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第53話 何処へ行く?

 太郎とポチ、スーとマナが合流した直後、白いもやもやが消えると、そこに全裸のグレッグが立っていた。マナが太郎の頭を叩いて急がせる。


「あんな化物と真正面から戦ってられないわ。再会を楽しむのはここから逃げてからよ。」


 詳しい説明もなく、言われるがままに太郎とポチはその場から逃げ出すように遠ざかる。足元が凸凹していて走りにくい。


「全裸の男が現れたのは確かになんか嫌ですけど。」

「復活するときに肉体しか戻らないからああなるのよ。でも変ね、なんであの女の横で復活するのかしら?」


 疑問を解消する術はなく、今は逃げることにだけを優先したい。太郎の頭を程よいリズム感で叩き、後方を気にしている太郎の頭を掴み、振り向かせるような行動すらさせない。ポチとスーが肩にマナを乗せて走る太郎を追いかける。その様子をただ見ているコルドーの兵士達に追いかける体力は無いが、復活した男は疲労も傷も綺麗に消え去っていて、魔力も完全回復していた。


「俺はいったい・・・?」

「グレッグは勇者に選ばれたのよ。」

「俺が勇者?」

「ちゃんと勇者の文様が"ひたい"にあるわ。」


 額には不思議な模様があざのように浮かび上がっていて、指先で撫でるように触ると少し凸凹しているのが分かる。そして、自分の姿に気が付いた。


「なんで服を着てないんですか・・・俺は。」


 マリアが冷静に答える。


「肉体の復活しかされないから、身に付けていたモノは全てあなたが死んだところにあるわ。」


 マリアが指で指し示した場所には血だまりがあり、衣服と武具が無造作に転がっている。慌てるように小走りで近付き、ざっくりと斬れた鎧は諦めて服だけを着る。胸の部分が斜めに切れているだけではなく血がべっとり付いていて着心地は悪い。すでに遠く離れていったあの男を目で追いかけて睨みつける。


「今更追いかけても無駄よ。」

「逃がすんですか?」

「まさか。」

「・・・確かに今の俺では勝てないです。実力の差がそれ程あるとは感じませんでしたけど・・・。」

「あの白い剣よね。何の金属なのか気になるところだけど・・・あれほどの武器なら私が知らないはずはないし。世界樹よりも気になるわね、あの男・・・。」


 戦闘はすでに終わっていて、兵士達は指示を待つ間に死体の処理と、傷の手当をしている。死んだ仲間に対して悔しそうな、悲しそうな表情で見詰め、大きく息を吐いてから応援を呼ぶ信号魔法を放った。コルドー神教国の兵士として戦闘で指定魔物以外に殺されるのは珍しい事であって、人対人の戦闘はもっと珍しい。


「結局何だったんですか、なんと報告すれば・・・?」


 一人の兵士がマリアへ質問する。元といえば、駆け付けたところにマリアがいて、荷物を奪われたという事だが、ただの盗賊だったとは思えないからだ。


「私が直接報告するわ。あなた達には迷惑かけたわね。それと・・・死んだ者達には恋人や家族はいるの?」

「いると思います。まぁ、兵士になった時にほとんどの者が近親者との接触を禁止されるのでわかりかねますが。」

「そうだったわね。私の直属の部下だったら問題も無いのだけれど、今は教師でもないし・・・。わかったわ、全部責任持つから気にしなくていいわよ。手伝わせて悪かったわね。」


 死んだ者が帰ってくるわけではないから、権限が無いにしても優遇されている現状ではここが限界なのだろう。しかし、いますこしの優しい言葉を期待していた元生徒は、厳しい先生ではあったが優しさは確かに有った過去の事を思い出していた。

 その元教師は、昔の思い出などすでに頭の片隅にしかなく、それほど重要な事とも認識していない。とりあえずこの場は流し、逃げて行ったあの者達の対策に思考を巡らせていた。


「あいつら何処へ逃げるのでしょう?まさか我々の国に来るはずもないと思いますが。」

「おそらく、いえ、十中八九ハンハルトでしょうね。未開拓の場所に踏み入れる可能性も捨てきれないけど、未開の地は魔物の巣窟でもあるから。」


 未開の土地に逃げ込めば生きて帰れない可能性は十分にあり、砂漠や密林の様な苦労する事が分かっている場所を開拓する元気のある一団は今のところ結成されていない。多くの人々は戦争に疲れていて、可能な限り争いは避けたい傾向にある。ハンハルトは魔王国に比べるとかなり平和な国で、ガーデンブルクと国境を接していても休戦状態を守っている。コルドー神教国とも国境を接しているが、多額の資金が動いていて、こちらも不可侵条約が成立していた。だからこそ、国境の警備には兵士が多く配備されている。


「国境の警備隊に連絡は入れられる?」

「犯罪者として指名手配なら可能です。」

「そうね、そうしてもらえると助かるわ。」


 マリアにはいくつかやらねばならない仕事が増えた。元々この国に来た理由は世界樹の事について調べたかったからであるが、それはガーデンブルクよりもコルドーの方が色々とやり易いからだ。元教師という一時的な立場は、コルドーの幹部連中でも極一部の者から手に入れたのであり、その者に対しては秘密裏に幾つかの援助をしている。勿論その者はマリアを魔女だと知っていて利用しているに過ぎないが、果たしてどちらが利用する立場なのかというと、双方が相手を利用しているので、利害関係が一致しているのだった。世界樹の能力がいかんなく発揮されると、一部の土着信仰を除けば、新たな宗教が発生しない理由そのものであり、多くの者達に知られていない神という存在を利用する為には、信仰対象が弱すぎても困る。

 世界樹が旺盛だったころは、神などを謳った宗教は存在する事を許されなかった。見えない神より見える世界樹の方が信じやすいし実際に安寧と安定を与えてくれていたのだから、当然と言えば当然であった。

 世界樹の存在が消え、混沌とした時代を迎えた時、我々を救済する本物の神が現れる。世界樹は燃え尽きた。はずだったのだ―――




 マリアとグレッグは世界樹たちを追いかける事を諦め、罠にかけて一気に葬る為の準備を始めた。しかも、ある程度弱らせることには成功しているので、次に出会う事が出来れば再び捕獲する事も可能だろう。世界樹は直接的な戦闘には不慣れだし、油断する事も多い。実際にいとも簡単に捕獲している。今警戒すべきは世界樹の傍に居るあの男だ。

 勇者となったグレッグは常に鉢巻を巻くようになった。額に文様が出ているのが恥ずかしくて仕方ない。肩とか腕とかなら服で隠せたのに。


「グレッグにはこれからもっと期待しているからよろしくね。」


 そう言って二人はコルドーの中枢へと足を踏み入れた。一部の者しか許されない神聖不可侵の場所へ。




 警戒されたその男は、頭に少女を乗せ、今は歩いている。人を殺したことを後悔しているようだったが、結果としてあの時は最善を尽くしたのだからと、自分に言い聞かせている。

 頭の上からポチの背中へと移動した少女は、その事を心配はしていない。心配するのはあの女がこのまま引き下がるとは思っていないからで、移動先をハンハルトにすることは決めていたが、スー曰く、国境周辺の殆どが未開地同然で、安全なルートがなく、危険だという事だ。


「仕方のない事ですけど、指名手配される可能性は高いと思いますよー。太郎さんはマナ様よりも警戒されるんじゃないでしょうか。」

「そうねー、私を捕まえるんならまず太郎を倒さなければならない事は理解したでしょうし。」


 ポチが少し誇らしげに俺を見るんだが・・・。


「空を飛んで一気に飛び越えてもいいんじゃないか?」

「やっぱりそうなりますよねー。でも、あの辺りは怪鳥類が棲息する場所でもあるんですよ。」


 ポチが堂々とした歩き方をしている。


「それなら駆け抜けるか?」

「急ぐという意味では正解かもしれません。警備が厳重になる前に国境を目指したいですねー。」


 ポチの目つきがキリッと・・・。


「ポチは何で太郎ばかり見てるの?」


 ポチの頭を撫でながらマナが言った。


「強くなったとは思っていたが、ここまで強くなったとは思っていなかった。やはり強い者が仲間というのは気持ちがいいモノだ。」


 仲間とは言っているが、ポチの気持ちは完全に主従関係だ。まあ、わからんでもない。信頼できる上司がいると人はそこに集まるからな。でも俺はそんなに強くないと思うけどなあ。


「そうですねー。私も太郎さんを尊敬します。」


 うわっ、そんな熱い眼差しで俺を見ないでくれ。たのむから。なんかキラキラしてるし。


「この剣のおかげだよ。」

「そうかもしれませんけど、武器の威力だけでは勝てる相手じゃないと思います。」

「まぁまぁ、太郎も困ってるし、いつも通りにしてやってくんない?」

「いつも通りだぞ。」「いつも通りですよー。」


 こんな時に限って息がぴったりだ。


「俺の事は横に置いとくとして、あの男・・・名前忘れたけど、勇者なのか?」

「そうね、間違いなく勇者ね。ただし、太郎が斬る直前までは普通の犬獣人だったけど。」

「俺が斬ったことで勇者になったのか?」

「そーゆー訳じゃないわ。元々勇者になる素質が有ったのだろうけど、それを知る方法は私は知らないわね。あのバカ女は知ってたみたいだけど。」

「やっぱりあの女が魔女なんですか?」

「うん。」


 世界樹の言葉は簡潔で、それ以上何も言わなくなった。何か考える事でもあるのだろう。魔女と勇者が結託するとなればかなり手強い筈で、無限に生き返る勇者とまともに戦うバカは存在しない。歩くスピードも小走り気味で、スーを先頭にハンハルトとの国境の方向へと向かっている。人が通るはずもない林と草原の中間ぐらいの土地を、スーの方向感覚を頼りに進む。決まった道を進むなんて事をしたらすぐに発見されてしまうからだ。休憩をする余裕もなく、陽が沈むまで歩き続けたが国境らしい場所へはまだたどり着けなかった。






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