第390話 その後とその先に(最終話)
ご愛読ありがとうございました!!
これが投稿される頃には次回作始めてると思いたい・・・!!
ハンハルトからやってきたシードラゴンは馬車に乗ったままデュラハーンの国に入り、多くの人々にその姿を見られることなく、海底のペンションに到着した。
「な、なんじゃこりゃあああ?!」
こんなキャラだっけ?
ともかく、凄く驚いて、凄く喜んで、そのまま棲みついてしまった。
何しろ毎日デュラハーンが身の回りの世話をしに来てくれるのだから、寂しい事も無いし、海底では出来なかった庭での食事もできるし、ウンダンヌとも会える。
メイリーンも久しぶりの再会を果たし、鈴木太郎について深く話し合ったらしい。
背筋が凍結しそう。
適度に遊びに行くマナは、すっかり変わったアルモノに驚いている。
「珊瑚が生き生きしてる・・・。」
「生を与える事は出来ぬが、海の生物であれば成長を促進させるぐらい造作も無いのじゃ。」
喋り方がナナハルと似ている。
これで声色も似てたら間違えそうだ。
「こっちの畑は感謝しなさいよね!」
「無論じゃよ。夢でしかなかった地上のような生活が楽しめるのじゃからな。」
素直に感謝されて照れているのはマリナ。
マナはドヤ顔をしている。
「それにしてもメイリーンと会えるとは思わなかったぞ。」
「積もる話でもあったの?」
「いや、特には無いが・・・生きていると思ってはいなかったからのぅ。」
少しだけ昔話をしてシードラゴンは、名の呼び方について気にしていたようだ。
「名前なんぞあっても呼ばれることは無かったのでな、子供も全てシードラゴンじゃよ。」
「困らないの?」
「シードラゴンとして名乗れるのは私だけだからな。」
「子供は?」
「あちこちに数百匹はおるが、母親は私だけじゃよ。親が死ぬと次のシードラゴンが母親となって現れる。」
「じゃあ成長するのって世界に一人だけなの?」
「・・・昔は私以外にもシードラゴンはおったが、人によって狩られてしもうたのじゃ・・・。」
「意外と悲しい過去ね。」
「世界樹も唯一無二ではないのか?」
「子供ならたくさんいるわよ。」
(意外と海の世界ではバランスを保つ存在でもあるから大事にしてあげてねー)
「へーっ。」
「誰と話をしておる?」
「ウンダンヌがね。でも最近出てこないんだよなあ。」
「寝るとなかなか起きないお方だからの。」
「眠いのかナ?」
意外な事を知りつつも、結局シードラゴンは名を持たず、そのままみんなにシードラゴンと呼ばれる事になった。ナナハルでも勝てない存在だが、俺の子供達には優しく、海での泳ぎ方を教えてくれた。
「我が子達が更に強くなるのなら大歓迎じゃ。」
そう言って受け入れている。
ナナハルとシードラゴンの仲はかなり良く、地上での生活についてはナナハルが教えていて、畑の耕し方などは子供から教わっていた。
怒らせれば怖いが、わざわざ怒らせる必要も無いのだから、平和が一番。
ただ、いくら居心地が良くても海には戻らなければならないのが凄く面倒だと言って、どうにかしてくれと我儘を言い始めたのだが、魔法袋で海底と繋ぎ、いつでも行き来できるようにする事で解決した。
最初からこうすればよかったんじゃないの?
という疑問は言わないでおく。
そもそも棲みつくなんて思っていなかったから。
ダンダイルが複雑な表情をしているのは見逃しておこう。
うん。
シードラゴンが棲みついてから数年が過ぎた。
ガッパードとも会ったシードラゴンは、世界を知る事となり、海を守る最後の守護者であることを自覚する事になった。それは世界が魔素の嵐によって滅亡した歴史を知っているからで、海でも同じことが発生しているからだ。
だからと言って、海底に世界樹は植えられない。
魔素を吸収して育つ海洋生物は少なく、シードラゴンの子供達も吸収はしない。
地上では今日も天使達が魔素溜まりを消滅する仕事に従事していて、植えられた世界樹の周りにはいつの間にか獣人や魔物が棲むようになっていた。
周辺で最も変わったのは旧コルドーで、以前は多国籍軍が駐屯していたが、今は経済を立て直す事に成功したハンハルトの軍隊が約7割を占めていて、商隊の交流も増加の一途をたどっている。村との海産物による貿易が無くなった事も有って、今はコルドーに運んでいた。
村が交易の中心になるのではないかとの予想も有ったが、魔王国の方に多くの物資を運ぶようになった為、ハンハルトの価値が少し高くなっていた。
特にシードラゴンによる被害が無くなったのと、海に棲む海獣が近海から激減した事で、ボルドルトとの交易が安定したのも一因している。
ボルドルトがハンハルトに攻めようとする事が無くなった最大の理由は、やはりシードラゴンであった。
戦争の無いボルドルト内部での不満は鬼人族が解消し、定期的に力比べをする事で収まっている。
これらの事柄に影響を及ぼした人物がいるとの噂も有ったが、それが誰であるのか、招待は不明のままだ。
世界情勢の一部に影響を及ぼしたとして名が挙がっているのはダンダイルで、元魔王という事で納得する者も多い。
「大きくなり過ぎても困るが小さ過ぎても扱い難い。」
エルフと天使が共存し、ワイバーンの第二の故郷と言われ、ドラゴンが定期的に訪れる。世界樹が鎮座し、トレントが街道に並び、そこへカラーが寝泊まりし、あれほど恐れられていたケルベロスは、この村でだけはおとなしく、悪戯をするような事をしなければ、逆に助けてもらえる。そして、キラービーを見て恐れる人も減っていた。
鉄道の建設は予想よりも遅延し、未だにハンハルトに届いていない。
街道の安全性が異常に高く、駆け出しの冒険者でも目指せる、初心者用の村。
施設は充実していて、熟練の冒険者でも納得する上質な武具、魔女の作る不思議な道具も売られている。
そして、一番注目されているのは医薬品だった。
様々な用途に合わせて作られたポーション。
高級霊薬のエリクサーはこの村でしか売られておらず、貴族や豪商が買い求めにやってくる。ただし、貴族に対して凄く風当たりが強く、今でもこの村に勝手に住み込もうとする貴族を、物理的に叩き出している。
「貴族をとことん嫌っている村なのに、なんで貴族はココに住もうとするのか?」
それは世界で一番安全な魔王国と呼ばれているからで、村としての名称は未だに無く、村の情報は出回るが、魔王国の貴族にしてみれば、ただの田舎である。
その田舎にそれだけのモノが揃っているうえに、所有者がいないという事に、支配権欲しさにやって来るのだ。
そして、失敗した貴族達は、恥ずかしくてその事を他言できない。
可能な限り失敗した事を隠し、痕跡を残さない。
だから、何も知らない貴族が何度も現れるのだった。
この事について現魔王のドーゴルは立場的には何も言えず、無言を貫いている。
ただし、将軍には通告していて、その将軍達も、村の価値と立場を理解して無言を貫いていた。
「あの村に関わる事の方が大変だからな。」
との共通認識を持っていたからである。
こうして、この村は何年経っても変わらず、変えようとする者も現れず、現状を保っていた。
この村の孤児院出身で、過去には脱走しようとした事も有る青年は、この村に拾われてよかったと本気で思っている。今は村の商品を販売する商人として妻と子供を二人持ち、孤児であったとは思えないほど安定した生活を送っていた。
「村長って呼ぶと怒られるから、いつも呼び方で困っているんだ。」
と、妻に伝えていて、その妻も同意していた。
「それにしても、あの人は何で老けないんだろうな?」
初めて見た時と変わらない姿をしているのは、他の種族ならなんの不思議も無いのだが、普人の寿命は50年程度とされている。
「世界樹様のお力だと思うわ。」
「やっぱり、あの木は万物を癒し、不老長寿を可能とするのか・・・。」
その話は村の中でも半信半疑で、あれほど高額で取引されていた世界樹の葉は、欲しがる者が居なくなっている。それは、欲しいと言うとくれるからで、貰っても使い方が分からない。
そもそも、村に住む者達は健康な人が多く、困っているとどこからともなく現れる女性が癒してくれる。
もちろん村人だけだ。
村に関係ない者には現れず、以前も商品をめぐって大怪我をした村人と旅人では、村人は助けられたが、旅人は兵士によってポーションを与えられただけであった事を、多くの人が目撃しているからだ。
それも不思議な出来事なのだが、最も多くの旅人が不思議に思う山奥の村の出来事がある。
「魚を生で、しかも、刺身なんて物を初めて食べたぞ。」
「不思議な食べ物だが、このフライとか言うものはヤミツキに成るな・・・。」
「このイカって海獣のクラーケンじゃないのか?」
「焼き魚って、海に近い村じゃないと食べれないモノなのに・・・。」
少し前はハンハルトから送られてくるだけであったが、今は流通がほとんどない。
それなのに、毎日どこかで海産物が売られている。
売られている場所が違うのは入手による順番が回ってきたからであって、意図的に移動させているわけでなく、売られるとあっという間に完売してしまうほどの人気商品だからだ。
そこから伝わる一人の女性の名前は、これらのレシピを公開し、この村で最も多忙な毎日を送る伝説の料理人、エカテリーナである。
歩く倉庫
動く調理場
癒しの料理人
などと呼ばれていて、誰に対しても優しく、誰からも尊敬され、食事に関してはあのドラゴンに対しても叱る事が出来る、この村の最重要人物。
それらの評価は一般的な目線によるもので、兵士も出会えば必ず敬礼し、彼らの上司よりも優先する事を目の当たりにしているから、疑う者はいない。
そう呼ばれている事に本人は気にすることも無く、何処へ行くにも顔パスが通用する事で、貴族達にもよく声を掛けられるのだが、彼女が外出すると、傍には常にケルベロスが居て、護衛をしている事も有って、知合い以外はなかなか話しかけられない。
どうにかして彼女を手に入れようと近付けば、村民全てから睨まれ、それでも強硬手段で誘拐などしようとする者達には天使達に撃退され、二度と村に近寄れなくなるか、何かによって搾り取られた抜け殻に成るかの二択であった。
こうして、エカテリーナは本人が望んでいないほど大切に扱われている事に、申し訳なさを感じる事も有ったが、ある人の一言で納得する事になった。
「皆にとっての母で、俺にとっての家族だからね。」
一部からは本当に母親のように呼ばれていて、孤児からは確実におかーさんと呼ばれている。残念な事に自分の子はいないが、今は母親と呼ばれることに違和感はなく、慕われることを実感しているから、受け入れた事でより母親らしくなっていた。
まだ20歳くらいなのに、優しいだけではない風格があり、その笑顔は多くの者を癒し、彼女の作る料理は誰もが感動する。
聖女よりも聖女していると言われる事も有ったが、本物の聖女から言われた時は笑うしかなかった。
今日も畑仕事に精を出す男は、九尾に命令し、天使に指示を出し、エルフに協力を求め、ドラゴンと談笑し、たまに村に出てくると、兵士達に敬礼されている。
夜でも治安が良い村を作る事が目標のようだが、今も残る課題の一つで、どうしても悪い事をしてしまう村人には困っていた。
即、追放でも良いのだが、反省する事も成長の一つだとして、労働を科す事にし、様子を見ているのだが、それでもなくなることは無い。
「まあ、軽犯罪ってどうしてもね。」
珍しく村の中心にあるギルド内の個室で、ダンダイルと話をしている。
「こんなに治安が良いのに納得しないのは贅沢じゃないかね?」
個室の外では酒に酔った者達が喧嘩をしていて、猫獣人が舌なめずりしながら暴れる者達を殴り倒していた。
「・・・楽しんでる人もいるみたいだし。」
「あれは・・・また別だな。戦闘技術だけなら将軍クラスなんだが、性格的には無理だろう。」
「なにしてんのー?」
「してんのー?」
マナとマリナがひょっこり現れる。
今は料理が運ばれるのを待っているだけなので暇には違いないが、待っていたのは料理だけではない。
「呼んだのに返事しなかったから来ないと思ってたよ。」
「ポチもいるよー。」
ポチがのっそりと現れた。
「わざわざこんなところに呼んで、どうしたんだ?」
傍に元魔王が居ても恐れる事は何もない。
ポチの身体も十分に大きくなり、今では大き過ぎるので逆に小さくなってもらっている状態だ。
「ナナハルと子供達には悪いけど、久しぶりにあの頃の時に戻って話をしたくなってね。」
あの時とは違う者が一人居るが、それは太郎が膝に座らせることで解決させた。
「フーリンさんももうすぐ来るんじゃないかな。」
スーがゴロツキどもを物理的に黙らせたころ、フーリンが静かに現れる。
ミカエルとは出会わずに済んだようだ。
最近は喧嘩なんてしないし、いがみ合うことも無い二人だが、たまに再熱する事も有るから注意が必要だ。
フーリンは太郎と目を合わせただけで椅子に座り、スーを待つ。
太郎が窓の外を見ると珍しく雨が降っていて、雨宿りに逃げ込んでくる人が増えると、また騒がしくなる。
「もう少し時間かかりそうだね。」
エカテリーナが直接運んできた料理は、湯気が出るくらい出来立てホカホカで、どうにか終わらせて、逃げるように入ってきたスーとは入れ違いになった。
「もう始まっちゃいましたかー?」
「今からだよ。」
「そうですかー、良かったー。ってフーリン様も?」
「えぇ、そうよ。」
「ダンダイル様も?」
「私はそういう訳ではなく、たまたまだな。村に来るのが久しぶりだしな。」
ダンダイルは以前と比べれば暇になったとはいえ、太郎と交渉できる唯一の人物として魔王国の将軍達から認知されている。
「それでなんで集まったの?」
「のー?」
丸いテーブルを囲み、膝に座らせたマリナを撫でる太郎から見て、ポチは太郎の後ろに陣取り、右にマナ、左にダンダイル、スーはマナ寄りの右側、ほぼ正面にフーリンが座る。スーがマナに近いのは未だに食べると口周りが汚れるからで、マナとは違ってマリナは綺麗に食べる。
「乾杯とかは苦手なんでいつも通り食べましょう。」
「えぇ。」
「大きい焼き魚ね?」
「あっ、マナ様とりますよー。」
普段のように食べ始めると、ダンダイルが食べながら視線を送る。受けた側が小さく溜息をついたのは、何故か話しづらい雰囲気があったからだ。
「それで、今日はどうしたの?」
「理由は・・・。」
スーが太郎に視線を向ける。
ポチの耳がびくっと動く。
ダンダイルがワインを飲む。
フーリンが片目を閉じる。
マリナが上を向く。
マナは気にせず食べる。
「実は、特になにもないんです。」
「なにも無いのも悩みにはなるけど、本当に困ってないの?」
そう問われると、困り事が無い訳でもない。
だが、太郎はその場とは関係なく何か遠くを見るように話した。
「あれから・・・、とか。その後に・・・、とか。未来の人が俺達を見て何を書くのか、そんな歴史を気にしているワケじゃないけど、最近は魔物も賊も大人しくなっていると聞きます。」
何かを感じ取ったダンダイルが応じる。
「確かにな。この村が出来た頃はあちこちで争いがあった。我々の知るところでも、知らないところでも。だが、今の平和の理由を証明するのに太郎君は外せない。」
「世界樹が理由じゃダメですかね?」
「一般的には世界樹様の要因が一番大きいだろう。」
「えへへー。」
マナは食べるのに夢中なので、マリナが照れている。
「だが、今までの常識はこの村では通用しない。あの伝説のドラゴンが小娘程度に叱られているのを見たのは衝撃だったぞ。」
「天使とエルフが喧嘩しないのも、子供が大人に意見できるのも、この村くらいなものよ。それだけでも驚きだわ。」
「うん、そー。」
「まあ、立場と責任は年齢や種族で決まるもんじゃないですからね。」
「正にソレだよ。」
年功序列なんて言葉が重要視されていた国に住んでいた太郎にとっては、年上だから敬えと言われると反発したくなったものだ。
「何か有れば力でねじ伏せるというのは、今だってある。そういう意味ではワンゴは開明的であったな。」
「なんでそこにワンゴが出てくるんですかー?」
「まだ解決してないだろう?」
ワンゴが俺と話をしたいと伝えられた時、あの時も今もそうだが、結局は受け入れるか受け入れられないかの二択で、話し合いによってこじれる可能性が有るのだったら、そのまま放置した方が良いと考えたのだ。
「良いんですよ。どうせ話し合う価値はもう無いですし。」
「そう・・・ね。この村じゃワンゴの部下と名乗ると兵士やエルフが一斉に襲い掛かるくらいだし。」
「あー、以前も有りましたねー。」
「そんなこと頼んだ覚えは無いけど、俺の所為なんだろうなあ。」
料理を食べながら会話をしているので、喋る口に、食べる口も有って会話は途切れ途切れに続く。マナの口周りが汚れていて、スーが拭いているのを眺めた。
「何も変わっていないのってマナくらいなもんだよね。」
「ですねー。」
「太郎君は変わり過ぎよ。」
「だが良い変化だ。周辺国も一個人の太郎君を無視できないし、争いの無意味さを深く知っただろう。」
「それは俺の所為じゃないですよね?」
「この際だからはっきり言っておくが、全て太郎君の所為だ。だが、怒ってはいない。むしろ喜びを感じているのだ。」
「喜び?」
焼き魚を箸で器用につまみ、口に運ぶ。咀嚼して飲み込み、ワインを流し込むまで待たせてから返事をする。
「誰にも出来なかった事を太郎君は独りで出来る。天使達には神様と呼ばれても不思議に思わないくらいにな。誰もが協力なんてしないと思われていたエルフが積極的に協力する。種族関係なく誰とでも会話をする。交渉が不可能と思われていた者達も、太郎君の話なら聞く。そして、その中の一人としてこの村に身を置けることは、自慢にもなる。」
「自慢ですか・・・。」
「今では村の名前なんかなくても良いと思うし、村長になりたがらない太郎君の気持ちも理解しているつもりだ。」
「俺がこの世界からいなくなっても存続して欲しいという希望がありますから。」
太郎の言葉に、ダンダイルはこの席の意味と太郎の不安を感じ取った。
フーリンに視線を送って同意を得てから口を開く。
「太郎君がこの村から消えた場合、次の候補者が誰になるか知っているかな?」
太郎がキョトンとしたのを見てフーリンとダンダイルが笑った。
「実はエカテリーナが候補に挙がったのよ。もちろん本人の意思じゃないし、酒の入った席の話題作りだったんだけどね。」
「何しろ彼女が一番太郎君の影響を受けている。それも誰に対しても平等な態度をもっているし、薫陶も篤い。誰もが彼女の言葉を聞いてしまう不思議な力も有る。太郎君のようにな。」
エカテリーナは元奴隷で、親に売られてどん底の少女だった。
それを太郎が買いとったが、特に教育を施したわけではない。彼女なりに太郎を見続け、太郎の優しさと厳しさを知り、まっすぐな気持ちを受け続けた。
だからこそ、エカテリーナは優しい厳しさを表現できるようになったのだ。
「確かにエカテリーナに怒られると申し訳ない気分になるもんな。」
「太郎君でさえそうなるのだ、我々では太刀打ちできない。」
「食べ残すと凄く悲しい眼で見てくるのよ・・・。」
「うん、そー・・・。」
残された事が悲しいのではなく、残されてしまう料理を作ってしまった自分自身が悔しいのだが、そこまで理解してくれる人は居ない。
「もりそばが言うには、何かの力を持っているらしいけど分からない、ってね。フィフスだって素直になるのよ。今頃はうどんともりそばとフィフスが厨房で手伝ってるんじゃないカナ。」
「確かにー、太郎さんが不在でもいつもと変わらなかったですねー。」
「ママよりママっぽい!」
「むぅ。」
食事には参加していないポチは、話を聞いているだけで目を閉じている。ポチなりの意見もあるとは思うが、最近は特に余計な事は喋らず黙っている事が多い。
その後も一言も喋らず、カエル肉の料理が届けられるまで口を開かなかった。
もちろん食べる為である。
暫く会話が止まると、箸が進み、慌てずゆっくりと食べ続ける。
中の会話が聞こえなかったエカテリーナが入ってきたのは、追加の料理を届ける為である。太郎からの視線を感じていつもの笑顔で応じる。
「どうしました?」
「ああ、いつも美味しくてあたたかくて・・・。」
声が出ない・・・?!
何か心が吸い取られる不思議な感覚。
目の前が暗闇に包まれて視界が奪われていく。
力が抜け、身体が動かなくなる。
高い所から落ちていく、抗えない恐怖。
底の見えない深淵へ・・・。
太郎はその後の言葉を続ける事は無く、突然、崩れるように椅子から落ちた。
マリナも一緒に落ちたがそれどころではない。
エカテリーナの表情も崩れ、悲痛な叫び声が遠く聞こえる中で、そのまま深すぎる眠りに落ちた・・・。
一気に慌ただしくなり、スーが素早く太郎を抱えて部屋を出る。
雨など気にすることなく屋敷に向かって走って行く姿を見た者達が、あまりにも必死な表情なので驚く。
何人かは突き飛ばされて怒りを覚えても、すでにその姿は遠く、ダンダイルですら追うのが大変なくらいだ。
追いついた時には太郎は部屋のベッドに裸で横たわっていて、スーとエカテリーナが濡れた体を綺麗な布でふき取っていた。
「・・・丁寧に拭き過ぎじゃないかね?」
「・・・。」
「・・・。」
翌日。
悪夢に魘される声に気が付いてナナハルが頭を撫でている。
雨が降る中、子供達が畑と家畜の世話に精を出していて、その間の交代だ。
スーとポチが入室してくるまでのわずかな時間を、とても貴重に感じていた。
太郎は時折ごろごろと転がる事が有るので、ベッドから落ちないように九尾の尻尾を枕替わりにすると寝息が静かになった。
さらに尻尾で包むと、何も知らない太郎が無意識で抱き枕にしている。
ただ、それだけだったが、ナナハルはとても嬉しかった。
二日。
マナとマリナとうどんともりそばが、太郎をジーっと見詰めて微動だにしない。
フィフスが飽きれている。
朝、昼、晩と、エカテリーナが入室した時と全く変わらない。
夜はソコに子供達も加わっていて、人数は多いのに雨音の方がうるさい。
室内が静か過ぎるのはフィフスが結界を張っていた所為で、気が付いたのは翌朝の朝食を持って来るエカテリーナが入れなかったからだった。
三日。
雨は続き、今までにも何度か倒れていて、その数日後に必ず目を覚ますと知っていても、忘れた頃に発生する所為でみんなの不安は膨らむ。
スーとポチとナナハルは、いつも通りに過ごそうとしたが、雨の所為で何も出来ず、ソワソワしながら屋敷を徘徊する。兎獣人と九尾の子供達が、太郎のベッドの周りを囲んでいて、決まった時間に必ず食事を持って訪れるエカテリーナを見ると、俯いて首を横に振る。
子供達は交代で畑仕事もしていて、疲れから耐えられず眠りに落ちて静かになる頃には、マナ、マリナ、うどん、もりそば、そしてフィフスも太郎の寝室を訪れ、じっと見守っている。
身体は大人に成っても、子供達にとって母親よりも父親の存在は大きく、絶大な信頼が有る事も、余計に不安を大きくする一因となっている。
いつもの空に黒い雲が現れ、光を遮り、昼間なのに夜のように暗く、雨が今まで経験した事も無いほどに強く降る。屋敷や畑に被害が出ないのはトレント達が強く根を張っているからで、その存在が無ければ丘の上にある屋敷は、土砂が流れ込んで畑もろともたちまち崩れるだろう。
道に雨水が流れ、川のようになる。
ウンダンヌが何もしないのは何故だろう?
風が強く吹き、窓を激しく叩く。
シルヴァニードが何もしないのは何故だろう?
四日、五日、六日。
雨は降り続け、村を訪れる旅人の姿も減った。
マナは太郎の見ている悪夢を理解していて、それが太郎の心を蝕み、いつか生きる気力を無くすかもしれない。
そうなってしまう事を恐れている。
寝ている太郎は、時に叫び声をあげ、時に喚き、時に泣き、疲れるように静かな寝息を立てる。
夢の中で、太郎は血塗られた剣で人を斬り殺していた。
襲い来る恐怖に抵抗し、倒れて動かない人にも、無慈悲に、何度も。
周囲の死体の顔は全て太郎と同じで、手も足も、首もバラバラに転がっている。
血の川が流れている・・・。
進みたいけど進めない。
赤い雨が降っている・・・。
戻りたいけど戻れない。
雨を遮るようにたった一本だけ木が生えている。背もたれにして休むと凄く落ち着くが、やってしまった事を後悔し、その苦悩を常に抱えて生きている。
自分のモノではない血が身体を冷たく濡らす。
更に3日後、ナナハルが窓の外の雨が弱くなるのを見て予兆を感じた。
早朝に目を覚ました太郎は、子供達の笑顔がこちらに向かってくるのを見て、心配させていた事に気が付いた。恥ずかしそうに笑うと、飛び込んできて抱きつかれた。不安は雨が止んで陽の光が差し込むと同時に、綺麗サッパリ消える。
しかし、太郎には誰にも告げられない不安が今も有る。
太郎の寿命が無くなったとはいっても、病気や怪我で死ぬ事はある。
世界樹は長寿だが、いつかは枯れる。
そう言っていたマナが上から降ってきて太郎の頭に乗る。
「おはよう。今日もきっといい天気になるわね!」
昨日も一昨日も雨だった事を太郎は知らない。
「パパおはようー!!」
「お父さん、元気になった?」
子供達の声も元気で良いのだが、布団をはがしてみんなで寄ってくるのは何でだ。
スーとポチが少し離れた場所から羨ましそうに眺めている。
「うん、元気元気。」
そう応えると頭を摺り寄せてくる。
確かに子供だが、もうそんなに子供じゃないよな。
甘えん坊なのかな?
一人ずつ頭を撫でると、満足して部屋を出ていく。
それだけの事なのに、なぜか凄く久しぶりな気がする。
長い間、悪夢を見ていた記憶は残っていて、頭から降りてきたマナを抱き寄せる。
「よしよし、怖かった?」
「・・・。」
今度はマナが太郎の頭を撫でている。
確かに悪夢なのだが、今までのこの世界の生活が全て夢になってしまうのは、悲しい。。だから、忘れてはいけない悪夢。
それなのに、子供達の笑顔を見るとツイツイ忘れてしまう。
マナを強く抱きしめると、目の前の全てが現実だと、疑う事なく生きていける。
今日も、明日も、これからも、変わらない日常を造り続けて。
「さて、また心配させてたみたいだから、食堂に行こうか。」
-了-
■あとがき
ここまでのご愛読ありがとうございました。
これ以降は感想だったり、ボヤキだったり、物語についてだったりで、特に本編とは関係ありません。
↓↓↓ それでも気に成る方は ↓↓↓
※2025/11/29日の23時ごろに書いています。
小説を書きたいと思って書き始めた作品はこれが最初ではなく、以前にも何作か書いていますが、完結していないまま終わっていた事も有り、これは何が何でも最終回まで書く最初の長編にしようと思って書き始めたモノです。
書いてる期間が長いので小ネタやボケの会話にも多少の時代の変化があったりします。
最初が2018年12月30日から始まり、アクセス数が増えて安定すると欲をかくようになるモノで、内容を引き延ばそうと画策していた時期もありました。
なんか、作家気分を味わえた事も有って、とても楽しく書けました。
そもそも、漫画を描こうとして挫折して小説に成ったというのも有り、物語を考えるのは好きでした。
ただ、小説を書くルールなんてものは知らないので、色々と問題もあったみたいです。今は知ってるけど、この物語では最後までこのスタイルで書く事にしました。
「これです。」
。が要らないってやっですね。
言われるまで何にも考えていませんでしたねー。
話しの内容も、主人公に目的が無さ過ぎて、巻き込まれ系になりました。
人気のない場所に世界樹と二人で住むっていうのが予定だったのですが、いつの間にか仲間がすげー増えちゃいましたね。
書いてると少しずつ話が逸れていくのが自分ではよくわかるんですよ。
そこに、新たに現れるキャラクターに歴史を付けると更に長くなるというね。
ただし、主人公が死ぬのは最初からの予定に組み込まれていました。
予定調和です。
もっと読む人とコメントが増えれば色々な感想が聞けそうですけど…。
有名漫画でも生き返りは有るんでね。
ね!!
終わるタイミングについてですが、実は何回も有りました。
って、ここで終わっても良いんじゃない?
ぐらいで、主人公の目的の達成で終わるとしたら、村が出来た時点でも終われるんですよね。
なにしろ、マナの木を育てるという行動自体が、ほとんど行われなくなってしまったので・・・(
世界設定は細かく考えて、一部は今後の物語の世界観にも転用する予定です。
まあ、ファンタジーに限りますがー。
誤字脱字も多くて、多分今も残ってますねー。
ご指摘いただいて助かります。
感想も貰った時は感激していました\(^o^)/←喜んでいます
感想などは可能な限り返す予定です。
まぁ、来ない可能性の方が今のところ高いのですけどね。チラチラッ
では約6年の期間にお付き合いいただきありがとうございました。
また、次回作でお会いできたらよろしくお願いします!!




