第51話 合流
魔女の放った魔法は激しく燃え、周囲をも巻き込んだが、少女の姿をした世界樹はそこに平然と立っている。マナの枯渇が近づいて焦り始めた事に気が付いたからこそ、わざと使わせているのだった。
応援を呼ぶ為の魔法を見た兵士達がさらに増えて駆け付けた時、疲労困憊のマリアの姿に驚いて駆け寄る。
「あんたはマナの使い方上手いわ、勉強になるわね。」
挑発するようなセリフではあるが、世界樹は魔女の扱う魔法の効率のいい使い方を身体で感じて実践して応用しているのだ。だが、当然の様にその言葉を皮肉として受け取っているマリアは怒りが更に込み上げてくる。逃げていった男達の存在など、視野にも思考の中にも存在しない。
「先生、いったいどうしてこんな・・・。」
「あいつよ。見掛けに騙されてはダメ。コルドーの将来に必ず脅威となる存在よ。・・・コルドーだけじゃないわ、私達が世界を守る救世主になる為には、必要悪なの、だから・・・。」
実際、直ぐに信じるには飲み込みにくい要件が有って、少女一人に何が出来るのか?という事なのだが、現実、俺達のマリア先生はどう見ても苦戦しているようにしか見えない。集まった兵士は30名。マリアの周りを囲み守りの姿勢は見せている。少女とその周囲を見れば、捲れた地面、焦げた臭いのする森、根から抜けて倒れる大木、最初に駆けつけて魔法によって焼けた仲間の兵士。リーダーらしい男が仲間の救護と搬送を指示した後、少女に向かって言った。
「本当にお前が・・・?」
「あんた達には関係ないわ。それにその女がもう邪魔しないっていうのなら私はさっさと帰らせてもらうわね。」
「帰らせるわけないじゃない!」
マリアが大地のマナを利用して、地中から先の尖った硬質な棒を取り出す。1本、3本、10本、50本・・・さらに増える。槍に似た物体を世界樹に向けて空中に並べると、その全てが世界樹に向かって放たれ、突き刺さる。
「私が忘れてたことを思い出させてくれたのはあんたよ。」
身体に刺さっているのに悲鳴を上げるどころか、冷静な声が返ってきた。
「物理的な損傷って無意味なのよね。」
刺さった棒が更に押し込まれていく。だが突き抜けるのではなく、その身体に溶け込むように吸い込まれて消えると、なんの傷も受けていない少女が再び現れた。
血肉を食べても石炭を食べても、世界樹は吸収してマナに変換する。美味いか不味いかという感覚は有るのだが、以前の太郎が言っていたように、海の水をすべて飲み干す事だって可能なのだ。
「こ・・・この化物め・・・。」
マリアの悔しがる声と、目の前で起きた光景が、兵士達を震え上がらせる。たが、いや、だからこそ、正義と正道を守る救世主としてコルドーの兵士になったのだ。間違いなく化物認定された世界樹は、その場に居る兵士たち各々の最も得意とする攻撃魔法の集中攻撃を浴びた。自然物を利用した魔法による物理攻撃が無効であることは解ったので、火の矢と火の玉が飛んできた後にかまいたちが無数に飛来し、それらが突き抜けた後、大地を枯らすような粒の大きい強い酸性の雨を一点に降らせ、とどめに雷が落ちた。
魔法も無効化されたら、彼らに打つ手など無いが、マナは幾つもの魔法障壁を張って身を守り、火と雷は強く警戒した。しかし、彼らの魔法の威力自体がそれほどではなかった事も有って、防ぐのは問題ないのだが手数が多いし、雷魔法は変則的な動きで狙ってくる。スーやケルベロスならあっという間に影も形もなくなっただろう。
怒涛の連続攻撃を受けていては、流石に威力が低くても無視はできず、反撃の隙を窺っていた。雷が落ちて魔法障壁が強い光に包まれると、攻撃が止んだ。連続で撃ちまくればマナが切れていつか途切れる。それを待っていたのだ。
「好き勝手やってくれたわね、お返しよっ!」
マナを凝縮して圧縮した魔法を撃ちまくる。たった一人なのに30人の兵士を圧倒する大量の魔法球が飛んでくる。とっさに出した魔法障壁を貫き、直撃を受けた兵士の身体はまるで鉛玉を受けたような衝撃と激痛が走る。一人、二人と吹き飛ばされ、次々とマリアの周りに居た兵士が倒れていく。兵士の肉壁を利用し少しずつ移動しながら、マリアが魔力を絞り出して、全力の抵抗を試みる。
「弱点が昔と変わってないのなら私の新しい魔法を見せてあげるわ!」
「へ~。どんな魔法なのか見せてもらいまショ。」
「今度こそ焼き尽くしてあげるわっ。」
余裕のある返答に今度は冷静に対応したつもりだったが、語尾に力が入る。集中した魔力がマリアの足元の地面に亀裂を入れる、ひび割れた一本の筋が世界樹の足元に向かっていく。奇妙な地響きが起きると、突如として世界樹の足元から天に向かって火柱が上がった。全身が炎に包まれながら突き上げられる。真っ赤な火柱と思われたそれは、灼熱のマグマだった。
一瞬にして、余裕は消えた。
魔法障壁を張って防ぐよりも早く突き上げられ、宙に吹き飛ばされ、マナの身体が燃える。悲鳴が出るよりも驚きの方が強く、じわじわと焦りの感情が内側から沸き起こる。あの時感じたのと同じ感情が心の半分を支配している。あの時と同じように燃える自分の身体を見ながら・・・。
(身体が・・・燃える・・・これは・・・ダメっぽい・・・。)
諦めてしまった心に抵抗の意思は消え去っていて、燃えながら落下する地面にはマグマが池のように広がっていた。
そこまでを見たマリアは、味方を引かせ、自分もその場から少し離れた。なぜならこの魔法を発動した時、溢れ出るマグマを止める方法が大量の水か土で無理矢理圧し込むのだが、それだけのマナが残っていなかったのだ。
「流石先生だ・・・。」
「あぁ、あんな魔法は見た事が無い。」
魔法で規模の小さな噴火をむりやり発生させただけなのだが、それにはいくつか条件のうちの一つ、地中のマグマが一定範囲内にある事だった。マリアは様々な時代の自然災害を見て体験してきただけあって、大まかな位置は分かっていた。
「本当は研究したかったのだけど、仕方ないわね。存在されても困る訳だし・・・。」
火柱が消え、ドロドロと溢れ出るマグマの池がじわじわと広がる。倒れた仲間たちを回収しつつ、マグマから離れてその光景を眺めている。
「先生・・・あれは?」
「そうね、どうやって止めようかしら?」
対策を考え始めたそのとき、雨が降り始めた。だが空に雨雲は無く、降るはずはなかった。見上げた空の一部に大きな水玉が有る。その水玉が溢れ出るマグマに投下されると、蒸発する水が激しい水蒸気を発生させる。視線が世界樹から離れた一瞬のうちに、落下したはずの姿は消えていて、マグマの海には空から放出される水によってどす黒く変化していた。
感動の再会は無かった。
空中で受け止めたマナの身体は半分失っていて、元に戻ってはいない。その表面はどす黒くなっていて、腕と足は無いが頭はなんとか残っている。心配した表情でスーとポチもその姿を覗き込んだ。
「生きてるのか死んでるのか分からないけど、波動は感じるから・・・。うん、多分、大丈夫。」
その言葉の半分以上自分に言い聞かせているようで、ピクリとも動く気配はなく、黒くなった顔を布で拭ったが、煤はこびり付いたまま取り除く事が出来ず、諦めてその身体を大事に抱えてゆっくりと降下した。
やっとの思いで追い求めていた存在を見付けたと思ったら、火柱に包まれ空中で燃えていて、しかも完全に戦意を喪失していた。直ぐに消火して抱きとめたが、反応は無く、こんなに弱々しい姿は初めて見たかもしれない。
それが悔しくて、それが悲しくて、壊れてしまいそうな身体を強く抱きしめることも出来ず、ただただ眺めていた。肩が震え、涙が溢れて零れ落ちる。
遠くからこちらに向けられる視線に最初に気が付いたのはポチで、スーも直ぐに視線の方向へと身体を向けた。
太郎がマナの身体をスーに預けると、視線の先にあの女性の姿を確認した。ふつふつと湧き上がる感情が涙を止め、悲しみを上書きし、悔しさが燃料となって今までにない怒りの感情が太郎の身体を支配した。
「太郎さ・・・ん?」
いつになく真剣な表情を感じ取ったスーが恐怖を感じた。何故か足が震えていて、同じ感覚をポチも受けたようだった。邪魔をしてはいけない。という謎の共通感覚が歩き出した太郎の背中を見ている。
「む、無理はしないで・・・下さい。」
どうにか絞り出した言葉は太郎の耳に聞こえてはいても心に響かない。手足の無いマナの身体を赤子のように優しく抱きしめ、ゆっくりと前を進んで行く背中を見送った。
ゆっくりと迫ってきたマグマは姿を変えて動いていない。冷めきっていない為に周囲は異様な熱気で包まれている。
「あいつら空から降りてきましたよね?」
「あぁ、ただ者じゃないぞ。」
「先生、どうします?」
その熱気の向こうから一人だけがこちらへ向かってくる。歩みは早くない。
「あいつに魔法を使わせてはダメ。剣術はちょっと分からないけどそんなに強くない筈よ。一気に攻めれば対処可能な・・・。」
太郎はこの状況を理解して一人で進んでいるわけではなく、ただ怒りに身を任せているだけだ。その光景があまりにも異様で、マリアの言葉を詰まらせた。
「先生?」
改めて観察する。良く見ても二枚目には見えない顔立ち。それでも駆け出しの冒険者のような身体つきではない。しっかり鍛えているようだ。白い防具を身に付けているが、素材は柔らかいかもしれない。態々革製を白く塗っているのか?なんであんな袋を背負っているのかしら?帯剣も見た事の無い物だ。潜在マナの・・・・・・えっ?なにこいつ、底が見えない。私の魔法で呼び起こしたマグマをいとも簡単に止めてたわね。
「先生っ?!」
元教え子の声にハッとし、先制で攻撃すれば良かったと思ったが、自身の魔力は逃げる為の余力程度しか残っていない。
「攻撃しなさいっ。」
マリアに他国の兵士を命令する権限など無いが、教え子たちは命令を待っていた。そのくらいの信頼関係は成立していて、この命令が兵士達を動かし、太郎に襲い掛かる。殺意に満ちた者同士の血生臭い戦闘が始まった。




