番外 勇者
番外編です
勇者は初めから勇者ではなく、結果的に勇者として呼ばれるようになった。最初ただの旅人だったが、行く先々で小さな事件に巻き込まれ、いくつもの魔物を退治し、時には盗賊や山賊も撃退し、有名冒険者として名前が広まってゆく。
彼が行く先々で事件に巻き込まれるというのは、違う視点で見れば、彼が行く先に事件が起きる。そう解釈される事も有り、彼が来ることを嫌う人も多くいた。
「奴が来ると魔物が来る。」
「あいつの近くには死神でもいるのか。」
「近づくと死ぬから近づくな。」
勿論、彼が何かしている筈もなく、彼の周りに事件が多いのだから、トラブルメーカーと呼ばれてしまうのは諦めていた。ただ、旅に出た理由は単純に嫁捜しだった。自分が好きになるような女性が地元にはいなかったから、旅に出た。魔物を倒して有名になりたいとか、前人未到の地を冒険したいとか、人々の役に立ちたいとか、大きな夢は無く、最初は共にしていた仲間も増えたり減ったりして、いつの間にか一人になっていた。
人によっては最も青春を謳歌する年齢の時、彼は常に一人だった。魔物退治を生業とし、一つの町に10日と留まらず、次々と町や村を渡り歩いていて、女性を好きになる暇なんてまったくなくなっていた。
そんな彼はその類稀なる運動能力を発揮して、現れる強敵を次々と倒し、魔王を自称する凶悪な魔族が出現すると、幾つもの国から彼に討伐依頼が舞い込んできた。断る理由もなく、誰かの為に戦っているのが当たり前だったから、一番近い国へと向かった。
出現したのは確かに凶悪であったが魔王ではなかった。助けた国では彼を勇者と称え、多くの褒賞を受け取った。一夜の戦いで勝利したのち、すぐに次の国へと向かい、魔王の手下と思われる魔物を次々と倒す。すでに滅亡寸前の国にも訪れ、一匹残らず魔物をなぎ倒した。しかし、彼一人の活躍で全ての国を救えるはずもなく、彼が救った国は、彼が不在となると別の魔物が現れ、世界は次々と魔族の手に堕ちていった。
数年の月日が流れると、魔物に対する対抗手段はほとんど失われていた。一人で戦っていた勇者には、多くの協力者が間接的に、少ない仲間が直接的に、彼を助けたが、魔王に挑むときは一人だった。後世に残るような伝説の武器を持っていたわけでもなく、絶対的な正義感を持って戦っていたわけでもなく、ただ他人よりも優れた能力を唯一持ち合わせていたから戦えたのであり、自分しか戦える者が残らなかったから一人だったのだ。
本人にとって楽しいはずの未来予想図は、全て魔王が奪い去っている。魔王を倒さなければ未来はなく、自分が死ねば、やはり未来はない。
もはや意地だけで戦っていたが、それでも数々の戦いを繰り返し切り抜けてきたその実力は魔王を凌駕した。苦しみに歪む表情の魔王を追い詰め、とどめを刺す。怯えて逃げだす魔物の群れを見た時、全てが終わったような気がした。
全ての生物にとって多くの命が失われた時代であったが、これからは安心して暮らせるだろう。そして、故郷を旅立った時の彼は10代だったが、終わった時には40代目前だった。それまでの戦いに明け暮れた日々を思い出したくもないし、素敵なお嫁さんを見付ける事も叶わないまま、滅びた故郷に帰った。誰一人住んでいる筈のない、生まれ育った最初の土地に。
多くの財宝が彼の目の前にあった。魔物を退治した時に受け取った報酬も、使うところが無ければ宝の持ち腐れで、魔王と戦う前の数年間は、使う相手もなくなっていたので、自宅の近くに作った倉庫に山のように放置されていた。
狩猟と採取から始まり、農業をはじめ、家畜を飼うようになった頃には、彼の周りに人が集まり始めていた。もう結婚する意志も無くなり、ダラダラと生きていければよい程度に考えていたのだが、50代も過ぎて多くの人達が安定した生活を送るようになると、彼のところには若くて美しい女性が詰めかけてきた。
強く逞しく、大金持ちで、堅実な生活を送っている彼は、実は多くの女性の憧れの存在だったのだが、本人は気が付くこともなく、女性達は彼が戦う為の足枷に成ってはならないと自重していたのだ。しかし、自重する必要のなくなった平和な世界で、彼の勇者の住む村を知ると、多くの女性が詰めかけた。村で自慢の美女軍団から始まり、商人の娘、腕に自信があったり、美貌に自信があったり、さらには元貴族や元王妃など、国が滅んで行先を失った人たちまで集まってきた。
彼女たちの目的は、世界を救った英雄との繋がりを持つ事と、安定した生活と、勇者の子孫を宿したいという妊娠欲であった。実際問題として男はかなり減っていて、勇者に限らず、財産に余裕のある男であればハーレム状態だった。その中で勇者は一級品の扱いだが、魔王を打ち滅ぼして以降の数年間は、所在不明だったのだ。勇者の故郷の村は全滅しており、人っ子一人いない状態だったから、狩猟と採取で細々と暮らしているとは思わなかった。
毎日が女性の川に流され、津波と洪水がいっぺんにやって来たような女性の告白ラッシュに、最初は信じられなかったが、とある皇族の女性の一言で考え方を変えた。
「勇者様のようなお強い方の子孫を残せれば満足なのです。これだけの女性に囲まれて一番になりたいとは思いませんし、婚姻や契りを結ぶなど、今の時代には相応しくないでしょう。」
人口も減り、男も減り、考え方も変化する時代で、種族問わず未来を託すべき子孫を欲するのは当たり前のことで、勇者のところにやって来た美女の軍団は種族など関係なかった。普人に限らず、獣人、エルフ、天使、魔族、あらゆる亜人種の他に、人間の姿に似ているだけの魔物までもが彼に抱かれることを望んでいた。
勇者はまともな生活する暇もなくなるほどの肉の森の中で、丁寧に一人一人相手にしていた。本当はもっと落ち着いた夫婦生活を夢見ていたが、性欲を吐き出すところを失っていた彼は、たった1年で千人近い女性を身籠らせた。流れ作業の様に子種を受け取って帰る者だけではなく、愛を持って接してくる者もいたから、最初の頃は複雑な心境だった。数週間も経過すると、どこに居ても女性が身体を求めて来るので、一か月以上家から出ない日々も有った。
正確な統計や資料が無い為に不明な部分は多いが、出産ラッシュは10年ほどで終わり、世界中のいたるところで1万人近い子供が種族問わず勇者の子孫として生まれる事になり、魔王を倒した伝説よりも有名になっていた。
あれから数千年が経過して、もはやだれが勇者の子供なのか分からない時代に、各地で勇者が現れた。自称勇者ではなく、身体のどこかに不思議な文様のような痣を持った子供だった。どうしてそれが勇者の印として伝わったのかというと、遡ること数百年前、16歳になったある少年が村を襲った巨大な魔物を退治したという話から始まる。
彼はたった一人で魔物を倒したのだが、その時にいくつもの不思議な力が備わっていた。
滅びる事の無い肉体。
急激な成長。
マナの不規則な強力な魔法。
29歳になると失われる。
滅びる事が無いというのは、たとえ肉体が粉々に砕け散ったとしても、死ぬ前の正常な状態でどこかの地に復活するという、いい意味でも悪い意味でも死ぬことのできない能力で、本人たちもどうやって復活したのかは分からないという。
急激な成長は、一般的に10年は必要になる修行を1ヶ月で身に付けてしまうという特異体質。
マナの不規則な魔法は、天候を操るほどの威力で、最も強かった勇者は星を降らせたという。
そしてほとんどの者が29歳になったと同時に力を失うのだが、戦闘技術と魔法は老化する程度にしか減少しないため、それと気が付かずに戦い続ける者も多く、死なない事で無茶な戦いをする癖があり、闇雲に突っ込んでそのまま命を落とす者が多数存在した。
29歳だったとは死んでから周りの者が知ることで伝わったのだが、勇者の力を持っている事に気が付かないまま生活を続ける者もいて、この世界のどこに勇者がいるのか分からなくなっていた。
伝説の勇者物語に登場した彼の勇者はとてつもない強さではあったが、一般の男性とそれほど変わったことは無かった。その能力が特異であったし、出生に秘密が有ったという逸話もない。後世に魔女という存在が現れたことで、それらと混ざり合い、幾つもの偶然が必然となって現れたのではないか。というのが現在の一般的な解釈である。
勇者と魔女の因果関係は歴史的な資料は一つもなく、魔女が多く現れた時に勇者は存在していなかった。勇者が何らかの魔女の魔法技術で生み出されたと言う噂も有ったが、生き残った魔女も少なくなり、現在は勇者の方が人々の前に多く現れている。
しかし、勇者の存在は実に邪魔であった。目的が有って、達成すれば消えるようなご都合主義とは無縁で、そこら辺に現れて、そこら辺を自分の目的の為に荒らしまわり、ときには金の為に国を相手にする者まで存在した。
戦って倒しても、強くなって再びやってくる。勇者の存在を巧く利用する方向で受け流すことにしたが、それでも破壊的な能力の数々は受け流すだけでもかなりの難事業であった。勇者の勘違いで滅ぼされた国もあり、勇者が正義の味方ではない事が世界中に知れ渡った事件でもあった。
結局、勇者とはなんであるのか?
その疑問と謎は現在も継承していて、地獄の果てであろうとも現れる勇者を多くの人々は恐れた。最強と謳われるドラゴン一族でさえ、積極的に関わろうとはしないのだから、可能な限り放置している現状は、いつ崩壊に向かうのか分からない状態でもある。
そして、最後の謎の一つとして、勇者が現れた土地に他の勇者が現れないという最大の謎は、今も研究され続けている。