第42話 急転
大きい。大きすぎる。ここまで来ると、巨大すぎるだけで恐怖を覚える。たった一人、恐怖を感じない勇者が突撃を敢行する。周りが怯えて逃げ惑う中、まっすぐに進み、水玉に向かって竜巻のような渦の強い風魔法を放った。
「勇者がいてくれるとこういうときは助かるわね、もうあれは止められないからみんなに後退するように指示して。」
背中を強く叩くと、グレッグは見つめていたモノから視線を外し、正規軍の味方に慌てて後退を指示する。他の魔物達は勝手に逃げるだろうし、最前線に居るオーガ達に指示するのは無理だ。あの勇者なんか止める必要もない。どうせ死なないから。
「あんなデカい魔法は初めて見ました。」
「・・・そうね、でもあれはまだ膨らむわよ。」
「まだ・・・ですか。あれだけの魔法ってやはりオーガ達を水没させたのはあいつらなのでしょうか?」
「十中八九、間違いないわね。あなたも感じるでしょう、マナの流れの激しさを。」
その中でわずかに違う流れを作っている者がいて、水玉よりも探し求めるあの波動の発生源はまだ特定できない。流石のマリアも流されるのは回避したいのでどこか小高い丘に向かっている。風魔法で空を飛んでも良いのだが、あの魔法は何故かマナの消費が激しく、未だに巧くコントロールできず、無駄にマナを消費するのも嫌だった。マリアとグレッグの二人は後退する味方の最後尾を追いかけているが、逆方向では魔物達が混乱している。魔王軍は魔物の接近をどうにか撃退して、今はたった一人の化け物の突撃に警戒していた。勇者が何度も死んで覚えた戦闘技術は、一度しか死ねない者達にとって恐怖以外の何物でもない。
勇者が放った魔法にびくともせず、水玉は膨らみ続ける。周囲の合成魔物を吹き飛ばしながら更に風魔法を放っているが、水玉の表面が凹むくらいで散らすことは出来なかった。それならばと、魔法の発生源を叩いてしまえばよい。すでに視界に捉えた太郎に向かって右手から火の魔法、左手から風の魔法を同時に放つが、ダンダイルが作った魔法障壁に防がれた。だが、防いだのは数秒だけで、魔法の威力は勇者が上回った。太郎の周りにいる兵士に直撃し、一度に数人が吹き飛ばされて、周囲が火に包まれた。
「壁を作れ!近寄らせるな!」
いつも、いつも、作戦を練って予定通りに進行するのに、たった一人の勇者に予定を狂わされてきた。その経験が役に立つ事の方が多いのだが、今回は予定外の要素もあって、計算が狂った。撃退するのが作戦の最終目標だが、魔物を利用する手段を用いられると、いつどこから敵が増えて現れるのか分からない。戦争にルールなど無いと言われてしまえばそれまでだが、関係のない者を巻き込んで争わせるようなことをすると、後々の処理に苦労するはずだ。魔物との信用を取れば人との信用を捨てる危険もあるから。
勇者が剣を抜いた。突撃の速度はそのままに、魔法障壁を強引に突破し、膨らむ水玉の下をくぐって、真下にいる太郎へ剣を投げた。マナが周囲の草を伸ばして壁を作ったが、それを予想していたかのように炎が草を焼き尽くし、稲妻が大地を這って太郎に襲い掛かった。
直撃した太郎は一瞬の痛みに耐えたが、マナのコントロールが不能になり水玉に太郎のマナが吸いだされ、前方に流す予定だった水玉が手元から決壊した。
マナも、ポチも、勇者も、ダンダイルも、周りにいる兵士や魔物も、全方位に向かって溢れ出る水流に飲み込まれ、流された。数メートルほど流されて、最初に体勢を立て直したのは勇者だった。風魔法で身体を浮かして水から飛び出ると、次に飛び出してきたダンダイルによって再び水に圧し込まれた。身体が軽い分余計に流されたマナもどうにか水から飛び出ると、町に流れ込む水を草を伸ばして防ごうとしたが間に合わず、流された兵士たちも助けられなかったが、流されたくらいで死ぬようなことはないだろうと諦め、水の中心地にいる太郎を止めようと、近づく。
水玉が大き過ぎて流れも止まらず、水の中にいるはずの太郎の姿が見えない。流されてゆく勇者を見送ったダンダイルが水の中心に飛び込み、太郎を引きずり出した。直後に水玉は急速にしぼみ、発生源が消失したことによって水も一気に消えた。周囲には太郎とダンダイルの二人だけが残っていた。
「あれ?」
水に飛び込んだはずが、いつの間にやらどこか別の場所にいた。力が抜けて立っていられず座り込む。その両足首には不思議なリングが付いていて、腕首にも、首にも、外れそうで外れない、変なリングが付けられていた。
「やっと見つけたわ。そのリングはマナの流れを封じる物だから魔法は使えないわよ。全身がマナで出来ている貴女では動くことも出来ないでしょうけど。」
「あ、あんた誰・・・。」
「喋る事が出来るとはね。元々の保有量が凄いのかしら?グレッグ、この娘を運ぶのはあなたに任せるわ。」
指示を受け、両腕で抱きかかえる。吃驚するほど軽い。
「この娘を何で捕獲したのですか?」
「この世界の元凶だなんて言っても解らないでしょうけど、私の研究所に帰ったら教えてあげるわ。」
ほとんどしゃべる事が出来ず、力が上手く行使できない。太郎以外に抱きかかえられていることに苛立ちを覚えたが、マナの流れを感じることも出来ず、魔法も使えない。ただ、不思議な波動は感じ取っていて、マナを抱きかかえるグレッグは、何とも言えない波動を全身で感じていたが不安感はなく、むしろ楽観的ともいえる安心感に包まれていた。
太郎の魔法が決壊した時、マナの流れも氾濫し、その中で世界樹の使った魔法だけが異なる流れを作っていて、マリアにとっては位置を掴むのが容易になった。解ってしまえば遠い位置に在る者でも、マナを操れる範囲内であれば引き寄せる事が可能な転移魔法に似た魔法を発動する。この魔法を開発するのに数百年研究したとは、だれも知らない。しかもまだまだ改良の余地がある欠陥魔法で、マナの流れを乱してしまうので魔法使いでなくとも簡単に気が付かれてしまう。先ほどのような巨大な魔法でマナが乱れていたからこそ、誰にも気が付かれずに引き寄せる事が出来たのだった。世界のどこにでも自由に転移する魔法はまだ誰も使えない。
戦争の勝敗などに興味はなくなり、後退ではなく撤退を指示する。あれほどの魔法を見て平然としていられる者などいるはずもなく、最も目の前で見ていたオーガ達は、生きている事だけで満足してしまい、約束の報酬を受け取ると繁殖奴隷の事などすっかり忘れていて、顔面蒼白のまま帰っていった。
戦争としての遠征は失敗したが、人的被害は想定していたよりも多くなく、戦闘日数がたった二日で帰還する事となり、逃げて帰ってきた事を追及されれば、降格は無いにしても、暫く大人しくしているように言われるだろう。それでも、マリアは他の誰にも得られないモノを獲得したので上機嫌だった。
一方の魔王軍はそれどころではない。防衛こそできたが、魔物の出現によって人的被害と物的被害を出し、太郎の魔法でみんながバラバラになってしまった。再び兵士たちが町に戻ってくるのに一日が費やされた。
町の一部は勇者の攻撃で壊されているし、兵器関係は全て流されてしまったので、探して集めるのにしても骨を折るどころか、複雑骨折しそうな苦労がある。
水の中から助け出された太郎は、宿屋で丸々二日寝ていて、その間に血相を変えたスーとフーリンが町に来ていた。兵士達といっょに流されたポチもどうにか戻ってきていて、今は太郎の傍を離れず、スーは睡眠も食事もしないで看病していて、ダンダイルの心配事が増えてしまった。スー自身は太郎達と別れたあの日からほとんど寝ていないからだ。
やっと戻ってきた兵士たちに幾つかの指示を与え、疲れた表情を隠せないほどに疲労困憊なダンダイルは、太郎の寝ている部屋の隣で休憩する暇もなく、フーリンに問い詰められていた。
「やっぱりいたの?」
「勇者がいたのは確認しましたが、魔女だったかどうかまでは確信が持てません。少なくとも魔女に近い能力が有ったとしか。」
「マナの乱れはなかったの?」
「太郎君がどのくらいの魔法を使うか予想できなかった事と、あの勇者が発動中の魔法を中断させたことで、乱れ過ぎていました。その時に何かされたとしても気が付く余裕なんて流石に・・・。」
「世界樹様がいないって事はさらわれたのでしょう?なにかの魔法を使われている筈だわ。」
「今、元気な部下を使って周囲の捜索にあたらせています。魔女だったとしても特殊なマナの流れを作るのは困難な筈です。そんな事が可能なら転移魔法も存在するはずですから。」
「世界樹様がただの行方不明ならすぐに見つかるはずなのよ。あの心地よい波動がそう簡単に消えるはずがないわ。」
「その波動なんですが、だれでも感知する事が可能だと思いますか?」
「そういわれると・・・世界樹様本人も自分の意識外で自然に出ていると。」
「太郎君以外でもそれなりに感じ取っている者はいるようですが、やはり一番身近にいた者が一番感じ取りやすいのでしょう。」
ともにもかくにも、太郎が目を覚まさないと始まらない。捜索範囲は国境ギリギリまで広げたが、何の手掛かりもなく、殆どの兵士は流されて壊れた兵器類の回収に奔走していた。流された勇者も発見されることはなく、実際は流された先で洗脳魔法が解けて、一時的な記憶喪失状態に陥り、宛てもなくどこかへ行ってしまっていた。
テレビ見てたら投稿するの忘れてました。
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