第43話 捜索
太郎が目を覚ました時、ダンダイルとフーリンは不在だった。陽はとっぷりと暮れていて、多くの兵士たちが作業を終えて胃袋に食べ物を放り込んでいた。スーとポチのところにも食事は運ばれているが、水以外はほとんど口にしておらず、フーリンだけでなくダンダイルにも心配されていた。その心配も終わり、涙で顔がぐしゃぐしゃになっているスーが、握り続けていた手をはなし、太郎の身体を起こしてから、胃が吃驚しない程度の優しい料理を用意してもらえるように、部屋を出て行った。本当はいろいろと言いたいことが沢山あったが、全てを我慢して一言「おはようございます。」とだけだった。
部屋を出ていくスーの背中を見送ってから、ポチに疑問を投げた。
「俺はどのくらい寝ていたんだ?」
「二日だな。マナの乱れと放出量が凄くて、太郎のマナが枯渇したと思うんだが、どうしてだ?」
「途中まではコントロールできてたんだけど、なにか稲妻みたいなものが来て・・・そのあとは身体中からマナがごっそりと抜けて・・・。」
自分に起きた出来事を思い出そうとして気が付く。部屋の中には俺とポチしかおらず、見慣れた姿と声が全く感じられない。吐き出そうとした言葉が、急に詰まる。
「・・・マナは?」
ポチにしては珍しく眉間にしわを寄せ、言い難そうに低い声を吐き出した。
「行方不明だ。」
「俺が倒れていた間ずっと・・・?」
答えを聞くまでもなかった。僅かに身体が震え、目が部屋の外へ向けられる。身体が求めている姿を探す。その視線は前を向いている筈だが、どこかさらに遠くを見ていた。
ベッドから立ち上がると自分の袋を探し、ベッドのそばに置いてあったので背負うと、そのまま部屋を出ようとするので、ポチが太郎の足に噛みついて止めた。牙が刺さらない程度に力を抑えて噛んでいるが、その程度では止められなかった。太郎は出会った時と比べれば確かに強くなっているが、こんなに力強くなっていたのかと、ポチが驚くほどに。
「たろーさん!」
部屋を出ていく姿に驚いて運んできた出来立ての料理を落としてしまう。太郎がなぜ部屋を出て行こうとしているのか、理由が分かるだけに、悲しさと悔しさと、僅かな嫉妬心が働いて、駆け寄って背中に抱き付いた。
「まだ、もう少し寝ていてください!身体だってかなり辛い筈です。」
マナがごっそり抜けた後は、本当に立ち上がる気力すら無くなるが、今はそれなりに動ける。スーとポチが必死に止める事を不快に感じているわけではないが、思考が一辺倒になってしまい、じっとしている事に耐えられず、とにかくこの部屋から出たかった。どこへ向かうのか目標は有っても目的地は不明だ。
スーもポチも太郎を止めたい気持ちは十分に有るが、太郎がどこへ行こうとしているのか、何を探し求めているのか理解しているので本気で止められない。
少し騒がしくなっている部屋の前にフーリンがやって来た。少し離れたところにダンダイルもいたが、この時は気が付いていない。
「行くの?」
立ち塞がるフーリンに気が付いたスーが同意を求める。
「フーリン様も止めてください。まだ本調子じゃないんですよぅ。」
太郎はゆっくりと右腕を伸ばし、彼の方向へと指を差した。
「あっちから・・・たぶん。」
フーリンは腕を組んで少し目を閉じた。何かを考えているような、何かを探っているような、複雑な表情だ。困惑顔のスーとポチは、動きが止まったことで太郎の身体から離れると、フーリンの目が開いた。恐ろしいほどに怪しい光を放ち、太郎を見詰めた。ただそれだけでスーとポチは恐怖で身体が震えあがる。だが、太郎は微動だにしない。恐怖に耐えてるのではなく、まるで何も感じないかのように表情も変えない。
腕を下ろし、背負っていた袋が少しずれたので背負い直すと、フーリンの横を歩いて通り過ぎた。
「流石スズキタ一族ね。やっぱり世界樹様を捜せるのは太郎君だけという事ね。ほら、あなた達も早く行きなさい。心配なんでしょ。」
恐怖で震えた身体を立て直し、慌てて追いかけると、途中でダンダイルに引き留められ、なにかを渡された。
「この先は全て敵だと思って行くんだぞ。誰も信じるなとは言わないが、全てに疑いを持って慎重にゆくのだぞ。」
スーとポチは頷いて、再び追いかける。夜も更け、雲がかかっているのか月明かりの無い暗闇の草原に三つの姿が溶けて消えていった。
ガーデンブルク王国。その昔は平和の象徴に最も近いといわれ、多種多様な花と緑に包まれ、農作物も多種多様で凶作の少ない安定した気候と、豊富な水源で、戦争とは無縁の優しい国であった。
今も農業の強い国ではあるが、魔女の勢力に脅かされた時代に、兵力の増強を魔法に頼った。当時、その選択は間違いではなかった。そうでなければいつどの国に攻め込まれて隷属化するかわからなかったからである。今も魔法に関しては先進的な技術を持っていて、他の国にはない強力な魔法部隊が存在している。国力としては魔王国が一番なのは揺るがないが、近年はコルドー神教国という宗教国家が建国され、ガーデンブルクと深く繋がりが有ると言う噂もある。ハンハルト公国とは休戦状態で、百年以上戦争していない。
ザイールの町を夜に旅立ってから休みなく歩いているが、町に向かって歩いているのか分からない。スーとポチは無言で歩き続ける太郎の後を付いて歩いているだけで、雲に覆われた夜空には光もなく、暗闇に包まれた丘を越え、川を渡り、森を抜けている。本来なら魔物がいても不思議はないのだが、大規模な戦争が終わった直後という事も有って、何処かに隠れている魔物達はまだ姿を現さない。マナを吸い過ぎて生き物のように動く植物に何度か襲われたが、特に難も無く撃退した。植物系の魔物がいるという事は町へ続く一般ルートとは少しずれているという事になるが、太郎は僅かに感じるマナの波動を目指して歩いている。
夜明けが近くなると、遠くの空に僅かな光が見える。空を覆う雲は薄くなりつつあり、しばらく歩き続けると完全な夜明けを迎えた。太郎は近くにあった大きな岩に上って遠くを眺める。魔物の姿は確認できなかったが、煙が立ち昇るのが見えた。人家が近いのだろう。慌てて走るようなことはせず、確実な足取りで一歩ずつ進む。
そこは町という程の規模が無い小さな村だった。兵士の姿も無く、屈強な戦士の姿も無い。自警団が村を守っているのだろう。村の周りを木製の塀で囲まれている。村の出入り口だと思われる門の前には男が二人いて、太郎達を睨んだ。そして、ポチの姿を見て慌ただしくしている。太郎達が門の前に到着した時には10人程の男が集まっていて、全員が武器を持っている。
「何の用だ。この村に来客が有るとは知らないぞ。」
「ただの旅の者です。こちらにマナと名乗る少女はいませんか?」
「いない。」
即答だった。もしも同名の少女が居たとしてもいないと答えるだろう。そう思うとこの村には用はない。本当にここに居ればマナの方が気が付いてくれるはずだ。
太郎は小さく頭を下げると、少し村から離れてから装備を整えた。今更かもしれないが、ポチの存在が相手に余計な警戒心を作っている事に気が付いたことで、少し冷静さを取り戻したのだった。
「ちょっと手伝ってもらっていい?」
「は、はい。」
太郎が袋から出したのは神様から貰った武器と防具で、大木を真っ二つにしてしまう威力を持った武器だ。防具の方はどのくらいの効果が有るのか不明だが、とても軽くてミスリル製の防具よりも動きやすい謎の素材だ。緊張した表情でスーが手伝ってくれたので数分で防具を身に付けると、初めての完全武装となった。
「何か不思議な威圧感があるな。恐怖とは違う何かが・・・。」
ポチの感想にスーが頷く。気持ちが落ち着いてきた太郎は、見詰められている事に気が付いて、少し恥ずかしそうに答えた。
「ちゃんと身に付けたのは初めてなんだ。それと、スーもポチもゴメン。ちょっと何も考えられなかった。ここからはちゃんと町を目指すから安心して。」
それに返事をしたのはポチで、半分は苦情だ。
「流石に飲まず食わずで歩き続けるのは辛いぞ。少しは良い物を食べさせてくれ。」
ザイールの町ではなにも買い物をしていないので、残された食糧の肉を焼いただけのものを軽く食べると、村を大きく迂回して、ガーデンブルクの領地内にある町を目指した。地図は無くてもスーが場所を知っているし、ちゃんとした街道もある。戦争さえなければ、商人や冒険者が利用しているのだから、馬車を見つけたら乗せてもらえるか頼むことにした。
一日、二日、三日と、戦争が終わったばかりで人の姿はなく、冒険者にも旅人にも会えず、馬車など一台も通らない。
少しは落ち着いたと言っても、マナの存在は大きかった。会話など殆ど無く、溜息を吐くことが多い。休憩するとか、足を止めるとか、動いていないと身体が何かを求める。ポチにしっかり寝ろと言われるが、横になったところで一時間と寝ていられない。身体は疲れていても、求める物を探してしまう。
そんな太郎を見るのがスーはとても辛い。純粋に身体を求めているだけであれば、この身体を差し出して、満足するまで付き合う覚悟も持っているのに。
2時3時に投稿。
登場人物が増えすぎるとややこしくなるので、
一回こっきりな人物はゴロゴロ出てきますが、
可能な限り名前付きのキャラは増やさない方針です。




