第63話 旅の続きの直前に
現在・・・湯舟に浸かってはいるが、落ち着かない。ポチはマナとスーに身体を乾かしてもらって浴室の横で涼んでいるから、戻ってきた二人が定位置に就くと、ナナハルは少し戸惑っていたが少しずつにじり寄ってきて、今の位置にいる。
「ポチも綺麗になったんで、ありがとうございます。」
洗い場ではポチの身体を洗った所為で毛が多く流れてしまったが、ナナハルは気にしていないようだった。
「良い良い。わらわの水ではないし、使い終わったらまた浴室を洗ってくれるのだろう?」
「それならついでに洗濯もしたいですねー。」
「そう言われればここ何日も服を洗っていないのう。すべては水不足の所為じゃ。」
溜息は小さいが、ほんのりと艶っぽい動作だ。初対面のはずなのだが、一緒に風呂に入ってきて、しかも時折誘っているような気もする。誘惑とか魅了とか、特殊な能力でもあるのだろうか・・・。ナナハルの視線を感じるとスーが話しかけてきた。
「洗濯もそうなんですけど、食糧も殆ど無いですし、早目にハンハルトに向かう必要がありますねー。」
「そんなに直ぐに旅立ってしまうのか?」
「・・・ハンハルト経由でまた魔王国に戻るつもりです。」
「またって事は、魔王国から旅を始めて・・・グリフォンに会っておるくらいじゃから、ガーデンブルクからコルドーを通過してここへ来たのか。」
「その前に別の場所にも行っているからもう二ヶ月以上・・・。長いようで月日が経つのは早いなあ。」
「コルドーは旅人を入国させる審査が厳しかったと思うが、よう通れたの。」
俺とスーがどう言うか悩んでいると話を聞いていたマナがあっけらかんと言った。
「審査なんてしてないわよ。」
「なんじゃ、なんじゃ。随分と無茶な旅をしておるのぅ・・・。」
そうだよね、そう思うよね。いろいろ事情は有るけど、事情の説明を抜いたらそうなるよね。言うと面倒くさいから、それで納得してくれているようなので、それ以上の説明はしなかった。
「そろそろ出ませんか?流石にのぼせてきました。」
「そうしよっか。」
俺が出るとマナが寄ってきて、スーも出る。ナナハルも付いてきて、脱衣所で身体を乾かしながら、新しい服を袋から取り出していると、目を丸くしている。
「まさか、その袋・・・。」
「え、あー。うん。」
「そのデカい袋って・・・相当な代物じゃぞ?」
「いーの、どうせ太郎しか持てないから。」
「なんじゃと?」
裸のままのナナハルが急に寄ってきて、袋を掴んで持ち上げようとするがびくともしない。ちょっと、おっぱいが近いです。
「なんと言う事じゃ・・・お主には驚かされてばかりじゃが、今までで一番驚いたぞ・・・。所有者が限定されておるという事は、少なくとも選ばれた者って事じゃな。大きい袋であったから、まさかそんな代物だとは。」
今度はちょっと怖い。そのまま暫く俺の事をじっと見つめてくるので、手が止まってしまう。そこへ、マナがしゃがんでいる俺の頭をぺちっと叩く。
「はやく服ちょうだい。」
ナナハルが太郎から離れ、自分の服を手に取るのを見てスーがホッとした息を吐いている。着替えが終わると、寝床の準備をする事となったのだが・・・。
「えー、なんで太郎が一人で寝るのー?」
「普通はそういうモノじゃ。」
「そんな普通知らないわ。」
ふくれっ面のマナ。
「どうせ俺の布団で寝るんだろ。」
「まーね。」
「それはこ・・・いや、何でもない。」
「?」
「いつも一塊で寝てたからあんまり離れると寂しいですねー。」
「ここは野営する場所ではないぞ。」
結局、太郎だけ別の部屋で寝ることになったが、約束が守られることはないだろう。ポチは勝手気ままにどこでも寝るし、マナは太郎の布団に潜り込むし、スーは悶々としながら用意された布団で寝ることになった。
一応、自分の部屋に布団を敷いたナナハルだったが、こちらも色々な意味で悶々としている。太郎ほどの男が、今後ここに訪れる可能性はかなり低いし、一度も自分の子供を産んでいないナナハルは、優秀な男を欲していた。独り立ちしているのだから、子を産まなければ何千年生きられるとしても家族が増えることはない。更に言えば、生まれた子達が必ず九尾になる訳でもなく、同種同族で子作りに励んでも、九尾に成る確率は低いのだ。そういう意味でナナハルの兄弟は優秀だった。
九尾の父を持ち、8人兄弟で九尾が3人いる。数十年に一度の不定期連絡が兄弟によって行われていて、前回訪れた妹によれば両親は現在も健在で、兄弟も健在。世界各地に散らばっているので家族全員が再び集まる事は無いが、その中でも子を持っていないのはナナハルだけだった。
「今なら無理矢理にでも・・・無理じゃな。あんな魔法を全力で使われたら、わらわは生き残ってもすべて破壊されてしまいそうじゃ。んむむ・・・。」
悩んでいたが、決意してしまえばその行動は意外にも早かった。寝間着で太郎の寝室へ訪れると、すでに先客がいて、イチャイチャしていた。その相手があの子供なのだから、やっぱり驚かずにはいられない。
「やはり子供の方が興奮するのか・・・?」
凄く落ち込んだ声を出すのだから、流石に言い返す。もちろん、発言したのは太郎ではない。
「太郎は子供も好きだけど大人も好きよ!」
「・・・マナさ、それだと俺は誰でも良いみたいな・・・。」
「ちがうの?・・・あー、フタナリは嫌だって言ってたわね。」
「そーじゃなくてー!!」
隣で覗いている視線に気が付くと、気が付かれた方は思いっきり乱入した。
「わーたーしーもー!!」
ナナハルは混乱した。思考が上手く働かなくなった。今まで男を誘惑したことは有るが、遊び程度だったし、主導権は確保していたから、ここまでムードも何もない事にどうして良いのか分からなくなっていた。
「どういう事じゃ、どういう事じゃ。お主らはいつもこんな感じなのか???」
「そんな事はないけど・・・ねぇ?」
「なんでみんなして俺を見るんだ。俺は悪くないぞ。」
「太郎さんは悪くないです。ナナハルさんが太郎さんを狙っているのは分かっていましたし。」
「え?」
「え?」
「え?」
「え~?!」
「こうなったら絞ってしまえばいいのじゃ。嫌ではないのだろう?」
「・・・。」
「こってり絞るって約束しましたしね。」
「ここから絞るの?」
「マナ様はいつも絞ってるんですから今日は譲ってください。」
「いつもじゃと?!」
「そ、そんないつもじゃないぞ!」
「今日は久しぶりよ!」
「わたしだって絞りたいんですよー。」
「・・・ねぇ、俺の立場は?」
「ないわ。」
「ありませんねー。」
「ないのう。」
「くやしいいいぃ・・・でも感じちゃう。」
三人に攻められて成す術もなく、ほぼマグロ状態で絞られた太郎の夜は長かった。
あれから一週間が過ぎ、結局、未だに滞在していて、マナの木は久しぶりの地面を味わっていた。植える直前はかなり小さくなっていたが、水質ヨシ土壌ヨシ気候ヨシの良環境のおかげですくすくと育ち、元の姿に戻りつつあった。何となくトレント達が嬉しそうに見えるが気の所為だと思う。
俺はというと、毎晩のように絞られていたが、特に体調が悪くなることも無く、肉体的な疲労感よりも精神的な疲労感に満ちていた。
「太郎も楽しんでたじゃない。」
マナに笑顔で言われるから反論は出来ない。
池の水もたっぷり溜まっているし、休憩というか、休息も俺以外はしっかりできたようだ。今日は出発する事を告げると、朝食に焼き魚を用意してくれた。魚が有るだけですごく豪華に見えるから不思議だ。ポチとマナは魚を丸のみしていたが、スーは器用に箸を使って骨と身を分けてから味合うように食べていたが、最後に骨も食べていた。でも箸の使いかたは俺より上手い。なんでだ。
「行ってしまうのは淋しいが・・・まぁ、仕方ないのう。」
「・・・ちょっと居心地が良いのもありましたけど、流石に長居すると迷惑が。」
「迷惑ではないが、そうか、居心地が良かったか。」
「どっちのことなんですかねー?」
「スーは余計な事言わない。」
「はーい。」
返事だけは凄く良いから困る。なんかナナハルもニヤニヤしてるんですけど。いつも通りなのはポチとマナで、既にポチの背中に乗っていて、俺達を待っていた。そんな時だった。ポチが空を見上げて言った。
「なんか来るぞ。」
ナナハルも空を見上げて言った。
「ああ、あれは大丈夫じゃ。」
「あああ、あれ・・・どこかで見た事ある人と似てますねー。」
「あー、ホントだ。」
太郎も空を見上げるが良く見えない。
「お前ら良く見えるな、あんなちっさい・・・あ、おおお・・・近づくスピード早いな。あれは・・・天使でいいよな?」
「この辺りで活動してるオトロエルじゃよ。何をしに来たんじゃろうな?」
すーっと俺達の前に降りてきた天使は、どう見てもゴツイ男で、名前からは想像できないほど逞しい身体をしている。俺達を見ても表情は変えなかったが、意外にも丁寧な会釈をした。
「私はオトロエル。スズキタロウとはお前の事でいいのか?」
「そうですけど、俺に用が?」
「スズキタ一族の生き残りと聞いたのでな、ちょって会ってみたくなっただけだ。特に用が有ったわけじゃなく、たまたま近くを通りかかったから、ついでにな。」
「わらわに用が有ったわけじゃないのか?」
「ナナハルに用は無いな。用は無かったが・・・水不足ではなかったのか?」
「なんじゃ、知っておったのなら何かしてくれても良かったではないか。」
「あんまり自然に反する事はしたくないんでね。しかし、解決しているようだが・・・?」
「・・・まぁな。」
ナナハルはあえてはぐらかしているように見えたので、俺は黙っていた・・・おっと危ない。
「それはねー、たっ・・・むぐぐ。」
危なかった。
「なにをやってる・・・あ、世界樹って・・・このちんまいのが?!」
口を塞いでいた手を離すと、マナはポチから飛び降りて天使を指で差した。
「勇者に負けてヘロヘロになった奴に言われたくないわ。」
「あー、オトロエルってサマヨエルが言ってたあの・・・。」
「私も今思い出しました。」
「あいつは何でそんな余計な事を・・・ま、まあ良い。」
「そのサマヨエルは私達に負けたのよ。」
「あいつは確かにあんまり強くないが・・・お前たちに負けたのか。それはそれであんまり笑えないな。」
「なに言ってるのかしら?天使程度に負けるわけないじゃない。」
オトロエルの機嫌が急に悪くなった。しかし、世界樹相手に勝てるかどうかと言えば、勝てるわけがないのは当たり前なのだが、こんなにちんまい奴に負けたと思うと、自分が負けたわけでなくとも妙に腹が立つ。
「・・・お前たちあんまり強そうに見えないのだがな。」
そう言ったオトロエルにため息を吐いて制止したのはナナハルだった。
「やめておけ。わらわでも勝てる気がせんのじゃ。」
「ふん・・・ナナハルは知らないだろうが、俺には勝てんよ。例え魔女でもな。」
「ほう・・・凄い自信じゃな。わらわよりも弱かったと思ったが。」
え、なにこの空気。なんでこうなったの、誰か教えて。あ、マナの所為か。
「まぁ、まぁ。誰が強いとかどーでもいいじゃないですか。」
オトロエルの機嫌がますます悪くなった。
「太郎さん・・・それは言っちゃダメですよ。」
「え・・・え、あ!」
「たかが普人ごときにそう言われては、天使としては正しい力関係を教えてやらんとなあ。」
腕を組んで睨み付けてくるオトロエル。一触即発のムードに染まってしまった空気は、もう戻せそうも無かった。なんでこーなったんだ・・・。