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第60話 森と泉に囲まれて

 太郎は何も言わずに石の階段を上る。スーとポチは何か違和感を感じているようだが、最も反応が強かったのはマナだった。


「あんたなにやってるの?」


 返事は返ってこない。当り前だろう、木に向かって喋っているのだから。風に揺られて辺りが騒めく。川沿いを歩いていた時よりも気温が下がったように冷たい風だが、汗で湿った身体には心地いい。

 マナが手に届く葉っぱを毟って食べた。プチプチと、丁寧に一枚づつ引き千切る。


「あー、わかったわかった。やめてください。」

「木が喋った?!」

「トレントって言う樹木の魔物だけど、どっちかって言うと私に近いわね。」

「人に成れるの?」

「変身した奴は見た事ないわね。」


 その会話に驚いた声で割り込んできた。


「あ、あれー?世界樹様ですか?!」


 すごい低い声だな。いったいどこで喋ってるんだ・・・?


「そうよ。」

「なんでこんなところに・・・って焼かれて消滅したと思ってましたが。」

「あなた達も生き残ったのね。」

「えぇ、あの当時のスズキタ一族の子供が、苗だった私を抱えて逃げたんですよ。おかげさまで今はここに居ますが、世界樹様も同じように?」

「えぇ、一族に助けてもらってね。ずいぶん時間が経っちゃったけど。」

「もう会えないと思っていたから嬉しいです。それにしても・・・ずいぶん小さくなられましたな。」


 その会話どっかでも聞いたな。


「ちょっと魔女にやられてね。本当ならもっと大きかったんだけど。」

「あの魔女はまだあきらめてなかったんですか?」

「一度別世界に逃げて戻って来たんだけど、気付かれちゃってねー。」

「ベツセカイ?・・・今は大丈夫なんですか?」

「今は・・・追手は来てないわね。」

「せっかく移り棲んできたのにここもやられてしまうと・・・。」


 そんな時にお腹が鳴った。俺だけじゃなくスーも鳴った。


「こいつらなんです?」

「こいつらなんて言っちゃダメよ、スズキタ一族の最期の生き残りなんだから。」

「えっあっ、本当ですか、それは失礼しました。」


 頭なんてないし、人の姿でもないが、深く頭を下げているように感じた。


「そんなたいそうなもんじゃないよ。気にしないで。」

「気にしますよ。我々の恩人なんですから。お腹が空いているのなら木の実食べますか?」


 そう言うと、木が揺れて上から木の実が落ちてきた。見事にキャッチしたのはスーだったが俺に渡してきた。見た目は青りんごっぽい。匂いを嗅ぐと甘い香りがする。何も言わずにかぶりつくと、口に広がるみずみずしさで喉の渇きも潤う。


「美味しいね、これ。」


 もう一つ落ちてくるとスーも食べた。


「美味しーですねー。ポチさんもどうです?」


 さらに落ちてきた木の実を、ポチが小さくジャンプして口でキャッチすると、そのまま噛み砕いて食べた。なんかすごいアグレッシブな食べ方だな。


「美味しかったー。」

「うん。もう一つ貰っても良い?」


 枝がゆらゆらと揺れると、落ちてくる木の実が4個。今度はマナも食べる。夢中になって食べていると近づいて来る者に全く気が付かなかった。スーとポチが気が付かないくらいだから、気配を消しているのだろう。声をかけられて驚いて振り返る。そこには女性が立っていた。


「おぬしら何者じゃ?トレントと仲良くしておる者なんぞ初めて見たぞ。」


 傍に居るマナに気がついて、目を丸くする。


「世界樹・・・?まさか、燃え尽きたはずでは?」

「あら、私の事を知ってるの?」

「当然じゃ。スズキタ一族もここに来たしの。暫くは共に住んでおったが・・・子も残さず死んでしまってのう、もう500年位前の話じゃ。わらわが葬って墓も建てておる。参るか?」


 こんなところでスズキタ一族の足跡が有るとは。500年位だから逃げ延びたけどマナと一緒に別世界に行けなかった人たちがいたって事か。


「それにしても・・・本当に世界樹かえ?」

「あんたが自分でそう言ったんじゃない。」

「そうなんじゃが・・・こんなにも小さかったか?」

「色々と事情が有るのよ。」


 マナが階段を上がると、それに倣って俺もついて行くとスーとポチも付いてきた。なんで身体が震えてるの?

 先ほど木の実をくれたトレントがマナに手を振っているように見えたけど気の所為だと思う。多分。

 上まで登りきるとそこには見慣れた建築物がある。


「・・・おお・・・神社だ・・・?」

「ジンジャ?」

「えっ・・・神社じゃないのコレ?」


 俺の知っている神社にそっくりだが、賽銭箱はない。御神籤を売っているような場所もないし、灯篭も、しめ縄も、お札もない。しかし、立派な神社のような建物だ。


「建物に名前を付けた事など無いのう。」


 よくよく見てみれば女性の着ている服も巫女の様な着物の様な・・・それでいてどこかドレスのようなふんわり感。複雑な服だな。それに・・・頭部にふさふさの耳が見える。ロリ巨乳ではなく、そこそこ成人した女性の様に見える。あれ、もしかしてこの人は。

 ポチが鼻先で俺の足を突いてきた。


「どうした、ポチ?」

「太郎は怖くないのか?」

「・・・もしかしてあの人は妖狐(ようこ)?」


 スーが袖を掴んで顔を寄せてきた。


「私も初めて見ますけど、そうだと思います。狐獣人とは()()()()に違いますね。」


 どの辺が???

 全く分からないから、直接聞いてみる。


「あなたは、その、妖狐なんですか?」

「わらわか・・・その通り妖狐じゃ。恐いのか?」


 呆れた顔で見られたが、直ぐに表情を戻した。


「なんじゃ、恐がってるのはそっちのようじゃの。しかし、名乗るのを忘れておった。わらわはゴダイ山育ちの妖狐、ミカボナナハル(御荷鉾七春)という。お前達は?」


 聞いた名前は日本っぽいと言えば日本っぽいけどなんか違う。今度はこちらの番だ。


「マナよ。」

「スーです。」

「ポチ。」

スズキ(鈴木)タロウ(太郎)です。」


 先に言われたから最後になったけど、まっいいか。

 名前を聞いて順々に視線を送っていたが、じっと見詰めた視線がなぜかポチで止まっている。


「ケルベロスの子犬とは珍しいの。わらわへの貢ぎ物か?」


 あ、ポチが震えながら泡を吹きそうだ。素早くポチの前に立って視線を遮る。


「ポチは食べ物ではなく仲間です。」

「食べ物とはいっとらんぞ?美味そうには見えたが。」


 あー、ポチが横に倒れた。スーが俺にしがみ付いている。


人型(ヒトガタ)は喰わぬゆえ、安心するが良い。」


 この妖狐、全力で安心できないな。てか、ケルベロスって食べられるんだ・・・まあ弱肉強食だし、そう言う事も有るよなあ。しかし妙だ。先ほど名乗るまではそれほど警戒するような相手に感じなかったのだが、いまは瞳に怪しい光を湛えていて、こちらを牽制しているようにも見える。いや、むしろ敵対心というべきか。


「急に態度悪いじゃないの。私達に不満でも?」


 強心臓というべきか、無頓着というべきか、それでもマナの発言は相手を僅かながら驚かせることに成功したようだ。


「おぬしらの目的が不明じゃ。特にその()の子!」


 視線で俺を攻めてくる。奇妙な不安感に圧し込まれ、背筋がゾクっとしたが、それは一瞬の事だった。


「太郎と申したな?」


 返事をする前に間髪を入れず、言葉を畳み掛けてきた。


「わらわの護る森を見ている時は穏やかであったのに、先ほどはわらわを見詰め、その前はわらわの家をジロジロと舐めまわし、今も何を見ておる!」


 怒鳴られているのは解っているが、今度はあまりの美しい瞳に心を奪われそうになっている。ヤバイ、色々ありすぎて緊張感に抵抗力が無くなってきた。それになんといっても、ここは好奇心を擽る。


「良い土地だなっておもって。」


 マナが同意の頷きをする。


「綺麗な森だし、川も近くを流れてるし、風は穏やかだし、ここは確かに棲み心地良さそうね。」

「世界樹・・・いやマナと申したな。お主がなぜこんなところにおるのじゃ?」

「前に棲んでた森が焼かれちゃったから良い場所を探してるのよ。」

「・・・なんじゃと?わらわから奪うつもりか?!」

「それはないわね。」


 マナがあっさり過ぎるほど軽い口調で言うのだから、聞き逃してしまうところだ。


「・・・二言は無いな?」


 またギラギラとした眼力で俺を睨んでくる。もう慣れたぞー。


「マナがそう言うからね。」


 しんとする空気。ナナハルと名乗った妖狐は俺達を見詰めて考えているようだが、急に両手で頭を掻いて嘆いた。


「あー、わからんわからん。あ奴らが来たときはもっと簡単にお腹が空いて困ってるぐらいじゃったが、おぬしらは一体なんじゃ、なんなんじゃ、なんぞ態々この土地に来たのじゃ!」

「はっきり言うと見聞を広める為かな。何しろ世界樹が世界樹としてあるべき姿に戻るにはかなり長い年月が必要なんだろうけど、その為に条件の整った場所ってあるのかな?ってね。」

「わからん。ここは辺境というよりも、人に棄てられた土地じゃぞ?わらわが長い年月をかけて荒れ果てた土地を美しく変えたのじゃ。世界樹が棲むのに適していると言われればわらわも鼻は高いが、その為に土地を()られてはたまらぬ。」

「だから奪うつもりはないって。」

「本当か?」

「うん。」

「・・・まあ良い。敵対心が無いのは解っておったからの。だいたい・・・こんなところに物見遊山(ものみゆさん)に来る者など初めてじゃ。」

「まあ、あのグリフォン(ロリ巨乳)に教えてもらわなかったら来なかったかもしれないし。」

「なんじゃ、グリフォンと知り合いだというのならそう言えばよいではないか。無駄な時を過ごしてしまったわ。」

「知り合いだとなんか違うの?」

「あの魔物を知り合いだと言えるくらいのやつなら物見遊山でも不思議はないという事じゃ。それに・・・まあ良い。墓に案内する。ついて来い。」


 付いて行くとそこは森と神社?の裏側。俺の背丈ほどある石が一つ建てられていて、花は添えられているが線香のようなものはない。宗派・・・という事はないだろうから文化の違いだろう。石には何も刻まれておらず、その石の向こうには大きな池と、幾つもの田畑が有った。俺の昔の知識が正しいのなら、畑と田園に見えるんだが、まさか米を作っているのか?

 マナはその石に身を寄せて、まるで声を聴いているかのように目を閉じていた。俺も石を触ってみたが、特に何も感じない。


「こっちの世界のお墓ってこんな感じなの?」

「・・・スズキタ一族は死んだら焼いて粉にしたのをツボに入れてたわね。理由は知らないけど、みんな同じツボに入れてたわ。それを地面に埋めたらその上に石をたてるの。そして誰かが死ぬとそのツボを掘り返して、粉を入れてまた埋めて・・・。」

「そう言えばこの世界の葬式って見た事ないな。」

「私もスズキタ一族以外はしらないわ。興味も無かったから。」


 寿命なんてマナには無いだろうから、興味が無くても不思議はない。振り向いてスーを見ると、すぐ後ろにいたので会話は聞こえていたのだろう。質問しなくても答えが返ってきた。


「葬式ってやりませんよー、猫獣人(わたしたち)は誰かに看取られて死ぬのを嫌がりますから。それに冒険者に成ると死んだら死体がどうなったかなんて、確認できない場合の方が多いです。お墓が有るのはそれなりの富豪や権力者に限るんじゃないですかね?」


 確かに。戦争の多い時代なら放置されることも多かっただろうし、種族の違いにもかなり左右されそうだ。解らない事を考えても仕方が無いので、解りそうな事を。つまり、目の前に広がる田園について凄く気になる。

 米は元の世界から持ってきたはずだが、今は持っていない。種も苗も持って来なかったから、お湯で戻すだけのご飯を食べたような記憶もすでに霞の如くだ。あまりにも眺め続けているから、ナナハルよりもスーやマナの方が気になったようだ。


「どうしたの?」


 そう言われて自分の思いを口にした。






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