第39話 戦争
翌日、森の外までオリビアが付いてきてくれた。道中の話の中で、勇者だけは戦いを挑まない方が良いと強く言われことが印象的だった。
「タロウ様は特にマナ様の大切なお方なのですから、無茶をしてはダメですよ。」
「無茶をするのは趣味ではないけど、結構無茶してきたからなあ。」
「洞窟を水没させたからな。」
「ポチ、後味の悪い事を思い出させないでくれよ。」
「これからもっと色々な事が有るんだからその程度は慣れた方がいいぞ。」
「わかってる。わかってるよ。」
見慣れた姿が傍にいないのは気になってしまい、つい振り返ってしまう。森を抜けて、往路で立ち寄った国境の町までは一日あれば辿り着く。そのぐらいの距離なのだが、ポチがそわそわし始めると、マナも何かに気が付いたようだ。
「血の臭いだ。まだ遠いはずなのにもう臭いがする。」
「スーでも分かるか?その臭いって。」
「無理だな。だが、あいつなら遠回りはしないだろうから、崖でも谷でもまっすぐ進むだろうよ。」
人型の猫というだけではなく、それなりに魔法を駆使すればかなり跳べる。いや飛べる。俺だって一応練習はしたからそこそこ飛べるが。
「マナが激しく乱れているわ。魔法を乱用しているか、強力な天候魔法を使っているか、まだ分からないわね。もうちょっと力が戻ればまとめて吹き飛ばすのになあ。」
マナが本気で悔しそうに言う。ある意味恐い発言だが、それが普通に感じるようになってきた。道なき道を直線で進んでいるスーは今頃どの辺りにいるのだろう。気にはなるが声には出さない。
「マナ様。申し訳ありませんが我々はここまでです。どうぞお気を付けて。」
「うん、ありがとね。」
マナは心配そうに見ているオリビアに軽く手を振って、何事にも動じていないような笑顔を返す。俺がお辞儀をしたのをみて、ポチが先頭を歩き始めた。珍しくマナはポチの背に乗っていない。エルフの村を出発する前に、右肩に付けたプロテクターがマナにとってちょうど座り易かったらしく、自分で歩いていたのは小一時間くらいで、今はそのプロテクターに軽い身体を乗せている。本当に軽いので気にならないが、それだけ俺の身体が鍛えられた証拠でもあるかもしれない。
昼間でも薄暗い森の道はしばらく続いて、町に近づくほどにポチの表情が険しくなる。それは森を抜けた時に俺でも分かるくらいだった。突然、三人の兵士がこちらに近づいて来ると、襲い掛かろうとして踏みとどまった。ポチの姿を見たからではなく、俺の顔を知っていたからだ。
「あ、確かダンダイル様のところで訓練していた・・・。」
「そ、そうです。もうこんなところまで攻め込まれているんですか?!」
名前を憶えていない国境の町は魔王国領で、俺達は魔王国領内を旅していた筈だから、魔王軍の兵士が人を見かけたら襲い掛かるという状況は異常なのだ。
ポチを見て警戒心が解けないのか、俺がポチの頭を触って座らせると、二重の驚きに満ちていた。
「け、ケルベロスですよね、そんなにあっさり従わせているなんて。」
「ポチは大人しいし賢いよ。それより、ここって魔王国領ですよね?」
「そうなんだが、どこから攻めてくるのか分からないぐらい混乱していて、今は沢山の兵士が分散して国境付近を警戒中なんだ。」
「俺が訊いてもいいかどうか分からないですけど、敵の数と味方の数って解りますか?」
「教えたいけど俺達は末端なんでな、敵が5000以上ぐらいという事しか分からないが、それでもかなり大規模なんだ。国境線を乗り越えて来た勇者は追い返したらしいんだが、数百人単位で死傷者が出ていて、ザイールの町はその最前線さ。」
国境の町の事だというのは解ったが、すでに一度攻め込まれているらしい。剣と魔法の世界で数百人単位の死傷者が出るというのは大規模なのか。しかも勇者まで来ている。
「じゃあダンダイルさんが来ていると?」
「ん、あぁ。最前線で指揮をしておられる。そうか、あんたダンダイル様と親しかったな。王都に帰るにしても一度は通る事になるし、会うのなら案内するがどうする?」
「じゃあ、お願いします。」
いつもは少し重要な選択はマナかポチを見る太郎が、直接応えたことに少し驚いたのはポチだった。どういう選択でも付いて行くつもりだが、精神的に少し逞しくなったのだと、ポチは内心喜んでいる。
3人の後ろをついて歩くと、気が付けばあちこちに兵士がいるのが分かる。まるでローラー作戦のようだ。これほど兵力を分散していて大丈夫なのだろうか。町に近づくと、俺でも分かるほどの焦げた臭いが嗅覚を刺激した。町の3割ほどが破壊されていて一部は白い煙が上がっている。その先のガーデンブルク側の土地には大きなクレーターのような穴が幾つか有り、その更に先には魔王軍の兵士らしき軍団が台形のような陣形でまとまっていた。車輪の付いた大砲に大きな石弓の載せられた馬車。投石器まである。
見慣れない景色を眺めていると、突然空の一部が光り輝き、光の筋が陣取る兵士たちの頭上を襲った。見ている事しか出来ないが、落ちた光が地面をえぐると、沢山の兵士が吹き飛ばされている。暫くしてからの轟音が鼓膜を叩き、激しい振動まで伝わった。
「あれが天候魔法よ。間違いなく勇者ね。」
肩に座るマナから苛立つような感情が伝わる。そのうちに2回目の光が襲ったが、今度は方陣を作り上げていて、巨大な魔法障壁で防いでいる。大人数で協力すれば魔法も巨大化させられるのか。だが、勇者一人の魔法をあれほどの人数が揃わなければ防げないという事実が恐ろしさを伝えている。
雷鳴を轟かせる暗雲どころか、空は雲一つない青空。警戒する兵士たちに3回目の何かが発生する。突如そこに現れたのは巨大な岩だった。その岩に対抗するような巨大な岩が下から突き上げられ、衝突した岩が砕けて落下する。細かく砕きさえすれば、ただの岩に過ぎない。砕ききれなかった岩を更に下から魔法で砕いていく。そこへ敵の兵士たちが向かってきた。迎え撃つ投石器と大砲が有る程度蹴散らし、石弓が追撃する。しかしそれらをすり抜けた兵士と兵士が魔法に頼らない肉弾戦へと突入する。
剣と剣、斧と剣、武器と武器がぶつかる。奇声と絶叫と雄叫びが熱戦を響かせる。その中でも異様なほどの威力で数人を同時に吹き飛ばし、直線状に一瞬の空間を作った。その隙間を駆け抜け、一気に突入する者は後方に控えるただ一人の人物を狙っていた。
狙われた者は狙われる事を十分に予期していて、3重に魔法障壁張り巡らし、守勢に徹した。あと一歩のところで攻撃は届かず、隙間は埋められて、内側から物理的に押し上げる。空中に放り投げられると、そこに魔法が集中して太郎でも感じ取れるほどの強力な風魔法が放たれると戦場の外の、ガーデンブルクの領土の方へ飛んで行った。その飛ばされた者が勇者だと分かったのは戦況が変化したからで、残ったガーデンブルクの兵士たちは魔王軍の兵士たちの統率された動きに翻弄された。勇者一人の力技で攻めるつもりだったのだろうか、無理に押し込んで来ようとする動きに合わせて石弓の前に誘導し、射撃によって後退させると、合わせたかのように大砲の射撃位置に誘導され、反撃を諦めて逃げる兵士に投石器で追い撃ちして、戦意も削ぎ落としていく。
双方にどれだけの被害が出たのかはここからでは分からなかったが、死傷者がいない筈もなく、あれほど響いていた怒号も消えると、恐ろしいほどに静まり返った。
まるで映画のワンシーンを見ていたような感覚で、現実味がまるでなかった。だがそれは、ダンダイルと出会う事で現実だと受け入れる事が出来た。ダンダイルはあの時の攻撃を完全には防ぎきれずに左肩に深い傷を負っていたのだから。
「おぉ、太郎君元気そうだな。」
マナと太郎とポチが案内された部屋に入った時、ダンダイルは怪我の治療を受けながらの第一声がそれだった。治癒魔法の使える者が負傷してしまい、今は応急処置をしているだけだが、血を流している割には元気そうな声だった。
「おかげさまで無事ここまで帰ってきました。ダンダイルさんは怪我は大丈夫なんですか?」
「この程度で死ぬようなら何千年も生きてはいられないからな。普人とは作りが違うんだ。心配しなくていい。」
「で、吹き飛ばしただけじゃまたやってくるわよ。」
周りの一部の兵士たちが驚いている。ダンダイルは魔王軍でも現在の最高司令官で元魔王である。男の方はまだ遠慮がちな口調なので許せたが、女の姿をした子供はタメ口どころか上から物を言っているように聞こえた。ダンダイル最高司令官を信奉してここまで来た部下の中には怒りを露にして怒鳴った。
「小娘がそんな口の利き方をできるお方ではないぞ!」
「下がってろ。」
「は、え、しかし・・・。」
「私でも頭の上がらないお方なんだ。恥をかかせないで黙って下がれ。」
ダンダイル様より上の存在などと言われて素直に信じられるわけもなく、しかしダンダイル様に言われれば信じるしかない。納得はしなかったが語気の強さに引き下がった。治療が終わるまで沈黙が続き、部屋には10人以上が揃っていたが、マナと太郎とポチとダンダイルだけになった。
「今回の勇者はそれほど強くなくて助かりました。しかし攻めてくる理由が判然としてないのです。なぜこの時期なのかというのも。」
「それはこっちも解らないわね。でも面白い物を見つけたわ。あんたなら見せてもいいと思うけど。」
マナが言ったのは一族の封印された部屋で見つけた資料の一部だ。失われた技術と言われるモノが多数記録されていて、世界樹関連は出さずにしまっておいた。テーブルの上にどっさりと置かれた書類の山ですでに驚いていたが、手に取った一部の資料だけでも驚きを飛び抜けた。
「これは・・・とんでもない資料ですね、私なんかが見ても良かったんですか?」
「太郎が持っているのが一番安全なのは確かなんだけど、それだと何の役にも立たないからダンダイルに渡したのよ。」
「マナ石の作り方ってこれだけでも封印すべき資料ですな。しかし活用すれば魔導力を利用した運用も可能な兵器も作れるとか。ミスリル銀に金属の精製法、どうすればこれだけの資料が集められたのか、あの一族は今まで封印して守って、利用する事もなく、こうして保存されていたとは。」
「そうよ。太郎が持っている事を知られて狙われることはないけど、持っていても役に立たないのも解ったでしょ。」
「宝物庫の奥の奥に封印しておきます。しかし、いまの戦が終わるまでは太郎君が持っていてくれないか。」
「わかりました。あと、魔女がいると言う噂を聞きましたが確認できたんでしょうか。」
「居ると噂が流れているのか?」
「ちょっと道中で知り合ったエルフ達から聞いたわ。」
「そんな事実は確認できてはいないが・・・そうか、噂が流れているという事は奴らには違う狙いが有るのかもしれませんな。」
「違う狙い?」
「我らの領土に攻め込むのが目的ではなく、この戦が壮大な囮という事も有り得る可能性が。」
ダンダイルが腕を組んで考え込んだ。もし本当に別の目的が有ったら王都が危険かもしれないし、別に動いている軍が有って一気に攻め込んでくるタイミングを待っている可能性もある。情報が少なく、噂だけを利用して混乱させる目的かも知れない。
ダンダイルによって集めた正規軍は3000人程度で、すでに1割以上の被害を出している。魔女が現れたと言う噂だけでこれほど考え込むのだから、スーが慌ててフーリンのところへ向かった理由が理解できる。
前線ではまだ兵士たちが待機していて守勢を保っているが、勇者だけなら自分が行けばいいが、もし魔女が現れたら・・・。
陽が傾き空が赤く染まり始めたころ、噂の魔女は何処にいるのか警戒を強める事となった。
この時期の風邪って辛くないですか。
一日寝てて休みが失われたのが悔しい。。。
執筆時間がギリギリで危なかったので誤字脱字やばいかもしれません。
あー、間に合ったー(おやすみなさい)