第38話 帰り道
あれから3日間ほど同じ事を繰り返している。村の見回りと資料を読む事だけを繰り返し、どうにか全部確認する事が出来た。文字を見慣れていないサマヨエルとマナはかなり苦労していたが、スーが何倍も速かったので時間的には相殺されている。
日記のようなものは見つからず、世界樹関連の資料は少なかった。少なかっただけで有るには有ったのだが、葉っぱの効能についての記述と幾つかのポーションの作り方だった。成長の過程や育成についての記述はないが、世界樹の活動内容みたいなものがあった。これは、能力を書いているみたいな?
「それにしても、このまま封印されていた方が良いって思えるようなものまであったわね。ここの知識が良い事だけに使われるのなら問題はないけども。」
用途次第では危険なモノになるというのは、どの時代の技術でもそれほど変わらない。世界樹の能力を利用する方法は不可能だったのか、あえて書かなかったのかは分からない。
沢山ある紙の一枚拾い上げて、もう一度みる。
「これが一番詳しく書かれてるな。」
世界樹の当時の姿も描かれているが、何年前なのかが分からない。年代を特定で来るようなものを書いていないのは謎だが、大きな木の周りに幾つか家が建っている。この木が世界樹なのは当然だが、家が有るという事は既にスズキタ一族がそこに住んでいるという事だ。
「これ、何年ぐらい前か分かる?」
「・・・ずっとこんな感じだったから分からないわね。それに1000年単位で思い出そうとすると、記憶がぐちゃぐちゃになるのよ。」
「わかるぅ~。たまに数百年前のこと思い出して昨日が何日だったか分かるなくなるよねー。」
「あー、なるなる。」
この二人は放っておこう。どちらにしても記憶は役に立ちそうもないから記述を読む。世界樹の木は植物としての性質だけではなく、漂うマナを浄化したり、吸収したり、放出したり、広範囲に渡ってマナの調整をしている。遠く大地の果てにまで届いているのを観測したと書かれていて、マナの木がどのくらい大きくなったらこの状態になるのかまでは分からない。だが、世界樹の存在は既に広まっている時代らしく、ドラゴンや天使、そして勇者などが訪れた事も書かれている。
「勇者は出来れば来てほしくない・・・やっぱり勇者はここでも嫌われてるんだな。誰だよ、勇者なんて名付けた奴は。」
「勇ましき者って意味ですからね。その人の戦績や貢献度は行ってきた内容は関係ないんですよ。」
「そりゃそうだろうけど・・・やっぱ正義の味方みたいなイメージ有るんだよなあ。」
「目的の為なら物理的に排除する連中ですからねー。」
枝を折られて不機嫌になった話もあった。沢山の兵士達がやってきた話もあった。だが、どの話も世界樹の重要性については書かれていない。マナが世界に漂っているのは理解されているようで、マナ濃度の変化による影響についても既に解っているようだ。
「山の上だからマナが薄くなるとか、低いと濃くなるというわけでもないな。」
「そうですねー、でもマナの濃い森は不気味でしたよ。植物がうにょうにょ動くのは見てて良い気分じゃなかったですねー。」
その中でも唯一世界樹の成長に影響が有りそうなのは、マナの量だった。平均的に成長するのではなく、マナを大量に吸収した次の日は急成長する事も有ったようだ。それでも必ずではないらしく、やはり謎が多い。
「マナはどのくらい吸収したとか理解してたんだっけ?」
「意図的に行った事は一応記憶しているけど、今は本体が小さいから大量に吸収できていないわね。ただ、どのくらい吸収しても大量ってどのくらいの量が大量なのかは分からないのよ。」
「確かにそうだなあ。お腹いっぱい食べてもそれが大量とは限らないもんな。」
「まぁ・・・そんな感じかしらね?」
マナ関連の資料だけをまとめて、大切に保管する。他の資料もかなり重要な資料なので、持ち帰ることにした。いつどこで役に立つなんか分からないし、持てる量に限界が無いなら持っていた方がいい。
村での生活は日課のように同じ内容の日々を送っていたが、それも今日で終わりだ。村の周辺を散策しても新たな発見は無かった。もう、この村ですることも無くなったので、絶対の約束ではなかったが、天使のサマヨエルにはちゃんとお金を渡した。凄く嬉しそうでなによりだ。もう落とすなよ。
「じゃあ今夜、一晩泊ったら明日にはサヨナラね。」
別れるにしても、特に引き留める理由もないし、戦ったとはいえ恨みなども感じないから、一緒に食事もしている。だから、夜中になると俺のベッドに集うのはやめてくれ。ベッドが壊れるだろ。何か俺に特別な何かが有ると考えていて、関係を持った方が今後何かいい事が有りそうとか、余分な事は考えなくていいから。なんもないよ?
朝になったらベッドと三人を片付けて、帰る準備はすぐ終わった。
「また、会う事が有ったらヨロシクね。」
サマヨエルは手を軽く上げて、飛び立った。大きく広げた真っ白い翼が輝いて見える。姿が消えるまで眺めていたが、それほど時間はかからなかった。視線を空から地上に戻すと、思い入れも思い出も少ない四角い家を背にして村から離れた。
来る時は凄く苦労したはずのルートは、帰り道となるとそれほど気にならない。ゆっくりしているわけでもなく、急ぐほどでもなく、昼も夜も、朝日も星空も、旅を彩る景色の一つ過ぎない。往路に使った所と同じ場所でキャンプをして、兎獣人の村は急いで通り過ぎ、オリビアというエルフの住む村の近くまで来ると、エルフ達と普通に出会った。
警戒と訓練を兼ねて森の中を巡回中とのことで、子供のエルフもいた。子供たちは武装して緊張している様子で、大人たちもしっかり武装しているのだが、妙な緊張感を持っていた。軽く挨拶すると深刻という程ではないが低めの声が返ってきた。
「太郎殿はご存じないだろうから、会えてよかった。」
「なにかあったんです?」
「どうやら戦がはじまりそうなのです。」
「戦?」
「はい。ガーデンブルク王国が兵士を集めさせているだけではなく、勇者も現れたようなのです。」
「それはまずいですねー。国境の町に寄らない方が良いですかねー?」
「魔王国の方はどうなんですか?」
「そっちは少し離れているから分からないが、以前の時よりは大規模になりそうだ。」
兵士の募集をしているって話をダリスの町できいた事が有ったが、それはもう一年くらい前の話だ。あの時の親切な冒険者の人はどうしているのだろうと思ったが、顔は思い出せなかった。
「小競り合いすらもなかったぐらい平和だったのに、なぜこの時期に戦争を仕掛けるのか理由は分からない。ただ、勇者がガーデンブルクの味方に付いているのはもっと理由が分からないんだ。あいつらの目的がどこに向いているのかも。」
勇者の存在理由ですら不明確になっている世の中で、一国の為に戦う理由が有れば、危機的な状況にあって守るとか、諸悪の根源を断ち切るとか、何かしら有って然るべきという事だ。それと同時に魔王国の方に攻められる理由が有るのか。という事なのだが・・・。
「昔の物語では魔王を討伐するのは勇者の役目だと、使い古された言い訳が有ります。その魔王と今の魔王は全然違うのですけど、他の土地からやって来た勇者などは信じられない者もいるようです。」
「他の土地?」
「ええ。海を渡った遠くの土地から来た者は魔人族や悪魔族を見ると襲い掛かるそうで、その昔に苦労して大陸を平和にしたとか。最近は移住者も少なくなりましたが、それで荒れた海を渡ってやって来る者達もいます。」
以前に訪れた商人の町は海岸が遠くない距離にあって、その昔は港町にしようと計画された事も有ったようだが海の魔物に襲われることが多く、海路として拓くには無理があった為、一部の漁に使われる程度で、そんな危険を冒してまで他の大陸に向かおうとする者は現れなかった。そして、大海を渡る船も開発される事はなく、計画は頓挫している。
寄る予定は無かったが、エルフの村で一泊させてもらう事にした。オリビアが出迎えてくれただけではなく、宴のような夕食も用意してもらった。その席で今後の予定を立てる為に確認できることは聞いておきたい。
「未確認ですが、魔女がいると噂になっています。」
「えー、魔王国やばくないですか、それ。」
「・・・本当に魔女が力を貸すとしたら魔王国がやばいかもしれません。魔女の力を借りるガーデンブルクはもっと不味い状況になっているでしょう。」
「・・・何か弱みを握られていると。」
「もしかしたら実権を握られている可能性も。」
「未確認でもフーリン様に伝えた方がいいかも・・・。」
スーが魔女と聞いて真剣な表情になっている。ドラゴンですらあまり関わりたくない相手が魔女なのだから、それが現れるとなったら勇者どころの騒ぎではない。二言、三言とマナと話をして、スーは食事もそこそこに立ち上がった。
「ここからなら全力で走ればギリギリ二日で行けますから、私はフーリン様のところに戻りますね。」
流石にいきなり過ぎる。
「一晩休んでからでもいいんじゃないか。それに森の中を一人だなんて。」
「太郎さん。心配してくれるのは嬉しいですけど、これでも猫獣人ですよ。暗闇でも狭い森の中でもへっちゃらです。」
耳をぴょこぴょこと動かしたかと思うと、目が月夜に照らされたわけでもないのに光ったように見えた。
「マナ様、太郎さん、ポチさん。最後まで付き合えなくて申し訳ないです。」
深々とお辞儀をしたスーは顔を上げると視線をマナに向けた。察したのだろう。そっぽを向いて目を瞑る。スーが俺を見詰めて抱き付いてきた。
「さよならでも別れでもないですから、また会いに来てくださいね。」
「あ、うん。」
急な事だったので曖昧な返事になってしまったが、スーは抱きしめる力を少しだけ強めて、すぐに離れた。背を向けて走り出した姿は、瞬く間に闇夜の森の中へと消えた。