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第44話 立場

 七日目にやっと、ガーデンブルクに入ってから最初の町に到着した。ティローズと呼ばれる町は農耕が盛んで、町の規模はかなり大きく、王国軍専用の駐屯兵舎まである。

その町で最初に利用する施設は、宿屋に行く前に旅人や冒険者が立ち寄るべき場所だった。


「あ、手続してないけど大丈夫かな・・・。」


 久しぶりに取り出した冒険者カードには出国手続きを記録していない。スーは太郎を追いかける直前に受け取った紙を取り出し、説明する。


「ダンダイル様から臨時代行の手続き許可を得た紙を貰いましたから、この町での入国は問題なく出来ます。」


 戦争が多かった時代、ギルドにも悪影響が出て、活動がしにくい時期が有ったため、緊急の処置としてギルドの印を記した紙を見せれば別の国のギルドでも手続きできるようにしたのだが、結果として偽造も増えてしまい、結局のところ通信技術を開発して、ギルド間での特殊な連絡手段を用いる事となった。機械装置はギルド内部でもトップシークレットの扱いなので殆どの人は知らない。

 ダンダイルに感謝しつつ冒険者ギルドに行くと手続きは問題なく行われ、ポチの安全性についても良好という記述が有った。縄を首に引っ掛けて歩き回る必要が無くて良かったとおもう。


「とにかく一度宿屋で休みませんか?」


 スーの身体もかなり限界に近いが、健康状態に問題はなく、太郎の身体を心配する方に神経を使っている。美女に介抱されながら宿屋に入っていく弱々しい男の姿は、町の不良どもに狙われやすいのだが、ケルベロスの姿を見れば近づこうとする者もいない。

 階段を上がって部屋に入ると着替えることもなくベッドに沈む。柔らかく、ふかふかしていて、寝心地は抜群だった。寝息をたてている太郎を確認して、安心して寝ようとした直後だった。

 太郎はベッドから飛びあがると、部屋の窓を開き遠くを見つめる。


「ど、どうしたんですか?」

「いる!あれ・・・だけど、遠くて見えないな・・・。」


 それは列を作って移動している王国の軍隊で、先頭にはマリアとグレッグが居るが、米粒より小さく見える姿ではだれがどこにいるのかは分からない。その中に抱きかかえられているマナの姿もあるのだが、波動はあまりにも弱々しく、スーにもポチにも、その波動を感じる事はできない。


「まさかあの軍隊の中に居るなんて言うのか?」

「いる。」

「もし本当だとしたら、王国軍に連れてかれたって事ですか。しかし、どうして?」


 当然の疑問ではあるのだが、その事情について誰も解らない。世界樹であると正体を知って攫ったのだとしたら、燃やされてしまう危険もある。それを想像したくはないが、魔女の存在も不明で、もし本当にあの戦争の時に魔女が存在していたら・・・。


「魔女がいたら普通に負けていたと思うがな。」

「それは、私もそう思います。勇者も恐ろしいですけど、魔女の方がもっと恐ろしい存在だと伝わっています。ただ、もう何百年も姿を現していないそうですが。」

「魔女かどうかは後で考えればいいよ。そんな事よりマナを見つけないと。」


 武具を身に付けたまま寝ていたので、たいした支度も無くすぐに部屋を出ようとして、みっともない転び方をした。自分の足に躓いて倒れたのだ。


「太郎さん。もしあの軍隊の中に居たとしても、その体力では無理です。ガーデンブルクの兵士は魔法に長けた者が多いですし、接近する前に火の雨が降ってきますよ。」

「それでも行くよ。マナがこの世界からいなくなったら俺の存在意義だってなくなるんだから。」


 助け起こしてもらっているので強くは言い切れなかったが、意志の強さだけは伝わったようで、複雑な感情が入り乱れるスーが袋から何かを取り出した。


「じゃあ、これ飲んでください。たぶん身体の調子が劇的に良くなるはずです。」


 不思議な色をした液体の入った瓶。


「あの時に見つけたポーションの一つで、体力回復と身体能力を一時的に向上させる効果が有るようです。貴重品ですけど、どうしても行くのなら飲んでください。」


 受け取った太郎は少し躊躇いがあったが、スーとポチの真剣な眼差しを浴びて一気に飲み干した。薄味の苦みが口の中に広がる。顰めた顔にポチが言った。


「その薬って何年前に作ったんだろうな。」

「・・・古すぎるって事ないよね?」


 そこまで考えていなかったスーが笑って誤魔化(ごまか)す。数秒後、なにか身体の内側から熱いモノが沸き上がる。目の下の隈が消え、顔色が良くなり、眠気やふらつきが消える。凄く危ない薬を飲んだような気もするが、この世界なら大丈夫なんだろうと思う事にした。

 神さまから貰った健康な体のおかげでこの世界に来てから病気になったことはない。しかし、疲れるし、眠くなるし、刺されたら痛いし、死ぬ。

 今は薬の効果が全身を巡り、不安な気持ちも消し去ってくれる。それは獲物を見つけた野獣のような鋭い眼光で、目標を見詰める。


 行進中の軍隊は、約500人程度で、他はこの町に残っている。首都の精鋭部隊(エリート)はそうそう動かせないので、各駐屯地で待機している兵士たちは、戦争が始まる前に近隣にいる部隊が集められる。マリアの直属で首都から一緒に来た部隊だけが現在行動を共にしている。

 太郎はその部隊を追いかけているが、そんな簡単に追いつけない。全力で走って小一時間後、最後方の兵士の姿が見えた。


「太郎さん。迂回して様子を見ましょう。」


 スーの提案はスムーズに受け入れられ、行進する部隊を遠く横目にして、気が付かれないように先頭を目指す。一定間隔で綺麗に並んでいるので、とても確認し易く、兵士の殆どが男性なので女性の姿は珍しい。次々と確認するが、マナの姿はまだ見えない。





「なにか嫌な予感がします。」

「いきなりどうしたの?・・・あ、そうね。グレッグが言うのならそうかもね。」


 誰も気が付かない中、唯一何かを感じ取ったのは、勇者としての資質を隠し持っている男で、まだ目覚めていないが徐々に力を見せ始めている。それはマリアにしか分からない事だったが、そのマリアにしても何もないところから感じ取る勘はなく、その点においてはグレッグの方が上回る。

 注意して周囲を探索すると、マナの流れに僅かな乱れを感じる。その場所からは見えないが、雑木林の中に三つの生物を捉えた。


「あの時の・・・ちょっとまずいわね。グレッグはこのままみんなを率いてもうすぐ来る奴らの足止めをしてちょうだい。私はその娘を連れて先に行ってるわ。あと、無理しちゃダメだからね。」


 言われるがままに抱きかかえた娘姿の世界樹を渡すと、マリアは自身を魔法の力で景色と同化させたうえに、風魔法で空を翔けて行った。

 確かに感じた不安は有ったが、そこまでして先を急いだ理由が分からず、首を傾げた時に三つの姿が視界の角に現れた。こいつらの邪魔をすればよいのだろうが、それは軍人の仕事とは思えない。


「いまのは確かにマナ様でしたね。」

「しかもあの女、姿を消したぞ・・・どういう魔法だ?」

「大丈夫、あの感じは弱々しいけどわかる。追いかけよう。」


 こちらに気が付いていない訳じゃないが、こちらを見ようともしない。これだから冒険者というのは嫌いだ。軍人を無視したことを・・・ちょ、早いぞあいつら。


「貴様らっ!待てっ!」


 その声に驚いて止まったのではなく、眼前に岩が落ちてきて止まった。振り返ると一人の若い男を先頭に、ぞろぞろと兵士が左右から取り囲んできた。


「我らの国では行軍を妨げるものは極刑だぞ。知らないとは言わせないからな!」

「こんなのほっておいた方がいいぞ。」


 ポチの意見に同意だ。むしろ妨げられているのはこちらで、一瞬にしてイライラが最高潮に達した。それを感じ取ったスーがわざとらしく太郎の腕を掴んだ。


「お前たちは何者だ?答えによっては拘束させてもらう。」


 軍人に横柄な態度をとられる筋合いはなく、相手にする理由もない。だが、あっという間に周囲を取り囲まれると、答えざるを得ない。ポチが周りを見ると、すでに逃げ道は無いように見える。正直面倒くさい。


「ただの冒険者で仲間を探しているんだ。俺の仲間にそっくり・・・というか間違いない。なぜ連れ去ったのかをこっちが訊きたいくらいだ。」


 大きく息を吐き出すと、なにかを納得したような表情になる。あの娘の仲間だというのなら、あの時の巨大な水魔法を使ったのは間違いなくこいつだ。マリア様が姿を消して先に行った理由も、何となく分かる。それならばここで排除した方がこれからの為にも必要な事だろう。

 結論は出た。


「では敵だな。」


 その言葉に即応した兵士たちが魔法を放つ構えを作る。戦闘は避けたい。しかも数十人に囲まれた状況で、その中心にいるのだが、絶体絶命という感じはしない。殺すつもりならすでに殺されていたはずだから。

 そもそもこの世界の軍隊や軍人にどんな権限と規則が用意されているのかなんて知らない。魔王国にいた時は軍人と戦闘訓練をしたが、それは特別扱いして貰っていた結果なのと、あまり詳しく知ろうと思わなかった事も有り、階級が有るという一般的な常識ぐらいしか知らない。貴族などはそれとは別枠の階位があるし、自分が一般冒険者という意識も薄かった。

 一般冒険者は国籍、人種、種族等とは関係なく活動をしている。その国に入ればその国のルールに従うのは当然のことで、貢献度が高いと優遇してくれる場合もあるが、それは特殊な事例になる。

 そして軍人と冒険者の関係は、時に協力し、時に対立するが、通常はむやみに手を出さないと決められている。だが、太郎にはちゃんとした理由が有って、グレッグには上司からの命令という事も有って、無視できない状況になってしまった。

 軍人が冒険者に理由も無く手を出したという噂が広がると、冒険者はその国に入国しなくなる。そうなれば協力関係が弱くなり、国内の魔物退治を頼める相手がいなくなれば、軍人がやらなければならない。

 そのような事情により、グレッグと太郎は、睨み合いになっただけで、暫くの沈黙が続いていた。






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