第369話 新人兵士の体験
今日は魔王国の新人兵士が300名ほどやってくる。
もちろん、徒歩だ。
それと入れ替わる熟練兵は新人の研修が終わると同数がアンサンブルへ帰る事になっている。帰りたい者が少ない為、帰還兵に選出されない為の工夫をする者達もいて、特にスーとポチに名前や顔を覚えられている兵士は、自分達が居ないと作業が滞ると必死のアピールをする。
ただ、優秀なほど引き抜かれていくのだから、アピールは逆効果なのだが。
「で、なんで私とポチさんが呼ばれるんですかー?」
「トヒラ将軍とダンダイル様を除けば、ここに駐屯する兵士の誰よりも強い。」
軍隊なのに弱いのを認めるのも情けない話だが、ここに駐屯する兵士達にとって常識である。スーだけでも新兵300人では勝てないだろう。
「依頼でしたら料金をいただきますけどー?」
「満足する額を出そう。」
ポチは断るつもりは無く、彼ら兵士達とカエルの育成をしているので、優秀な人材が引き抜かれるのは困るし、登用するに足りるとあればカエルの育成を任せるつもりだった。ニコニコしているスーを無視し、ポチが本題を口を出す。
「いつ来るんだ?」
「今、広場に整列させている。」
ずらーっと並んだ新米の兵士達。
緊張と疲れでフラフラしているのがほとんどだが、その中でもピシッと背筋を伸ばしている者達が居る。鍛えた肉体もそうだが、精神力と根性で立ったまま・・・気絶していた。ポチの放った威圧の所為である。
「あの辺の奴らはすぐに実戦に行けるな。」
「こっちは駄目ですねー・・・。」
30名ほどが選抜され、残りは別部隊に配属が決まった。
そして、その中の一人に選ばれてしまった。
そんなつもりは無かったのだが・・・。
「お前、見どころがあるな。」
と、ワルジャウ語が堪能なケルベロスに睨まれた。
おかしい、俺は実戦が出来る魔物狩りの前線に呼ばれたハズ。
「フラッツ・・・か、実戦経験は?」
資料を見ながら隊長に問われる。
「父親と3年ほどギルドの依頼を。戦い方は父親に叩き込まれました。」
「なるほどね。」
「父親が優秀なんでしょうねー、既に体は出来上がってますし。」
「父親はシルバーカード保持者ですが、俺もグリーンカード持っています。」
「それでしたらそのまま冒険者に成ればよかったのでは?」
「父親が病気になってしまって、その治療に金がかかったんです。今はもう元気なんですけど、母親が泣くほど心配するので農業をやっていたんですが・・・。」
「なんだ、いちいち詰まる奴だな。」
そのまま、言い難そうである。
「じ、実は・・・この村の作物が多く出回るようになってからうちの作物が安く買い叩かれてしまって・・・。」
「それは、なんというか・・・災難だったな?」
「それで、生活費を稼ぐために入隊したんです。」
強そうな猫獣人にジーっと見詰められた。
凄い実戦を・・・と、言うか、死線を潜り抜けてきた様な・・・。
でも、どこかに寂しさと優しさがある。
なんでだ?
「治療費に農業ですかー・・・。」
「なにか?」
「いや、お前が優秀なのは分かった。実戦経験が豊富なら巡回も直ぐに出来るな。」
「魔物退治でしたら得意です。」
こうして俺は新兵のリーダーに抜擢された。
特にこのケルベロスと猫獣人の女性とは頻繁に会う事となった。
なんでだ?
10日後。
このカエル肉が美味しんだよな・・・。
違う違う。
俺は村外れの湿地帯に在る沼で人ぐらいデカいカエルの世話をしている。
なんでだ?
しかし、この村の恐ろしさも感じた。
あのエルフが何の警戒も無く村を歩いているのだ。
それも、合同で巡回をする事も有り、魔物退治に自信が有った俺でも出遅れるくらい強い。父さんくらい強いんじゃないか、この人・・・。
「ああ、あの人はオリビアさんですねー。銀髪の志士だった人ですが、あれでもまだ全盛期ではないようですよー。」
もっと強かった。
あのシルバー冒険者のジェームスよりも強いんじゃないか?
そのジェームスが村にやってきたという。
・・・なんでだ?
知らなかった結婚して子供までいるとは・・・。
「マギは子供じゃなくてですねー、弟子みたいなものですー。」
「弟子ですか・・・。」
なんと、あのキラービーが・・・人に懐いているだと・・・。
どうなっているんだ、この村は。
と言うか、村?
なんでだ?
ワイバーンが自由に空を飛んでいるし、カラフルな鳥・・・あれは希少種のカラーじゃないか。
それに、なんだ。
なんでケルベロスがこんなにたくさんいるんだ。
子供に頭を撫でられて無抵抗だと?!
この10日間で色々な事を知り、色々な事を教わった。
あの世界樹。
歩き回るトレント。
そして・・・何よりも驚いた、この美味しすぎる食事。
確かに、うちの畑では勝てるはずもない。
幸いにも他の者より多くの給料を貰える事になったのは、このカエル用の沼を守る任務を与えられているからだ。
ポチと言う名前のケルベロスにも気に入られたようだ。
重要な任務とは思えないけど、意外にも魔物が集まって来るんだよな。
そして、最近教えられた事がある。
「あの人だけは絶対怒らせてはいけない。」
「あの人?」
「正確にはドラゴンだ。」
ドラゴンと言えばそれだけで国が滅ぶといわれる、最強最悪の生物だ。
そんなのが、なんでこの村に。
「太郎殿のお知り合いだ。」
太郎殿。
これが俺達新兵のキーワードになっている。
だが、まだ会った事は無い。
実は何度も見かけているらしいのだが、この村を治める人物なら相当の手練れだと思う。そうじゃなきゃドラゴンと仲良くなんて出来る筈がない。
「あー、ばーちゃんちょっと農業のお手伝いしてくるよぉ。」
自分の事をばーちゃんと言っているが、どう見てもばあちゃんには見えない。
若くて、綺麗で、清楚感たっぷりな・・・。
でも、何か凄いオーラを感じる。
「それに気が付いただけでもかなりのモノですよー。」
と、褒められた。
その自称ばーちゃんと農民のような人が農作業をしている。
子供に囲まれながら収穫作業をしているようだ。
・・・あれ、おかしいな。
なんで天使達が手伝ってるんだ?
いや、見間違いじゃないよな、天使だよな?
なんでだ?
猫獣人のスーという女性が走って行った。
「たろーさーん。」
え、あの人が・・・?
この村で一番強くて、あのダンダイル様でも戦うのなら全力で逃げるという・・・。
農民じゃないのか。
全く強そうに見えない。
何やら話をしていて、こちらに二人でやってくる。
「この人が新しい隊長です。」
「あー、どうも。鈴木太郎です。」
「はっ、太郎殿、よろしくお願いします。」
「・・・隊長って事は、魔王国側の責任者に就任するの?」
「あっ、いえいえ、新兵の中で隊長に任命されました。」
「なるほどね、じゃああっちの村も案内したん?」
あっちの村?
「まだですねー。」
「長く続きそう?」
「そうですねー・・・ごにょごにょ。」
耳打ちをしている。
太郎殿の顔色が少し変わった。
「そっかー・・・、それは申し訳ない事をしちゃったねぇ。」
「気にしてもいられないのですけどねー。」
「それはそうだけど、そういう理由で入隊する人が増えるのも困るね。」
「それでも戦力としては申し分ないですよー。」
「そんなに強いんだ?」
「もう少し鍛えたらジェームスと良い勝負しますよー。」
「それは凄いね。」
また感心された。
「事情もありますし、簡単に逃げ出したり辞めたりする心配はなさそうですー。」
「そっか、じゃあよろしく頼むね。」
何かを頼まれた俺は信頼を得たらしく、これから更に10日間、次々と新しい事を、この村の秘密を知る事になった。帰りたくなくなる理由も知った。あの子供がこんなに美味しい料理を作るなんて信じられなかったが、今ではその料理の虜だ。
・・・明日からは自分達で作った料理を食べるのだと知った時の絶望感がやばい。
なんでだ。
なんでいつでも食べられないんだ・・・。
あの美味しいカレーが・・・。
一ヶ月が過ぎた。
それから更に一ヶ月後には正式にこの村に駐屯する事が決定する。俺はこの村での隊長として就任するのではなく、チャライドン隊長がこの村の魔王国兵としての総責任者で、昇進が内定した俺は50名を率いる小隊長となった。
今日の巡回は鉱山の方から始まり、ハンハルトからの旅人が多くやってくる重要ポイントだ。ハンハルト方面の街道はハンハルトの兵士が巡回していて、極稀に巡回中に遭遇する。昔ならいざ知らず、今は遭遇しても戦闘になる事はない。
完成度を確認して、巡回を再開した。
「あの貴族の家ももうすぐ完成ですね。」
「そうだな。完成したら直接太郎殿に報告して良いと許可を貰っている。」
「隊長は凄いですね。」
「凄いと言われれば運が良いんだと思うが、入隊して一年も経っていないのにもう軍曹だぞ。責任が重い。」
「期待されているのでは?」
「半分は同情の様な気がするが、そう思う事にしている。」
部下には同期もいるし、年上もいる。既にギルドでの依頼を受けて魔物退治をした経験から、年上だから優秀とは限らないのを何度もその目で見ていて、今も話をする部下は俺より二つ年上だ。
「村が平和なら良い。戦わなくても良いならそれも良い。」
魔物とは何度か遭遇し、ケルベロスと共闘した経験もある。
「エルフもケルベロスも強くて俺達が必要なのか・・・。」
「帰りたいのなら具申しても良いぞ?」
「ぃぇぃぇぃぇぃぇぃぇ。」
全力で拒否してくる。
ここでの生活はかなり良く、城の兵舎よりも待遇が良い。
休みの日に訓練しなくても怒られないし、可愛いエルフが接客する酒場で恋愛しても何も言われない。給料だって滞る事がない。
「それにしても謎と言うか不思議な事が多い村ですね。」
「それは同感だ。」
周辺を警戒しつつ、村の貯蔵庫として利用されている半地下倉庫へ向かうと、不思議な猫と巨乳の子供が無造作に寝ている姿が毎日ある。
俺はまだこの少女が起きている姿を見た事がない。
グリフォンと呼ばれているらしく、これは本来の姿ではないらしい。
「グリフォンって、伝説の魔物だったよな?」
「名前しか知らないっす。」
一般ではこの程度の認識である。
エルフ達が運搬作業をしているのを確認したら次の場所へ向かう。
最近教えて貰ったばかりの場所で、可能な限り近付かないように言われている。
理由は兎獣人が隠れ住んでいるからだ。
とても可愛い双子で、兎獣人の二人に会ったら確認終了。
この周辺は結界が張られていて、村とは隔離されているのだ。
発情中の兎獣人を好む者もいるが、俺は遠慮しておきたい。
「俺達には目の毒ですね。」
「やめとけ、間違われてキラービーに目を付けられるぞ。」
この周辺ではキラービーをよく見る。
村から離れすぎると迷いの森に入ってしまう為、注意が必要だ。
あの世界樹が在るから、迷う事はないのだが・・・。
「ハンドマン殿。」
呼ばれたので振り向くとエルフ達だ。
「シューマ殿も巡回ですか。」
トーマス・シューマは元銀髪の志士で、あのオリビアの元部下だと聞いている。
乳搾りが得意で、太郎殿の子供達と乳搾りをしているらしい。
剣術も一流なのだが、最近は農業をやっている方が多い。
「この村に住んでから剣術の訓練をする暇が無くてな。」
「確かに。」
最近は魔素溜まりと呼ばれる魔物の湧いてくる泉が在り、発見次第報告する事になっている。軽く会話をし、魔素溜まりの発生が無かったか確認する。
今日は問題なかったのでそのまま別れ、次の目的地が巡回で最後の場所、カエルのいる繁殖用の沼だ。到着すると、すでに待っていたのはケルベロスだ。
「意外と早かったな。」
さん付けて呼ぶほど親しくはないので、誰にでも通用する敬称をつけて呼ぶ。
「ポチ殿は食事は済ませましたか?」
「カレーを貰って来た、背中に縛り付けてあるから料理してくれ。」
カレーを粉にしたもので、それを付けてカエル肉を焼くだけでとても美味しい。とんでもない調味料だ。あのエカテリーナという女の子がこの村の住人の胃袋を掴んでいるらしく、自称ばーちゃんですら飯の前では大人しいと言う。
俺の胃も掴まれている。
・・・どんな村なんだココは。
さいごの仕事を終えてヘトヘトだ。
報告をしに上司のところへ行くと、そこでは深刻な表情の別の上司が居た。
トヒラ将軍だ。
「あら、お疲れさま。報告書はそっちで処理してください。」
敬礼してデスクに報告書を置く。
「ああ、あなたが新兵の有望株でしたか。」
「え、あ、ありがとうございます。」
「・・・緊張しているあなたにも知らせておきますが、そのうちにとんでもないドラゴンが来るそうなので、心構えだけはしてておいてください。」
「・・・。」
ドラゴン相手の心構えとは何か?
一振りの爪で身体は引き裂かれ、吐く炎は身体を溶かす。
そんなモノを相手に心構え?
少し前までは一介の冒険者で自信も腕に覚えも有ったのだ。
それがこの村に来たとたんに全て吹き飛んだ気がする。
なんでだ?
■:フラッツ・ハンドマン
太郎の村に配属された犬獣人の一般兵士
家が貧乏なのですぐに給料がもらえる兵士に志願した
努力型の強さで成長力がある
階級は小隊長になった事で伍長から軍曹に昇進した




