第379話 豪華な料理
多忙というほどでは無いが、それなりに忙しい一日を終えた日没後、子供達との作業も終わり、二度目の入浴を済ませてから食堂に向かう。
忙しそうにしているのは主にエルフ達で、数が足りないのか天使達も混じって給仕をしている。指示をするのは一番若い少女で、テキパキとして素早い。
沢山のテーブルには豪華な食事が並べられたかと思うと、豆腐や納豆の様な庶民的なモノもあり、ハンハルトから取り寄せた魚介類の刺身も用意されている。
魚を生で食べるという発想自体ないし、食べた場合には、腹を壊したり、最悪死亡するケースもあったコトから、進んで食べる者は少ない。
全く食べないワケでもないらしいが。
用意された席には、見慣れた懐かしい食べ物がたくさん並べられていた。
醤油もあって、皿に垂らし、箸を使って食べると懐かしい味が口に広がる。
「おー、これトロみたいな味だー・・・美味いっ。」
と、感動して食べているのは太郎だけである。
ナナハルと子供達も食べているが、美味しいという反応は有っても、太郎ほどの感動は無い。寿司が出てきた時は大喜びしていたが。
普段はほぼ洋食っぽい物なので、和食を味わえるだけでも太郎は笑顔になる。
「このワサビのツーンとしたのがいいのう。」
「軍艦もあるしイクラも有るのか、良く手に入ったな。」
「苦労した・・・のはわらわでは無いが、ハンハルトの漁師たちがあほみたいに何でも獲ってきて選別が大変だったらしいぞ。ここまで運んだ上でわらわも選別したのじゃ。」
「それで昼間に畑に居なかったんだね。」
「うむ。」
「豚と牛の丸焼きとは凄いな・・・家畜を安全に育てられるのも羨ましい環境だ。」
この声はガーデンブルクの国王の感想で、ハンハルトの国王も同意している。
別の席で座っているガッパードは求めるモノが無かった。
「カレーは無いのか?」
「カレーにしてしまうと匂いもカレーで染まってしまうので。また後日にご用意いたしますね。」
「うむ。期待しておるぞ。」
エカテリーナがカレー好きのドラゴンのガッパード相手でも普通に会話している事で、多くの者を驚かせ、どうして平気なのか尋ねたところ・・・。
「太郎様のお客様が変な事する筈が無いです。」
その一言で納得したのだった。
太郎への信用度が凄すぎて何も言えないという感じでもある。
紹介や入場に際する挨拶なども無く、本当にただのお祭り気分で、国家間における重要性を示す物は一切無い。
「給仕をするのがエルフと天使とは、贅沢を通り越しているな。」
何故かフレアリスも給仕をしていて、5人で持ち上げる様な丸焼きの重い料理を一人で運べるから、とても活躍している。ジェームスとマギもビックリするほど手際が良い。
「狭い酒場で働いてたんだけど。」
「そ、そう言われればそうだったな。」
狭い、は余計だろう。
「まあ、あんた達にも持ってきてあげるからテーブルで大人しくしてなさい。」
飲み物も多種類のジュースに、アルコール、スープだってガッツリ系からあっさり系まで選り取り見取りだ。
「この緑色のスープにしてみようかなー。」
「ただ肉と言っても焼き加減からソースで味が変わるしな。」
「この野菜サラダも感動モノです。我が土地でも作れるモノなら知りたいものです。」
「この・・・テンプラとは・・・美味い・・・美味すぎる。」
「今回のメインは肉でも魚でもないらしいのよ。」
「とりあえずエルフの代表としてもう少し綺麗に食べてください。」
「見たコト無いから食べ方が分かりにくいのよ、見て、これなんか口の中で溶ける肉よ、どうしてこんなに美味しいのー。」
「納豆とかとろろとか面白い食べ物だな。これなら俺の国でも作れるだろ。」
「買えばいいだろ。」
「買ったら儲けられないだろ。」
「ハンハルトの国王の癖になんかケチ臭いな。」
「うるさいぞ、後で会議にも付き合わせるからな。」
「嫌だ。」
「駄目だ、国王命令だ。拒否権なぞ無い。」
「ぐぬぬぬ・・・。」
聞かないようにしていても聞こえてしまう大きな声で会話する二人を、マギは苦笑いして眺めている。そこにフレアリスがやってきて、やっと落ち着いて座ってくれた。
「そういえば、フレアリスさんは知ってるんですか?」
「ああ、何か秘密にしているモノが有るって話ね。」
「なんなんですか?」
「蜂蜜らしいけど、そんなに驚く事かしらね?」
この村では珍しくもないキラービーの蜂蜜。
それがメインらしいが、他国で言えば普通に超高級品で、死んだ人が生き返るレベルの薬でもある。それだけで驚く事なのだが、この村の所為で感覚がマヒしていた。
「本当に多種多様だな。」
「ばーちゃんもう驚き疲れたよ。」
「そっちではない、参加している者達のコトだ。」
丸テーブルに椅子が有るところと無いところに、建築に関わった兵士やエルフが集まって食べている。もちろん参加は自由で、食べ物を持って外に行く者達も居る。狭いからではなく、国王級が居るので同じ空間では食べにくいのだ。
種族も雑多で犬獣人、猫獣人が多いが、狸獣人や熊獣人も僅かに居る。
天使達は翼を隠さない所為で少し邪魔なところもあるが、これは威厳と尊厳の為にやっているので認めて欲しいと、ミカエルから頼まれている。
フーリンと言い合いになっていたが、太郎の一言で許可が出ているが、羽がちらほら落ちるのは片付けてもらいたいかな。
「兄ちゃん、これ美味すぎるよ。」
「黙って食え。おっ、お前それは俺が持ってきた・・・。」
「・・・。」モグモグ
「なんか言えよ。」
ブロッグーンとバロッグーンのドラゴン兄弟はスフィアという女性ドラゴンに睨まれている。あの洞窟の探索を手伝ったドラゴンの一人で、太郎はメイリーンに改めて紹介され、参加する事になったのだが、料理の虜になってしまっていた。
「これだけ美味しいモノが有ってさらに上のもの・・・?」
外で食べていた者が空を指さす。夜だというのに大量のキラービーがやってきて、会場をざわつかせた。
流石に多い。
しかも、そのキラービー達は樽の様な物を持っていて、エカテリーナの指示で細長いテーブルに丁寧に並べられていく。
「あの小娘はハチの女王なのか?」
「太郎君が連れて行った元奴隷だ。」
「あ、そう・・・。」
キラービー達はそれだけをやって帰って行き、国王やドラゴン達の座るテーブルに樽の中身を注いだ皿を運ぶのはエカテリーナの仕事だ。
キラービーの蜂蜜なのは分かるのだが、その香りが強い。
「もう、ばーちゃん死にそう。」
「これ、なんです?」
運んでいるエカテリーナにスフィアが質問する。
「これは同じ果物の花ダケで作った蜂蜜です。」
皿に鼻を近づけなくても分かる。
ちょっと待って、これトレントの花の匂いがする?!
こっちは・・・竜血樹。
さっき飲んだジュースと同じ香りのする蜂蜜。
「太郎様が以前に同じ種類だけで集めた蜂蜜を作って欲しいと頼んでいたのですが、出す機会が無くてずっと溜めていたようなんです。それで今回の記念という事で使わせていただきました。」
驚きで参加者の9割が倒れそうになった。
ガッパードですら、その蜂蜜を口に運ぶのをためらっている感じがする。
「なんだってこんなものが用意できるんだ、あいつは・・・。」
「た、太郎君だからな。」
「そ、そうね。」
「それがいつまでも通用すると思うなよ・・・。」
「皆さん、顔が引き攣っていますよ。」
「マギも引き攣ってるじゃない。」
ジーっと蜂蜜を見詰める一同。
「・・・食べていいんだよね?」
こちらにも運んできたエカテリーナに、マギがそう言うと。
「モチロンです。」
物凄い笑顔の上に、返事が軽い。
この一口で、家が何軒建つんだろう・・・。
「食べたらいいんじゃない。」
「太郎も軽く言うのう。」
「まあ、食べた事は有るから。」
「わらわは知らぬぞ?!」
「内緒でこっそり持ってきたからさ、なんで隠しているのか知らなかったけど。」
「これ・・・いつも食べてるマンドラゴラの匂いがするよ。」
「パパー、こっちはパイナップルだよ。」
「匂いだけでも凄いよね。カレーにも使ってたんだし。」
「な・・・なんじゃと、既に食べていたのか・・・。」
「リンゴの蜂蜜を使ったんだよ。あ、氷も用意してる?」
「今お持ちしますねー。」
ナナハルが二人の会話に疑問を持ちながらも黙って見ている。
「どうぞ。」
「ありがとう、こっち柿だよね?」
「そうです。」
ガラスの器に砕けた氷がのせられとモノを太郎の前に置くと、太郎は躊躇いもせず柿の蜂蜜をかけ、かき回して、スプーンでざっくり掬って、食べた。
「うっまーっ。」
一連の動作を観察していた子供達にも同じように食べさせると、喜びというより歓声が飛び出た。特に周りから。
なんで?
「一応、序列とか順序とか有るが、太郎が気にする事ではないな。」
「ほらーっ、お代わりも有るからドンドン食べてねー。」
「はーい!」
ザクザクという音と、言葉に成らない声があちこちから聞こえてくる。
それを見て満足気にニコニコしているエカテリーナを見付けたので、とりあえず無理矢理・・・でもなく他の給仕に確認してから連れて行く。
「一緒に食べような。」
「はいっ!!」
やっぱり、食べている時の笑顔の方が良い。
お代わり自由ではあるが、賓客優先なのは周囲が勝手に決めている事で、太郎はそれよりも気になった事を確認する。
「デュラハーンとかポチとかにも?」
「ちゃんと手配しました。直接行く暇が無かったのでエルフさん達にお願いしましたけど。」
「大丈夫だ、届けた。向こうでも大騒ぎになっているぞ。」
「じゃろうなぁ・・・。」
しっかりと蜂蜜をかけた氷のお皿を手に持ったままのオリビアと、それを聞いたナナハルである。そのナナハルがオリビアの皿を見て驚く。
「色の付いた氷かの・・・?」
「これはイチゴを凍らせた後に砕いて、ミルクアイスとレモンの蜂蜜をかけたのだ。」
「果物の氷漬けも有るのか?」
「氷漬けというか、そのものを凍らせている。」
「これもエカテリーナが作ったのか?」
「レシピは太郎様の本にあったものですけど、果物を凍らせる氷室を作る方が苦労したみたいです。」
「さっきは用意してなかっではないか。」
「果物ジュースの隣にご用意してありますよ。」
ナナハルが溶け始めた氷を一気に飲み干すと、皿を持って移動していく。
喧嘩にならないと良いんだけど・・・。
「大丈夫です、たくさんご用意しました。氷室に行けばまだあります。」
「秘密にしてたの?」
「私は秘密にしていたつもりは無いのですけど、オリビアさん達がカンコーレーとか言ってました。」
そもそもエカテリーナは毎日忙しいので、仕事以外の会話はあまりない。
たまに太郎の部屋で寝たり、一緒に風呂に入る事は有っても、会話以外に口を使っている事が多い。
「この氷も太郎様に用意してもらったものですよ?」
「そういや、ちょっと前に大量に水が欲しいってコレの事だったんだ。」
「はい。」
会話を聞いた者達が、特に女性達が、一斉に移動していく。
天使は・・・行かない者もいるが、両性具有だから分からないなあ。
「明日はラーメンとギョーザとチャーハンをご用意する予定です。」
「夜に?」
「それはお昼で、夜はケーキとかお団子のヨーガシとワガシを用意しておきますね。」
「忙しくないの?」
「楽しいです!!」
エカテリーナの笑顔が眩しい。
凍った果物を山のように皿にのせたナナハルが戻ってくると、口に運ぶ前に太郎に視線を向ける。
「菓子の方はわらわも手伝うので問題ない。」
「本に無いお菓子を作ってもらえるので楽しみです。」
「お主も村にはなくてはならない存在になったの。」
「そんな事ないですよぉ・・・。」
とは言っているが頼りにされて頬を染めている。
とりあえず頭撫でておこう。
うんうん。
ん?
「たろーさまー、あーん。」
「あーん。」
口を開けるとスプーンにのせられた蜂蜜の付いた氷が太郎の口に運ばれる。
昔だったら少しの恥ずかしさもあったが、今は無い。
すっごい笑顔を向けられて、口の中も口の外も、倖せが広がった。




