第64話 面倒な奴
俺は別に、たかが普人でいいんだけど・・・なんか周りが許しそうもない。天使程度に負けるはずないと言ったマナの発言が発端と言えば発端なのだが、このオトロエルという男は、元々そのつもりで来たんじゃないのか?と、思う。それはナナハルの方でも感じたようで、最初は腕を組んで見ていただけだったが、あまりにも自信満々に言うから一度は制止したのだ。しかしそれでは止まらなかった。
「俺としては不戦勝でも構わんのだが、お前は不戦敗は嫌だろう?」
え、マジでいいの。
「不戦敗で。」
太郎は安心したように息を吐き出しながら言った。まさにフーヤレヤレってところだろう。
「お、おぃ。お前にはプライドはないのか?!」
「そんなプライドならないね。誰にも負けない戦士になりたいわけじゃない。必要な時に必要な勝ち逃げが出来ればそれでいいから。」
それを聞いてナナハルが景気よく笑った。
「なるほどのう。生き方として、それは正しいな。」
「太郎がそれで良いなら私もそれで良いわ。」
「それはずるい。」
オトロエルの発言にナナハルは鼻で笑った。
「なんじゃ、なんじゃ。お主は最初からそのつもりで来たのか。ついでと言いながらも、世界樹と旅をしているスズキタ一族の話をサマヨエルのやつから聞いたのだろう。力試しで勇者に挑んで負けただけでは不足だったのかえ?」
「う、うるさい。」
自分から挑んで負けたって・・・なんかこの天使はあんまり関わらない方が良い気がする。
「そんな危ない旅をしているのだから腕に自信は有るのだろう?」
「ないよ。」
「うぐぐ・・・。」
どうにかして戦う理由を作りたがっているオトロエルに、ナナハルが呆れたように言う。
「どうせ何か新しい魔法を覚えたのであろうが、ここで戦うと言うのならわらわとも戦う事になるぞ?」
「怪我しても困るからやめない?」
「俺は怪我しないから困らんぞ。」
「こっちの問題なんだけど・・・。」
「世界樹と旅をしているというから強いと期待していたが、そんなに腑抜けでは困るではないか。なぁ、世界樹様?」
煽り耐性が低そうなマナを狙った発言なのは良く分かる。
「少なくともあんたみたいにすぐ喧嘩を売るような旅はしてないわ。」
・・・いろいろと戦ってきたような気がするけど、不必要な戦いはしていないと思いたい。あー、自分の為だけに戦うのは・・・いや、不毛な思考になるからやめておこう。
「お前らの存在自体が喧嘩を売っているようなもんだけどな。」
世界樹が存在するのは世界のマナの安定の為なのだが、それは天使達の仕事でもある。世界が混沌として多くの戦争を経験し、総人口が減っている現在は世界樹の存在が必要不可欠かというと、そうでもないと思っているのが天使達であり、一部のドラゴンや魔女にも嫌われている。ただ、それだけ敵がいるという事は味方もいるわけで、世界樹に協力的な存在も多い。だからこそ、そこに争いが発生してしまうのだ。
「なんか腹立ちますねー。天使ってみんなこうなんですか?」
「まぁ、似たり寄ったりじゃな。」
「おい、太郎。もうほっといて出発しないか?」
全力でポチの意見には賛成なのだが、なかなか見逃してくれそうもない。
「別に一対一とはいっとらんぞ。勝てる自信が無いのなら二人でも三人でも・・・。」
ポチはかなりイライラして唸り声を出しているので、俺が頭をポンポンとして宥める。それだけでポチは我慢してくれたが、次の一言が決定づけた。
「ケルベロスとはもっと恐れられるモノではなかったのか?普人に飼われて牙も抜かれたか。」
一瞬の事だったので止めることも出来ず、ポチがオトロエルに飛びかかった。顔めがけて口を大きく開いたが、突然ポチの身体が真上に吹き飛んだと思ったら、いきなり急降下して地面に叩き付けられた。土が柔らかい事も有って地面が凹んだが、ポチはすぐに立ち上がり、再び襲い掛かる。今度は横から腕を狙った。見事に噛みついた直後、オトロエルが腕を振っただけでポチの身体が横に飛び、トレントの木にぶつかる寸前で姿勢を整え、直撃は回避した。さらに攻撃を続けようとしたが、そこは俺がポチの尻尾を掴んで止めた。
「なんか変な魔法を使ってる。」
変というのは上手く言葉で表現できないからで、魔法自体は変ではない。しかし、重力を無視したかのような吹き飛び方をしているのに、圧倒的なパワーは感じない。
「それが新しい魔法か。確かにのう・・・面倒な魔法を覚えたモノじゃ。しかし・・・。」
いきなり隠し技を披露するとは思えないと考えるナナハルは、もう少し静観する事を決めた。戦闘というのは始まってしまえば理由なんてすぐ忘れ去られるから、今更気にはしない。
「どうした。もう終わりか?」
不敵に笑うオトロエルを見ながら、マナの頭に手を乗せる。
「マナは参加禁止な。」
「う、うん。わかってるわよ。」
ポチがやられた事で好戦的になるのは解るが、マナはまだ本調子とは程遠い。スーが俺の顔色を窺ってきたので、消極的に頷いた。
「今度はネコか。お前は参加しなくていいのか?」
「戦う必要が無いからね。」
「それじゃあ戦いたくなるようにしてやるよ。」
スーは帯剣は抜かず、土の魔法で作りだした剣を握りしめた。以前はもう少し棒っぽかったが、形状が剣にそれっぽく近づいているのは魔法の技術が上がったのだろう。
スーはいきなり飛びかかったりはせず、多数のイシツブテを飛ばしてから急速接近したが、直ぐに引き返した。それは、イシツブテが全てオトロエルの目の前で止まり石壁のようになってしまったからだ。
「なっ・・・。」
そのイシツブテが逆進してスーに襲い掛かったが、元がスーの魔法なので魔力を抑えれば消える。イシツブテがマナを失って消えた時、スーは高くジャンプしてオトロエルの頭上から剣を振り下ろした。しかし身構えるそぶりも無く、スーの攻撃は直前で止まり、一瞬空中に浮いた。風魔法を駆使して後方へ飛んだが、攻めるどころか接近する方法が分からない。
「これは奥の手を使う必要も無いな。」
余裕の笑みを浮かべるオトロエルを眺めていたナナハルの口が開いた。
「まさか、重力操作の魔法か?!」
「よく気が付いたな。まあ、これを習得するのには結構苦労したからなあ。気が付いてもらえないと困る。」
意外と努力家なんだな。そしてそれを見せびらかすタイプか。苦手だなー。
「しかし、かなりのマナを消費するはずじゃ。対勇者に蓄えておるのか?」
「奴らに良いようにさせるのは癪なんでな。」
「それは同感じゃが・・・やはり考え方が腐っておるのう。ただ試す相手を見付けたかったとか、最悪じゃよ、お主。」
最悪には同意する。
「マナの消費が激しいって事は、いつまでも使えないって事じゃないですかー。」
「俺のマナはそうそう尽きることは無いぞ。」
「じゃあ浪費させればいいんだ?」
何かを思いついた太郎がナナハルを見たのは使って良いか悩んだからだ。
「お主なら普通の魔法で十分じゃ。」
頷いた太郎がスーとポチに耳打ちする。ポチとスーが頷いて左右に散った。
「お、今度はご主人様が奴隷を引き連れて登場か。」
その言葉を気にすることなく、太郎が放ったのはただの水魔法で、子供が遊ぶ水鉄砲レベルの威力だが、量は尋常ではなく、雨の様に降り注ぐ。
「そんな魔法で俺に対抗するなんてな。」
当り前のように水はオトロエルに当たらず、周囲を避けるように流れている。しかし、その水流はいつまでも変わらず溢れ出てくる。所詮は魔法なのでマナが途切れた所から消えてゆくが、いつまで経っても止まらない。
「これは愉快じゃ。たかが雨をしのぐのに禁忌魔法を使うなんて愚の骨頂じゃの。」
ナナハルがこらえきれずに笑っていて、マナもつられて笑っているが、こちらは真剣そのもので、スーもポチもオトロエルの動向に注視している。
オトロエルの顔色に少し歪みが出てきたのは笑い疲れた二人が欠伸をした時だった。
「お前はいつまでそうしている気だ。」
「マナが尽きるまで。」
「先にお前のマナが切れるぞ。」
「そう思うのならそのままどうぞ。」
重力壁で守られているため、オトロエルが水魔法を喰らう事は無いが、量があまりにも多すぎて太郎の姿は見えない。それは太郎も同じだし、ポチもスーもオトロエルの姿は視認できない。しかし、居場所は解る。わかりやすすぎた。
遂に重力壁を動かして太郎の放つ水を逆進させたとき、スーとポチが動いた。素早く後方に回って剣と牙が襲い掛かる。
「くそっ!」
水の流れを注視すれば、重力壁の動きが分かる。水魔法程度では重力に勝てないが、重力操作が消えたのなら普通に狙える。オトロエルはジャンプして避けると、下から水が飛んできて命中した。
「重力操作はマナだけではなく集中力もかなり必要な筈じゃ。あんなに激しく動けば消えるじゃろうな。」
威力が弱すぎるためただ濡れただけだが、そこに剣と牙が向かってきて空中戦になった。ただ、普通の戦闘能力もそれなりに高いのか、スーとポチの攻撃は空を何度も斬っていて、一発も当たらない。風魔法で飛んでいるから、いつまでも続けられる筈も無く、太郎の傍に降りると、オトロエルはほっとしたように息を吐いて降りてきた。
「こんな小細工だったとは・・・しかし今度は俺から行かせてもらうぞ。」
「え、嫌なんだけど。」
「うるさい!これでも喰らえ!」
そう叫んで投げてきたのは小さな石・・・え、あれれ・・・どんどん大きくなって巨大な岩となって太郎の頭上に落ちてきた。突然の事だったので動けずにいると、急に身体が横へと引っ張られた。
「何故助けた?!」
「当り前じゃ。わらわの土地で戦うのじゃからわらわも参加すると言ったはずじゃぞ。それに・・・その魔法は許せぬのう。許せぬ。重力魔法も見逃してはならぬものじゃが、圧縮魔法をそのように扱うとは。」
オトロエルは最初から巨大な岩を圧縮して隠し持っていて、その量がどのくらいなのかは検討もつかない。圧縮率に制限が無ければ好きなだけ持てるのだから。だからこそ、使用を控えるべき禁忌魔法なのだ。それを知らぬはずもないオトロエルが攻撃に使ったのだから、ナナハルの怒りは一瞬にして頂点に達した。
「お主はそれでも天使じゃろうに、何度も禁忌を犯すのであれば容赦はせぬ。」
その怒りの中で、ある事に気が付いた。
「お主・・・その魔法をいつ覚えたのじゃ。」
「いつだっていいだろう。」
「良くは無いぞ。お主以前に大金が入ったと自慢しておったではないか。」
「そ、それがどうした。」
「まさか、あの魔法の袋を作ったのはお主ではないだろうな?!」
明らかに顔色が変わった。
「わらわの身体目当てに色々と貢いできおったが、その資金源が禁忌魔法を使った魔法の袋であれば・・・天使長に告げる必要が有るのう。」
天使長ってミカエルの事かな?
「お前だって喜んでたじゃないか!」
「お主が天使だから信用していただけじゃったが、今となっては信用も何もない。それに、わらわはもう目的は果たせた。お主なぞ元より不要じゃったが、不要と判断したのが正しかったと今しみじみ感じておる所じゃ。」
何かこの二人にはいろいろと深い関係があるようで、ただの知り合いではない事が窺えるが、なんか、こう、ドロッとした関係が有りそうだ。
「ちょっと気になりますねー。」
スーが俺を見て言ったのは同じ気持ちを感じ取ったからだろう。
ちょっと俺達は邪魔みたいだから、少し離れて様子を見ることにした。