第5話 買い物
メインストリートを歩く。馬車が通ることもありなかなか広い。いかつい姿の冒険者もそれなりにいるようだ。頭の上の耳をぴょこぴょこさせて、尻尾を垂らしている人の姿も見える。
「あれが獣人かな。」
「あれは人狼族ね。結構強くて足がすごく早いのよ。」
「へーっ。」
大きい家もあるが二階建ては少ない。到着したのが昼前ぐらいなので、屋台で何かの肉を焼いているのも確認できた。匂いは良いな。美味そうだ。
「宿屋はどこだろう?」
「アレじゃないかしら。」
マナが指で示した方向には、二階建ての大きな建物で入り口が大きく開かれている。町の中心ぐらいの位置のようだ。近づくと人が多くなってきた。マナが俺の腕にしがみつく。そのまま宿屋に入ってカウンターらしきところへ。
「いらっしゃいませー。」
獣の耳のようなものはないので人間だろうと思う。ぴょこっと、髪の毛に隠れている耳が出てきた。猫耳だ、これ。
「あのー、部屋空いてます?」
「ごめんなさいねー、ベッドが一つの部屋しかないけど、それでよければ。」
「いいわよ。」
「うん、じゃあその部屋で。」
「予約ですか?すぐ部屋に行きますか?」
「もう少し町を見て歩きたいので予約でお願いします。」
猫耳の女性は俺達二人を見て、怪訝そうに言った。眉毛が少し下がる。
「あなた達この町初めてよね、見た事ない服装してるけど・・・お金はちゃんとあるのかしら?」
「・・・いくらですか?」
「20銀貨三枚ね。」
それが高いのか安いのか判断できないが、マナを見ると頷いたのを確認する。金貨ではなく金塊は持っているので、袋の中から箱に入った金塊を中身だけ取り出して、それを見せた。
「金しかないんですけど、換金所ってありますかね?」
少し驚いた表情をする。
「え、えぇ、あるわよ。隣の店でやってるわ。」
「あと肉の加工所ってないですか?」
「それなら通りの反対側の店でやってるけど・・・お兄さんお金持ちなのね。ごめんなさい疑っちゃって。」
「いえいえ、かまわないですよ。俺も先に換金してくればよかったと思いますから。」
猫耳の店員は営業スマイルを作りながら、木の板を取り出した。
「ご予約のお名前は?」
「スズキタで。」
「かしこまりました。」
木の板に”スズキタ”と書いてあるのだが、見た事もない文字なのに読める。コレが神さまのくれた技能か。便利だなー。その板を受け取り、「お金はまた来た時に払います」と告げた。
予約が終わったので隣の換金所に行こうとしたときに、マナに訊かれた。
「なんで太郎じゃないの?」
「カプセルホテルとか泊まるときに偽名を使うのがかっこいいみたいなのがあってさ、出張で帰れないときとかによくやってたんだ。後、なんか本名言うのがあんまり・・・ね。」
「そう?変な名前だとは思わないけど。」
「いつもスズキタ一族の話するだろ。それに、俺の名前さ。」
「あー、そう言われればそうね。確かに似てるわ。」
「ある意味間違ってないからいいじゃん。」
笑いながら換金所の入り口に行く。俺の他にも客がいるようで待っているみたいだ。ただ、金を扱う場所なので銀行のように受け取るまでは動かないだろう。10分ほど待ってから俺の番が来る。金塊を取り出してカウンターに置く。
「金貨一枚分を銀貨にして残りは金貨で下さい。」
人間のおっさんが俺を一瞬睨んだようだったが、目つきが悪いだけだろうと思う。
「・・・確認させてもらうよ。」
「どうぞ。」
重さを量ったり、見た事のない道具で金塊を調べている。カウンターには銀貨22枚と金貨9枚が乗せられた。
「200金塊だな、今時珍しい。」
「そうなの?」
と言ってマナを見たが、珍しいかどうかはよくわからないらしい。
「20金貨9枚と20銀貨22枚。ちゃんと確認してくれよ。」
カウンターに乗せられた時に確認しているので問題はなく、袋の中から小さな袋を取り出して、金貨を詰め込んだ。もう用はないのですぐに肉の加工所へ行く。加工所に入る前に箱を取り出し、中のウサギが生きているか確認をする。よかった、生きてた。
袋を背負い、両手で箱を持ち上げると扉が開けないのでマナに開けてもらう。中に入るとたくさんの肉が吊り下げられていて、肉を切っている人達がいた。俺に気が付いた一人が包丁片手に近づいてくる。職人顔したおじさんだ。
「持ち込みかい?」
「そーなんだけど頼めるかな?」
蓋を開けて中身を見せると、角を掴んで持ち上げた。
「なかなかいいモノだな。20銀貨2枚でいいぞ。」
箱ごと相手に渡してから思いとどまる。こんな大きい物を丸々肉にしても保管しきれない。
「これ全部肉にしても持ち帰れないので、加工してもらって一部貰うとかでもよいですか?」
「これ結構いい肉だけどいいのかぃ?」
「食べきれないと腐ってしまうだけなので、いったん引き取ってもらって、3割ぐらい持ち帰るかな。」
「残りを売り物にするからこっちがだいぶ儲かるけど、本当に良いのかい?」
「いいです、いいです。全然かまわないですよ。」
「そうか。まあ、あんたがそう言うなら良いんだが、加工は明日の午後ぐらいになるよ。」
職人顔のおじさんは他にも仕事を請け負っているので、少し話をして、受け取りに行くのは明日の夕方ごろにした。一泊の予定だが二泊してもいいだろう。店を出て、今度は服屋を探す。あまり大きいと感じなかった町だが、メインストリートは冒険者らしい人達と、商人のような人達が行き交っている。馬車もあちこちにあるし、屋台がいくつも並んでいる。見た感じ獣人の姿も結構な人数を確認できた。服屋を探すのは無駄に苦労したが、町並みを見るのはそれなりに楽しい。一人で歩いているわけじゃないのも十分楽しい理由になる。結果、服屋は無かったが、服を運んでいる商人に直接売ってもらえることになった。服屋がどこにあるか訊こうとした相手がその服を運んでいる商人だったのだ。
「お兄さん、変わった服を着ているがどこの出身だね?貴族だとしたら護衛はいないし、女の子は連れてるし。」
俺の体格とマナの身体をじろじろと見てから、何種類かの服を出してくれた。悩んで選ぶほど豊富ではないようだ。俺は質問に対して質問で返した。
「治安悪いんですか、この辺りは。」
「良い方だと思うよ。国境に近い位置だが、魔王国と公国の兵士が交代で警備に来る。海も近くて以前は海運業も開始されたんだが、海の魔物に沈められることが多くて陸路が主流だな。」
「その兵士って今日もいるんですか?」
「・・・どこかに紛れているんじゃないかな。見た目で兵士だって解ると居ない日に犯罪が増えるし、双方とも負担を減らしたいから、冒険者っぽい服装をしているよ。」
女性用の服は俺のセンスで選ばないほうがいいと思ったが、選ぶほど種類はない。むしろ、マナって服が必要なのか?と思ったが、いつも白いワンピースを着ているのでたまには変えた方がいいと思う。どこから用意した服なのかは知らないが。用意された服の手触りを確かめながら返事をする。肌触りはどれも変わらない。ちょっとザラザラする。
「兵士の人がいたらちょっと話を聞きたかったんですよ。あ、これ全部下さい。あと俺が被ってるような帽子有りますか?靴もあれば見たいんだけど。」
買ってくれる人に商人は優しい。しかし確認は怠らない。
「靴は高いけどお兄さんお金足りるかい?」
「金貨で足ります?」
「ok、一番良い靴と帽子を出そうじゃないか。」
そういって俺に見せた物は・・・帽子はなかなか良かったけど、靴は全然ダメだった。革製の帽子はちょっと硬いが、使い続ければいずれ柔らかくなるだろう。靴はサイズが合わなかった。どれもみんな小さい。一番大きい靴でも、足を入れたらきつ過ぎる。
「・・・お兄さん足大きいな。背も高いし、なんか異国の人間って感じがするよ。まあ靴はダメとして、他はどうするかい?」
服は試着したところ問題なく着れた。少し痛いけど慣れるだろう。下着ってないのか・・・そうですよね、無いですよね。ズボンはベルトがない。あ、これ紐で縛ってるのか。ベルトを見せてこれと同じものがあるか訊ねたけど、ある事はあるが今は持ってないとのこと。残念。まあベルトも予備をこれでもかってぐらい買ってあるから多分大丈夫だと思うことにする。とりあえず、代金として金貨を渡そうとすると、断られた。
「20銀貨8・・・いや、7枚でいいよ。お兄さんは不思議な感じがするけど、金払いがよさそうだ。今度魔王国に来たらうちの店に来てくれ、もっといいモノがあるよ。なければ作るさ。」
何かを差し出してきたので受け取る。20銀貨を7枚渡す。価格は安いんだと思うことにする。
「これは・・・名刺かな?」
”服飾と仕立ての店[ポール・マッカル]”と書かれていた。もちろんよくわからない文字で書いてある。読めるだけで書けない。すごくきれいな装飾が施されていて、文字は彫り込まれている。特別感が凄い。
「俺が店に居なくてもそれを見せたらちゃんと対応してくれるはずだ。城下町で2番目に大きい宿屋の隣にあるから迷うこともないよ。」
魔王国も城下町も知らないという余計なことは言わない。マナが見たいとせがむので渡す。
「これから公国に向かうんですか?」
正式な公国の名前は知らないが、知っているぞーって感じを醸し出す。なぜか何にも知らない人間であることに身の危険を感じたからだ。
「そうなんだけど、家に帰るのは一か月後ぐらいになりそうでね、親父が体壊して、職人専門でやってたのに配達する羽目になったんだ。」
「大変ですね。」
「大変大変。旅は慣れないし、護衛には金掛かるし。親父は剣術も強かったから護衛が少なくて済んだんだが、俺はからっきしだから。・・・あ、退屈そうにしているそっちのお嬢さんが喜ぶものがあっちの屋台にあるよ。」
マナは欠伸をしていた。昼寝しないよね?
「何があるんです?」
「公国の特産品、飴と蜂蜜さ。保存にも強いし、飴をなめると次の日には元気100倍とか言われているよ。ちょっと高いけどお客さんなら大丈夫だろ。」
一粒300メートルよりすごいな。そんな飴あるんだ。マナの興味はもう次の屋台に向けられている。受け取った服を袋に詰め込む。帽子は今のものと変えた。革製のしっかりとした帽子で、どことなく工場内を歩く時に被った帽子に似ている。それを見ていた服屋の人はちょっと吃驚していた。あんまり詰めているところは他の人に見せない方がいいかな。・・・気を付けよう。それにしても蜂蜜は買ってないな。必要になるとも思わなかったし。マナは悩む暇を与えてくれそうにもなかった。