第366話 いつもの村のゴタゴタ
ハンハルトのギルドではボスクラムの脅威がなくなった事で明日から漁が再開される事が決定し、ここで初めて会う事になった漁師ギルド長なる人物に感謝された。ボスクラムも単体なら撃退も捕獲も可能との事。定期的に駆除はしていたが、あのサイズが山のように現れては手に負えなくて困っていたらしい。
その話はジェームスに任せ、太郎はナナハルとさっさと村へ帰った。
「あ、私もこれ売ってきまーす。」
ウッキウキで、一人で立ち去って行くのでフレアリスが心配するが、ギルド員に連れていかれる前のジェームスが張り上げた声で言った。
「売るアテも分かっているし、一人で出来るだろ。」
「そー・・・ねぇ。」
ジェームスは建物の中に連行され、もう声は届かない。
フレアリスは後ろ姿で人混みに紛れて行くマギを見失っていた。
人が4人並んでも通れるくらいの大きな出入口の前で足を止める。見上げた先には看板が有り、キンダース商会と刻まれている。客の出入りは少なく、忙しい時間帯と比べれば一割もいない。
それもそのはずで、閉店時刻に近いのだ。
「いらっしゃいませ。」
入店する前に声を掛けられたのは、入口で棒立ちしているからだろう。
退店する他の客に迷惑なのかもしれない。
「モノを売りに来たんですけど。」
店員はぎょっとした。
彼女の背負うリュックには、キラキラとしたモノが縛り付けられていて、それがなんであるか分からないような節穴はこの店に居ない。
「その背にあるのって・・・。」
「ボスクラムの殻です。」
僅かに残っていた客と、それ以上の人数で閉店作業をしていた店員の視線を一気に集めた。目立つのには慣れているので平然としているが、それが度胸のある人物だと思われたのだろうか、なかなか話しかけてこない。
「どうしました?」
「それ全部お売りになるんですか?」
「ちょっと欲しいモノが有って。」
「城ですか、領土ですか?ご希望であれば奴隷もご用意いたしまs・・・ひぃ。」
店員が怯えたのは、ギラリと光る目を見た所為で、一般人とほぼ変わらない程度の戦闘能力しかない。戦闘に自信がある警備員の視線が向けられる。
「あ、すみません。奴隷はイラナイです。それにココで手に入る様な物じゃないので、買い取っていただけたら十分です。」
謙虚な言い方に聞こえて、キンダース商会では手に入らないモノと言っているのだから、今度は店員の方の目が光った。
「ウチで手に入らないような物はなかなか無いと思いますよ。」
鄭重に自慢する。
「じゃあお訊きしますけど、魔法袋って直ぐ手に入りますか?」
「魔法袋って言いますと、あの何でも入る不思議な袋の事ですよね。」
「そうです。」
店員は愛想笑いをした。
それを無視してマギはもう一度質問する。
「手に入ります?」
「そんな伝説級のモノを簡単に売る人はいないと思いますけど。」
「知ってます。だから殻だけ買い取ってもらうつもりできたんです。」
最初から無理だと知っていましたという態度は気に入らないが、直ぐに用意できる自信もない。魔法袋を持っているといわれている人物は世界でも数人で、その中の一人にスーが居る。実はそれだけでも十分に狙われる要素なのだが、スーが狙われないのは世界のどこに居るのかは正確な情報が無いからだ。
裏ギルドや非公認の冒険者ギルドでは、魔法袋、世界樹の葉、キラービーの蜂蜜の三つは常に探索依頼が出る常駐依頼で、偽物が納品されて騙される事件もたびたび発生している。ボスクラムの殻は宝石としての価値が高く、魔力を帯びていればさらに高くなる。
「え・・・手に入れる当てがおありですか?」
「有るから売りに来たんです。」
凄く知りたそうな表情でこちらを見つめてくるが、今なら少し考えれば気が付くと思う。そんな常識を持っているのが冒険者で、それら冒険者達の情報を集めているのがこの商会である。
「キンダース商会なのに知らないんですか?」
残念な事に一介の店員では知らない事が多い。むしろ知らない事の方が多く、ここの店員は接客をするのが仕事であって、来店する客から情報を引き出すのは彼らの仕事ではない。それに気が付いた一人が、上司らしき人物を連れてやってきた。
その男は姿勢を正して話し掛ける。
「失礼、お客様。そちらの商品を買い取るのにはある程度の査定をしなければならない為、今の時刻では明日、もしくは明日以降でないと買い取れません。」
「そうですか。」
「時間が惜しいのであれば、それをそのまま売り手にお渡しした方が確実ではないですか?」
マギは目からウロコが落ちたような気分を味わった。
なるほど、確かに。
「もちろん、それが本物である証明が有れば・・・の話ですが。」
偽物の可能性を示唆しておいて、言った本人がある事に気が付いた。
「もしかして勇者マギ様でいらっしゃいますか?」
「勇者ではないですけど、マギではあります。」
返答の意味を理解は出来ず、もう一度別の質問をする。
「ジェームスという冒険者は・・・。」
「ああ、最近は良く一緒に旅に行きますけど、なにか?」
実際にマギ一人ではかなり信用度が低く、勇者であった時の事を知る者は少ない。この男はそれを知っていて質問してきたのだから、それなりに情報通なのが分かる。
「あ、いえ。失礼いたしました。ご希望の額で買い取りしたいところですが、魔法袋の方の価格が分かりませんので我々の一存では買い取れません。」
「とりあえず、面倒ってコトは理解しました。やっぱり価値が有り過ぎるとダメなんですねぇ・・・。」
他の店員も、警備員も、帰ろうとしていた客も、足を止めて会話に聞き耳を立てている。マギは知らないが、少なくともこの店では3番目に地位の高い人物が接客していることをマギ以外は知っているからだ。
「流石に魔法袋ともなりますと、売ってくれる人物を探すところから始めますので・・・。少し前に魔王国のカジノの目玉景品になっていましたが、とある人物が手に入れて以降、出品されないのです。」
マギはその人物を知っていて、居場所も知っているが言うつもりはない。
「それは困っていないので。」
そう言うと凄く知りたそうに笑顔を作る。
「まさか・・・天使とお知り合いで?」
天使が作っているという情報を思わず言ってしまった。
失敗したと思ったとき、もっと驚く答えが返ってきた。
「この商会のオーナーさんに頼むつもりでしたけど。」
「え?いや、これは失礼。ですが商会のオーナーと言いますと、キンダースの誰かと親戚とかのご関係ですか?」
「あー、すみません、無理だと分かりましたんで失礼します。」
マギが立ち去ろうとしたので引き留める言葉を考えたが何も出ない。
どういう事だろう?
オーナーはキンダースの筈で、ハンハルトの王とも自由に謁見できるぐらいの立場を持つ人物だが、それでも魔法袋が作れるという話を聞いたことが無い。
マギとしては魔女のマチルダに頼むつもりでいたが、これは間違いで、実際に作れるのはマチルダが姉と呼ぶマリアの方である。
立ち去って行く後ろ姿は店内の明かりでキラキラと反射しすぎていて、暫く目をはなせなかった。
帰宅した太郎は忙しそうにしているエカテリーナの笑顔に迎えられ、お腹が空いているのに気が付いた。子供達は既にテーブルで食事をしていて、スーとフィフスとマナも混ざっている。そして、もう一人?
「おそかったねぇ。」
なんか、馴染んでる人がいるんだけど。
人じゃない、ドラゴンだった。
「ちょっとシードラゴンに作業を手伝わされてね。」
驚いた表情のあと、スーの顔を見てからもう一度こちらを向いた。
「いつもこんな感じなのかな?」
数ヶ月居座っているが、驚きはいつも新鮮だ。
「だいたいこんな感じですねー。」
「太郎と付き合っておればこれが普通じゃの。」
「まあまあ、お疲れですし、食事をしながらゆっくりお話ししてください。」
エカテリーナがそう言ってテーブルに勧められると、子供達の間に座り、追加の料理は直ぐに運ばれた。良い匂いが鼻先をかすめ、食欲をそそる。
子供達は今日の出来事を母親に話していて、一人ずつちゃんと耳を傾けている。
太郎の方はメイリーンに話しかけられた。
「ばーちゃん、吃驚したけど、確かに生きていても不思議は無いのかねぇ。」
「シードラゴンの事です?」
「そーだよー、何度か会った事はあるけど、大人しい子だったねぇ。」
そりゃあ、ドラゴン相手なら皆そうじゃないのかな?
「それで、手伝いって何やってたの?」
「修理に必要なブロック作ったかな。」
「・・・かなり良質な泥を求められたと思うがんだけど。」
「ウンダンヌが居るから問題ないって言われたよ。」
「それが普通に一番驚く。」
普通って何かな。
「まあ、食べよっか。」
「うむ。」
食事はいつもより美味しく感じるなんてことは無い。
いつも美味しいのだから。
その日の夜。
寝室ではなく、村のギルドにある個室の食堂でエルフ達の報告を受けている太郎は、いつもの面倒なゴタゴタを聞く事となった。エルフ以外で同席してきたのはメイリーンで、今回は初めて参加する。
「こんなにあるの?」
報告書として紙に書かれた項目の多さにビックリする。
「全部対処する訳じゃないよ、この報告書の中には以前も貰ったままで放置してあるのもあるから。」
「太郎殿でないと処理できない訳ではないから、許可を貰っている。」
「律儀ねぇ。」
「ね。」
太郎が同意したので、メイリーンが不思議に思う。
「報告をさせてるんじゃないの?」
「別に求めてないけど、聞いて欲しいって言うから聞いてるだけだよ。」
「流石にそれは、村の統治者としてどうなの?」
「統治してないし、するつもりも無いよ。」
「・・・あー・・・そうだったねぇ。」
太郎はとにかく出世欲がない。
物欲の方もそれほど無い気がする。
性欲は凄いと何度も聞いているのだが。
「変なコト考えてるよね。」
「い、いや・・・ねぇ。」
いつでも真面目なオリビアはその意味に気が付いても余計な事は言わない。
「太郎殿、次にワンゴが来た時は捕縛しますか?」
「しなくていいよ。それより兵士の人達が対処できなくて困ってる貴族の方を追い出そう。なんで何度言ってもやって来るんだろう。」
「貴族は情報を隠す傾向が有るので、自分達が得た情報、特に失敗した事はバレない様に隠すため、他の貴族も同じミスをさせて安心したいのです。」
「ミスしたのを隠しているのに、ミスしたのに気が付けるのかな?」
「ミスをした者が見たらミスをしている事に気が付けるモノですよ。」
「なるほど?」
「でも、最近は魔王国以外からも来るって?」
「ガーデンブルクから来るのはまだ少数で大人しい人が多いのですが、ハンハルトから来る貴族がとても面倒で困っています。」
説明によると、治外法権を武器に、手出し無用として村の大通りに面した土地を占拠しているらしい。土地としては微妙な位置に在り、ハンハルト側であって、村からも少し離れているが、そこはトロッコ鉄道の傍で、常に点灯している街灯が設置されている場所でもあった。
鉱山に近いから昼間はかなりうるさいと思うのだが・・・。
「その鉱山が狙いだと思います。」
「あー、なるほどね。」
「あの鉱山は凄かったねぇ。」
メイリーンが頷いて納得している。
鉱山で掘り出した鉱物の半分以上は魔王国に出荷しているが、採掘量はかなり減らしている。掘り過ぎても価値が下がるため、採掘量を調整するのは当然らしい。
「以前から少しずつ資材を運び込んでいましたが、可能な限り邪魔をしても困らせる程度が限界でした。」
「資材を運んで来るのも大変そうなんだけど、困っているという事はそれだけじゃないよね?」
「その通りです。」
少し目を細くしたオリビアが苦しそうに言う。
ハンハルトでは今でも奴隷は合法で、親のいない子供であれば子供の意志だけで連れて行く事も可能なのだ。孤児院には不審な男達が現れている姿を見かけるが、今のところ連れて行かれた子供は一人もいない。
「・・・ですが、住み着くようになればその後は分かりません。魔王国の兵士もハンハルト相手では手が出せませんし、我々が常に監視していたとしても、止める手段が有りません。」
「言えば争いになるからか。」
「その通りです。」
「村には強い奴がたくさん居るのに従うとは面倒だねぇ。」
「その為の法だからね、守る気が無いならもっと弱肉強食になるよ。」
「では指を咥えて見ているの?」
「村の住人に手を出すなら容赦はしないよ。」
オリビアの表情は変わらなかったが、メイリーンは太郎の顔をじっと見つめていたところで背筋に冷たい汗が流れるた。
僅かに負のマナを感じたのだ。
「村と自宅を離したのは正解でしたね。」
「大きくなったもんなあ・・・。」
「助かっている人達もいますので。」
「うん。それは確かにそうなんだけどさ、面倒な事が増えるばっかりだよ。」
「兵士達に命令する事は出来ませんが協力はしてくれますので、通行を拒否するぐらいは可能だと思いますよ。」
「まぁ・・・そのぐらいが限度だとは思うけど、問題を先延ばしにするだけだし、なんやかんや文句を言うのは分りきってるんだよなあ。ハンハルトの王様に苦情を言うってのは有りかな?」
「・・・可能ですか?」
「不可能じゃないけど、あの王様、ガーデンブルクの王様より頼り無いんだよね。」
「それも太郎ちゃんとしては嫌なんだ?」
「もちろん、嫌。」
太郎のはっきり過ぎる返答に、苦笑いしか出ない二人だった。
そして、何も決まらないまま夜は更けた。
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