第372話 やって・・・来た?
「あれは何をやってるんだ?」
「太郎ちゃんがお父様を迎える為の迎賓館を建設しているようです。」
「げーひん・・・なんだか分からんが、祭事みたいなものか?」
「祭事ではなく、権威の有る人を迎える専用の館と思っていただければ。」
「権威がワシにあるのか?」
「あります。」
「有ったのか・・・。」
「お父様、世俗に疎過ぎますよ。」
「そう言われてもな、別の土地に来るなんぞ何万年ぶりか・・・。」
「世界樹を燃やした時に来たのでは?」
「あー・・・そうだったな・・・アレは何年前だったか・・・。」
「なんか、お父様、お疲れになってませんか?」
「疲れたと言うワケではないのだが、最近は気が抜けた気がするな。」
「確かにお疲れのようです。」
自分の尊敬する父親に元気が無いのは心配だったが、他にも気に成る事がある。
「ずっと寝ておられたと聞いたのですが。」
「心配事が無くなったからなのか、眠いのだ。」
「・・・。」
娘らしい困惑の色を溜めた瞳が向けられ、父親は吃驚した。
それは、聖女に似た悲しみに溢れていたからだった。
ドラゴンに限らず、役目を終えた者は生者ではないのだから。
「とはいえ、役目が完全に消えたワケではないぞ。」
「魔素溜まりは無くなってませんね。」
「むしろ増加していると聞いた。」
大きい訳ではなく、小さ過ぎず、各地に現れる魔素溜まり。
世界の均衡を保つのに必要であって、全てが無くなる事は無い。
魔素がこの世から無くなれば不要となるだろうが、そうなれば我々のような魔素を不可欠とする生物はこの世から消える事になる。
自分だけではない。
魔族も、消える。
もしかしたら、その方が世界にとっては良いのかもしれない。
そう考えるようになったのだから、娘に心配されるのも無理はないかもしれない。
「大丈夫、まだ不安定だ。安定したからといって魔素が消えるワケでもない。」
「そうですね。」
「魔素は恩恵もある。失えば困る者も多いだろう。」
「全ての始まりが魔素からならば、終わるときも魔素からと・・・。」
「あの男が存在している限り無くならんだろう。」
「一体何者なんでしょう。」
「それは我々が長く不安にさせてきた事を、たった一人が背負ったという事になる。それはそれで、不甲斐無さ過ぎはせんか?」
「確かに・・・。」
「そう考えれば腑抜けているワケにはいかんのだ。安心しろ、そうなったとしても、10万年程度で解決する筈が無い。」
二人はしばらく眼下に見える建設中の建物を眺めていたが、やってきたワイバーンの手紙を受け取ると背を向けた。
「なあ、一週間って何日後だ?」
娘の心配が増えた。
突貫工事で進められた新たな屋敷に手抜きは一切なく、東京ドーム何個分になるのかは謎だが、少なくとも二個ぐらいは入る。
入りそう・・・知らんけど。
最終的には一部が3階建てになり、大広間は吹き抜けになっていて、エルフ達が苦心して作ったガラスをふんだんに使ったシャンデリアまである。
部屋数は寝室を含めると200もあり、寝室は完全な個室になっていた。大きな窓と綺麗なカーテン。ふかふかのベッドとクローゼットに、個人用のテーブルとイスもある。
なにより魔石ランプが各部屋に一つずつあるのだ。
食堂は大広間とは別に作られているし、馬車がそのまま入る格納庫と馬房が隣接しているが、線路は繋げていない。
果樹園と田畑。
放牧される家畜の農場と、鶏小屋。
何故かキラービーとカラーの小屋もあるし、屋上に設置された枠しかない小屋には50羽ぐらいのワイバーンが棲みついている。
キラービーが果樹園が近くて喜んでいるらしいが、巣ではなく、小屋がそのままハチの巣として利用されていた。
巣の中で優雅に紅茶を飲んでいる女王様をいつでも見る事が出来るが、危機感はゼロだし、子供を増やすつもりがなさそうである。
「神様に捧げモノを作る為だけに派遣されたって言ってたよ。」
「誰が神様だ。」
フィフスとマリナに指でビシッと刺された。
いや、つんつんしなくても。
「ついでにデュラハーンの出入口をこっちにも作ったって言ってたよ。」
「・・・あの国って結構広かったよね?」
「広いんじゃない?」
無限に詰め込める魔法袋の中に大地と重力を魔法で創り出し、そこに住んでいるデュラハーン。その世界を作ったのはマリアという魔女である。
そのマリアは最近作った魔法袋と過去に作った魔法袋を接続し、一つにしたうえで、この屋敷にある魔法研究所に出入口を移動したのだ。それによってデュラハーン達は引っ越したり、町の中を歩かなくても太郎の家にこれるようになった。
魔法研究所はマリア専用の家ではなく、魔道具やポーションの開発に用意されたものだ。なのでマリア以外にも何人かがココに通うようになる予定である。
既にメイリーンが住み込んで何かを研究しているらしい。自称ばーちゃんのドラゴンだけど、親しみやすい人だ。
孤児院では3番目に人気があり、1位はツクモ、2位がうどんである。
「近いなら、こっちでも住める環境を作ってあげた方が良いかな?」
「それはお勧めしないわ。」
上から声がする。
なんで、みんな上から来るん・・・誰?
魔女だけどマチルダの方だ。
スタっと俺の目の前に着地して振り返った。
「なんで?」
「余計な混乱を招くだけよ。」
「そういうのを無くす為にも必要だと思うけどなあ。」
「あなたなら可能でしょうけど・・・、そんな事より、この屋敷は何?」
「新しい家だけど?」
「ドラゴンの気配を感じたんだけど。」
「あー、ガッパードさんがもうすぐ来るんじゃないかな。」
「・・・大事件じゃないの。その為に新しい屋敷を?」
「それだけが理由じゃなくて、今の村とは距離を取りたいんでね。」
マチルダはその意味と真意を噛み砕くように吟味する。
そして彼女なりの答えを出したようで、納得している。
「結局は新しい住人に悩まされる。どこの国でも変わらない問題だわ。」
「・・・見捨てたワケじゃないよ。」
「ウチの国はあんた達に迷惑かけていないようで安心してるけど。」
「そういや将軍なのにこんなところでウロウロしてて良いの?」
マチルダは苦笑いしながら溜めた息を吐く。
「誰も行きたがらないから私が派遣されたのよ。」
そして遅れてやってきたもう一人が降りてきた。
着地すると魔力切れでヘトヘトのようだ。
「グレッグ、遅いわよ。」
「す、すみません・・・。」
すっと出されたコップを警戒も無く受け取って飲み干す。
「美味しい?」
「あ、ああ、ありがと・・・これはポーション?!」
渡すのは構わないけど、マリナはそれ何処から取り出したんだ・・・。
「簡単に高級品を渡すわね。」
「まだあるよー。」
スカートの中からゴロゴロと出した。
その身体どうなってるのさ。
「そんなにあるなら少し頂戴。」
「はい。」
冗談のつもりで言ったら本当に渡すからマチルダがビックリしてこっちを見てきた。
「マリナが面白がって作ったんだよ。効果はマリアの保証付きだよ。」
「そ、そう。姉さんなら安心ね。」
回復したグレッグが不思議そうに子供を見詰めている。
「あら、子供に興味が有ったの?」
凝視していた所為か、慌てて否定する。
「分ってるわ。冗談よ。」
フィフスとマリナが面白がってグレッグの周りをまわっている。
確かに子供だけど見た目だけだ。
二人とも知識量も魔力量も半端ない。
「それで、いつ来る予定なの?」
「しらなーい。」
マリナがそう言ったので太郎は同意を示しただけだ。
「そもそも、招待した訳じゃないからね。」
「それでこんな建物を・・・?」
「だから、引っ越したくてこっちに建てたんだ。土地の問題もあるし。」
眼下に広がる町を見下ろすと、確かにまだ黒い土の大地が残っている。
町。
「町よね?」
「村だよ。」
「大きなギルドが有って、鉄道が有って、軍が駐屯してて、あれだけの人口なのに?」
「名も無き村だよ。」
グレッグもマチルダに並んで見下ろしているが、布がひらひらしてて視界を邪魔している。なんで二人が肩に座っているの。
まるで存在しないかのように上司に話しかけた。
「あの時に破壊された町がココまで復興するとは。」
「でも、確かに公式な記録は一切ないのよ。魔王国も認めていないから、ハンハルトの貴族につけ込まれてるんだけど。」
「ガーデンブルクの人はあんまり来ないけどね。」
「単純に遠いからなんだけど、こっちはこっちで魔物と仲良くしている地域もあるのよ。輸送手段が有れば変わるんじゃないかしら。」
「魔物と仲良くしてるって言うんなら、ケルベロスやキラービーが居ても不思議は無いよね。」
「意思の疎通が可能ならね。」
キラービーもケルベロスもワルジャウ語を理解しても喋れる個体は殆どいない。その点では、人型の魔物の方が言語を理解していて、農業に従事する人畜無害の魔物もいるとのこと。・・・人畜無害って言葉があるのか知らないが。
「良い話だねー。」
「なんなのこの子。」
「マリナに偏見は無いよ。みーんな平等。」
「見ててね。」
「???」
「みんな集まれー!」
マリナがいきなり叫ぶと、空から集まってきた。
なんだこれ・・・カラーとキラービーとワイバーンが群れでやってきて、ずらっと・・・整列しないな。ワイバーンの上にカラーとキラービーが無秩序にとまっている。
「御用ですか、マリナ様!」
カラーが代表して喋ってるけど、他の者達から文句がなさそうで、キラキラとした目でマリナを見ている。
「もうすぐドラゴンが来るから、ちゃんと自分のお家に帰ること。」
え、なんで仕切ってるの・・・。
「「「はーい。」」」
良い返事だ。
ん?
「もうすぐ来るの?」
「くるよー、ほら!」
マリナがグレッグの頭の上に立つと、空を見上げた。
ドラゴンだ。
人の姿じゃなく、そのままドラゴンの姿でやってきた。
雲一つない快晴の空に、ドラゴンの姿が3つあった。
マチルダは動揺の色を見せなかったが、グレッグは明らかに動揺しており、屋敷で働いている人達も気が付いたのか、慌てて屋敷から出てきて、まだ資材が残っている広場に集まってきた。
広場の中心に注目が集まる中、ドラゴンは静かに着地した。
ベヒモス「なんか、トンでもないのが来るなあ
グリフォン「勝てるか?
ベヒモス「無理に決まってるだろ
グリフォン「我も無理だあ・・・タローはなんであんなのと一緒で平気なんだ
ベヒモス「俺達だってそんな程度だっただろ?
グリフォン「確かになぁ・・・
ベヒモス「とりあえずあの家に棲む場所探すか
グリフォン「どっか涼しくて静かなトコロが良いな
ベヒモス「あそこ、地下もあるのか・・・
こうして棲家を見付けた二人だった。




