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第65話 犯人は

 オトロエルとナナハルの関係は、ナナハルが子を作りたいと悩んでいる事を知って、その相手に名乗り出たのがオトロエルだ。

能力的にはナナハルより弱いが、一般レベルで言えば英雄と呼ばれるのにふさわしい戦闘能力が有る。ただし、性格には難があり、天使の癖にナナハルに一目惚れしていて、認めさせる為だけに強くなったらしい。やっぱコイツ努力家だ。

貢物も沢山持ってきたし、困っていたら助けもしたが、基本的には偶然を装っている・・・ほとんどバレている事が多いが。


「ちょっと前は一直線で可愛げが有ったんじゃが・・・。わらわの事に惚れてただけの頃はまだ良かった。日が経つにつれ夫のように振舞うんでの、懲らしめた事が有ったんじゃ。それ以降は、あまり来なくなったが、本気でわらわをねじ伏せて契るつもりじゃったとは。」


 ナナハルは呆れている。


「その魔法を使えるという事は犯人はお前じゃな。」

「う、うるさい。俺達天使は自分で金を稼がないとならないんだ。」


 そう言えば・・・サマヨエルもお金に困ってたな。


「それはお主達の中で勝手に決めているルールではないか。禁忌魔法を使うなとは言わぬ。わらわも使うからじゃ。だがの、お主の様に際限なく私利私欲の為に使うのは許さぬ。ましてや一人を斃すために使うとはの。知らなければ逃れられただろうが、わらわが知った以上は逃さぬ。いま一度、懲らしめてやろう・・・。」


 スーとポチが震えている。凄い威圧感だ・・・なんかビリビリするけど動けない事もない。すぐに縁側の近くまで避難して、ポチとスーを座らせる。トレント達が身体を激しく揺らして、凄く怯えているように見えた。それにしても・・・なんで俺の近くには化物じみた強さを誇る奴が現れるんだろう。


 ナナハルの身体が膨らんだ。服がするするっと脱げると、全裸に見えたのは一瞬だけで、直ぐに全身が毛で覆われ、どんどんと大きくなってゆく。


「へー、ナナハルって自分自身を圧縮魔法で縮めていたのね。」

「じゃああれが本来の姿って事か。」


 縁側に座って暢気に話をしているように見える。ポチはこの力不足をいつになったら解消できるのか、スーはいつまでたっても震えてしまう自分が悔しい。ただ、マナや太郎が近くに居ると、その震えも和らぐ。スーは自分の膝に座っているマナを強く抱きしめて、太郎がポチの頭を撫でて、どうにか気を失う事はない。

 大きくなってゆくナナハルにオトロエルが叫んだ。


「お前は子をが欲しかっただろう!俺ほど優秀な奴はなかなかいないはずだ!」


 何だこのすげー上から目線の告白は。


「目的は果たしたと言ったぞ。」

「なっ・・・。」

「もうすぐ身籠る筈じゃからのう・・・わらわの事を本気で好いておるのなら全力を出さない方がお前の為じゃ。」


 なんかすげー。相手を手玉に取るってこういう事を言うんだろう。オトロエルは明らかに怯んでいるし、攻撃をする様子もない。

 更に大きくなったナナハルは、九尾の姿をさらけ出していた。後ろから見ているだけでもすごい迫力だ。


「なんかモフモフしてて柔らかそうね。」


 そんな感想が言えるのはマナだけだよ。


「お、おれだってもっと成長して鍛えれば・・・。」


 ポチがあんなに大きくなったら俺は泣くぞ。スーの方が泣くかもしれない。食費がかかるーって。


「相手は俺より強いんだろうな?!」


 まだやってるよ。え、ちょっと待って。俺を指ささないで。すごい剣幕で睨んでるんだけど。

 あ、あれ・・・。泣いちゃった。なんかゴメン。本当に好きだったんだね。でもやっぱり睨まれてるよ。嫌だよ、これ一生怨まれるパターンじゃん。あれは事故みたいなもんで本気じゃないって言ったらもっと怨まれそうだしな。ここは無言を貫くとしよう。


「わらわを傷付けてでも従わせたいか?出来ぬであろう。」


 戦意失ってますよー。


「わらわもお主を本気で嫌っているわけではないぞ。だが・・・これ以上むやみに禁忌魔法を使用したり、この者達を傷付けるような事が有れば敵としてみるゆえ、覚悟せいよ。」


 これはとどめの一撃だな。最初にちょっとフォローしているように見せているから、かなり効果はあるだろうな。


「去れ!」


 二度と来るなと言わないところに優しさが隠れているんだと思う事にする。うん。

 オトロエルは何も言わずに飛び去った。もの凄いスピードで。


「あれ?マナもいない。」

「すごーい、モフモフー。」


 この緊張感を破壊するのも凄いぞ。尻尾に埋まって遊んでるマナに気が付いたナナハルが、ゆっくりと身体を縮めた。尻尾もどんどん小さくなり、マナが弾き出されると、急速に人の姿に戻った。落とした服を自分で拾い、するするっと着ている。脱ぐのも着るのも凄く早い。きっとそういう服なのだろう。しかし、いちいち動作が(いろ)っぽいな。


「すまんの。」

「あ、いえ・・・あ、でも、俺だってバラさなくても。」

「その方が効果が有ると思ったからじゃ。」

「効果だけなら抜群の覿面でしたね。俺にも効きましたけど。」

「それは諦めるのじゃ。わらわは子を産んだ経験は無いが、何となく妊娠したと思っておる。根拠の無い確信じゃがな。」


 そんなに早く妊娠するって分るもんかな・・・。異世界だし妊娠出産の期間が違うのか、種族的な理由が有るのか、俺には分からない。

 笑っているナナハルを見て何故か慌てるスーがいる。しかし、スーは俺と一緒に冒険をしたいからという理由で、妊娠しないように避けていたのだから、それも諦めるしかないだろう。それに、以前はちょっと怖がってたし・・・。


「太郎さんなら怖くありません。ドーンとこいですよー。」


 嬉しいけど胸張って言わないで。


「さて、魔法の袋の犯人も解ったし、これでその袋の価値はもっと上がるじゃろ。暫くは作られることはないじゃろうから。しかし、あヤツがあれほどの努力を見せるとは思わなかったぞ、なかなか骨のあるやつじゃのう。」


 確かにそれは凄いと思う。


「太郎さんも・・・そうなんですよね?」

「わらわを護るよりはるかに困難じゃろうな。何しろ世界樹の敵と言えばドラゴンだしのう・・・。」

「まぁ・・・実際そうなんだけど、改めて言われるとなんか照れるなあ。」

「太郎も十分強いわよ!」

「う、うん。ありがとう。」

「それにしても出発直前だったのになあ・・・なんか疲れた。」

「とりあえず一服してから行くか?」


 ナナハルの笑顔には勝てなかった。




 やっとのことで、トレントとナナハルに見送られ太郎達は旅立った。今度は寄り道をすることなくハンハルトへ向かっている。寄り道をするような場所も無いのだが。

 出発前、ナナハルから受け取った壺の中身を食べながら歩いていて、これを食べるのは今のところ俺だけだった。


「スイという食べ物なんですよね・・・そんな酸っぱい物を平気で食べてるのがちょっと信じられないです。」

「俺もいらん。」


 マナはポチの背中で寝ていたのでこの会話を知らない。寝る必要がないくせにポチの背中で寝るのが癖になっているようだ。ホントに寝てるのか、今でも謎だ。


「スイって言ってたけど、梅干しなんだよなこれ。多分こういう酸っぱい系の食べ物をひとまとめでそういう名称なのかもしれないけど。」


 と、予想する必要が有るのも、渡された時に中身を見なかったからだが、梅干しと分かってすぐに一つ口に含んでいる。壺を持って歩くってのも変な感じなので、壺は袋の中へ。また後で食べよう。


「なんだかんだで長居しちゃいましたねー。」

「まぁ、居心地の良さは有ったからなあ。」

「・・・どっちの意味ですかー?」


 連日連夜絞られていたのは言うまでもない。


「俺は暇だったけどな。」

「そ、そうだったな。」


 しかし、思い出す内容が一週間以上遡れば、それは追いかけて、追いついて、追われる日々だ。あんなに毎日が目まぐるしい状況なんて、まるでラノベの主人公みたいだ。


「・・・主人公補正ってあるのかな?」

「太郎さんはたまに意味不明な事を言いますねー?」

「あ、いや。忘れて忘れて。」


 俺は一度死んでいるのを忘れているわけじゃない。生き返った本当の理由も知らないが、きっと俺じゃなければ困る事が有るんだろうし、実際に俺でなければ開かない扉も有った。この世界に招かれた理由だって、マナがいたからだし、俺の両親が本当に(ろく)でもないからだ。

 普通の人なら異世界に行きたいなんて想像する事は有っても、片道切符と言われれば躊躇うだろう。あの平和で便利な世界には二度と戻れないのだから。

 今も、たまにあのころの夢を見る事が有る。恋人と付き合っていて一番楽しかったころなのだが、何故かその彼女の顔が思い出せない。別れたのはもう、何年前だったか。あの頃の記憶は今でもある。こちらの世界に来てからは思い出を振り返る日は減っていて、見る夢の内容も変わった。

 フーリンの家で修行していたころは、平和な日々が続いていて、修業は辛かったけど、楽しかったし、充実もしていた。寂しいなんて思った事も無かった。

 ・・・思った事も無かったが、やっぱりマナにどれだけ依存していたのかが良く分かる。いきなり連れ去られるなんて事は二度と有ってほしくはない。


「何か考え事ですか?」

「あ、うん。」


 俺の顔を覗き込んでくるスーとポチ。


「いつモンスターに襲われるか分からないのに暢気だな。」

「ポチが居るから安心してるんだよ。」

「・・・そうか。」


 ポチが何となく嬉しそうだ。

 歩くのが楽しくなるような景色は無く、いつまでも荒れ地が続き、遠くにハンハルトの町並みが見えるようになるにはまだ数日が必要だった。






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