第367話 交渉
いつもの朝のいつもの景色。
天気が良くて気持ちが良い。
目をこすりながら起きてきた子供達と食堂に向かうと、エカテリーナとナナハルは既に朝食の支度を終えている。
「あれ、珍しいね。」
ナナハルが料理をするのは最近では珍しく、ナナハルが出来る料理の殆どをエカテリーナは習得している。
料理に対して努力する姿は、ナナハルでも感心するほどだ。
「たまにはやらんと忘れてしまうのと、楽を覚えるものではないからな。」
「ナナハルさんの手際が良すぎて見てるだけになるのが悔しいです。」
「まだ、包丁さばきで負けるわけにいかんからの。」
とは言っているが俺から見たらエカテリーナの包丁さばきはなかなかのもので、魚を綺麗に三枚にしているのを見たときは感動したもんだ。
「って、焼き魚なんて珍しいね。」
「街道の開通前にキンダース商会に頼んでおいたのじゃ。」
「へー、それで直ぐに手に入るなんてすごいね。」
「まあ、ハンハルトに行った理由に含まれておるからの。」
「あー、迎えに来た時に?」
「うむ。魚の方をついでにな。今朝チョイって引取りに行ってきたのじゃ。」
瞬間移動が有るからこその可能な事だ。
生魚はすぐに鮮度が落ちるし、魔法で保存するにもなかなか面倒らしい。
焼けた魚の匂いが食堂に広がっていて、早朝なのに食欲をそそる。
「米も炊いたし味噌汁も作ったぞ。」
「あー、いいねぇ。」
朝も夜も関係ない二人が元気に乱入してきた。
子供達と混ざるとどっちが子供か分からない。
「フィフスもダイブ馴染んだね。」
「どういう訳か世界樹も仲間認定しているしの。」
「まあ、マナに敵はいないからね。」
「相変わらず太郎は面白い事を言うのう。」
「太郎さんですからねー。」
スーがさらっと会話に参加してくる。
「本来は敵なんて存在しないのが世界樹だし、敵を作る為に作られた訳じゃないし。」
「そのワリにはいろいろと戦う羽目になりましたけどねー。」
スーが遠い目をしている。
確かにいろいろと助けてもらっているので、何とも言えない。
「そういえば、マギとかいう娘がキンダース商会で何やら揉め事を起こしたようじゃぞ。」
「揉め事?」
「うむ。内容としてはたいした事は無いの、ボスクラムの殻を売りに来て断られたという話だしの。」
「あれってかなり高価じゃないの?」
「売った金で魔法袋を欲しがっていたようじゃ。」
「マギにはまだ早いと思いますけどねー。」
「まぁ、袋の所為で命を狙われるくらい普通じゃ。」
「スーは狙われたりしてないよね?」
「しませんねー。」
スー曰く、カジノの景品として手に入れて以降、冒険者ギルドで捜索されているのは知っているし、暴漢に襲われても返り討ちにする自信があるとのこと。
「ちょっとヤバかった時もありましたけど、今としては持っている事でワンゴの手下たちを釣る餌にもなるんじゃないかと思っていますー。」
「この村に居たら意味無いがの。」
「ですよねー。」
そう言って笑っている。
危機感は無いようだ。
俺も、スーの腕なら安心しているけど。
朝食が終わればいつもの農作業。
しかし、その前に少し遠出をする。
「あー、あんなところに建ててるなあ・・・。」
「ホントだねー。」
付いてきたのはマナとフィフスだ。
「壊す?」
「正直、村に住むのを拒否するつもりは無いんだけど、敵対する意思があるかどうかはきちんとして貰わないとね。」
「壊さないの?」
「エルフも狙われるかもしれないし、孤児院の人達も監視されてるんじゃ働きにくいだろうし。」
「今はうどんが居るから心配ないわ。」
「あー、子供達に人気あるもんね。じゃあ任せとけばいいかな。」
「うん。」
会話しながら歩いていると、馬車が何台もやって来た。ハンハルト側からではなく、魔王国側からで、キンダース商会のマークが幌に張り付けられている。
軽い会釈で通り過ぎようとしていたが、御者台に座る男は太郎を見て慌てるように下車する。
改めて丁寧に会釈したが、太郎は見覚えが全くない。
「村長様、こんなところで何を?」
相手は知っているようで、知っていたら無視できない。
「ここでハンハルトの貴族が何かやっているって聞いたから見に来たんだけど、何か知ってます?」
「あー・・・ご存じないので?」
「ないわね。」
男は困った表情で馬車から降りてきて、後ろの者達と何か話し合っている。
戻ってくるまでたっぷり5分ほど待たされた。
「我々はオルマール公爵様の命を受けてここまで来たのですが、村長様が中止と言うのでしたら引き返します。」
太郎は少し考えて答える。
「何の問題もないうちに中止を迫ることは無いよ。」
「念の為に確認しておきますが、ここからこっち側は村ではないですよね?」
男が指し示すのは、建設予定地と街道で、正確に何処までというラインを引いているワケではないが、村外と言われれば確かに否定できない。
鉱山とはそれほど離れていないが、鉱山自体が村の端に位置しているのだから。
「なるほどね、確かに面倒だ。」
オリビアが嫌がらせをする程度しか出来ない理由も分かった。
ハンハルトに続く街道はハンハルトが管理する事になっていて、村からの支援もあったので村の住人や一部商人の通行料や入国手続きなどが免除されている。
委細について言及するのも面倒だったので任せたが、こんな村の端に住み込むとは思わなかったのだ。
「まー・・・良いんじゃないかな。で、ここで何をする予定なの?」
「商品の中継と管理、キンダース商会の仲介などを予定しています。村の人達に迷惑をかけるような事は致しませんが、もしここで働きたい方がいらっしゃいましたら雇う事を許可いただいても?」
あら、あっさり喋った。
ついでに要求された。
なかなか口が上手そうだな、ちょっと困るぞ。
「そういうのは個々の判断に任せているから、雇ってもらいたい人と交渉してください。」
「そうですか、承知いたしました。」
「で、その公爵様ってどこに居るの?」
軽口を叩く相手を間違えているのではないか。
そう思われても不思議の無い口調で言うが、相手の方は丁寧に応じる。
「・・・本当は既に到着している予定でしたが、魔王国のカジノで・・・。」
非常に苦しい口調で答えてくれた。
少なくとも、この人は悪い人ではなさそうだが、来る予定の貴族がどういう人物かわからない。ギャンブルが好きなのは分ったが。
・・・訊けばいいか。
「来るのは当主ではなく、ご子息です。」
訊く前に教えてくれたよ。
え?
「息子の方が来るの?」
「はい。公爵様は将軍に昇進されまして、多忙の為に商売が出来なくなり、代理でオルマール商会を運営しています。」
「へー・・・。ああ、それでキンダース商会の仲介かぁ。」
フィフスとマナが飽き始めている。
最初から関心は薄かったけども。
俺も飽きてきた。
「とりあえず、その公爵様の息子ってのが来たら教えてくれると助かる。気にしている人達もいるんでね。」
「承知いたしました。」
立ち去ろうとすると、もう一度声を掛けられる。
「ぁ、あの・・・すみませんが、ここで商売するのって許可が必要ですよね?」
「さぁ・・・?」
「村長様ですよね?」
「違うよ。そもそも経営権なんて持ってないし。村の中で村人なら自由に商売してるけど。」
「えっと・・・あの・・・鈴木太郎様ですよね?」
「うん!」
なんでフィフスが答えたの。
「そうだよ。」
「一番偉いんですよね?」
「さぁ・・・?」
「一番偉いのはわたしっ!」
なんでマナが言うの。
「そうかもね。」
「えっ・・・と・・・誰に言えば・・・。」
「商売の内容によるけど、外から持ち込みで何か売りたいと思うのなら、ここではやめた方が良いよ。」
「いえ、商品を持ち込みたいのではなく、我々運び屋なもので。」
公爵家の直属ではないという事か。
そりゃあ、俺を優先する訳だ。
「あー、ハンハルトへ運ぶのってまだ大変だもんね、なるほど。」
「そうなんです、だから商売になるかと。」
実際には瞬間移動の魔法を使ってしまえば足りる事だが、それでは一般流通が死んでしまう。魔力列車は今のところアンサンブルまで繋がっているが、ハンハルト側にも繋げる計画は有るらしい。
一般流通とは徒歩や馬車の事で、今でもまだ利用されている。
荷物運びならワイバーンも何故か人気がある。
と言うか、この村を中心に線路をガーデンブルクにも伸ばすかもしれないのは想像できるんだよな。
「どうしました?」
「あ、いや、先の事を考えすぎただけ。でも資材が必要なら村でも売ってるけど?」
「えーっと、産地で価格が変わるのはご存じですか?」
原産地で変わるのは理解できるが・・・。
「え、この村の資材って高いの?」
「必要資材を寸分の狂いもなく加工する職人が居るらしくて、それなりに高いですね。」
それは俺の事かー・・・。
村で伐採して加工してるの俺以外いないもんなー・・・。
いや、いるけど、正確性に欠けるからって俺のところ来るんだよね。
「価格については交渉しておくとして、主に何を運ぶつもりなんです?」
「魚介類です。」
「それは・・・定期購入可能になるので?」
太郎がグイッと寄ったので相手は少し驚いている。
こんなに食い込んでくるとは思わなかったんだろう。
魚介は獲るところから大変で、欲しいモノが必ず出に入る保証はない。
だが、漁が盛んなハンハルトなら沢山の種類が期待できるだろう。
「てい・・・き?」
「ええ、こちらが指定するモノになりますけど、手に入れにくいモノがあるんで。」
「んー・・・どういったものでしょう?」
ここで太郎が知っている魚の名前を何種類か言うが、伝わらない。ワルジャウ語、もしくは言語加護の問題なのか、認識の違いなのか、未だに不明である。
「今度写s・・・じゃなかった、絵を見せますんでそれで判断してもらえると助かります。」
「絵・・・ですか?」
この反応は絵が信用できないという事だろうと思う。
確かに、絵はいろいろと問題があって、人相書きなんかでは誤認されることも多々ある・・・ってスーが言っていたナ。
「ねー、かえろー?」
「かえろー?」
「あ、うん。そーしよっか。じゃあ今度見せるんで、その時よろしく。」
二人に両腕を引っ張られてしまった。
苦笑いで見送られ、いったん帰宅してから農場へ向かうのだが、何をしに行ったのか、目的を忘れている。
それに気が付いたのはオリビアさん達が手伝いに来た時で、問題がないのならそのままでも良いと、困ったように笑われてしまった。




