第34話 禁断の攻略法
特にスーが狙われた理由は、食べる為だと思われる。オーガは食人で、特に女性の肉を好む。身体が目的かと思ったが、そういう場合も有るが、食べる方が主流だと言う。ただし、肉なら何でも食べるので人肉でなければならない理由は無い。たまたま見つけたから狙われた。そうであるはずだった。
こんな山間の洞窟にかなりの数のオーガが棲んでいるのは一時的な棲家としているだけで、食べるモノが見つからなくなればすぐに移動するそうだ。だが、このオーガたちを放置すればいずれ兎獣人たちにも被害が出るかもしれない。オーガは魔女達によって人間の姿を変えられたと言う噂もあり、言語を理解する知能は有るが、交渉する価値はあまりなく、出会えば確実に戦闘になる。魔法も使えるし、戦闘能力が高いオーガも稀に現れるという。そうなれば襲われる前に襲ってしまえと言うわけだ。
血の臭いがしみ込んだ服を捨てて、新しい服を着る。同じ服を何着も買っておいてよかった。いつもはケチケチした朝食も少し多めに作っている。
「ケチンボ言わないで下さいよー。」
荷物は無制限に入るので食糧に困る心配は無いが、生モノが保存できないのが唯一の難点で、干し肉と腸の肉詰めが主食だ。回復薬のポーションもこれでもかってぐらい入っているし、家が建つぐらいの建材も入っている。この袋の中に衣食住が入っているなんて信じられない。まあ、買ってくれたのは殆どスーなんだけど。
「オーガ退治は経験してますよね。」
「俺はとどめを刺せなかったけどね。」
「他のパーティに任せてしまいましたからねー。」
インプ、オーガ、ゴブリンとは戦闘経験がある。スケルトンもやったなあ。退治依頼だったので生かすも殺すも自由だった。スケルトンは元々死んでるけど。とにかくその場から立ち去らせる事が出来ればよかったのだから。だが、今回は違う。退治と討伐は違うのだ。以前にオークを斃した時に得たモノはすぐに消えた。でも、身体のどこかで覚えている。それが積み重なれば、俺のような人間でも人を殺すことに躊躇いも持たなくなるという事か。あまり気は進まないが、この世界を生き抜くには仕方のない事だと、解っているつもりだ。
「正式に依頼を受けて討伐するわけじゃないから、失敗とか気にする事は無いのよ?」
それもそうか。マナに言われて少し気を抜いた。生死を賭けた戦いと言われても、常にそういう状態で冒険をしているのだから、日常茶飯事の内容が違う。違い過ぎる。
オーガの棲家はスズキタ一族の村に続くルートの脇にある大きな洞窟で、道からは直接見えないが、岩山をちょっと回り込む感じで進むと、ぽっかりと開いた入り口が見えた。入り口の周辺にはオーガが武器を持って立っている。
「こっちには気が付いていないようだな。」
ポチが冷静で助かる。スーは戦闘が始まる前に舌なめずりするのでちょっと怖いのだが、マナはあんまり怖がるというところを見た事が無いので良く分からない。
「入り口ってここだけでいいのかな?」
「他に有ったら少し困りますねー。」
「全部でまだ50体ぐらい居るみたいだけど。」
様子を見ている限りだと入り口にいるのは1体だけだ。警戒しているのか、単なる常駐の見張りなのか・・・。と、思っているとスーがマナとポチに何かを確認してから、凄く速いスピードと、物音をたてない走り方で、オーガに一気に詰め寄って、背中に飛び付くと首筋を切った。片手でオーガの口を塞ぎ、叫ぶのを防ぐ。まるで忍者とか暗殺者みたいだな。返り血も浴びないように素早く離れると、巨体が崩れた。
「こんなもんですかねー。」
こんな芸当が可能だったとは知らなかったぞ。あの瞬発力なら可能なのか。死んでいるオーガに興味を示すこともなく、洞窟を覗き込んでいる。
「他はいないようだがこの洞窟の奥にいるのか?」
「気配は感じるが、この洞窟は奥が深そうだな。」
「奥まで入って探索するのはちょっと面倒ですねー、どうしましょうか。」
「禁断の洞窟攻略法が有るけど、やってみる?」
マナが提案した内容を聞くと、効果が有るのは解るが、なんと言うか、ゲームじゃないんだからってのが良く分かる。いや、それは俺にとっては楽でいいんだけどね。苦楽で比重を決めても駄目な気がする。洞窟の内部構造は気にしなくていいのか?
「生きているオーガの数は確認できるから、効果が無ければ他の方法を考えればいいんじゃない?」
マナが提案した内容を実行する事にした。ちょっと気が進まない。オーガが宝を隠し持っているとは考えにくいとの事なので、全て流しても問題はない・・・と。
「後はこの洞窟がどのくらい続いてるかよね。奥まで届けばいいけど。」
「どうせやるならお風呂の時みたいにするよ。要するに水没させればいいんだろ?」
「まーねー。」
しかし、これほど鬼畜な攻略をする人なんていないだろうなあ。他に出口のない洞窟だったら・・・少なくともこの入口より低い位置にいるオーガは溺死するだろう。気持ちだけはしっかり持って、おたおたせず、おろおろせず、洞窟の入り口に立って水の魔法を発動する。入り口がすっぽり塞がるほどの水玉が出来たが、マナが首を横に振った。
「まだ足りないわ。私も手を貸すからもっとマナを込めて。」
マナが俺の作った水玉に両手を触れると、水玉が激しく揺れた。
「私は神気魔法を使えないけど、太郎の魔法を増幅させるぐらいなら出来るから。」
水玉が完全に入り口を塞いだ。
「気付かれたみたいね。」
水玉の向こう側にはオーガが数体。だが、水玉に弾かれてどんどん奥へと圧されてゆく。何かを叫びつつも水玉に武器や魔法をぶつけているようだが、効果は全く無い。
「いいわよ。」
マナの合図で水玉を決壊させて、たっぷり3分程流し続ける。洞窟の外側から見る俺達にはどうなっているかは分からないが容易に想像が付く。内部は水が洪水のように空間を埋め尽くしているだろう。
とにかくマナが途切れて魔法の効果も途切れないように水を流し込む。通常の魔法と神気魔法を混ぜて発動しているので、疲労を感じ始めると水玉が小さくなった。そのままマナの流れを抑えてどんどん小さくする。空気の流れを洞窟の中から感じると、ボコボコと空気が水から圧し出されるような音が聞こえた。
「なんかすごい叫び声が聞こえますねー。」
オーガの叫びのなかには、助けを乞う声も聞こえた。こんな時に加護の力が働かなくても。水の流れる音が、パイプを通り抜ける音と似ている感じがして、そのたびに風が吹く。外に通じている穴がいくつあるのかは不明だが、暫く待っているとオーガの声も水の音も聞こえなくなった。
「・・・大半は死んだみたいね。生き残っているのも生命力が弱くなっているわ。」
「逃げたオーガはいないのか?」
「完全に逃げ切ったのは僅かっぽいかな。」
「勝ったという気が全くしないな。これは。むしろ罪悪感が凄い。」
「太郎はそれでいいと思う。だから太郎なんだろうよ。」
「そ、そうか。ありがとうポチ。」
一部は神気魔法で水没させたので、水はいつまでも残り続ける。普通の魔法だったら消えてしまうので、効果が薄いと思ったから神気魔法を使った。間違いではないと思う。
「ちょっと確認してきますねー。」
スーが洞窟の中に入ったが、一分も経たないうちに戻ってきた。なんか表情が凄く歪んでいる。
「どうした?」
「すぐ傍に池みたいのが出来てまして、そこにオーガの死体がぷかぷかと。」
俺は想像して顔が歪んだ。さっさと立ち去りたい気分だ。
「オーガは間違いなく敵よ。放置すれば必ず被害が出る。だから、太郎は気にする事ないの。先に襲ってきたのはあっちなんだしね。」
「そーですよー。それに魔物の死体なんてたくさん見てきたじゃないですか。」
「なんかさ、虐殺した気分が拭えないだけだから。」
「そんなこと言ったら魔王やドラゴンなんて常に虐殺してることになるじゃないの。」
「そーなんだけどさ。」
「弱肉強食の世界よ。太郎だって殺された経験があるでしょ。それも一方的な理由で。殺さなければ殺されるだけだから。もちろん、ちゃんと会話や交渉が成り立つのなら平和的解決の方がいいに決まってるけどね。」
俺は殺されている。死んだ経験は忘れられない。たまにあの日を思い出して魘される事も有るくらいで、それはこれからの俺を強くする為の糧になると、フーリンさんに言われた事が有る。
「まあ、こんな方法で敵を討伐するなんて事が出来るのは太郎くらいなモノよ。コツコツと踏破するのが普通なんだから、楽できたと思うべきでしょ。」
マナの軽さが羨ましい。
「これだけ減らせば兎獣人のところまで行く力も残らないでしょうから、さっさと移動しましょう。」
肉体的疲労以上の精神的疲労を感じた俺は、歩く力は有っても動く気になれず、ポチの背中を借りる事にした。気が付いたら寝てしまっていたが、なんとなく無気力な感じがする。神気魔法を使い過ぎた所為だとマナは言うが、それ以外の事も有る。大した距離を進まないうちにその日はキャンプで休んだ。一晩寝て、目が覚めてもやはり気分は悪い。しかし、この程度の事は忘れるくらいじゃないと困る。俺が困るだけじゃなくて、ポチにもスーにもマナにも。俺の事で心配させるわけにもいかず、少なくとも見た目だけは背筋を伸ばして歩くことにした。
スズキタ一族の村に到着するまでに、不思議な食人植物に襲われたり、巨大すぎる鷲に捕食されそうになったりしたが、何とか予定より少し遅れたぐらいで到着する事が出来た。ただ、到着したと実感するまでに、関わりたくもない事件に巻き込まれてしまった。
水没させる攻略って、次に来た人には謎な洞窟になるよね(笑)
まさか、洞窟を水没させるとは思わないだろうからなあ。
何か宝とか隠し持ってても水没しちゃうから、取りに行けなくなるし・・・。
この方法は次に使うチャンスはなさそうだなっ。