第37話 新たな目的
朝。
目が覚めるとマナが俺の上に乗っている。いつもの事なのでそんなに気にしない。頭を撫でてから起き上がると、すでにみんな起きていた。外に出ると俺しか開けない扉の所為で戻れなくなる危険があるし、窓もないから部屋の中は灯りに使用しているランプが周囲を照らしている。今何時ごろなんだろうか?
「多分お昼前ぐらいですかねー。扉は開くので確認は出来るんですが、この扉がどういう理由で閉まったり開かなくなったりするのか分からないので出られないんですよー。」
「そう言えばそうだったな。起こしてくれても構わないのに。」
「満場一致で起きるまで待つ事にしたのよ。」
密室なので火も使えないから朝食もまだ食べていないらしい。
「とりあえず外に出るか。」
スーとマナが頷いたので外へ出て村を散策する。まだ眠い目を擦りながら歩けば天気は快晴で、深呼吸すると申し合わせたかのようにみんなが思い思いに伸びをする。扉で守られていて安全なのは良いが、なんとなく窮屈な感じは否めない。
半分壊れた橋の下にはきれいな水が流れていて、手で掬って飲んでみる。冷たくておいしい。これなら俺が魔法を使うまでもなくこの水を使った方がいい。
殆どの家は屋根も壊れていて、雨が降ったら濡れてしまう。かまども有るが虫の棲家の様だ。これは流石に使えないな。
塀のブロックを外して簡単なかまどを作る。薪は・・・この家の壁板でいいか。火の魔法で着火すると意外にも良く燃えた。簡単な昼飯はスーが作ってくれたので、みんなで食べる。どこで食べても同じなので小川の傍で火を囲むように地ベタにそのまま座っている。一番うれしそうに食べている天使が、お代わりまで要求したのでスーに睨まれつつも俺が許可したので、スーはしぶしぶ渡している。
「あなた達はこれからどうするの?」
「とりあえず他に何かないか村を見て回ったら、あの紙に書いてあるのを全部確認して・・・。特に何もなかったら王都に帰ろうかな。」
「役に立つ情報でもあればいいんですけどねー。」
「私の役に立つかどうかは分からないけど、ドーゴルやダンダイルに渡したら国家機密レベルの物も有るんじゃない?」
「私もちゃんとは見ていないけど、一族ってどれだけ技術を持っていたのかしらね。まるで魔女みたい。」
「魔女って天使から見てもやばい存在なのか。」
スープを飲み干してから答える。
「やばいなんて存在じゃないわ。私はこの辺りの地域を担当しているから他の国の事はあまり知らないけど、魔女一人の力で町が出来たり壊れたり、国が出来たり壊れたり。」
「国が?!」
「そうよ。この辺りは3ヵ国が戦争していた時期も有ったけど、最近は安定しているって言うか、死人が増えたから国力が落ちて大規模な戦争が無くなっただけって言うか、ともかく何らかの形で魔女が関わっている筈だわ。」
「魔王国も魔女が関わってるの?」
「徹底排除していたから、あの国で魔女は存在しない筈よ。まぁ、私が知らないだけかもしれないけど。」
改めて魔女の恐ろしさを感じる。サマヨエルの口調が軽くなければもっと重い会話になったかもしれない。そういう意味ではマナと似ているな。
「魔女に狙われたら逃げるしかないから、関わらない方向で対処しているのが今の天使ね。ドラゴンはまだ話せばわかる事も有るけど・・・世界樹は何で燃やされたのか知りたいところね。」
「私は直接ドラゴンに何かした記憶はないわよ。元々あの場所から動けなかったし。」
「じゃあ、魔女の仕業って考えた方がいいわね。マナの安定は私たち天使の使命でもあるけど、世界樹のおかけで役割を失いかけてたから、私たちにとっては今の方がいいけど。」
「ギンギールの方にも天使っていたんですかねー?」
「あー、世界各地に点在してるからいるわよ。もっと他のだれも住んでいない地域なんかにも。」
俺が知っている国は最初に転移したハンハルト公国、マナの知り合いでドラゴンのフーリンが住んでいるドーゴル魔王国、ガーデンブルク王国と、コルドー神教国という謎の宗教国家だ。それ以外だとスーの故郷のギンギールだが、これは国ではない。
「この大地が丸いのは知ってるわよね?」
「まあそうなんじゃないかな。」
「しってるわよ。」
「私はフーリン様に教わりました。」
「丸い?」
ポチが知らないのは誰も教えていないからだ。特に知らないと困る事もないけど。
「ドラゴンの棲家の一部を占拠してた世界樹には関係のない話だけど、海の向こうにある大地にだって生物は沢山いるし国もあるわ。戦争もあったし、魔女もいたらしいわね。船の技術がこの辺りの国は進んでいないから、航路が無いだけでもかなり平和だと思っていたのだけど、ドラゴンがいるからねー。」
ドラゴンと魔女は厄介者の代名詞なのだろうか。サマヨエルは困り顔で話している。
「勇者なんてもっと厄介だけどね。あいつら死んでも死なないから。」
「死んでるのに死なないって変な話だな。」
「そうよ、そうなのよ。オトロエルっていう知り合いの天使が勇者とやりあって瀕死になって逃げて来たって話もきいたわ。」
また変わった名前の天使だな。ヨミガエルとかイキカエルとか居そうな気がする。いや、俺が変だと感じているだけで普通の名前かも知れないから黙っておこう。
「勇者って何を目的にして存在しているのかがいまいち不明なのよね。世界樹は知らないの?」
「さぁ?少なくとも世界平和の為ではなさそうね。」
「あいつらって存在するだけでもマナが不安定になるじゃない?だから、勇者の発生原因を探った事が有るんだけど・・・。」
まだもう少し食べたそうにスーを見ているが、料理に使った鍋はすでに空っぽだった。仕方が無いので俺が持っているクルミのパンを渡す。俺もまだ足りないのでパンをかじった。
「それで?」
「あ、うん。それで、一定量のマナが吸い込まれているような流れを感じたのよ。あんな事が出来るのは魔女だと思うんだけど、魔女はいなかったのよね。」
「結局、解らなかったと。」
「でもさ、勇者って同じ場所に現れないって謎があるじゃない。あれだけあっちこっちにいるのに、勇者が現れた地域に勇者は来ないし、勇者がやってくると他の勇者は何処かへ消えるし、空から見てても、何かに行動を指示されているような不思議な感じがあったわ。」
「やっぱり魔女が関わっていると?」
「そう考えるのが自然じゃないかしら。」
魔女と勇者、そしてドラゴン。これらの事は詳しく調べないとマナの木の育成にも関わるかもしれない。今はまだ小さな存在だから気が付かれていないけど、いずれ嫌でも関わるだろう。
「あの資料の中にそういう記述もあるかもしれないな。」
「そうですねー。」
「そういう事だと俺はあんまり役に立たないな。」
ポチが申し訳なさそうに言う。
「そんな事ないさ。この辺りだって魔物は出るだろ?」
「そこそこ頻繁に出るわ。」
「警戒はいつでも必要だからな。」
「じゃあ少し村の中を見回って見るか。」
ポチはいつも俺の傍に居るか、マナを背中に乗っけてウロウロしている。単独行動をする事も有るが、周囲を、俺の視界から消えない程度に離れるぐらいだ。だが今回は村全体なのでかなり広い。
「俺達の方に来るようだったら知らせてくれたらいいから、無理してあんまり遠くに行かないでくれよ。」
「わかってる。」
俺達は暫くポチと一緒に村を見て回った後、ポチと別れて仮の家に戻り、扉が勝手に閉まらないように固定しておく。まあ中からならだれでも開くから大丈夫だと思うが、夕食の準備でまた火も使いたいしなあ。
部屋の真ん中に座って袋に入れた紙の束を取り出す。みんなで分担して紙を一枚一枚確認する作業が始まる。地味だ。
「袋の中身って把握できてるんですか?」
「忘れないように記録してあるけど、記録した事を忘れちゃって・・・。」
「一番ダメな奴じゃないですかー。」
気を取り直して資料を読む。古いだろうはずだが、多少薄い部分も有るが、意外にも文字は読めるぐらいしっかりしている。
一時間経過。
スーが驚きながら何かを試している。手の中で転がすような動作を繰り返しながら、資料から視線を動かさない。何を見ているのだろう?
三時間経過。
扉の前で夕食を作っていると、ポチが帰ってきた。久しぶりに俺が作っているのだが、ポチが口に何かを咥えていて、それを俺の目の前に置いた。
「痩せてるけど、大根じゃないか。よく見つけたなあ。」
「井戸の近くに畑があったんだ。もっと大きいかと思ったんだが、それでも料理ぐらいには使えるだろう?」
「ああ、十分だ。久しぶりに野菜が食べれるな。」
頭を撫でると少し嬉しそうな表情だ。
ストックの野菜なんて1週間そこそこで使い切っている。長持ちのする芋類も残り僅かなので助かる。袋の中だと腐りにくいとはいえ、沢山入れても長持ちしないからだ。乾燥した野菜とか作るべきだと思ったのは旅立って数日後だったから手遅れだ。市場でも干し芋の類は見なかったが、俺が気が付かないだけだったそうだ。ただ、旅に持って行こうと考える者は殆どいないので、スーにも乾物系を買うという発想はなかったらしい。
夕食を食べながら考えるのは次の目的地だが、あまり有益な情報は得られなかった。と言ってもまだ残りの方が多い状況だ。マナ石の作り方が書かれたレシピはかなり重要だが、今の俺には関係ない。それに、いくら読めると言って文字を見続けると目が疲れるので今夜は無理して読まない。良い感じに眠くなったら寝る事でランプの燃料も節約する。そんな訳で今日はさっさと寝る。明日も村を見回って、外で昼食にして・・・夕食は扉の・・・。
いつのまにか寝ていたようだ。




