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第374話 マチルダとグレッグ (2)

 孤児院の屋上からこっそりと覗き込む影が二つ。

気配を完全に消していて、ドラゴンといえども、この状態で隠れられるとなかなか察知できない。ただ、もう一人の方に僅かな魔力の揺らぎが感じられるので、それに気が付けば分るだろう。

と、思っているのはグレッグだけである。

その監視対象はというと・・・。


「子供と遊んでいる・・・?」

「えぇ・・・。」


 上空からの視線に気が付いたマチルダだったが、ソレは無視し、ドラゴン達に注目する事にした。

 もう一つの視線はグレッグが気が付いた。


「あの将軍、なんであんなバレバレな場所に・・・。」

「どうせ隠しても無駄だと思っているのでしょう。逆に監視している事を知らせている可能性もあるのだけど。」


 そう言って、何故自分が彼女の擁護をしてるのか疑問に思った。

 僅かに笑うと直ぐに表情を消し、今度はドラゴン達ではなく村を見下ろす。

 綺麗に整備され道路に規則正しく並べて建築された住居群。

 駐屯している魔王軍の宿舎や訓練場も良く見える。

 そして農地がとにかく綺麗だ。

 他の町に必ずあるモノがココには無いのだから。


「この村には肥溜めが無いのよね・・・。」

「どうしたんです、そんな事を気にしてたんですか?」

「普通はもっと臭いのだけど、居心地が良過ぎるわ。」


 牛や鳥の糞は集めていて、ちゃんと保管されているし、販売もされている。


「そんなもんですかね。」

「風呂だって、だれでも自由にいつでも入れるのよ。」


 温泉が湧き出たおかげもあって、村の中央に巨大な入浴施設が有り、今は村人の多くが利用している。そして、如何わしい施設は一つもない。

 ギルドが有って酒場もあって宿屋も有るが、ギャンブルも風俗もない。

 奴隷の売買も無ければ、軍人による嫌がらせもない。

 エルフが住んでいて、偶に誘拐や盗賊達に身柄を狙われる事も有るが、その全てが撃退されている

 一人でも誘拐しようものなら、あの鈴木太郎が黙ってはいないだろう。


「子供達と話し込んでいたようですが、移動するようですね。」

「・・・あなたももう少し気配を消しなさい。あっちの将軍にバレているわよ。」


 その時視線が交差して、互いにバレた事を察知した。

 だが、何もない。


「不覚・・・。」


 普通なら襲撃されるだろうが、何もない。

 そして、女将軍は姿を消した。


「遊ばれてるわね。」

「暇なんでしょうか?」

「・・・その発想は無かったけど、遊ばれていると思うのならもう少しまじめにやりなさい。」

「は、はい。わかりました。」


 グレッグが深呼吸をし、すーっと姿を消そうとしたとき、肩を叩かれた。

 直ぐに振り返ったが姿はない。

 上司の横に立っているもう一人の姿を確認する。


「監視ご苦労様ですー。」

「な、なに。」

「夕食までにはもどっ来るように伝えてくれって頼まれましたんですよー。」

「それだけ?」

「それだけですー。では失礼。」


 そして姿を消した。


「・・・見習いなさい。」


 グレッグは落ち込んだが、それと同じことを女将軍もやられているのを見て、ホッとしていた。

 わざわざ背後を取ってまで肩を叩いたのかは謎だ。

 もちろん、マチルダの説教が待っているのは言うまでもない。


「それにしても、かなり力をつけてるわ。グレッグでは勝てないかもしれないわね。」

「なんでこんなに差が・・・、訓練は続けているのですが。」

「環境がね。この村で半年ほど訓練をしたら変わるかもしれないけど、残念ながらそこまでの許可は貰えないでしょうね。あの女将軍ですら負けているようだし。」

「将軍級相手でも翻弄できるって相当ですよ。」

「この村に居る天使でさえ規格外が多いのだから・・・それ以前に九尾の子供達に勝てないかも。」

「そ・・・それは流石に・・・。」


 とは言いつつも、アレが普通だと思うと子供達も相当な実力者だろうと考えてしまう。九尾の子供ではあるが、鈴木太郎の子供でもあるのだから。


「そもそも、鈴木太郎に勝てる者がこの世界には存在しないからね。」


 世界は言い過ぎでは?


「それだけの実力が有って農民になりたがるのが不思議です。」

「そう・・・不思議。不思議ねぇ・・・。」


 魔女である自分は実力主義てあり、強くなれば世界を相手にするつもりでもあった過去を考えると、今の自分はとても情けない。

 だが、あの鈴木太郎を見ればそんなツマラナイ事も忘れてしまう。

 そう、ツマラナイ事なのだ。


「さて、ドラゴンがどこに行ったか、ちゃんと見ていたかしら?」

「え・・・あっ・・・す、すみません。」


 孤児院の食堂に行ったようだ。

 食堂?


「カレーを食べるんですって。」

「・・・え?」


 上司には会話が聞こえているのだ。


「あそこまでカレー好きだとは思わなかったのだけれど、私達の軍にも導入されているから文句の言いようもないのよね。」


 カレーは各地に広がりを見せていて、具材さえ文句を言わなければ香辛料で作れるからとにかく安い。魔王国内では太郎の知らないところで専門店が作られるほどで、ハンハルトでも軍用糧食の一つとして採用されていた。


「レシピをギルドに公開したのは考えたわね。」

「美味いし安いし誰にでも作れるし、何より失敗しにくいのは良いです。」

「それにしても・・・このカレーの匂いはどうにかならないかしら。」

「お腹が空きました。」


 これが諜報活動中の会話なのだから、平和そのものとしか思えない。

 世の中を恐怖に陥れるよりも、胃袋を掴んだ者が世界を制するのではないかという錯覚に、マチルダは脳内で葛藤していた。





 尾行と監視はグレッグの訓練も兼ねていて、村の住人に気付かれないようにするのも大変であった。何しろ空にはワイバーンが飛んでいるし、キラービーの編隊飛行やカラー達がふらふらとあっちこっちの屋根に集まっては飛んで行くのだ。

 トヒラ達の方は見慣れているので気にもされないが、マチルダとグレッグは違う。

 カレーを食べ終えたドラゴン一行が子供達と歩いて農場に向かうのを尾行しているのだが、あちこちから見られている気がして、グレッグは思うように進めずにいた。


「道端の石ころの気持ちになるのよ。」

「そんな気持ちがあるんですか・・・。」

「無いわね。」


 苦心して牛よりも遅い歩みを進めながら、ドラゴン達はアッチの店へふらふら、こっちの店へふらふらと、子供達に引っ張られる所為で進まない。

 立ち寄った店の商品を見ているのだが、マチルダでも気になるモノがいくつかある。


「ミスリル製の鍋はちょっと興味有るわね。」

「そんな事にミスリル銀を使ってるなんて・・・。」

「道具を作る方よりも鉱石を使わせる方が上手だからよ。」

「やはり、この村の統治者って事ですか。」

「本人は嫌がっているけど、理解はしているみたいね。」

「まだあの頃は勝てる気がしたんですけど。」

「今挑んだら剣を抜くことも無く世界の果てに吹き飛ばされるわ。」


 この場合は太郎が剣を抜く必要が無いという意味である。


「ですよねー・・・。」

「フーリンとエンカの二人でも、諦めているんじゃないかしら。」

「あの男に勝てないと?」

「遺跡の事件以降、また強くなってるわ。フィフスという子供が居たでしょう?あの存在だけで一国の軍隊が勝てないから。」

「・・・え・・・?!」


 絶句したグレッグが、ドラゴン達から視線が外れそうになるのを何とか堪える。


「もう一人の子供のマリナ。あの子は親の鈴木太郎とほぼ同じ存在。もしかしたら、親よりも強いかもしれない可能性を秘めているわ。」

「・・・子供ですよね?」

「姉さんがそう言ったから間違いないわ。」


 マチルダの姉といえばこの村に住むもう一人の魔女、マリアである。

 以前はマチルダがマリアと名乗っていたので、名前も存在も忘れようが無い。


「水魔法と風魔法の適性が高いだけじゃなくて、他の魔法もちゃんと使えるらしいわ。その上で、世界樹の能力も併せ持っているって話よ。」

「化物じゃないですか。」

「鈴木太郎、世界樹、マリナとフィフス。この四人だけで世界がひっくり返るぐらいの実力者よ。・・・いえ、フィフスだけでもひっくり返るかもね。」

「その上で、これからはドラゴンが来るって・・・。」

「ハーフドラゴンなら既に住み込んでるし、天使やエルフだって好む村よ、誰がどうこう出来るレベルじゃないのは確かね。」

「もう弱点なんて無いじゃないですか・・・。」

「有るわ。」

「有るんですか?!」

「鈴木太郎よ。彼が死ねばこの村も消滅する。」

「・・・あの男がこの村の均衡を保っているから、ですか。」

「そう。あれでも普人の筈だからいつかは死ぬわ。その時に備えて色々とやっているみたいだけどね。」


 寿命が無くなった事は世界樹以外知らない事実である。


「孤児院とか、鉄道とか、そういう事だったんですか・・・。」


 統治者が居なくても機能は残る。

 それは未来に続く街としての役割を果たせるのだ。

 村だけど。


「もう少し物事を読む力も鍛えてもらいたいわ。」

「が、頑張ります・・・。」

「とは言ってもね、私だってこんなになるなんて考えにも及ばなかったから。」


 自問して落ち込む上司を横目で見つつも、ドラゴン達の監視を続ける。

 そのドラゴン達は子供に引っ張られて農場で乳搾り体験と、卵拾いを行い、屋敷に運んでくれる馬車を手配すると、今度は温泉へ向かう。

 当然、男女別々になるのだが、小さい女の子は気にもせず、その子の兄と同じ男湯へ。連れ戻そうとすると泣いてしまうので、兄も困っていたが、結局一緒に入っていた。

 子供達のハシャグ声が心地よく感じるのは歳を取った所為なのだろうか?

 ガッパードは無抵抗のまま子供にもみくちゃにされていて、とても笑顔だった。

 そう伝えたグレッグは風呂から出てホカホカの湯気を頭の上に昇らせている。


「風呂を覗く技術を教えるつもりないわ。」


 この一言でグレッグは男湯へ。

 マチルダは女湯に入り、後で情報を交換したが、特筆するような事柄は一つもない。

 そもそも獣人族が多過ぎて、種族間の揉め事など皆無なのだ。

 身体的特徴で喧嘩しようものなら、天使との遊覧飛行という名の急降下が待っている。というのは嘘で、実際に急降下を体験した者はいない。

 子供達を叱る時の常套句である。

 そもそも、太郎が過去に耳が可愛いとか尻尾が良いとか褒めちぎった事が有るので、そんな事で喧嘩になるというより、どっちが恰好良くてどっちが可愛いか競う事があるくらいだ。

 楽しかった入浴を終え、子供達とは別々になる。

 孤児院に帰って行くのを見送ってから、太郎の屋敷へと向かう。

 旅人には用の無い道は、ドラゴンだけが歩いている。

 飛んで行けば直ぐなのだが、娘のメイリーンに不必要に飛ばないと言われている。


「こんなに歩くのは久しぶりだ。」

「楽しそうで何よりでした。」


 親子の会話に口を挟むつもりがないので、こちらは兄弟で会話する。


「下手くそな監視だったね。」

「あぁ、一人ちょっと動きの違う奴も居たが、特に恐れるモノでもない。」

「監視してどうするんだろう?」

「勝てると思ったら挑んでくるんじゃないかな。」

「ちょっと楽しみだね!」

「本当に挑んでくるんならな・・・。」


 トヒラの監視部隊は既に解散していて、マチルダとグレッグが今も遠くから見詰めている。

 天使?

 直ぐに居なくなってたな。

 ドラゴン達の会話は特別な事は一つもない。

 そして、誘われるように多くの人があの屋敷に集まっていく。

 ・・・俺達も行くんですよね?

 マチルダが無言で頷く。

 ケルベロスの群れを率いてやってくる、この村でただ一人の鬼人族はまだ小さい子供のケルベロスを抱いて満足気だ。

 ドラゴン達と遭遇しても表情一つ変えずに緩んだままだ。

 ・・・大丈夫か?

 沢山のエルフも続々と集まって来るし、鉱山夫達の珍しい姿も見える。

 降りてくる天使を見上げながら、自分が立っている場所が気になる。


「ところで、この木って・・・。」

「トレントね。」

「なんでトレントがこんなに生えてるんですか?」

「いずれ森にするつもりらしいわ。そんなこと言ったらあっちはもっと問題よ。」


 どこかで見た葉の茂る苗木が並んでいる。


「これ、まさか・・・。」

「そうよ。」

「とんでもない事をしますね。」

「これを世界中に植えて、二度と消える事が無いようにするっていう計画よ。」

「凄く壮大な筈なんですが、実現しそうな気がします。」

「邪魔をする人が居ないというか・・・邪魔をする事が出来ないというのが正解ね。」

「それでも支障は有りそうですけど。」

「そうね・・・あの男は名前を広げたがらないし、無駄に顔が広い割には知名度が極端に低いから、知らずに邪魔をする者は現れるでしょうね。」


 ・・・どうせ返り討ちだけど。


「世界樹の波動に覆われて、世界は平和になるんですかね?」

「ならないみたいね。」

「えっ。てか、じゃあ、何のために?」

「効果が全く無い訳ではないし、それによって解決する訳でもない。そこまでは姉さんが教えてくれたけど、その先は誰も知らない未知の領域。」

「負の魔素が溜まれば凶悪な魔物が生まれるっていう話ですか。」

「そう。それでも・・・今までよりはマシな強さらしいけど、それもどのくらいなのかは不明だし、魔素溜まりが分散するのか、集中するのか、それもこれから先の事よ。」

「世界樹って何の為に存在しているのか疑問になりますね。」

「まさにそれ。」


 二人は集まってくる人々の姿を眺めつつも、これから訪れる可能性を予想していた。その予想の中には、凶悪な魔物の存在に脅かされる人々というのもあるのだが、ゴリテアの時ような事件のように、解決させてしまうだろうとも考えている。

 全く、何を考えるにしても最初に鈴木太郎の存在を考慮に入れなければならない。

 魔女として活動していた頃の目的は果たせないが、その目的も不必要になった。

 あとは、あのワンゴの計画がどのくらい進んでいるのか、マチルダとしてではなく、魔女として調査したかった。


「世界が動く時って、きっとこんな感じなのかしら。」

「えーっと・・・動いてるんですか?」

「激動よ。伝説級のバケモノが揃った村の屋敷で何が起こるかしらね?」

「何も起きない事が起きる・・・。」


 成っている実に手を伸ばしてもぎ取る。


「痛い。」


 何か変な声が聞こえた気がしたが、無視してその実を食べる。

 瑞々しくてとても美味しく、食べ欠けをグレッグに渡すと、受け取って食べたが、欠けた部分を避けている。


「これだけの規模で集まるなんて、古代の聖女でも不可能じゃないかしら。」

「呼んだ?」


 そこにはもりそばとうどんの姿があった。







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