第380話 場違い
太郎達が食事をするテーブルにはうどんともりそばが夜なので不在なのだが、起きているマナは珍しい食べ物にあっちへふらふら、こっちへふらふらしていて、その場にいる人に分けてもらって食べていた。
「スーが静かだね。」
「あそこで涙を流して食べておる。」
「マリアも涙流して隣に立っているけどなんで?」
「研究用に欲しいそうですけど、渡しても良いですよね?」
「食材に関してはエカテリーナが自由にしていいよ。というか、みんなエカテリーナところに来るだろ?」
「そういわれると・・・そうですね。気になった事が有って、スーさんに食材費の金額を見せてもらった事が有るんですけど・・・。」
「高かった?」
「いえ、なぜか増えているんです。」
「増えてるんだ・・・。」
「スーとオリビアが数と量を調整してゴルギャンの店で売っているからな。」
「あの店はどうなったの?」
「盗賊と商人と貴族がたびたび襲ってくるが余裕で撃退している。」
貴族が襲ってくるのは問題あるのでは。
「貴族についてはダンダイルに処理してもらっているから問題はないぞ。最近は商人くらいしか来ないが。」
「襲ってくるの?」
「ああ、金を叩き付けて来るらしい。」
いつの間にか同じテーブルの椅子に座って食べているオリビアがモグモグしたまま頷く。もっとクールな人だった気がしたんだけどなあ。
「しかし、こんな日にツクモが来ないとはなあ。」
「ツクモさんの分も別に保管してあります。」
「・・・エカテリーナに頭が上がらなくなりそうじゃな。」
「既にあっちでも困惑している人達がいるけど。」
太郎の視線の先はドラゴンの座るテーブルで、食べつくした肉料理の皿は既に片付けたた後で、今は果物が乗っている。
勿論、凍っていますとも。
「ナナハルさんには準備が間に合わなかったモノが有って試飲して欲しいのですけど、よろしいですか?」
「わらわに試飲とは、酒か?」
「はい。作るのに半年ぐらいかかるのと、お酒をたくさん使ってしまうので、これは秘密で作りました。」
「あー、果実酒か。」
「そうです。持ってきますね。」
椅子からびょんっと飛び出すと、近くの給仕に声を掛けてから厨房の奥へと消えた。
みんなが果実のアイスを食べ始めた頃に液体と果物が詰められた透明な瓶をカートに乗せて戻ってくると、分かり易いほどに視線が集まる。
「枇杷?」
「はい、半年ほど寝かせました。」
氷の入ったガラスのコップにエカテリーナが注ぐと、ふんわりと香りが広がる。
それを見たナナハルが生唾を飲んだ。
「これは天狗の秘酒じゃな。」
「へーっ・・・天狗?」
「天使ほどではないが一部に存在する・・・、いや、それよりも!」
この村にも枇杷の木はいつの間にかあったのは確認しておったが、酒を造るとは思いもしなかった。確かに造ろうと思えば作れるが・・・、天狗でも100年に一度ぐらいしか造らないと・・・そうか、造らないだけか。
あいつら黙っておったか。
「どうかしましたか?」
「・・・いや、何でもない。いただくぞ。」
一口。
・・・二口。
・・・・・・三口。
尻尾が増えた?!
なんで?!
「魔力を抑えきれんかった・・・。これはかなり拙い。」
エカテリーナがしょんぼりしている。
失敗した事を怒られると思ったのだろう。
太郎が頭を撫でると、ナナハルは慌てて言い直した。
「いやいや、味は最高じゃ。一生に一度飲めたら良いというぐらいの味わいじゃぞ。」
「なにがマズイの?」
「魔力増幅効果がある。それも特級品じゃ。キラービーの蜂蜜なんて問題にならないくらいにな。」
魔女が飛んできた。
ホントに飛んできて、太郎にしがみ付いた。
痛いからやめて。
「目力が凄いよ、二人とも。」
「あのね、太郎ちゃん・・・・・・これ、ちょっと頂戴。」
今、何か説明しようとしなかった?
「飲んだら?」
ナナハルが無言で自分のコップを差し出す。
新しく注ごうとしたエカテリーナを止めてまで。
ぐこり。
その後の沈黙が長い。
「・・・これはとんでもないモノを・・・私のミスどころじゃないわ。」
「それはそれ、これはこれじゃぞ?」
何とも言えない複雑な表情だ。
「だって、だって、これ飲んだら、魔力が全く無い者でも安全に魔力が増幅するじゃないの。」
「太郎が飲んだら判るじゃろ。」
「そ、そうね。」
まだ残っている枇杷酒のコップをそのまま渡される。
回し飲みでもいいけどさ。
ごくり。
「ひゃーーーーふーーーーーぅっ。」
は?
「びゅるるるぅっ。」
え?
シルバとウンダンヌが勝手に出てきた。
「これは駄目です。永久封印を。」
「だめだめーっ。ちょっと雨降らせてくるねーっ。」
外が突然の大雨になって、5分ほど降り注いでから止んだ。
突然だったので濡れた者もいるようで、タオルが配られている。
「どゆこと?」
シルバが応じた。
「太郎様の魔力ではなく私達の魔力が増幅しました。」
ウンダンヌが戻ってきた。
「キューに漲るから困ったよっ。ひっひっふーっ。」
マリアとマチルダとナナハルが顔を寄せて何やら話している。
寄せているというか密着しているぞ。
スッと何者かが現れると、その瓶を掴んで懐にしまった。
「済まんなエカテリーナよ、これは私が預かる。もし他の果物で作る場合は、もっと安全なモノを選べ。トレントや竜血樹などで造ろうとするでないぞ。魔力コントロールの巧い九尾であっても無駄な尻尾を増やさねば維持できんのだ。」
「これを飲んだら誰でもお手軽レベルアップって事かな?」
「俺に飲ませろーーー!」
突然の叫び声の後、物凄い轟音とともに、何かが床に埋められた。
ミカエルとフーリンとのダブルキックだ。
お見事過ぎる。
「誰だコイツは。」
「あー、ピュールだねぇ、最近生まれた純血のドラゴンだよぉ。」
ガッパードとメイリーンが、可愛そうな生き物を見るような目で眺めている。
エルフと天使が素早く周囲を掃除して、ピュールを外に放り出すと、床が綺麗に埋められた。
凄い連携だ。
「こんな奴に飲ませたら増長する。」
「だよねぇ。」
何が起きたのかを理解するのに必死なエカテリーナを、太郎は抱き寄せて膝に座らせた。少しずつ理解したのか、今は泣いている。
「大丈夫、怒ってないよ。」
「で、でも・・・大変な事を・・・。」
「わらわに相談せい。それで良い。」
ガッパードは子供の泣き顔を見て自分の娘と重ね合わせているのだろうか。
自称ばーちゃんは娘ではあるが、当たり前だけど子供だった頃もあるのだから。
「酒が有るのなら少し注いでくれんか。」
太郎がナナハルを見ると、頷く。
普通の酒と言ってもナナハルの造った日本酒で、かなりの量が生産されている。
一晩で呑みきれる量ではない。
もちろん、日本酒という名前の酒は存在しない。
「わらわが注ごう。」
「九尾の酒とは、十分に贅沢だ。」
エカテリーナは太郎を強めに抱きしめて目から涙を弾き飛ばすと、顔を太郎の胸にぐりぐりと押し付けてから太郎の膝から降りた。
そして元気良く言った。
「ご用意しますね。」
ハンハルトの国王とガーデンブルクの国王が、用意された酒を呑み交わしている。いつの間にか同じテーブルに座っていたのは、集まった者達と自分達を比べ、あまりにも差があり過ぎると悟ったからである。
「外に居たグリフォンとベヒモスが可愛く見える。」
「ベヒモスなんて居たのか。」
「ああ、ジェームスが教えてくれた。」
「鬼人族と結婚した男か。何かと話題が有っていいな。」
「アンタの国だってトレントが居たんだろ。魔女だって部下じゃないか。」
「居るだけで国に大きく貢献しているワケではないぞ。勇者だって存在したはずだが、誰一人名乗りを上げないからな。」
「勇者か・・・。味方に出来れば良いが、コルドーのようになってはたまらん。」
「確かにな・・・。」
酒に酔った気分に浸りたいが、そこまで深く酔えないのは周囲が気に成るからだ。
ただ気になるなんてもんじゃーない。
気に成り過ぎる・・・・・?!
「お二方とも用心しているみたいですね。」
手には寿司を乗せた皿を持っていて、それをテーブルに乗せて遠慮なく座った。
食事をするドラゴン達を一瞥してから箸を器用に使って寿司を食べる。
「平気なのか?」
「太郎君の用意したモノなら安心ですからね。」
「信頼してるんだな。」
「自分が魔王だから率先しなければならないと考えていた時期もありましたが、ダンダイルさんがアレですから。」
「そーなんだよなあ、一応、伝説になるほどの魔王だったハズだ。」
「あの頃よりも強くなっていると聞いたが?」
「瞬間移動の魔法を覚えてから急激に強くなりましたね・・・。あの魔法、難しいんですよ。」
「魔法袋と瞬間移動で経済が崩壊するんだが?」
「経済もそうだが、あの蜂蜜は欲しいぞ。いや、キラービーを飼いならせるのならその方が良いんだが。」
集まった国王級3人に気が付いた男は、手に蜂蜜をかけた氷を持ったまま近づく。
すごーく寂しそうな目を三人に向けてから呟いた。
「アンタら何やってんだ・・・。」
「国王相手にそんな事が言えるならたいしたもんだ。」
「ここに居ると国王に見えなくてな。」
「確かに。」
苦笑いしたのは魔王が飲んでいるのは酒ではなく野菜ジュースだ。
「ジェームスでしたね。」
「名前を覚えてもらえるとは光栄です。」
「ガーデンブルクでは何も聞いていないが?」
「おい、うちの国の英雄だぞ、簡単に持っていこうとするな。」
「魔女が居るだけで脅威だと、将軍達は困っていましたよ。」
困っているなど、軽々しく言うものではない。
「そういうのは国家機密だろう。手のウチなんか明かしちゃっていいのか?」
「国王がココに居る時点で存在そのものが手のウチだろ。」
国王同士の会話とは思えないほどレベルが低い。
ジェームスは心の中でそう思うだけに留めている。
「この後にドラゴン達と会談するの、忘れんなよ。」
ジェームスが言った相手はハンハルトの国王だが、他の二人の心にも深く突き刺さり、その溜息をより深くするものだった。
子供のように腕をがっちりと掴まれるなんて思いもしなかったジェームスとは別に、ドーゴルは頭の中で考えを整理しようとしている。
飯は美味い。食材一つでも貴族レベルを超えている。
給仕をする者も美女?だらけ。
エルフが揃った制服のようにメイド服を着ている。
天使は翼を隠そうともしない。
迎賓館で照明も格式も悪くない。
一体ココは何なんだろう?
ある程度の予想ができていたので心構えはあったが、それでもこの状況は冷や汗をかくなんてものじゃ済まされない。
ダンダイルは部下の兵士達と楽しそうに談笑している。
俺には遠慮もあって兵士は誰も話しかけてこないからな。
悔しい、魔王なんて成るんじゃなかった。
立場の所為で、こんなにも楽しいイベントも堅苦しくなってしまう・・・。
本気で引退を考えるドーゴルであった。
魔王「仕事辞めたいなー
側近「駄目です
魔王「なんで側近の方が偉そうなのかな・・・
マナ「二人とも子供なんだからー
スー「口から食べ物こぼしながら喋っちゃダメですよー




