表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/402

第49話 世界樹争奪戦

 マナはどう見ても子供だった。それだけに助けてあげようと思ってしまうのは大人だからだろうか。実際には8000年以上をこの世界で過ごし、500年を異世界で過ごし、戻ってきてからも既に50年が過ぎ去っている。素足に白いワンピース姿の少女は空から降りてきた女性と対峙していて、異様な圧力と恐怖感に包まれた男達がそれを見ている。少女を見捨てて逃げれは、この場は見逃される可能性は高いが、護衛の仕事を始めて10年近く経つこの男達に子供を捨てて逃げるという選択肢はなかった。むしろそんな場面に出くわすことが殆ど無かったので、危険な選択肢を選ぶようなことが無かったというのもある。だが、実際は足が(すく)んで動けないのであった。

 剣を抜いている男達に対してマリアの表情に大きな変化はない。不敵な笑みを浮かべて、右手をまっすぐ相手に向けた。


「あんたたちは逃げなさい。」


 マナの声が鼓膜を叩くが、動きは無かった。


「あんまり騒ぎにしたくないんだけど、仕方ないわね。また箱詰めにしてあげるわ。」


 異様なマナの流れが周囲を包むと、複数の火球が弧を描きながら飛んできた。マナを目標に放たれた火球はその全てが目標に衝突する前に見えない壁にぶつかって消える。それ以外は男達にも飛んでいったが突然目の前に男達と同じ程度の大きさの樹木が地面から現れ、火球が衝突して激しく燃え上がった。自分達の身代わりとなった木が一瞬にして燃え尽きると、そこには何も残る事が無く消えた。理解するよりも早い展開に男達は声も出せずにいる。


「やっぱり凄いわねぇ・・・。」


 小さく呟きながら次の魔法を放つ。世界樹(マナ)を相手に手を抜くつもりなど全くない。ただし、マリアにもそれなりの事情があり、全力を出せない制約が有った。強過ぎると嫌われる。それだけでも十分な理由ではあるが、やっと作り上げてきた自分の地位と立場まで壊してしまうわけにはいかないのだ。

 次々と飛来する火球に防戦一方の様に見えて、マナは防御しつつ反撃する好機を狙っていた。自分の身を守ることも出来ずに守られていた男達は、火球が命中する手前で何かにぶつかって燃えているところまでは理解した。だが抜いた剣を持っていても攻め入る隙が無い。


「なんなんだよこいつら・・・!」


 見ている事しか出来ない男達は歯ぎしりしながら悔しさを表情(かお)に滲ませる。魔法使いでこれほどの実力者なら冒険者達や軍人達に名前が通っているだろう。目の前にいる俺に仕事を依頼した女が軍関係者だというのは書類でわかってはいたが、第一印象は強さよりも美しさに目を奪われていて、それほどの強さは全く感じなかった。それ以上に驚いているのが少女の存在で、マナの激しい乱れを感じる事は出来ないが、守られている事実に、見た目と反して()()()()()()()()()ような安心感を覚えていた。足の震えが消え、状況を理解する思考力も回復したように思う。


「お前ら動けるか?」

「動けるが、あの魔法の応酬の中に突っ込めるのか?!」


 あれほどの威圧と恐怖は感じたことが無かったが、少しずつ状況を理解する事で、平静を取り戻してきた彼らが次に見た光景は、目の前の地面がえぐられて、まるで大波の様に覆いかぶさってくる、逃げる事も避けることも出来ない巨大な魔法だった。

 地面が落下するのを見ていた彼らの頭上にはいつの間にか防御壁が張られていて、彼らを避けるかのようにボトボトと土砂が落ち崩れていく。

 魔法を直接ぶつけるのではなく、魔法で地面をえぐって物理的な攻撃方法に変換する。イシツブテなどの様に小石を浮かせて相手にぶつけるのと同じで、自然物を利用しているのでマナの消費を抑える効果もあるのだから、多人数を相手にするときや長期戦になりそうなときにも有効な方法だ。

 マナの魔法はその両方を兼ね揃えた能力もあって、マリアにとっては戦いにくい筈の相手なのだが、マナ自身が正規の魔法をあまり得意としていないため、防御壁の効果が切れる前に反撃する。


「ちゃんとした魔法は苦手なんだけど。」


 愚痴のように呟きながら、周囲の草を一気に成長させて、そのままマリアの身体を包む様に覆いかぶさった。僅かな草の根でもあれば利用できるマナにしかできない特殊な魔法だ。むろん警戒していたが、発動までにもう少し時間がかかると思っていた。マナの流れも変則的でとても捉えづらい。一定の法則で流れているのが分かれば反撃する好機を逃すことはないのに。直接相手をするのにはもっとマナを開放しなければならないという事なのか。


「草の中に圧し込んでる・・・変わった魔法だな。」


 相手が見えなくなって、男達はかなり冷静になった。草に包まれていて魔法を放ってくる様子はない。


「子供なのに凄いな。」

「・・・まだ倒してないわよ。」

「でも、何にもしてこないじゃないか。」

「私がこれ以上何も出来ないのよ。」

「そうよ、抜け出すぐらい簡単なの。」


 マナからは見えない真後ろから声がする。確かに捕らえたはずで、草の中から抜け出すには転移魔法でも使わなければ不可能だ。

 だが、意外な事にすぐに化けの皮がはがれた。魔法を使わない者達はマナを感知する能力が極端に低く、擬態や幻影などに強い。だからこそ、突然現れた女の姿を本物だと思って斬りつけたのだ。

 護衛の男の攻撃で、女の姿は真っ二つになって消えた。


「な、なんだこりゃ・・・?」

「分身かしらね。それにしても助かったわ、思わず目標を変更しちゃうところだったから、本当に捕まえた方を逃がさなくて済んだし。」


 本物の方は草の締め付ける圧力に耐えながら舌打ちをしていた。


「世界樹相手に手加減なんてして勝てるわけないものね、今度は全力を出させてもらうわ。色々と苦労して手に入れたモノも失っちゃうけど、あなたさえ手に入ればドラゴン程度なんか駆逐して、今度こそ私が思い通りの世界を再構築してあげるわ。」


 草が突然炎に包まれた。炎は周囲を巻き込み、森の中であったが為に木々に燃え広がった。慌てて逃げる男達と、魔法障壁を張って身を防いだマナの周りにも、激しい炎が迫る。コルドーの町からでも見えるほどの巨大な炎は、荒れ狂うマナの激流に驚いた衛兵(コルドー)の信者達が事態を確認するために集まってきた。街道に近かった影響もあって、無関係の商人の一団や冒険者達にも注目の的となっている。

 騒ぎが大きくなったことで、いつの間にか炎の影響を受けない程度に離れた場所に野次馬が次々と現れ、その炎は、太郎達にも目視で確認できるほどだった。




 太郎達はマリアの情報を得て追いかける事にしたのが二日前。マナの姿や情報は得られなかったが、独特のマナの木の波動も感じなかったことがマリアが移動する先に居る可能性は高いと考えた。それに、他人の目を気にするようにこっそりと空を飛んでいったという事で、慌てて追いかけた。スーはバレないようにこっそりと追いかけるつもりだったが、太郎は全く気にせずに全力で追いかけた。マリアの方も世界樹の存在ばかりを気にしていた所為もあって気付かれることは無かったが、移動スピードが速く、追いつくほど速く飛ぶことは出来なかった。一日遅れでの情報の所為で、マリアが飛んでいった方向だけを頼りに追いかけたが、コルドーに向かっているだろう事は、裏ギルドの顎髭のおっさんのおかげですぐに予測できた。魔力の枯渇が無いように時折休んで、スズキタ一族の村で手に入れたマナの回復を促進する薬を飲み、マリアが一日で移動した距離を半日遅れで通過する。

 かなり無理をして移動しているが、太郎のマナの豊富さには驚かされるばかりだ。ポチがマナの枯渇で脱落したからといって、捨て置くようなことはしない。ポチを太郎の背中にロープで縛り付けて、浮くのが精いっぱいのスーの腕を掴み、高高度からコルドーの町を僅かに確認できるほど近づいた時、町が燃えたように見えた。実際は森の一部が燃えただけだが、その少し前から、太郎はマナの波動を感じ取っていた。だからこそポチとスーを牽引してでも先に進みたかったのだ。

 

「あの炎はいったい・・・なんだろうな。」

「魔法で発生した炎に見えましたけど、ちょっと()()()()ませんかね?」


 見えただけで、何が発生しているのか詳細は解らない。足元は森が広がり、唯一整備されている街道には馬車や人の姿が見える。モンスターはあまり見かけないのはしっかりとした警備が行われているのだろう。時折、行き交う人達が足を止めて情報を交換しているのか、人だかりが出来ていた。


「ここは焦らず情報を手に入れていきませんか?」


 世界樹(マナ)様が関わるとすぐに無理をしてしまうので、スーは太郎を少しでも休ませたかったが、自分の声に疲労が出ていて、逆に太郎に心配させてしまった。ポチに至っては太郎に身を預けていて、発言権が有るとは言い難かった。街道横の森の中に降下をして地上に立つと、ポチを背中から降ろす。ポチにしては珍しく、あのドラゴンとの地獄の修業した後の様にぐったりとして元気がない。


「大丈夫?」

「す、すまん。太郎に迷惑をかけるつもりはないんだが。」

「ポチさんも遠慮しないでポーション飲んだらいいんですよー。」

「しかし貴重品だろう?」

「貴重品だって使わなければガラクタと同じだよ。それに材料さえあれば作れるみたいだし、気にしないで使って。」


 二人に言われれば飲むしかないのだが、実はポーションを飲むのを躊躇う理由が他に有って、ポチが飲むには味が悪すぎるのだった。渋くて苦くて、コクが有って不味いのである。なんでこんなモノが飲めるのか不思議なくらいだ。皿に注いでもらってポチが飲んでいる間に、コミュニケーション能力に優れたスーがサラッと人だかりに混ざる。


「・・・あぁ、そうだ。誰かが戦っているようなんだけど、マナが激しく振動してさ、これを見てくれよ。」

「魔物探知機じゃないか、珍しいのを持っているな。」

「これ結構高かったんだぞ、それが真っ白に燃え尽きちまったんだよ。」

「真っ白になるって、普通は真っ赤になるんじゃないのか?」

「真っ赤になり過ぎるとマナを感知して振動する仕組みが強くなり過ぎて壊れたんだよ。真っ白になったのなんか初めてだぞ。勇者が来たって壊れなかったのに。」


 魔物探知機とはマナを感知して反応する魔法の適性を調べる道具を改造したもので、市場にはあまり出回らないモノだった。それだけに値段が高く、一般の冒険者には手が出せない。しかし。魔法に長けた者ならなくてもマナを自身で感知する能力が有るので、マナの適性が低い者にしか用がない。


「ちょっとよろしいですかー?」


 疲労を見せない営業スマイルは、大抵の男ならイチコロである。


「お、女の冒険者か。あんたもコルドーに行く途中か?」

「そうなんですよけどー、なんかあったんですかー?コルドーから来た人達がこれほどかたまっているのが珍しくて。」


 コルドーに向かっている以外は全部口からでまかせで、情報さえ聞き出せればいい。


「そうなんだよ、どこの誰だか知らないが、すんげー魔法を使ったみたいでさ、さっきなんか森が燃えたんだぜ。」

「本当ですか?!」

「ああ、これから向かうんなら気を付けた方がいい。」

「ありがとうございますー。それにしても魔物が大量発生したんですかね?」

「コルドーを直接攻めてくる魔物の群れなんて建国当初ぐらいで、もう何十年も魔物なんかが攻めてこないぞ。これは俺の予想だが、勇者が現れたんだと思う。」


 もし勇者が現れたのなら敵はいったい・・・そう考えた時、太郎がスーの肩を叩いた。振り返るといつも以上に真面目な表情で言った。


「あの波動を強く感じる。良く分からないけどなんかすごいのが来るよ。」

「それって・・・。」


 そのあとの言葉を続ける事が出来なかったのはスーだけじゃない。周りに居た者達のほぼ全てが動けなくなった。


 大地が激しく震動したのだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ