第67話 マリアとグレッグ (2)
太郎達一行がハンハルトへ向かう旅をする頃、マリアとグレッグはガーデンブルク領リバウッドにある王宮の片隅の端に位置する、マリア専用の執務室に居た。
16番目の代将として、国家に従事する立場なのだが、前回の戦争の責任問題もあり、今のところ重要な任務もなければ、地方の魔物退治もない。兵の数だけを集めればかなりの数になるが、それを運営維持する国力は無く、個人的な目的の為に国境で戦争をしたので、国庫からの支出は期待できなかった。個人資産としては常人では使い切れないほどの財力は有るが、だからと言って無駄使いする気もない。建国するのも面倒なので立場だけ譲渡して裏で操る事にしている。ある程度有名になった方が行動の制約が減って楽になるのだが、なり過ぎても困る。そろそろ潮時かと考えているのは、時期尚早かもしれないと悩みつつ、暇を持て余しているのでグレッグにお茶汲みをさせる有様であった。
「毎日修業したからって必ず効果が有る訳ではないわ。身体を酷使しして強くなるのは一部の特殊な生物だけよ。」
そういう訳でグレッグの修業や訓練は自主的なものに留まり、他の兵士達と剣術の稽古をして日々を過ごしていた。
ただ、全く何もしていない訳ではなく、調べ物の資料が揃ったので夕食前に報告を受けている。マリアの執務机には何枚にも重なった質の悪い紙が折り重なっていた。
「意外と有るわね。」
「魔王国に滞在していた当時の事も調べる事が出来ましたので、不要な物も有るかもしれませんが。」
「それ以前のことは解らないの?」
「最初の記録がダリスの町でのギルド登録でしたので、それ以前は不明です。」
「出身地は信じない方がいいわね。」
■---
鈴木太郎 普人 20歳 代表 アンサンブル
マナ 普人 15歳 -- アンサンブル
スー 猫獣人 183歳 G級 ギンギール
ポチ ケルベロス 不明 従獣 アンサンブル
Pass *****
■記録■
再登録申請
ダリスの町を通過
王都アンサンブルを通過
-削除-
インプの退治達成
オーガの退治達成
ゴブリンの退治達成
ゾンビの退治達成
グールの退治達成
スケルトンの退治達成
インプの退治達成
オーガの討伐達成
ゴブリンの退治達成
スケルトンの退治達成(備考:犯人は行方不明)
イエローカード申請(備考:依頼10達成)
リバウッドにて特別通過申請(備考:魔王国ダンダイル特別許可証有)
「・・・この削除は何?」
「ワンゴを捕縛したという事ですが、記録から消したそうです。」
「ワンゴって、結構有名な盗賊団のボスだったじゃない。その記録を消した意味ってあるのかしら?」
「元々依頼されていたモノではなく、後付けで達成したことになったようです。」
「ああ、たまにある、邪魔な魔物を倒したらギルドの討伐対象だったみたいな?」
「そのようです。ワンゴを捕縛する依頼なんて誰もやりたがりませんからね。削除したって事は報酬金も受け取っていないのでしょう。ただ、スーなる者が捕縛したと言う噂が広まっていました。あの時の猫獣人の事でしょうね。」
「ワンゴってかなり強いって聞いていたけど、そうでもなかったのかしらね。」
「悪い噂も良い噂も聞く、すごく変わった奴として有名でしたが、剣術についてはあまり聞きませんね。でも一団のボスなのですから弱いはずもありません。」
「あまり表に出ないタイプかしらね。まぁいいわ。」
話題を変える。ケルベロスについてはどうでもいいので、先ほど名前の出た猫獣人について。
「現役時代はかなりの凄腕ハンターとして数々の依頼を片付けていたようです。」
「・・・今は現役じゃないの?」
「復帰した、という方が正しいようです。借金を抱えて奴隷として扱われていた時期が有ったようで、奴隷の期間は不明ですが、後にフーリンという女性に拾われて道具屋の看板娘として働います。あと、かなりのギャンブル好きとしても有名で、借金の原因でもあったのですが、一山当てた後はギャンブル場に姿を見せていないみたいですね。今はあの男と冒険をしている事から、かなり親密な仲なんでしょう。」
「世界樹と並んで歩いてたら家族っぽくも見えなくはないわね。」
「この女に剣術の指導を受けているのならそれなりの腕は有るって事ですかね。」
「それなり・・・ね。あなたもそれなりに強いと思っていたけど?」
太郎と剣術で負けた時の事を言っているのだが、口調は優しい。優しいからこそ心に刺さるモノが有る。
「・・・次は負けません。」
「うん、期待してるわ。」
夕食の用意が出来たとの報告が届き、二人はいったん休憩とした。だが、結局は食事しながら次の会話をしている。
「鈴木太郎という名前ですが、この文字は見た事が有りません。どこの国の文字ですかね?」
「解らない文字なのに読めるの?」
「読めたというよりその名前を聞いた事が有る者から伝聞で教わったとの事です。」
「スズキタロウね・・・スズキ・・・タ・・・スズ・・・キタロウ・・・スズキタ・・・ロウ。スズキタ・・・!」
「どうしました?」
「スズキタ一族って言う謎の一族がいたのだけれど、今はもう存在していないはずだし、最後の生き残りなのかしら・・・それとも偶然かしら?」
「名前を聞くと何だか妙な感覚が有りますね。」
「そう?わたしには何も感じないけど、あなたがそう言うのなら気を付けるわ。きっとスズキタ一族に何らかの関りが有るのは間違いないわね。あなたの勘は鋭いから。」
「俺の勇者としての勘なんですかね?」
「さぁ?でも、今までもそれで助けられているのだから、今後も信じているわ。」
「ありがとうございます。それにしても・・・。」
「どうしたの?」
「ケルベロスを従えて、自分より強い者を仲間にし、それで世界樹を抱えて旅をしているなんて、この男はかなりの豪胆か、楽天家か、わかりかねます。」
「好敵手としては不足かしら?」
「それは・・・。」
グレッグの困る顔を見て微笑む。
「冗談よ。でも、純粋な戦闘技術だけを見れば今のままでも勝てる見込みは十分に有るわ。そこで次の問題よね。」
「娘の姿をした世界樹ですね。」
「そう。だいぶ痛めつけたからかなり弱っている筈だけど・・・あれ以上強くなったら私の手には負えないわ、どこかで戦力を整えないと無理ね。」
「そんなに強いのですか?」
「強いなんてレベルじゃないわ。ドラゴンほどの力をもってしても火力が足りないもの。」
「火力・・・ですか?」
「世界樹の真の力は、不自然なほどの優しすぎる波動を受けると戦意が下がるってところよね。」
まるで戦った経験が有るような口ぶりに驚く事しか出来なかった。
「マナと名乗っているみたいだけど、このケルベロスのポチって名前もスーもそうよ、どれも読めないわ。この鈴木太郎の出身地の文字なのでしょうけど。冒険者ギルドが出来て統一言語を使うようになっても、やっぱり自分の生まれた土地の文字は大切なのかしらね。古代文字に似たようなものが無いか調べてもらえる?」
「わかりました。翌日から調査します。あ、この鈴木太郎に関係してもう一つ。」
食べようと口に運んだスープを途中で止める。
「なにかしら?」
「あのダンダイルとも友好な関係にあるようですが、詳しく調べても繋がる理由が見当たりませんでした。一時的に軍病院で治療は受けていた・・・ぐらいですね。」
「それは、世界樹との関係の方が強いかもしれないわね。」
「世界樹と・・・ですか?」
そして食事は再開された。そしてグレッグに疑問が残る。何故マリア様は世界樹を捕まえたり戦って倒そうとしたりしているのか。判然としないのだから・・・。
翌日、調査と言ってもグレッグが直接調べるには限度がある。偽名を使いギルドを経由して魔王国のギルドへ依頼を出しているのだ。報酬金の支払いについては、マリアの個人資産が魔王国にもあり、そこから支払われている。無論この伝令もギルドを仲介しているので金が掛かるし、資産を管理する信用できる人物が必要なので、それなりの資産家でなければこんなやり方はしないだろう。マリアの個人資産はハンハルトにもあり、コルドーでは国庫の半分以上がマリアが自由に使える金だったりもして、4ヵ国の何処に居ても金に困らない。
「ハンハルトにも依頼を出すのですか?」
「そうよ、いつもの様に命令文だけ暗号化して送ってちょうだい。」
「分かりました。内容はどのように?」
「鈴木太郎がハンハルトのギルドで手続きをした事が分かればいいわ。」
「では、そのように。」
執務室の朝は暇だ。マリア自身が軍隊式をあまりにも気にしなさすぎるので、定期朝礼も無ければ、事務仕事も謹慎中ではやる事もなく、グレッグ以外の部下達は自主的訓練ぐらいしかすることがない。
正確に1024名が彼女の下に存在し、悪い意味での放任主義だったのだが、女性らしい気遣いは出来るし、美しい女性が上官という事も有って士気は意外にも高い。魔法の訓練をするときに限っては、マリアは気まぐれで指導するのだが、教わる方に熱がこもっていて、異様な雰囲気を作る事が有る。部隊としての戦闘能力はマリアが16代将に就任してから集められたため、殆どが新兵から育てられていたのだが、今では精鋭と呼ばれるぐらい強くなっていた。ただ、マリア自身が剣術はあまり得意ではないので、グレッグも部下達も伸び悩む時期に差し掛かっていた。
「私の指揮で訓練?あなたはともかく他の部下達はそれほど強くなっても・・・。」
「個人戦の問題ではなく、集団戦においてのマリア様の指揮能力の訓練は必要ではないのですか?」
「そーゆーことにならないように考えてるから。それにどんなに人を集めても戦争の規模と被害が大きくなるだけで、特に理由がない限りはそんなところに突っ込ませないつもりだけど・・・。」
特に大規模な集団戦ではなかったが、世界樹と戦った時の事を思い出した。あれは自分のミスが原因と分かっている。しかし、作戦を立てれば他の結果も有ったかもしれないと思えば不必要だとは思わない。軍人として活動するのは長い人生の中でもかなり大昔の事なので、思い出そうとしても記憶があやふやだった。
「まあ、グレッグの言う事も一理あるから、たまにはいいかもね。」
「ありがとうございます!ではさっそく始めましょう。」
「え、今から?!」
「どうせ暇です。」
「そうだけど。」
「国境の戦いでは遠く眺めるだけでしたし、あの男に逃げられた悔しさも有ってやる気が漲ってるんです。」
「別にそんな事で怒ったりはしない・・・わかった、わかったわよ。ちゃんと軍服着て来るから待ってて。」
それから数分後、異様な熱気に包まれた部下に囲まれて、マリアは内心やめればよかったと思うのだった。




