第6話 甘かった
”べったんこ” は、わざとそう言わせてます。
話が・・・のビルのビル\(^o^)/困った。
軽く手を挙げて、服屋からその屋台へ向かおうとしたときにマナに手を引っ張られた。そんなに慌てなくても屋台は逃げないと思うぞ。マナは蜂蜜は知っているが食べたことはなく、飴に関しては全く知らないようだ。一個20円の飴を箱ごと持っているなんて忘れてた。
「すみませーん!飴はありますかー!」
マナが声を張り上げるので関係のない人まで振り向いている。屋台の若い人がマナを見て笑顔で答える。優しそうな人だ。いや、この人狐耳だ。
「お嬢さんは水飴がいいのかな、飴玉がいいのかな。高いけどお金大丈夫?」
マナが凄い顔で俺を見る。わかったわかった。可愛いぞコンチクショー。
「いくらですか?」
「飴玉なら1個で10銀貨1枚。水飴は20銀貨3枚だよ。」
服の値段と比べると、高い、高すぎる。
「飴玉二個下さい。」
20銀貨を一枚渡すと、包装されていない飴をそのまま渡してきた。マナが二個受け取って一個を口に含み、口をもごもごさせながら俺に残りの一個を渡す。口に含んでからしばらく・・・なんだこれ、甘すぎる。ほんのり蜂蜜の味もした。マナはすごく喜んでいる。今度、俺が買ってきた飴も味見させてやろうと思っただけで口には出さない。
「蜂蜜はどんな感じです?」
もごもごしながら訊ねる。銀貨をサラッと払ったことで相手の機嫌は更に良くなっているようだ。小瓶を取り出して俺に見せる。透明度のすごく低い瓶で茶色い。中身が入っているのがかろうじて確認できる程度だ。暗かったら解らない。
「20金貨5枚だよ。」
高すぎ。貨幣価値を完全に理解していない俺でも、今までの買い物に比べたら段違いだ。この世界の蜂蜜ってどうなってるんだ。しかも瓶の方が中身より重そうに見える。
「太郎買って~。」
いや、確かに買えるけど、これ凄く少ないよ。という視線を向けると、マナはむくれた表情をする。飴をもごもごさせながらである。しばらく悩んでいると、狐耳の人が笑顔で言った。
「今買うなら4枚でいいですよ。」
どうせ買えないと思ったのだろう。20金貨一枚で20銀貨22枚。この差はでかいはずだ。商人達が中継に使う場所なのでいろいろな品物がある。むろん、今の俺には必要かどうかわからないものばかりだが、金貨単位で売っているものは少ない。小袋から金貨を4枚出すと、マナは両手を挙げて大喜び。狐耳の人は顔が引きつっていた。
「ホ、本当に買うんですか・・・?」
「はい。」
他にも客がいるなか、冗談でしたとは言えない。4枚でも十分高いようなので他の客は買うそぶりも見せないが、様子を見ている。相手は諦めたように金貨を受け取り瓶を渡してきた。蓋は丁寧に包装されているようだ。中身はやはり少ない。指を突っ込んで味を確かめようかと思ったけど、肉焼きに使う串を一本頂戴し、先端に少しつけて舐める。
「あっま。これもしかしてロイヤルじゃあ・・・。」
ドロドロで濃厚。それでいてしつこい甘さ。飴をなめているのにそれ以上の甘さが口に広がる。俺のもごもごしたつぶやきは相手には聞こえなかった。マナも舐めたそうな顔でこちらを見ている。まあ、当然か。
「なにこれあま~い。」
マナの顔がフニャフニャになる。フニフニでニコニコして、可愛いぞこのやろう。
「最高品質なんですよ、それ。」
本当に最高品質かどうかは判らないが、困った表情でこちらを見ている様子からすると、間違いなさそうだ。申し訳ない、俺の責任ではない。蜂蜜入りの瓶を手に持ったまま、もごもごした声でお礼を言って立ち去る。少し陽も傾いてきたので、宿に行く前に減ってきた金貨を銀貨に両替をする。10銀貨もあるのを知ったのでさらに細かくしてもらった。小袋がジャラジャラする。これ1枚日本円にするといくらなんだろう。そう思いながら飴を噛み砕く。
宿屋でカウンターの猫耳お姉さんに板を見せて料金を支払う。1枚余分に払うと夕食が、更にもう1枚追加すると朝食も付くそうだ。宿代に比べると高い気がする。グレードを落としたら安くなるか確認をすると、できるようだ。そんな豪華な食事は期待していないです。案内された部屋はベッドが一つ、窓が一つ、小さいテーブルが一つ、種類の違う椅子が2脚。なるほど狭い。当然だが風呂やシャワーなどない。トイレは共同。想定の範囲内だ。あれ、灯りが無い。安い部屋には灯りが無いというのは、陽が暮れる前に食事を持ってきてくれたカウンターに居た女性と同じ、猫耳の別の男の人に教えてもらった。夕食はパン二個、サラダ一皿、部位も名称も不明な肉二切れ、温かいスープ二皿。スプーンがあるだけでフォークはない。ドレッシングなんてない。袋から足りない分を取り出し、暗いのでロウソクを明かりの代わりにする。味はスープが一番美味しかった。ちょっと薄いけどコーンスープっぽい。そして、食べたらすぐ寝る。ベッドは一つ。枕も一つ。一緒に風呂に入って以来、マナは遠慮しなくなった。俺としては嬉しいが、今回は仕方ない。って、やめて、ツンツンしないで。汗かいたから、臭いから。ね?身体は若返っても中身はおじさんなんだぞ。
―――深夜。マナが寝息をたてている。まるで人間のように。遠くの方が少し騒がしい気がしたが、この町には俺にとって用のない酒場が何軒か有ったので、そこからだろう・・・と、思っていたが、声はだんだん近づいてくる。夜でも少し暑いので窓は開いたままだ。ひそひそとした声が、俺の鼓膜を叩く。
「この宿で間違いないか?」
「ああ、間違いない。」
「それにしても本当にあんな格好でこんな辺境まで来たのか?」
「変な服装だったが帯剣はしていたし、腕や肩にもそれなりに筋肉はついているから、どこかの道場で鍛えたんじゃないかな。」
「まぁ、どこかの貴族のおぼっちゃまが、ちょっと鍛えただけで俺は強いって勘違いしたんだろう。こんな町に小娘と二人だけって変だろ?」
これ、俺の事か?複数の声だ。少なくとも4人ぐらいいる。
「・・・本当に護衛はいなかったんだな?」
「様子は全くなかったな。」
「そんなやつが、あんなハナミズに金貨4枚か。うらやましいなぁコンチクショウ。」
「蜂蜜です。ハチミツ。」
「小娘はどうします?」
「俺は趣味じゃないんだよ、あんなべったんこな小娘は。適当に使ったら奴隷に売ればいいだろ。」
寒気がした。俺のことで間違いない。ゲームやテレビドラマなどではこの後どうなるか予想がつく。わかるだけに何とかしないと!
「うっさい。そんなこと指摘する前に見張りは大丈夫だな?」
見張りもいるのか・・・全力で逃げよう。音はたてないようにベッドから起き上がり袋を背負う。この宿屋に裏口はあるだろうが見張られているだろう。表から逃げるしかないが、結構絶望的だな。マナがいなかったらこんなに冷静になれただろうか・・・。窓の外から聞こえてくるのだから、ここから入ってくるだろうし、困ったな。剣を取り出すのを忘れたが、この時は気が付かなかった。いや、気が付いたとしても俺に人が斬れただろうか?それにしても、と思う。昼間の俺の行動は色々な人に見られていた。その中には金に目がくらむ奴がいても不思議じゃない。そんな簡単な事に気が付かなかった自分の甘さを嘆いた。そっとドアを半開きにし、寝ているマナを両腕で抱える。起きない方が今は助かる。ゆっくりと背中でドアを押し開き、部屋の外へ出る。何者かわからない者達の声が聞こえなくなった。真っ暗な通路を歩き、カウンターの中へ隠れる。そこでマナを起こして口を塞いだ。
「いいか、声は出すな。今、何かわからない者達に狙われている。昼間に金を持っていることに気が付いた連中がいて、俺の金を狙っているんだ。」
スラム街のど真ん中で金を持っているなんてバレたら大変だ。あっちの世界では、ある意味無法地帯。こっちの世界では、完全な無法地帯だ。しかも警備する兵士はそれほど多くないだろうし、男一人女一人で軽装だったのもまずかったのかも知れない。マナも狙われていることはあえて伝えない。
「おい、いないぞ?」
「あわてるな、宿の表と裏は見張っている。・・・裏じゃないな。」
男達は表に行くと、そこに二人の男が宿の前を見張っている。顔を見合わせると、見張っていた男が首を横に振る。
「ハナミズに金を出すような奴だ、絶対に金を持っている。逃がすんじゃねぇぞ。俺達はもう一度部屋の方を見てくる。」
外のひそひそとした会話は太郎とマナには聞こえない。だがマナの能力で外に見張りがいることが確定した。人数も分かるようだ。こちらは更にひそひそ声になる。
「8人もいるのか。屋根伝いに逃げようかな。」
だが屋根に上る手段がなく、そこに至る通路も知らない。結局はマナの能力を頼りにじっと待つことにした。
「もっとマナが溜まってたら身体を維持しつつ魔法も使えたんだけど・・・。」
「来るのが早すぎたんだよ、俺も浮かれてたし。だから、そんなことは気にしなくていい。とにかく逃げることだけ考えよう。」
マナは小さく頷いたが、顔には後悔の色が出ている。魔法は訓練すれば誰でもそこそこ使えるようになる世界だから、俺が覚えればよかったかな。と、後悔しても始まらない。二人はいつこちらに向かってくるか分からない男達に、怯えの色に染まりかけていた。