンハルトも、商人の町も、活気が戻るのだが・・・。
だが、解決したと言う噂が巷を騒がせていて、国王ですらその噂の真偽を調べるために部下に命じて東奔西走させている真っ最中であった。
太郎達が辿り着いた目の前にはボロ小屋が並んでいた。布を張り合わせただけの簡易的なモノまであり、どう見ても町には見えない。ここは―――
「スラム街みたいだな。」
「ん?スライムガイって?」
肩に乗っているマナの声だ。
「いや、スラム街だよ。寂れたって言うか、零落れたって言うか、廃れたって言うか・・・。」
「人は住んでいるみたいですね?」
ポチの足がゆっくりになると、スーが周囲を警戒した。物陰から突然襲い掛かってくるなんて想像もしていなかった太郎の代わりに、スーが魔法で作りだした剣で何かを受け止めて、弾き返した。
突然襲ってきた姿は、今度はポチに襲い掛かったが、軽く避けている。襲撃者の後ろにある建物から子供の様な声が聞こえた。
「ガンバレー!」
襲撃者がこちらを睨み付けた。
「女・・・の子?」
「失礼ね、これでも大人よ!」
大きく跳躍して、スーとポチを越えて跳び、直接太郎に剣を向けて、やめた。肩に乗る子供の姿に気が付いたからだ。着地して太郎の横を通り過ぎると後ろから声がする。
「モンスターなんか連れてるけど何者なの?!」
「その前に礼儀ってモノを教えてあげましょうかねー。」
スーの眼光が鋭く、止める前に反撃に出た。あっという間に剣を弾き飛ばし、足払いで相手を倒すと、そのまま馬乗りになった。負けたと解るとすぐに抵抗しなくなった女の子は、身体が震えていた。
「なんかこっちが悪い事をしているみたいですね、襲ってきたのはそっちなのに。」
「まあ、抵抗しないなら解放してあげて。」
「えー、太郎さん優しすぎですよー。」
「ワン!」
ポチが威嚇の様に吠えると、女の子が悲鳴を上げた直後に地面には何かがじわっと広がる。
「あはは、スーみたいね。」
「え?あ、あー!!・・・マナ様それは酷いですぅ。」
しょんぼりとしたスーが立ち上がると、完全に怯えた女の子の後ろから子供が3人現れたが、近寄れなかったのは多分ポチの所為だと思う。
「ま、ままま、マギおねーちゃんを殺さないでー!」
悲痛な叫び声だけど、殺す気なんてないんだよなあ。
「どうしよう、この状況。」
怯えつつも、何とか立ち上がった女の子は、弾かれて落とした剣を拾ったが、杖を突いているようにしか見えない。
「でもちょっと強いよね、この子。」
「訓練された動きではないですけど、犬獣人ならこれくらい普通ですよ。」
マナが太郎の頭をぺちぺち叩く。
「なに、どしたん?」
「この子、勇者よ。」
「マジで?!」
「もしかしてあの魔女の手先ですか?!」
しかし、勇者にしては弱い。太郎の目から見ても弱い。こんなに弱いのに?
「な、なんで・・・私が勇者だって・・・。」
「ふふーん。私には判るのよ!」
ドヤ顔のマナである。
「あ、あなた達モンスターなんか連れて・・・。」
「俺の所為か。」
「け、ケルベロスが喋ったー?!」
「なんかいつも喋ってるから違和感ないけど・・・ねぇ?」
「俺を見られても。」
震えながらも・・・お漏らしもしてるんだけど、頑張ってこちらに話しかけてくる。
「町を襲うならず者とは違うようね。」
「違うに決まってるじゃない!」
マナが怒ってる。怒るのは当然だが、何故か俺は怒る気が失せていた。
「俺達がならず者に見えるのかどうかは別として、いきなり襲ってきたんだから謝ってほしいな。」
その優しい口調に、僅かながら震えが消えた。マナが俺から降りると、ポチの頭を撫でてぐしゃぐしゃにする。
「ほらほら、ぜんぜーん恐くないし、ちゃんと説明も欲しいわね。」
マナってこんなこと出来る子だったのか・・・まあ、考えてみればかなりのおねーさんだもんな。
マナの身長は襲ってきた女の子の後ろにいる子供達とそれほど変わらない。なぜか手招きしたマナに子供達が近寄ってきた。
「ほら、恐くないでしょ?」
マナの不思議な波動が漏れていて、それを感じ取ったのか、子供達は怯える様子から一転、ポチの身体を触っている。撫でたり掴んだり・・・すまんポチ耐えてくれ。
安心しても良いと解ると、急に顔を真っ赤にした女の子が走って逃げていった。子供達と一緒にポチで遊んでいるマナを見るとこちらも安心する。ごめんなポチ。
「結局何だったんですかねー。」
「治安も悪そうだし、盗賊とか野盗とかから守ってたんじゃないかな。」
「それは解りますけど、いきなり襲いますかねー?」
「スーだったら、毎日何者かに襲われている町に、いきなり魔物を連れている男を見たらどうする?」
「とりあえず殴ります。」
「だよねー。」
「こういうのは先手必勝ですからねー、勝てば問題ないんです。まあ、勝てば・・・の話ですけど。」
女の子が戻ってきた。先ほどとは違ってワンピースのようなものを着ているのは、急いでいたからだろう。ケルベロスと楽しそうにしている子供達を見て安心すると同時に俺達に限界まで頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。」
「俺を攻撃するとき躊躇ったよね。子供が好きなんだよね。」
そう言うと、頭を上げて笑顔で応えた。
ボロボロの家に案内され、テーブルと椅子が有る部屋に案内された。上を見ると、雨が降ったら大変そうだと思う程穴が開いている。促されて椅子に座ると、木のコップに温かいスープが注がれ、人数分用意される。ポチの分も有るようだ。
「今はこれしかご用意できなくて。」
「お詫びのつもりなら気にしなくていいよ。」
「ほ、本当にごめんなさい。最近襲われることが多くて、昼間は襲ってこないと油断していた事も有って・・・。」
「男の人はいないの?」
「壊れた港の修理に行っているので今は夜も帰ってきません。残っているのは老人と子供と、戦闘経験のない女性ばかりで。」
事情を詳しく聞くと、長期間港が使えなくなり、その所為で漁師や船乗りの仕事が無くなってしまい、町に住むにも家は無く、仕方がなく港を離れたところに壊れた木材や破れた布を使って仮住まいをしていたらしい。港に戻ればちゃんとした家は有るが、働けない者達を住まわせる余裕はないと、国の使いの物から追い出されたそうだ。マギと名乗った女の子・・・じゃなかった。21歳の女性は、16歳の誕生日に自分に勇者の文様が有る事を知ったらしい。
「私は妹とお風呂に入ってるときに言われて知ったのですけど、どうして判ったのですか?妹には誰にも言わない秘密にしてあるので、両親も知らないのに。」
「なんとなく。」
「それだけです?」
「それだけよ。だめ?」
マナだからな。
「あ、いえいえ、ダメではないのですけど。」
「どうしたら勇者だと確認できるのか方法を知りたいと思うのは仕方がないとして、なんで隠しているのかも気になりますねー。」
「だって・・・勇者って嫌われているじゃないですか。」
「ちゃんと正しい事をしている勇者もいるんじゃないの?」
「町を破壊したとか、魔物を町の人ごと吹き飛ばしたとか、良い話は聞いた事が有りません。」
この世界の勇者サイテーだな。
「それに・・・付き合っている・・・その、彼氏がいるのですけど、その人より強くなると嫌われてしまいそうで。」
「複雑な関係ですねー。」
スーがにやにやしている。こういう時はどこにでもいる女の子っぽい感じがする。
「港が使えないからって住んでる人達を追い出すのもどうかと思うけど、壊れた港を使えないのに修理してるの?」
「えっと・・・話すと長くなるのですが。」
マギが子供の頃に港がシードラゴンに襲われて使えなくなり、貿易相手の船も沈めてしまったため、港が閉鎖された。沖にある漁村とも音信不通となり、長い間漁船すら出せなくなった。海産物も無くなり、仕事も無くなり、陸に上がった船乗りは呑んだくれたいたのだ。仕事ない父親と苦労する母親を見て育ったマギは16歳の時に自分が勇者と成った事を知り、両親には町で働いて来ると言い、内緒で剣術の修業を一人でして、ギルドの依頼を受けていた。
「5回ぐらい死にましたけど、生き返った時に全裸だったのは驚きました・・・。死なないとは知っていましたが、持ち物をすべて失うとは思っていなかったし、生き返った場所が両親の寝室だったのにも驚きました。深夜で寝てたから良かったんですけど、昼間に死んでしまうと困るのでそれを知ってからはいつも深夜にこっそりと依頼をこなしていて、つい最近にG級に成った時、シードラゴンの話を教えて貰ったんです。」
「そこそこ強かったと思いましたけど、まあまだ私の足元にも及びませんねー。」
「スーは黙ってて。」
「ア、ハイ。マナ様すみません。」
シードラゴンの依頼を受けてもとても勝てると思わなかったマギは、見に行くだけにしようと夜中にこっそりと小さな船を出して海へ出た。荷物は出来る限り少なく、元より死んで帰るつもりという無謀なやり方で。ところが。
「シードラゴンと出会ったんです。凄く大きな竜の様な蛇の様な、不気味な姿だったんですけど、その・・・そこのケルベロスみたいに喋ったんです。私を見て、ゆっくりと近付いてきて。なんて言ったと思います?」
「え、そんなの分からないけど・・・。」
「私も言われて直ぐに意味を理解できなかったんですけど、飽きたから帰るって。そのまま何もしないでどこかに行ってしまったんです。元から海にいたモンスター達まで、そのほとんどがいなくなってしまったんです。でも、こんな話をしても誰も信じてくれませんよね?」
「確かに・・・信じないね。それに、その場合だとどこかでまだ暴れてるって事になるし、いつ戻ってくるか分からないから。」
「だから、ギルドの人にだけこっそりそれを伝えたんです。そしたら。」
「そしたら?」
「シードラゴンは深い海のどこにでも存在するから、いなくなったことが事実ならそれで問題ないって・・・。」
「地上にドラゴンがあっちこっちにいるように、海にいるシードラゴンもあっちこちにいるって事なのね。」
「そうです。そうなんですよ。私は知らなかったんですけど、昔から海を守る神として崇めていたのがシードラゴンだったとか、今でも信じられないです。」
「えっ・・・じゃあ、港を修理しているって事はその問題が解決したって、多くの人に知れ渡ったって事なんだ?」
「もの凄い勢いで広まってました。何しろ国王様が調査にのりだしましたから。」
「え、それって最近の事なの?」
「はい。3日前です。調査が終わり次第、連絡用の船を出すとこまで話が進んでいると教えて貰いました。」
問題は有ったけど既に解決されていた。それが勇者だからだったのか、彼女の言う通りシードラゴンの気まぐれなのか、判別は不可能だが、とにかく俺は巻き込まれなくて良かったと心から思った。妙な残滓は有るのだが、そこは諦めよう。