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第55話 グリフォン

「(あんたなにやってんのー?)」


 遠くて良く分からないが、グリフォンの動きが一瞬止まったようだ。マナは・・・何を言ったんだ?


「(ねー、きこえてるでしょー?)」

「(き、聞こえているから。)」

「(敵なの?味方なの?)」

「(ほ、本当に世界樹・・・様なので?)」

「(そーよー、ちょっと困ってるんだけど助けてくれない?)」


 ポチとスーが俺を見る。いや、俺も解らない。マナを見ると、遠くに浮いているグリフォンを見詰めていて動かない。何をやっているのか。少し不安になる。


「(助けるとは?)」

「(めんどくさい奴に絡まれてるんだけどさ、国境超えて向こう側に行ければ追ってこれないから、そこまで連れてって。)」

「(乗せて送っていけばいいのか?)」

「(そーそー。頼める?)」


 空に浮いているグリフォンが翼を動かさずに降りてきた。こちらに寄ってくるようだが・・・デカいデカい。100人乗っても大丈夫なぐらいデカいぞ。


「・・・小さい・・・。」


 あれ、普通に喋ったぞ。マナを見てあのデカい頭で首をかしげている。なんか可愛い。でも、オスなのか、メスなのか。ちょっと良く分からないな。


「そこの男はなんだ。不思議な波動を持っているな。」

「あー、あんたも感じられるタイプだったわね。多分私の所為じゃないかな。」

「世界樹様と似ている。そっち側の普人なのか?」

「俺が・・・?」


 気になってポチとスーを見ると・・・あれ、なんか久しぶりに見た。ポチとスーが立ったまま気絶してる。


「これが普通の反応じゃない?」

「そうなの?」

「フーリンと戦ったらギリギリフーリンが勝つけど、どっちもボロボロになるくらいの僅差よ。」


 ハーフドラゴンとほぼ同じ。純血のドラゴンには流石にかなわないか。


「魔女を見た時は気絶してなかったよな?」

「魔女って言っても、元の身体は普人だったはずだから、それこそ種族差で負けてるのよ。だから魔女になっただけでもかなりの努力家なんだけどね。」


 努力家の魔女って言われると何か変な気がする。なんでだろう?


「むしろお前は何で平気なのだ。」


 グリフォンに興味深げな視線を向けられる。何となく巨大な猫に見えるんだよなあ。俺の知ってるグリフォンと全然違う。もっと鳥っぽさが有ったと思うんだが・・・。


「戦ったら負けるんだろうけど、恐怖は感じない・・・やっぱ俺が変わったのかな?」


 確かに最近の太郎の人間離れ感は目を見張るものがある。魔王国を旅立った時と比べると、明らかに可笑しい位の差を自分でも感じているのだ。


「確かに変わったわねー。ちょっと見てなかっただけなのに・・・なにしたの?」

「いや・・・特には。それより、その威圧感消せないの?スーとポチが動かないのは困るんだけど。」

「無理だ。元々の能力だからな。世界樹様が自分の意思とは関係なく周囲のマナを安定化させるのと同じだ。お前もそんな感じの波動が有るだろ。」


 自分の意思で波動を出しているわけではないし、その波動だって言われたからそう思っているだけで、言われなければ一生気が付かない。


「・・・いえ・・・だ・・・大丈夫です。慣れまし・・・た。」


 そう言うスーの身体はガタガタに震えている。


「うぐぐぐ・・・。」


 ポチも頑張って耐えているようだが、やはり無理をしているようにしか見えない。


「た、太郎さんはフーリン様の威圧を受けても平気だったじゃないですか。」

「別に平気だったわけじゃないけど、ちょっと怖かったよ?」


 スーが俺の腕にしがみ付く。ポチが寄ってきた。え、なに?スーが深呼吸をして奥歯を強く噛みしめている。ポチもゆっくりと深呼吸している。マナも寄って来て、身長の差が大きくなった所為で太ももにしがみ付いてる。


「私の波動って広範囲に垂れ流しだけど、一応調整は出来るのよ。強めたり弱めたり。でも太郎は範囲は狭いけどだだ漏れだから、近くに寄ると安心するのよ。」

「ああ、あの心が安定する奴。」

「そうそう。でも自分には効果が無いからねぇ。」

「じゃあ、マナにも俺の波動の効果があるの?」

「もちろんあるわよ。」

「我にもあるぞ。」


 急に会話に入ってきたグリフォンは身を屈めてこちらを見ている。スーの掴む力が少し強くなった。


「そんな事より手伝ってくれるの?くれないの?」


 グリフォンは悩んでいるようで、敵意はないことを明確にした上で言った。


「配下の鳥達が襲ったのは我の意思ではない。だが、縄張りが最近厳しくてな・・・。我がこの場を離れると小賢しい魔法使いがやってくるだろう。」

「魔法使いってコルドーの?」

「そうだ。砦まで作っていつでもこの周辺を制圧するつもりでいるのだ。」

「その砦って国境のところの?」

「うむ。」


 グリフォンは強いって言ってたよな。砦に居る兵士達にとんでもない強い奴でもいるのか・・・?


「あんた強いのに砦を壊せないの?」


 疑問に思っていたらマナが訊いてくれた。


「兵士はたいして強くないが、砦が厄介でな。マリアとか言う普人の女が我を吹き飛ばす変な大砲を置いていったのだ。」

「あー、あの魔女(バカ女)ね。」

「知っているのか?」

「知ってるも何も、今そいつに追われて逃げてるのよ。」

「・・・魔女だったのか?」

「あ、うん。砦を作ったのがいつなのか知らないけど、あんたほどの魔物を吹き飛ばす魔導具を作れるとしたら魔女しかいないわ。」

「・・・確かにそうだな。しかし、我は財宝など持っていないし、人によって造られた人造魔物だ。敵対する理由も無いのだが。」


 合成魔物(キメラ)なんて珍しい生物なんだから、そっちに興味があるのでは?と、思う。


「・・・研究対象では?」

「研究?我をか?」

「あなたを造った人がすでに死んでいるのなら、資料だけじゃなくてその身体も研究したくなったんじゃないですかね。」

「身体・・・?」

「合成された理由と結合具合。それに、その結合した中身・・・内臓や筋肉、骨格なんかも調べるでしょうし。」

「お前、サラッと怖い事を言うな・・・。確かに我を造った男はすでに死んでいるが、我は人を嫌いになったわけではないし、ひっそりと生きる事をドラゴンと約束をしてこの地に棲んでいるのだが。」

「こんな森の中に何が有るのかしら?」

「なにもない。強いて言えばマナが乱れているくらいだ。」

「きっと何か目的が有るんでしょうけど、ちょっと分からないわね。とりあえず砦の大砲を何とかすればいいのよね?」

「それさえなければ砦くらい破壊できるが・・・。」

「何か不満?」


 小っちゃくても態度はグリフォンに負けないくらいデカい。


「我は世界樹(おまえ)を認めたわけではないぞ。強いのは認めて・・・?」


 まじまじと世界樹を見ている。何かに気が付いたようだ。小首を傾げている。


「今更だが、移動はしているし、小さいし、波動は確かに世界樹だが・・・なんでこんな場所に・・・よくよく考えてみれば我が怯える必要もないではないか。」


 マナが溜息を吐いた。ガッカリしているのか、面倒な事に巻き込まれたような表情をしている。


「・・・敵になるの?」

「我に命令して良いのは我より強いか我を造ったあの者だけだ。」

「そんな性格でよく魔女とかドラゴンから身を守れたわね。」

「うるさい。邪魔をしない事と世界樹の味方にならないことを条件に・・・いや、そんな事はどうでもいい。それに世界樹の存在が無くとも我は生きていける。」


 急に態度が横柄になってきた。口調にもその変化が出ている。


「ケルベロスもこんな奴に従っているとは情けなくなったものだ。」


 周囲の空気が張り詰める。ピリピリとした不思議な振動が波をうって俺達にぶつかると、スーとポチがまた動けなくなった。威圧は強くしたり弱くしたり、変化しているのが分かる。消せないだけで変化は有るらしい。


「そうだな、我より弱いのが何よりの不満だ。」


 マナも少し震えているのはどうしたのだろうか。左手でマナの頭を撫でると、心配そうな表情で俺を見上げた。


「恐くて震えてるんじゃなくて、マナの操作でコイツに負けてるの。力が弱くなり過ぎたわ。今の私じゃ何にもできないけど・・・。」

「フーリンさんぐらい強いんだよね?」

「うん。」

「勇者とどっちが強い?」

「そんなの勇者に・・・って、太郎どうしちゃったの?」


 いつもと雰囲気の違う太郎に戸惑いを見せる。


「俺もグリフォンを観察してたんだ、勝てる気はがしないのは変わらないけど、負けることはないと思う。」

「どういう・・・?!」


 グリフォンが立ち上がると、それだけで周囲の草木が波をうって揺れる。だが、太郎の周囲だけは揺れない。


「この防具を付けている所為なのか分からないけど、マナが湧いてくるような、何とかなりそうな気がするんだ。」


 グリフォンの威圧が周囲を風も無いのに激しく揺らしていく。


「魔法とはイメージの具現化って言ったじゃん?」

「う、うん。」

「このグリフォンを見てると何故か昔にやってたアクションゲームを思い出すんだよね。」


 それにしてもこのグリフォンは何と戦う事を想定して創造されたのか。ドラゴンと戦えば多少の見劣りは有るにせよ、魔物としては多分・・・最強なんじゃないかな。町を守っているわけでも個人に従えているわけでもない今の状況に、このグリフォンは満足しているのだろうか?

 気になってしまう。


「一つ訊いていい?」

「んんん・・・まぁ、いいだろう。」

「何のために生きてるの?」


 なんとも言い難い表情のグリフォン。意外と表情が豊かだ。


「・・・そんな事を知ってどうする?」

「何年生きているかは知らないけど、この土地に長く棲んでるんでしょ?」

「今は我の意思でこの土地に居る。特に理由など無いな。誰を傷つけるわけでもなく、誰の為に生きるわけでもなく。」

「でも昔はそうじゃなかった。」

「・・・まぁな。我が造られた時は滅びる寸前の小さな村だったのだ。他国の兵士が勝手に荒らし、勝手に住み付き、勝手な振る舞いで村の者達を困らせていた。・・・我はその村を守ったが、10年も経たないうちに村人はいなくなった。我を造った者が死んでから、村の者達は我を恐れるようになった。」


 嫌いではないってそう言う事なのか。結構、複雑だな。威圧の所為で人も寄らないしな。


「・・・変な男だ。我はこんなに話すつもりなど無かったのだがな。」

「へへーん。太郎は凄いんだから。」


 なんでマナがドヤ顔するんだ。しかも何が凄いのか分からないぞ。


「・・・もういいだろ。我を従わせたいのなら戦って勝つ事だな。」

「どうするの?」

「あんなに大きいと負けないことぐらいしか出来ないよ。」

「我に負けないだと。それが本当なら従ってやろう。大口叩いた事を忘れるなよ?」


 突風が来る。周囲の木々が根っこから浮き上がるほどの強さだ。いつの間にか見上げたところに居るグリフォンがそのまま落ちてくる。俺達を圧し潰すつもりなのは分かるが、完全に俺達を格下だと思っている。ゲームでもアニメや漫画でも、巨大な生物が踏みつぶして来るなんて、若い時にはよく見た光景だ。何だろう、なにか懐かしい感じがする。

 落ちてきたグリフォンが潰したと思い込んだ相手は、すでに移動していた。






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