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第59話 別れと本来の目的

 全壊とまでいかずとも、間違いなく半壊した砦にマリア達が到着したのは太郎達が通過して5日後の事だった。定期連絡ではなく、砦の責任者がコルドーまで急いで移動する途中にマリア達の部隊を発見し、緊急連絡を直接聞いて、急ぐ必要がなくなった所為でもある。

砦の責任者は悔しさを滲ませていたから、少しは慰めてやると落ち着きを取り戻した。何しろ相手が悪すぎる。マリアとグレッグでも簡単に止められなかった相手なのだから、砦の責任者程度では一蹴されるだろう。ただ、大砲まで破壊されたのは予想外だった。完全に対グリフォン用で設置したから、態々(わざわざ)破壊したという事はあのグリフォンを手懐けたか仲間にしたか、どちらにしても大きな問題だ。

 結果として、兵士がいても何の役にも立たなかったのは困る。1000人配置していたとしても突破されることは予想していたが・・・。


「奴ら逃げ足が異様に速くて・・・。」


 そう言っていた事を聞いても、逃げ足が速いのなら元々の地力で負けている事になる。空を飛んでいて追いかけられないのなら、砦の兵士が何人いても無駄なのだから。


「色々と後手後手になってしまいましたね。」

「世界樹もグリフォンも・・・あの男の所為だわ。」


 流石に少し機嫌が悪くなる。グレッグとしてはそれが一番悔しい。尊敬しているだけではない感情を向けている相手があんな表情(かお)をしているのだから。




 砦の大砲は使い物にならないくらい壊れていて、原形が分からない。食堂も壊れているので大人数(おおにんずう)を食べさせるのは大変だ。この砦を元通りにするのにかなりの日数が必要になるし、再びグリフォンに襲われたら今度は完全に破壊されてしまう。復興作業の指揮はグレッグに任せて、マリアは魔力の残滓(ざんし)を調査していたが、特に巨大な魔法を使用した形跡はなかった。報告通りなら、たった一撃でこれだけの破壊力を示したことになる。


「本当に普人なのかしら・・・?」


 自分の事は棚に上げ、巨人に踏みつぶされた後の様な瓦礫の山を前に溜息を吐いている。大砲を直すにも材料が足りない。砦を建て直すにも材料を集めないとならない。ガーデンブルクに帰る予定の日までに終わるとは思えない。色々考えても、もう諦めるしかない。報告に行った砦の責任者が戻ってくるまで滞在する事には成るだろうが、これなら新しい大砲を作った方が早い。空気を圧縮して放出するだけの簡単な魔導式の大砲だが、圧縮魔法はかなり高度な魔法なので使える魔法使いはほとんど存在しない。設置した時は壊されることを想定して修理用の部品も用意してあったのだが、見事に潰れている。

 兵士を引き連れて来たのは色々と理由は有るが、追加の資材や食糧など、必要な物が増え、瓦礫の山以上に問題は山積していた。

 グリフォンも姿を消したとの事で、報告では男一人、犬一匹、女三人。一人増えている。報告の内容にも疑問が有り、こちらも調べる必要が有るようだった。




 砦を通過して追手(おって)を振り切った一行は、ハンハルトの領地にいるが、実際は誰も統治していない、便宜上ハンハルトというだけの誰も住んでいない地域だ。移動を続けると森を形成していた木々は枯れ木に変わり、草木は枯れ、マナの濃度も薄く、自然力も弱い。

 街道としての機能を果たしているとは言い難いが、一応の道として分かるように両端に石が並べられている。風化して崩れている石が多い事から、いったい何年の間放置されていたのか想像もつかない。僅かに(わだち)が有り、馬車が通過している事を示していた。


「こっち側に来るのは久しぶりだな。」

「妖狐がいるんだよね?」

「・・・街道を外れて少し進むことになるが、あっちの方にいたはずだ。」


 グリフォンが示した方向にスーが反応する。


「あっちって海でしたよね?」

「海まではいかないが、住処が有る。我なんかよりもよっぽど人らしく生活しているぞ。」

「人らしい生活?」

「常に人の姿で生活しておるのだ。」

「狐獣人っていたよね?」

狐獣人(きつねじゅうじん)妖狐(ようこ)は違うぞ。妖狐は人型に変身しているだけで別の姿が有るのだ。我のようにな。」


 そう言って巨乳を押し付けるように抱き付いてくる。なんだこれ、すっげー柔らかいぞ。対抗できないマナとスーが悔しそうにポチをいじくりまわしていて、ポチとしてはいい迷惑である。


「・・・そう言えば変わった建物だった。なんと言うか三角の屋根だったような。」

「三角の屋根?」


 それだけなら特に変ではないと思う。


「うむ、こんな感じだ。」


 そう言って地面を指でなぞって絵を描いた。ん?こんなカタチどこかで見たような・・・、意外と絵を描くの巧いな。


「この(つい)の犬・・・狛犬?」

「さぁ、見ただけで名称は知らん。奴も我と同じように他の大陸からやって来たらしいが。」


 神社なんてあるのかな?


「・・・あ、そうそう、追手は来てないよね?」

「許可なく軍が入ってくることはないと思います。約束を守らなければいずれ戦争に発展する可能性もありますし。」

「魔女なんだから平気で約束破りそうな気もするけど。ただ、魔女って人の寄り付かない森の奥に小さな家で一人で何かの研究しているイメージなんだよな。」

「そのイメージってどこから来てるんですか・・・?」


 スーの疑問には答えず、別の話題にする。


「食糧も残り少ないし、本当ならサッサとハンハルトのギルドに行った方が良いんだろうけど・・・。」

「何かあるんですか?」

「俺って言うか俺達の本来の目的って、世界樹が根を張るのに適した場所を探す事だったことを思い出してさ。」

「あー、そうだったわね。」


 まるで他人事(ひとごと)だから困る。


「せっかくだし色々な場所にも行ってみたいよね。追われたり追っかけたりするのはもう疲れたよ。のんびり冒険したい。」

「妖狐のところに行けば飯ぐらいはあるぞ。我は食べなくても平気だが、お前たちは食べるんだろう。」

「普通の食事ならね。」


 そんな事を言ったらお腹が鳴る。とりあえず食べる物は残っているが、それよりなにより陽も傾いてきて、そろそろ眠くなってきた。


「この辺りって強い魔物はいる?」

「ここにおる。」


 自分を指差してにっこり。確かに凶悪な魔物(おっぱい)だな。うん。


「・・・とりあえず他に凶悪そうな魔物は潜んでいないな。木もまばらだし、川でもあると助かるんだけど。」

「川なら、その妖狐の住処の方だな。そのまま川沿いを下ればよい。」

「遠い?」

「陽が落ちるまでには着くだろ。」

「じゃあ川が見えたらそこでキャンプにしよう。」


 グリフォンは太郎を掴んでいる手を離して、歩みを止めた。突然の事だったので少し戸惑う。


「どうしたの?」

「我はここで森に帰る。」

「え?」

「もとよりついて行くつもりはない。本気でついて来いと言われても、我にも適所と言うモノが有ってだな、マナの少ないところは得意ではない。この辺りもマナが薄いし、いずれはハンハルトに行くのであろう?ケルベロスぐらいならまだ良いが、我が行けば人々が怯える。」


 引き留めようと思った事を「人々が怯える」の言葉で思いとどまる。結局のところ、(しん)に強い魔物が人から離れて生活するのは、無用な疑いと混乱を避ける為でもあるのだから。

 数歩走って空へ舞い上がると、元の姿に戻る。やっぱり巨大な姿だ。俺達の姿を見下ろすとあの時の様に直接話しかけてきた。


「(いつか再び呼んでくれ。その時は必ず行く。)」


 返事は必要ないようで、そのまま飛び去って行った。空高く、あの巨体が見えなくなるまで眺めていたら、日が暮れそうになってしまった。

 そっと近づいてくる2人と1匹。え、ポチまで身体擦り付けてどうした。


「匂いをな。」

「あんまりぐりぐりされるとちょっと痛い。」


 その注文は受け付けられなかった。




 川に辿り着いた時には予定より遅れて、陽がとっぷりと暮れていた。穴は開いているがまだまだ使えるボロボロのテントを組み立て、火を熾し、久しぶりにコーヒーを飲む。コーヒーの粉がまだあって助かった。というか、まだ何か忘れて入れっぱなしのモノが有りそうだ。何でも入るのは助かるが、管理が面倒くさい。


「俺は水でいいぞ。あと肉。」


 干し肉は今回で最後だ。もっと買えば良いと思うが、今回に限ってはこんなに長旅になる予定はなかった。マナが連れ去られてから何も考えずに追いかけたから、途中で買い物もしていないし、合流してからは逃げていたし、風呂なんかあれ以来入っていない。


「それにしてもこの川幅にしては水が少ないな。水辺ならもっと動物とかいても不思議はないんだが。」


 水の流れる音はなぜか心が安らぐ。なんていう効果かは忘れたが、それがやけに眠気を誘う。魔物の気配は感じないというマナの言葉に安心して、俺は食事もそこそこに眠った。何かあればスーとポチが起こしてくれるだろうし・・・。


「寝てしまいましたね。」

「最近の太郎は色々な事が有り過ぎたからね。あのバカ女もしばらくは手を出してこないと思うから、もっとのんびりさせてあげたい。」


 寝ている太郎の頭を優しく撫でながら呟く。ポチも大きな欠伸をするとテントの隅っこで丸くなった。


「太郎さんに教えてもらったジャンケンって覚えてます?」

「お、覚えてるけど・・・。」

「たまにはいいですよね?ね?」

「やけに積極的じゃない。」

「わたしだって癒したいし癒されたいんですよー。」

「私がいない時にやってたんじゃないの?」

「そんな暇ありませんでしたが。」


 添い寝したくらいは有るが、マナは知らない。


「あ、うーん。」

「負けたら諦めますから。」

「わ、わかったわよ。」

「じゃーいきますよー。」


「じゃーんけーんぽん!」

「ジャーンケーンポン!」




 朝、俺は毛布とスーに包まれていた。何も考えずに寝たから、俺の為にしてくれたんだろうけど、これはどういう状況だ?思わず揉んでしまった。


「嬉しそうに寝てるなあ・・・。」


 スーを軽く押し退け、半身を起こすと、マナが飛び付いてきた。


「おはよう!おはよう!」


 半ば叫ぶような声だったので、ポチもスーも起きた。大きな伸びと欠伸(あくび)をして川で顔を洗ったら頭も洗いたくなった。久しぶりに防具も外し、武器もしまって、服も脱いで水浴びタイムだ。見られて恥ずかしがる相手はいないので、スーとマナもすっぽんぽんでやって来た。マナはあれだが、やっぱりスーのボディラインは美しい。視線を外して身体を洗う。石鹸は有るけど使わない。なんとなく川が汚れる気がするからだ。それでもポチの身体を洗ったら川が少し濁ったから、相当汚れているのが分かる。


「それにしても、浅すぎて魚もいないな。」

「そうですねー、川魚でも獲れれば良かったんですけどねー。」

「もう食べ物もないよね?」

「ない事はないですけど、1日と持たないですねー。」


 これはどうにかしないと。

 着替えを済まして、服も新しいのを着る。朝食は抜きにして、テントを片付け、目的地に向かって歩く。天気は快晴で、じんわりと汗ばむくらい暑い。時折吹く風が涼しく感じる。川沿いを歩いて暫く進むと、遠くに小さな山と、山には沢山の木々が生えていて、どこかで見慣れた建造物が見えた。


「鳥居だ・・・。」

「あの赤いのをトリイって言うんですか?」

「うん。この世界にも神社ってあるのかな?」

「ジンジャですか?良くは分かりませんけど、海を越えた向こうには別の国が幾つもあるってフーリン様から教えてもらった事が有ります。」


 歩いているのだからどんどん近づくのは当然の事だが、川は山を迂回するように流れ、泉のようなものが見える。鳥居の奥には石の階段が見え、感じる雰囲気が違う。懐かしさを感じるのは俺が日本人だからだろうと思うが、歩調が速くなったことに自分自身では気が付いていない。

 鳥居を目の前にして見上げると、石段が高く山の中腹まで伸びていた。






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