第46話 情報収集
訪れた裏ギルドにて、スーがカウンターで手続している。受けるのではなく、依頼主として。
「本当にこっちでいいのかい?確かに正規には出しにくい依頼だけどよ。」
「あの女の人に関する情報ならとりあえず何でもいいです。同じ情報だった場合は報酬なしですけど、新情報なら20銀貨を2枚。有力だとこちらが判断したら5枚は最低でも出しますよ。」
依頼を受け付けている顎髭の少し長いおっさんは内容を書き込んで少し考える。
「俺も金欲しいからよ、今言っても良いかい?」
「もちろんですよー。ちょっと書くんで待ってくださいね。」
袋から取り出したノートと鉛筆をスーに渡す。このB5の大学ノートは久しぶりに見たな。ずっと昔に使ってたが、それは俺がこの世界に来る前の、しかも学生の時以来だ。受け取ったスーが鉛筆を不思議そうな表情で見ていたが、文字をノートに書きこんで消しゴムで消す事を教えると、目が輝いていた。
「こんな便利な物見た事ねぇぞ。」
顎髭のおっさんの感想だ。スーも同様のようで、俺もメモを取っていた事は有るが、人に説明して使わせるのは初めてだ。この世界で紙は貴重品だし、インクが無ければ書けないのだから、書いたり消したりできる鉛筆は相当凄いのだろう。まぁ、今はそんな事よりも情報だ。
「マリアって言えば、かなりの魔法の使い手で、殆どの魔法が使えるらしい。回復魔法も使えるって言うのは噂だが、使えても不思議は無いと思う。」
聞いた内容をスーがノートに書く。書き終えると視線がおっさんに向く。おっさんは飲み物を用意しながら煙草に火を点ける。口に咥えたままコーヒーが三つ出てきた。ポチは水でいいの?ここで俺の魔法で出した水は、目立ちたくないから使わない事にしているので、本当にただの井戸水だ。
「ん~、こっちに住んでるやつなら知ってて当り前の事でも良いのか?」
「いいですよー。」
「5年位前に大規模な兵員募集が有って、その時に最高の成績で合格したのがその女だ。幹部候補として3年間やった後に、今の代将に成って、城の隅っこで小さな司令部を構えている。」
代将?ってなんだろ。
「代将ってのは将軍の一歩手前だな。将軍の代わりに先頭に立って指揮する事も有るが、基本的には将軍が何らかの理由で指揮ができない時の代理的扱いだな。彼女は16人目の代将でそのまま16代将だから、まず呼ばれることはない筈なんだが・・・。」
白い煙を吐き出すと、タバコの灰を灰皿に落とす。
「半月ぐらい前に戦争が有ったのは知ってるだろ?」
「知ってます。」
「そんときの指揮官になってるんだよ。ちょっとおかしいんだよなあ。国境での戦闘なら最低でも8代将以上が出てくるはずなんだけどよ。城から出てった部隊も500人くらいだったし。」
理由が分からないと疑惑になる。軍人が特別扱いされる国ならなおさらだろう。序列というモノは必ずある訳で、16番目が一番下だという事はこの会話で理解できた。
「なにか裏が有ると?」
「国中から集めれば軍人だけでも5万くらいはいるから、ティローズ辺りで集めるんだろうけど、これも噂なんだが、魔物と取引したっていう・・・。」
魔物が現れたのは知っているが、それを言おうとしてスーに口を塞がれた。
「国同士で戦うのに魔物なんか雇ったら色々と不味いんじゃないですかねー。」
「あんたら魔王国から来た冒険者だから知らんかもしれんが、この国じゃ魔物との争いを無くすために取引する事も有るぞ。まぁ、一時的に過ぎんけどな。戦争に参加したことも過去に何度かあったらしいけど、公式には一切記録されないらしい。」
「魔王国と比べたら軍人の質で劣りますもんね。」
「悔しいがその通りだな。」
渋い表情をしているが、その口調の軽さからは言葉ほどの悔しさは感じられない。
「他に何かあります?」
「そーだな・・・無駄に金持ちってくらいかな。」
「なんでそんな事が分かるんです?」
「いつだったか、魔物退治であの女が最前線に砦を作った上に兵舎まで作って、しかも国からの援助なしに人を集めて、普通なら半年ぐらいを予定していた大規模な魔物退治だったんだが、一か月もかからないうちに収束させたらしい。今じゃそこは町として機能していて、魔物とも仲良くやっているっていうくらいだから、相当な金が動いたはずなのに、国庫からは一枚の金貨も出なかったと。」
「それ、事実なのか疑いたくなりますね。」
「俺も信じられんが、そのおかげで若いのに代将になったんだ。コルドー神教国出身の貴族って言う噂も有ったくらいだが、ただの噂だったけどな。」
「若いんですか?」
「ああ、まだギリギリ20代のはずだ。出身地についても不明だ。」
魔女であれば若さを保つ事も可能で、その上で年齢を偽っていると考えるべきだろう。
「代将になっているのでしたら、公になっている情報もあるんじゃないんですか?」
「名前と年齢、それに一部の得意技能と、勝利した戦績くらいだな。直属の部下に若い男を連れているが、そいつも謎が多くて、どこかで拾ってきたらしいしな。・・・で、この中に知りたい情報はあったかい?」
「残念ですけど。」
そう言って報酬を支払う。
「ん?これ、20金貨だぞ?」
「宿代と食事代です。必要な情報を手に入れるまではちょっとコソコソしたいので口止め料も入ってます。部屋は裏口のある角部屋が有れば、そこに。」
「あんたたちの方が何か抱えてそうだな。まぁ、受け取った以上は約束は守るから安心してくれ。裏ギルドも信用が無いとやっていけないんでな。それに、最近冒険者が少なくて利用者も激減してるから助かる。」
「そういえば冒険者の人をあまり見かけませんでしたね。」
「勇者とか魔物とか戦争とか、厄介な事を三つも抱えている国だからな、冒険者になる奴よりも軍人目指す奴の方が多いんだ。農民になって国からの補助を受ける事も可能だが、安全な土地が少ないし、開墾するにしてもやっぱり魔物が邪魔だからな。」
情報を要約して忘れないうちにノートに書きこんでいると、大きな鼾が聞こえる。テーブルに乗せた腕を枕に涎を垂らして寝ている。
「こんなところで寝るって、お前の旦那は度胸があるな。」
旦那ではないが否定はせず、起こそうと思ったが止めておくことにした。鼾をかいて寝ているのも珍しいが、こんなにぐっすり寝ているのはもっと珍しい。この10日間ほどは、ほとんど寝ていないのだ。
「閑古鳥が巣を作って雛まで産まれてくるぐらい暇だから好きな部屋使ってくれ。」
「じゃあお言葉に甘えて。」
「メシはどうする?」
「ポチさn・・・ケルベロスの好きそうな生肉を用意しておいてください。食事は必要になったら私が直接来ますので。」
「・・・あんたワンゴを捕まえたスーだろ?やっぱり有名人は目立つ行動を嫌うか。」
「おやー、もうこんなところにまで広まってましたか。」
「あいつはかなり大物だからな。捕まえたのがあんたなのにも驚いたが、冒険者カードを見せてもらった時に納得したよ。」
「ワンゴについては記録されてないですけどねー。」
「しかし、リーダーじゃないんだな。それに一人いないようだが。」
「そこから先は知らない方がいいですよ。うちの旦那様は怒るとちょっと怖いですよー。」
「あんたが怖がるってくらいなら止めておくよ。・・・あの姿からは強そうには見えないけどねぇ。」
行動や所在を隠しておきたい主な理由の殆どは太郎に有るが、勘違いしてもらっても一向に構わない。そうすることで太郎を守れるのならスーは積極的に行うだろう。
客は自分たち以外存在せず、周りに迷惑がかかる事も無かったので、依頼内容をまとめた紙を確認して、張り出されるのを眺めていた。ほどなくして運ばれてきた生肉を、ポチが満足そうに食べているのを見ていたら、自分もおなかが空いたような気がしてくる。そろそろ太郎を部屋に運ぼうかと思ったが、椅子ごと持ち上げようとして太郎の身体を一ミリも浮かせる事が出来なかった。ポチがこちらを見る。
「気にしないで喋っていいですよ?」
ポチがマスターの視線を気にしたが、一瞥しただけにとどめた。
「その背負ってる袋の所為だ。」
「あー、そうでしたね。」
結局、太郎をゆすって優しく起こしたが、寝ぼけたような状態でよろよろと歩く太郎を部屋に連れて行く。二人でも大きすぎるぐらいのベッドに座らせ、袋を下ろすようにうまく誘導し、身体を横にすると、そのまま寝てしまった。
「俺も寝るぞ。」
ポチは裏口のドア付近に陣取ると、静かに両眼を閉じた。スーは太郎の寝姿に対して心の中でマナに何度もあやまりつつ、太郎の背中にピッタリと寄り添って、温かさと匂いを感じながら疲れた身体を休めた。
翌日。正確には午後も日が傾いた頃で、情報はまだそれほど集まっていなかった。5枚ほどの紙を受け取り、一枚ずつ確認する。しかし、太郎の姿は無かった。
「あんたの旦那はまだ寝てるのか?」
訂正はしません。
「ここのところほとんど寝てませんでしたから。」
ペラペラっとめくり、5枚のうち1枚だけ気になる情報が有った。
「この大きな木箱って中身は解りますかね?」
「人が入るくらいの大きさなら、武具関係の場合が多いかな。もちろん確証はないが、服とか靴とか、衣類関係の場合もあるし。」
「運び込まれた次の日の朝に同じ箱が運び出されたと書いてありますので、一時的に荷物を預かるとかあるんですかね?」
「ない事もないと思うが、普通は城の中に運び込まれた木箱は空箱になってまとめて運び出されるから、同じ箱だけが運び出されるのは珍しいな。」
それだけでは何も解る事はない。気になると言っても、本当にただ気になっただけであって、特に理由もなかった。情報が来るのを待っているというのも暇なので外に出たいが、太郎はまだ寝ているし、外で目立つ行動はしたくないし、人はなかなか来ないし、スーは何もできない歯がゆさを感じているが、待つという選択しかなかった。