第52話 勇者の覚醒
軽鎧ではあるが、コルドーの一般兵士専用装備に身を包んだ男達が一斉に襲い掛かってきた。一人一人が剣を抜き、走り込んで大きく振り下ろされる。その攻撃を受け止めるのではなく、躱しつつ剣で払った。払ったようにしか見えなかった。一人二人三人と続く中、異変に気が付いたのは五人目の男で、四人目の男は太郎の攻撃を受け止めようとして失敗し、右腕を肘の先から切り落とされた。剣を握ったまま離さない分離した右手を見て絶叫した。
「なんて切れ味の剣だ・・・。」
最初の三人の持つ剣は刃先が切り落とされていて、地面を転がっている。ただ払っただけの攻撃でここまでの威力が有るのは技倆だけではない。その剣の切れ味が異常過ぎるとしか思えないのだ。
相手がたじろいだ隙を見逃さず、太郎は自ら間合いを詰めて剣を振った。慎重に狙いを定めれば剣だけを斬る事も出来ただろうが、そこまでの冷静さなど存在せず、右上から左斜め下へと、剣を大きく振り下ろして進んだ。立ちはだかった男三人が、上半身と下半身を分離させられ、切り口からは大量の血を吹き出して姿勢を崩した。
太郎は初めて自分の意思で人を切り殺したのだ。
マリアはその男の姿を意図的に凝視していたのではなく、目を離す事が出来なくなっていた。血飛沫を浴びて真っ赤に染まる男の姿に、久しぶりに恐怖を感じていた。一撃で人を殺す者などいくらでもいるが、ここまで見事に斬った者など見た事がない。剣で受ける事もできず、鎧で守る事も許されず、肉も骨もまとめて一閃で斬ったのだから。
「魔法よっ。接近させないで!」
剣を鞘に納める動作を惜しむように投げ捨てると、直ぐに魔法を放った。しかし、先ほど世界樹相手に魔法を使った所為で威力は格段に落ちている。だからと言って、そんな馬鹿な事あってたまるか。今までだって先生以外にこんなことした奴は見た事が無い。
「うそだろ・・・あいつ魔法を剣で切ったぞ。」
「やっぱりあいつの持っている剣がおかしいんだ。」
とにかく白いその剣は、鍔も柄も刃先も真っ白だったが、今は一部が赤く染まっている。
「どうする?!」
「どうするったって、先生をこのままにしておけないだろっ。」
切られると解っていても、攻撃を止めたら接近されてしまう。逃げ腰になりつつも、魔法を放ち、マナが完全になくなるまで使うつもりで撃ち続けた。
マナが尽きて倒れるのが先か、命が尽きて倒れるのが先か、マリアを守る使命感だけを持ってその場に立っていたが、ついに崩れてしまった。
「応援は呼べないか?!」
「呼んだところで間に合わないだろっ!」
真っ直ぐ突き進んで行く太郎の足が止まった。男の背よりも高い位置から空を切って乱入してくる者に気が付いたからだ。
「マリア様!」
振り返ると見慣れた姿が有った。本来ならこんな場所に居るはずのない者は、不安を感じて予定よりも早く迎えに来たのだ。
「グレッグ?!」
「なんかすごいピンチに見えるんですけど・・・?」
「本当にピンチなのよ、あいつをどうにかして。」
「あいつは・・・。」
周囲を見ると死体が転がっている。無残にも真っ二つに斬られていて、普通の斬られ方に見えない。突然現れた男に戸惑う者もいたが、先生の直属の部下だと知っている者もいるのでいちいち説明しない。そして説明している暇もない。
「あいつ・・・!」
これはスーの呟きで、ポチも頷いた。少し離れた場所に居るだけではなく、マナを抱えているので放置して戦闘に参加することは出来ずにいるが、ポチは気にせず飛び出していった。二人の戦闘が始まらないうちに参加したかったが僅かに間に合わず、太郎は魔法の連打を浴びて、剣で防いでいる。派手に弾ける火の魔法で太郎の視界を奪うと素早く回り込んで斬りつける。それを後方に飛んで避けるが、足場が悪くふらついたところへ剣が振り下ろされる。太郎の頭に直撃する寸前で横からの体当たりによってグレッグが吹き飛ばされた。地面を転がりすぐに姿勢を整えると、今度は正面から突進してくる。
「なんで魔物があいつを助けたんだ?」
「魔物使いにしてもアレはケルベロスだぞ・・・。」
マリアが指示を出す。
「グレッグの援護で魔法を撃って。ケルベロスの注意を逸らすだけでいいわ。」
言われた通りに魔法を放ったが、見えない壁に弾かれ、ケルベロスには届かなかった。しかし、グレッグは見事なほどの身の熟しで攻撃を躱すと、その勢いをそのままに太郎へと飛びかかった。
振り下ろされる剣を剣で受け止めた時、なんでも真っ二つにした剣は鈍い音を響かせた。それは剣と剣が衝突したときに発生した音で、金属同士が響かせる音とは全く異なっている。防がれた一撃に驚いて飛び退く。
「三重の魔法剣が防がれるとは・・・。」
衝撃の強さで手が痺れるのは太郎も同じで、二人は僅かの間だが剣を強く握れなくなっていた。ポチは直ぐに援護しようとグレッグに攻撃を仕掛けるが、横から魔法の直撃を受けてしまった。ダメージこそ殆ど無いが、しつこいほどに魔法が飛んでくる。
「誰でもいいけどマナポーションを持っていない?」
「先生っ!」
それだけで小瓶が飛んでくる。受け取ったマリアが一気に飲み干したがマナの回復量は僅かだった。それでも即効性があり、相手が世界樹ではない事も有って地中から引き出した土の槍が太郎とケルベロスを同時に襲った。不規則に飛来する土の槍に、飛び退いたり切り払ったりして防いでいると、再び回り込んできたグレッグに左後方から攻め込まれた。同時攻撃に対処しきれず、物理障壁を張る余裕もなく、グレッグの攻撃が命中する。
「・・・嘘だろ。斬ったはずだ。」
吹き飛ばして地面に伏せっている相手を見下ろしながら手に痺れを感じている。ポチが直ぐに身体を張って太郎とグレッグの間に入ると、その太郎は苦も無く立ち上がったようにみえる。
「平気か?!」
「・・・なんで大丈夫なんだ?」
「太郎が分からないモノ、俺が分かる訳ないだろう。」
さらに何かを言おうとした太郎へ魔法が飛んでくる。今度は魔法障壁を張って防ぐと、グレッグが接近して障壁を破壊する。そのままポチを無視して太郎へと接近し、連続で剣を振る。縦横横縦、横縦横縦、縦縦横横、それらを剣で防いだり退いて避けたりしていると、13回目の攻撃の時、グレッグの持つ剣が折れた。かなりの高強度を誇っていたのか、魔法で幾重にもコーティングされていたのか、いずれにしても折れた事など無かっただろう。
使い物にならなくなった武器を太郎に向けて投げると、連続で魔法を放つ。今までにこれほどの攻撃を与えて倒れなかった敵はいない。少なくとも普通の人間相手に負けたことは無かった。
「おい、こっちに来るぞ!」
生徒と先生のグループが叫んだのは、ケルベロスが接近してきたからで、グレッグの援護をしてくるあいつらが邪魔で仕方なかったポチが、雑魚ぐらいは自分の手でどうにかしようと思ったからだ。
ケルベロスは単体でも村くらい滅ぼしてしまう程の強さを持っているのが普通だが、まだ成長しきっていないポチにはそれほどの能力はない。だが、コルドーの一般兵士が一人で勝てるような相手ではないうえに、疲労と負傷と、さらにはマナの枯渇とが重なり、逃げるので精いっぱいだった。もちろん、それだけでも十分な効果が有り、太郎はグレッグだけを相手に集中して戦える。魔女はマナの枯渇が著しく、いざという時に自分だけでも逃げられる程度の魔力は絶対に残している。世界樹との魔法合戦などやらなければ、かなり余裕のある戦いが出来たはずだった。
逃げ回る兵士と、それを止められないマリアが苦戦をしている時、太郎は反撃に出た。魔法を剣で払い除けつつも間合いを詰め、詰められたグレッグが引く。まるでターン制のように、今度は太郎の連続攻撃に防戦一方どころか、剣も盾も無いのでは、逃げるしかない。辛うじて魔法剣を作ったが、一度も防ぐこともなく破壊され、魔法障壁も物理障壁も、足止め程度にもならず、振り下ろされた剣を止める手段が無くなった。
「グレッグ?!」
鎧も無意味に、剣先は左肩から胸を通過し、腰の辺りまで斜めにバッサリと斬れた。肉を切り裂いた痛みを理解するまでの数秒間。その傷に視線が集中する。吹き出る血がまるで間欠泉の様で、それが痛みに直結した時、グレッグは立っている事が出来なくなっていた。表情は全く無く、斬られた事を受け入れたようにも見えず、そこに悔しさも悲しさも見えない。うつぶせに倒れた姿は死者と変わらなかった。
「・・・太郎?」
ポチが戻ってきて、俺の顔を覗き込んだ。勝ったのに喜んでいない。表情が歪み、後味の悪さを噛みしめているようで、剣を鞘に納める動作も震える身体に邪魔されて何度か失敗した。
見詰める先の、死んだはずの男の姿が消えた。衣服と鎧を残し、肉体だけが消え、血だまりが見える。あまりに突然の事で理解できない。唯一の理解者であるマリアは、安心したように息を吐き出した。
「間に合ったようね。」
マリアの横に不思議な光が集まる。離れていたところで見ていたスーも気が付いたくらいで、眩しいほどの光ではないが、そこだけが白くぼやけたようになった。
「勇者よ。」
「マナ様?!」
身体は小さいが、いつもの姿に戻っている。白いワンピースを着た世界樹がスーの腕から降りると、光のもやもやのところに向かって走り出した。慌ててスーが追いかける。
「もう大丈夫なんですか?」
「全然大丈夫じゃないわ。まったく、あの時を思い出して燃え尽きるかと思ったわ。そんなことより、面倒な奴になったわね。」
「え?え?!」
「あいつ、間違いなく勇者よ。」
駆け寄ってくる2人に気が付いたポチと太郎が直ぐに合流する。太郎に飛び付くと頭を叩いて元気をアピールするが、真面目な口調で言った。
「全力で逃げるわよ。」