第41話 作戦
国境で戦闘が始まる数日前の森の中。薄暗い森の中を進む二人。いつ魔物に襲われてもおかしくない場所だが、恐怖などない。目的地はオーガの棲家として討伐依頼が出ている場所だが、あまりにも多いのでいつまでも依頼が達成されず数年が経過していた。ガーデンブルクの領地内には違いないが、町から遠く、魔王国領との境が曖昧な場所でもあり、普通の冒険者でもあまり近寄ろうとしない。
「マリア様。本当にあんな奴らを利用するのですか?」
「今回は失敗してもいいの。ちょっと知りたい事が有って確かめたいから。」
「失敗するつもりで戦争をするのですか?」
「質問ばっかりね。やっと今回の戦いの指揮官に任命されたんだから、ある程度は自由にやらせてもらうわ。」
「それにしても魔物を利用するとマリア様に悪い噂が立ってしまわないか心配です。」
「グレッグは良い子ね。」
「や、やめてください。これでももう19歳なんです。」
「そうだったわね。」
魔物が多い地域なので領土争いが発生しなかった代わりに、魔物の闊歩する森となってしまったのだ。
「あいつらが酒好きなのは本当なので?」
「本当よ。昔はちゃんと町まで来て、お金を払って酒を飲む奴もいたぐらいだから。」
「それって、大昔の御伽噺なのでは?」
「あなたは私の副官なんだから、心配するのは分かるけど少しは信用しなさい。」
しばらく進むと予定通りの場所に到着した。森の中にある大きな山の腹にぽっかりと口を開いた洞窟が有る。そこにはオーガの群れがたむろしていた。
こちらに気が付いて近寄ってくると、マリアが魔法袋から酒を取り出し、足元に置くと三歩後ろに下がった。不審そうに見ていたが置かれた樽が酒だと理解すると近づいて来る。蓋を開けて飲み終えるまで二人は棒立ちで待っていた。
「女の癖に度胸が有るな。何の用だ。」
「相談が有るのよ。お酒はただのお土産だから気にしないで飲んでいいわ。」
言いながら次々と酒樽を出す。魔法袋から出すのでそれほど大きい樽ではないが、グレッグがいつまでも樽を出し続けるので驚きを隠せなかった。
「これは宴会が出来るな。俺達に頼みごとをするぐらいだから簡単な事じゃなさそうだな。」
「あなた達の一番偉いのは誰?」
「うちのお頭は来客中でな。普人にやられたって仲間がここに逃げてきたんだ。」
「そんな貴重な情報を私にいってもいいの?」
「仲間には違いないが俺達とは別の土地から来た奴らだからな。なんでもとんでもない魔法でやられたと言っていた。」
「その話は少し気になるわね。詳しく聞かせてくれる?あなた達のお頭とお話しできるまで暇になってしまうから。」
「酒が有ったらつまみと女も欲しいな。」
「流石に女は無理だけど、つまみならあるわ。」
そう言って袋からたくさんの食材を取り出す。魔法袋の容量が無制限だとしても、これだけの量の食べ物と酒を購入すればかなりの額になる。
「あんたの本気は解った。良いだろうちょっと早く来てもらうように頼んでやる。」
「ありがとう。それで、魔法の事なんだけど。」
「ああ、逃げてきたやつらがどこから来たかまでは聞いていないが、棲家にしていた洞窟を水没されたらしい。」
「水没?水魔法で?」
男の声はあまり好きではないようで、女の方を見て応じる。
「俺は信じられんが、あっという間に洞窟を水で満たしたうえに、いつまでも消えなかったんだと。少し我慢すれば消えると思っていたのにいつまでも消えないから殆どが水死したって話だ。」
「それが事実ならとんでもない魔法使いよ。魔法で作られた水が消えないとなると・・・。」
「あんた信じるのか?」
「・・・不可能ではないとだけ。でもそんな魔法の使い手は聞いたことが無いわね。それほど強力な魔法使いならどこかで有名になっているはずだから。」
「これから有名になるのではないですか?」
「あら、グレッグにしては良いこと言うわね。そうね、確かにこれから有名になるかもしれないわね。」
酒宴はすぐに始まり、沢山のオーガが集まる中で、一際身体の大きな奴が二人の前に現れた。座るだけで地響きと地面が揺れる。
「お前らか、これだけもてなすのなら簡単な話じゃねえな。」
「ええ、簡潔に言うと戦争を起こすからあなた達の力を借りたいのよ。もちろん報酬は払うわ。一人20金貨1枚。前金で5金貨1枚。勝っても負けても参加した人数分払うわ。」
「本気か?ここには1000人以上いるぞ。お前兵士なのに誰が払うのか?」
「私の個人的なお金よ。」
魔法袋から金貨がジャラジャラとこぼれる。わざとこぼしているのだが、20金貨が小さな山を作るのを眺めていると、なにか粗末に扱っているようで変な気分になる。
「そ、それくらいでよろしいのでは。」
「そう?」
「・・・良いだろう。ここも大所帯だから金はいくらあっても足りないくらいだ。で、いつ始めるんだ?」
交渉は終わった。参加人数は500人で、戦力としては普人の雑兵部隊2000人と同程度かそれ以上の価値が有る。マリアが個人的な資産を使っているので国に迷惑はかけていないが、直前で裏切る可能性もある。マリアは戦闘後にオーガが多数減る可能性も見据えていて、繁殖用の奴隷を宛がう事を告げると、オーガの頭は身を乗り出して硬く約束を守ると言った。むろん口約束だが、オーガにとっても種族を増やすのは最重要課題なのだ。
「奴隷を500人も集めるなんて・・・そんなにしてまで利用する理由が分からないです。」
個人的に持っているお金は一国に匹敵するかそれ以上あり、私兵として集める事も可能だが、あまり大袈裟にしてしまうと反逆を疑われてしまう。今は必要な調査を進めるために大人しくしておくが、必要がなくなれば国も地位も、どうでもいい。
「自国の兵士を傷つけない為よ。損害が少なければそれだけでも評価してくれるんだから、安いものよ。」
グレッグは理解はしているが、納得は出来ない。それでも上司であり命の恩人であるマリア様相手だから、受け入れているのだった。ちなみに、今回の遠征は国内では大きく反対されていないが、軍内部では消極的に反対者がいる。国内での魔物の討伐に軍を動かしたいと思っている者達がいるのは間違いないので、それらを黙らせる必要もあった。
敵との国境まで半日程度の場所に兵士たちを集めている事は魔王軍にもバレていたが、魔物を利用することまでは知られないように注意していたので、兵士をできる限り分散して配置し、あたかも複数個所を同時攻撃するように見せかけ、こちらの方に注意が向かないようにしていた。勇者を一人捕まえていて、これは完全な操り人形状態である。グレッグにも秘密にしている事だが、マナを利用する洗脳魔法を使っていて、自我などない。命令通りに動くし、自分の行動を正義と信じて疑わず、命令されている事にも気が付かせない、古代の禁忌魔法の一つだった。
「勇者が味方になってくれるなんて心強いですね。」
何も知らないグレッグは本気で喜んでいる。
「ええ、彼のような協力者はとてもありがたいわ。」
戦闘の主導権は勇者に任せるとして、そろそろ各方面に配置した兵士を戻し、後日の開戦に間に合わせるように指示した後、話題を変えた。
「魔王国で去年起きた事件、覚えているかしら?」
「去年というと、犯罪者の多数がこちらにも流れてきて大変でしたね。」
「その事件の前にあの有名なワンゴが捕まったっていう話。スーという冒険者が捕まえたって話だけど、聞いた話によると別に魔法使いがいたようね。」
「そう言われれば、水魔法でやられたっていう・・・。」
「そう、それ。似てないかしら?」
「あの洞窟が水没したって話ですね。似ていますが、そんな事をしたら町が水没してしまいます。」
「だから、あなたの言う通りなのかもね。」
「これから有名に・・・成長したという事ですか?」
マリアの目的は水魔法の使い手を探す事ではなく、近年感じ始めている、忌まわしい波動だ。心地よく胸を通り過ぎるマナの波を感じると苛立ちを覚える。やっとの思いで焼き尽くしたあの忌々しい植物が復活していたとしたら、同じ場所には現れないだろう。あのワンゴが捕まった時に運よく逃げた者達の中には、草が急に伸びて身体に巻き付いてきたという複数の証言もあった。植物を急速成長させる魔法は存在しない。疑似的に植物を創り出すことは自分にも可能だが、その場にある自然に生えた草をいっぺんに成長させて思い通りに操る魔法が使えるとしたらあいつしかいない。それと神気魔法を使う者がいる。あいつが神気魔法を使えたという話は聞いたことが無いから、必ずあいつの協力者が存在するはず。スズキタ一族はもう存在しない筈だし、ドラゴンならわかるし・・・。
「バレたら困ると思っている筈なのに、何考えてるのか分からないわね。」
マリアを魔女だと知っている者は存在しない。更にはグレッグが勇者の文様をあと数ヶ月で得る事を知っているのはマリアだけで、本人には伝えていない。若くして魔法耐性とマナのコントロールを理解し、マリアの率いる部隊ではNo.1の強さを誇っている。本当はマリアが一番強いのだが、それを巧く隠していて、グレッグの才能を伸ばすために色々と手を施していたのだった。彼女にとっては利用価値が有るから使っているのに過ぎないが。
―――数日前の事を思い出していると、目の前の戦場に変化が有るのが分かった。強力な火の魔法が合成魔物を襲っている。味方には数日前から準備していたと嘘を付き、実際は半日で作り上げた羽の付いた魔物を敵に向けて飛ばし混乱を誘って、予定通りにとどめを味方の正規兵に任せるつもりで待っていたのだが、オーガは意外なほどの損害を出していたので早めに出したのは失敗だったのか?追い詰めすぎると碌な事が無いのは知っていたが、あの魔法の威力を個人で放っているのは・・・。
「あいつ元魔王じゃない。最近の活躍で勇者を撃退してたのってあいつだったのね。・・・協力者ってあいつかしら。いや、一人とは限らないけど、魔王と世界樹って仲良かったのね、知らなかったわ。」
小声で呟いているのでグレッグには聞こえない。マリアは指示を出そうとグレッグの肩を叩いた時に激しいマナの流れを感じた。
そのグレッグは前方に急速に膨張し始める巨大過ぎる水玉を見て、激しい驚きと、僅かに震える身体で、目を見開き、口を開けて、腕を伸ばして指を差していた。
「え、ちょ、なにあれ。」