第7話 いつまでも
男達が動いた。深夜も深夜、草木も眠る・・・とはよく言ったもので、虫の鳴き声すら聞こえない。静寂に包まれた町の中で男達が動いた。
「この時間だ、警備兵がいても直ぐには動かないだろ。良い月明かりだし一気に行くぞ。」
リーダー格の男の指示で、部屋の窓、正面入り口、勝手口から同時に侵入する。数分経過すると男達はカウンターの前に集合していた。覗き込むと、掌の上に魔法で炎を灯し、辺りを照らしている。何やら相談しているようで、魔法の炎が消えた。8人が全員宿屋の中にいることで、広い入り口から出るチャンスが生まれた。二人はゆっくりと動き、気付かれないように努めてはいたが、宿屋の外に出ようとしたところで気付かれた。
「走るよっ!」
二人は全力で走った。町の外へ、あの家に向かって。それは間違いだとは思っていなかったが、町の外へ出るということは、何が起きても不思議ではないという世界である。どうせ町の中で捕まったら、外に連れ出されるだけであるが。
足はマナが早く、太郎は遅い。町の外へ出たところで囲まれてしまった。ただ、マナはその囲みの外にいる。戻ってこようとするマナを叱りつける。
「いけ!」
マナの足が止まる。
「はやく!」
直ぐには動かない。男達の目的は金であって、小娘はおまけ程度にしか考えていないのだろう。ニヤニヤしながら残される男の包囲を強めている。マナは魔法が使えないわけではないが、ここで使えば確実に木に戻ってしまう。全員を倒すなり、撃退すれば問題はないだろうが、マナはマナの保有量に自信がなかった。「直ぐ追いかけるから」太郎の力強い声と言葉を信じて、月明かりの下を走り出す。この時の太郎の心の平常心は、マナがそばにいることが前提であって、闇の中に消えていくマナの後ろ姿が見えなくなると、途端に身体に震えがくる。腰に手を当てると剣はない。袋にしまったままだ。有ったとしてもまともに抜けるかどうかわからないぐらい震えている。
「騎士気取りのにーちゃん、かっこよかったぜぇ?」
8人の男達は全員剣を抜いた。月明かりが逆光となって顔はよく見えない。見えないが恐怖で足が竦む。ついに立てなくなり座ってしまった。涙と鼻水が同時に出る。小便も垂れ流した。
「こいつ、さっきまでもう少し根性があると思ったのに・・・。」
少しがっかりした声で言う。だが、見逃す気などない。当然の様に生かして返す気もない。盗賊も山賊も捕まればほぼ絞首刑の世界で、手を抜く理由などない。太郎の右足に剣が突き刺さる。声を上げたのは痛いからではない。ただの反射的作用だ。
「こりゃダメですぜ。ここまで怯えきったら何を言っても・・・。」
言いながら、抜いた剣を腹に刺す。身体はビクッと反応したが、声は出ない。血が服を真っ赤に染め上げる。もはや太郎に生きる力もなかった。考える力もなかった。マナが逃げ切ったかどうか確認する術もない。
―――ただ、自分の身体から流れ出る血を眺めて、息絶えた・・・。
マナはあの家に戻ってきた。元の木の姿に戻る。追いかけてくるのを信じて。少しでもマナを溜めて、太郎の疲れと傷を癒すつもりだったが、どれだけ待ったのかわからなくなるほど待っていた。マナに余裕が出てからは、あの町が見えるところまで一人で見に行ったりもした。しかし、太郎の気配はどこにもなく、あの袋すら見つけることはできなかった。神さまと連絡を取るにしても、それだとマナが足りなすぎる。以前はとにかく木を大きくすることでマナの安定をしていたが、今回はあまり大きく育つとドラゴンに気付かれてしまう。マナの木の代わりはいないのだから、とにかく身を隠してひっそりと生きることにした。本来、直接口に入れて食べる必要はないから、料理もする必要はない。それでも太郎の寝ていたところで重なるように寝て、淋しさを紛らわすつもりが、なぜか涙が出てくる。感情が不安定になり、マナは成長しなくなった。木が大きくならない代わりにマナは溜まっていく。
―――マナは待っている。あの場所で。
太郎は間違いなく死んでいた。あの時襲った男達は、太郎の袋を持ち上げることはできず、袋を開くこともできず、夜が明けるまでにいろいろ試したが、何も出来なかった。何食わぬ顔で町に戻るにしても、死体があると面倒だったので、近くの小川に流そうとしたのだが・・・。太郎の身体はなぜか重く、8人の男の力でも動かせない。夜明けが近づくと、町から逃げ出す。だから彼らも太郎の死体がその後どうなったのかは知らない。
神さまは見ていた。腰の重い管理人と言われても、能力がほとんど失われていても、神さまは神さまである。太郎とマナの木を心配して、定期的に監視していた。毎日見ていたわけではないから、太郎が殺されていたのを見た時は驚いた。魂は記憶の消去と浄化を経て、新しい命として別の姿へと変わる。浄化されるとスズキタ一族としての能力も失われ、記憶の消去をされると神さまが授けたアイテムも使えなくなってしまう。近年の人口減少によって、魂は生まれ変わる姿を得ることができずに渋滞していた。増加より減少が上回っていたから、マナの安定も必要なのである。大急ぎで太郎の魂を探して、見つけるのに50年かかったが、傷を消し、肉体を戻すのにそれほどの手間はなかった。記憶消去と浄化が始まる前にすべてを終わらせ、後は目を覚ますのを待つだけとなった。
目を覚ましたと同時に、太郎は涙と鼻水を同時に出した。恐怖で震えた身体がまるで痙攣の様に見える。視界がはっきりしてくると、どこか見た記憶のある白い場所だった。
「やっと目を覚ましたか。」
辺りを見回すと、見た記憶が有るような無いような、そんな人物がいる。男にも見えるし女にも見える。
「あれ・・・ここは、あれ・・・あなたは・・・。」
「すまないな、わしは見ていることもできんかった。気が付いたらおぬしが死んでおったからな。」
心の平静を取り戻すのにたっぷり5分かかった。返事をするのを無言で待つ。
「俺は殺されたんですよね?」
「殺された理由は知らんが、いや、別に説明を求めているわけではない。ただ時間がかかってしまってな。あれから50年過ぎた。」
その言葉を理解し飲み込むのに時間はかからなかった。
「マナはどうしました?!」
「大丈夫、生きておるよ。ずっと待っているようだ。」
ホッとしたと同時に、月日の流れに青ざめる。
「おぬしにとっては昨日と変わらんだろ。マナの木は8000年以上生きているのだから、50年程度何でもない。だがあんな悲しそうなマナの木は初めて見るな。」
色々と考えがまとまらず、どうすればいいのか分からない。
「俺、身体が元に戻っているみたいですけど、直ぐにあの場所に転移できますか?」
「ちょっと今回無理をした所為でな、すぐに送ってやりたいところだが、ここはマナの濃度が少し薄いのだ。それにしても・・・わしの姿がちゃんと見えるのだな。」
「え?えぇ、最初に来たときはぼんやりとしてましたけど、どうしてでしょう?」
「マナの影響だろうな。もともと素質はあったから、魔法を鍛えれば伝説級ほどではないが、賢者として称えられるぐらいまでは伸びると思うぞ。」
そうだ、あの時もっとちゃんと準備をして、もっと鍛えていれば・・・。などと、後悔してしまうが、それに気が付いた神さまが言う。
「・・・無駄なことを考えるな。おぬしは確かに失敗したが、マナの木の方も悔やんでいる。次のチャンスがあるのだから、心構えだけでもしっかりとするのだ。それに、そんなことを言えば、わしとて問題があったことになるからの。」
何を言っていいのかわからず、また無言になってしまう。マナの事を考えると、すぐに会いに行きたいが、申し訳なさ過ぎてどんな表情で会いに行けばいいのかわからない。困ったことに何をすればいいのかもわからない。
「ともかく今は待て。転移するマナは地上時間で3日程度で溜まる。3日程度では大したこともできないだろう?」
言われた通り何もすることはない。事も無いと、思ったことを口にする。
「3日で魔法は覚えられますかね?」
「指導者がおらん。わしの魔法は確かにマナを使うが、根本から違う。転移する魔法を研究している者はいるが、未だに開発されてないようだしの。マナの木はマナを通じてわしと連絡を取ることができるが、それには大量のマナを使うし、わしはその魔法は使えない。・・・そういえば袋は回収しておいた。他の者に扱う事が出来ないから中身もそのままだ。ただ食べ物関係は腐っておるかもしれんから、確認してくれ。」
結果、食べ物と、一部の調味料は捨てる事になった。飴は食べて確かめたところ問題がなかったので取っておいた。ハチミツは色が変色していた。何かやっていないと後悔の海に沈んでしまうので、何をどれくらい入れたのか、メモすることにした。神さまから貰った道具についても説明してもらった。マナの木を効率よく育てる方法も訊いたが、自然に育つのを待っていただけで、試したことが無いからわからないそうだ。コツコツと作業を続け、眠くならない不思議な空間での3日は、あっという間に過ぎた。
「よし、では転移するぞ・・・。」
「はい、お願いします。」
俺にとっては、死んでいた間の時間の流れはない。だが転移する前に見せてもらった転移先は、汚れている様子はなかったが、ボロボロに崩れていて、風呂もトイレも家も、半壊状態だった。直し方を知らなければ風化するだけだ。
ここでの事を全く知らないマナの木は、50年間をあの場所で待っている。
本当に、ただ、待ち続けている。絶望が希望に変わるその日まで、いつまでも―――
2019/01/03 ここまでがプロローグ。
頑張って週一ペースで上げたい\(^o^)/