第365話 嫁と夫
図書館では時間を忘れるほど珍しいモノでいっぱいで、ジェームスによると、過去に捜索依頼の有った本もいくつかあるらしい。本だけではなく、中庭が見える窓の前のテーブルにつくと、目を細めて眺める。
目を盗んで持ち出す事なんて出来ないし、頼んでも無理なのは分っているからだ。
「とんでもない場所だな、まるで古代から時間が止まっているんじゃないか。」
「そうなんです?」
「二人ともしっかり見ておけ、いつどこで役に立つかわからんぞ。」
その口調が二人を頷かせ、そのまま本棚を眺める。
フレアリスでも届かない高さの棚にも本がぎっしりで、どれも新品のように見えた。
理由もなく本を一つ取り、開いて中身を確認する。
「文字と挿絵・・・読めないし、見た事の無い植物と動物。何かの図鑑かしら。」
「そこにある本はどれもこの神殿が建築された当時に収蔵されたモノだから、最低でも一億年以上は前だろう。」
流石のフレアリスでもわずかに手を震わせ、丁寧に本棚に戻した。
マギなんて触る事も出来ない。
「という事は原本になるのか?」
「写しを作る者がおらんからな、持ち出されると劣化が始まるから、部屋から出さないのであれば自由に読んで構わん。」
「ふむ。」
太郎は本棚にある本の表紙を見ているが、どれも読める。
読めるのだが、日本語として認識してしまう為、妙に変なタイトルもある。
『明日生きる、ゾンビの作り方』
『余暇を手に入れろ、歩みを目指せ』
『嘘を見抜けないと、資産は減る』
『美味しい魔法の食べ方』
なんだこれ。
「見ているモノも読めるなんて便利な言語加護だな。」
「読めるんですけど、意味が分りません。」
(流石にそれはなんとも出来ません)
「シルバも読めるんだよね?」
(読めますが、日本語?というものを知りませんのでワルジャウ語になります)
「全てといっても、この世界の言語に限るのかな?」
(どうでしょう、太郎様の言語加護は神より授かりしもの。私があの者達に一時的に言語加護を与えましたが、定着はしていませんので、今はボスクラムの言葉は理解できません。そもそも、私は言語を理解出来るだけで文字までは・・・)
「なるほどなあ。」
「シルヴァニードと会話して、俺達はなにも分からないんだが?」
「精霊と会話するとは・・・羨ましい。」
シードラゴンがウンダンヌによしよしされてニヤついている。
その精霊に認めて貰いたいんじゃないの。
あやされてるじゃん。
「別に出てきてくれればいいと思うんだけどな。」
「まー、ねっ。」
なんで勝ち誇ってるのかな、ウンダンヌは・・・。
「ジェームスさんは気になるモノが有りましたか?」
「有り過ぎて困っている。」
「でも、そろそろ夜に成っちゃ・・・うと思いますよ。」
マギの言葉で思い出した・・・思わず上を見たけど空が無いな。
「朝一でココに来たはずなんだけどな。」
「あんな作業をしてたら、時間なんてあっという間だろ。」
「疲れるという事を久しぶりに身体で思い知るとはのう・・・。」
「え、いや・・・疲れてるんでしたら途中でやめても。」
「そうはいかん。お主が・・・いや、太郎様が毎日来てくれるというのなら良いが。」
ねえ、なんで敬称が変わったの。
ねぇ。
「太郎君は意外と忙しい身だからな。」
「意外というか、そもそも、毎日やる事が無いようで有るんですよね。」
「そうね。」
「って、普通逆じゃないですか、それ。」
「農業は日課だけど、今じゃ俺がやる必要が無いから。でも、暇してると問題がすぐにやってくるんだ。」
「トラブルメーカーっているんだな。」
「ジェームスさんは違うんです?」
「そうだな・・・確かに似たようなもんか。」
「そうね。」
「暇なら剣術の稽古してください。」
「な?」
ジェームスとフレアリスにとってマギは子供ではないが、子供に近い扱いで、マギの方も両親よりもこの二人と一緒に居る時間が長くなっている。
マギは暇が有ればジェームスに稽古をして貰おうとやって来るし、冒険や旅に成れば一緒に行くし、連れて行く方も忘れない。
「俺の方はスーがうるさいですよ、稽古しようって。」
「太郎君はもう何もしなくても世界の五指に入るモンスターが相手でも勝てるから、どうでもいいだろ。」
シードラゴンが目をキラキラして太郎を見つめている。
「嫁にしてほしそうに太郎君を見ているぞ、どうする?」
「いらないです。」
シードラゴンが頭を床にぶつけそうなほどがっかりしている。
「10本の指に入るくらいは恐れられているのに・・・。」
「村に行けば五指に入るレベルの魔女が居るからなあ。」
「え、マリアってそんなに強いの?」
「太郎君しか言えない言葉だな。」
「そうね。」
「ですね。」
「魔女はまだ生きておったのか。確かに魔力量だけで魔女に勝っているから、勝てるはずがないのもうなずける。」
頷かなくていいから。
「そんな事より、用事も終わったし、ギルドに報告して帰りません?」
「お、おい・・・太郎・・・様。」
なにこの言葉使いの落差。
「また、遊びに来てくれるよな?」
「遊びにって・・・そんな気軽に来る場所じゃないでしょ。」
「気軽に来い・・・ください。」
「じゃあ、蟹とか海老とか獲る事があったら遊びに来るよ。」
「う、うむ・・・?!」
何かを感じ取ったのか、シードラゴンが部屋を飛び出して行く。
あまりにも突然だったので反応が遅れ、太郎達が慌てて追いかけたが、来た時とは違う通路を通っているようで、流石に神殿の主であるシードラゴンは迷うことなく最短距離で神殿の外に出ると、現れた何者かに襲い掛かった。
その攻撃を受け止めて弾き返すと、襲われた方が不敵に笑った。
「久しいの。」
「なんだ、化け狐ではないか、わざわざ結界を破って来るとはどういうつもりだ!」
「ここに若い男が来ているのでな、迎えに来たのじゃ。」
そして違和感を覚える。
「シードラゴンが何故ゆえ人型に成っておるのじゃ?」
「良い男を見付けたのでの、夫にするつもりだ。」
やっと追いついた、もう始めて・・・ないな?
・・・夫って何。
「あれ、ナナハルじゃん。」
「おー、やはりここに居ったか。」
「迎えに来てくれたん?」
「何か面白い事に巻き込まれているんじゃないかと、一人で来て正解だったかの。」
「これから帰ろうとしてたんだよ。」
少し遅れてやった来た三人はナナハルを見て安心している。
「本気で走られると追いつけないな。」
「そ、そうね。」
「あの化け狐は知り合いか?」
「え、うん。」
上からスーッと降りてきたナナハルが、太郎の身体に纏わり付くように抱きつき、ついでに尻尾を全部出して太郎を包んだ。
「で、良い男とは誰の事かのぅ・・・。」
ナナハルが勝ち誇ったかのようにニヤニヤしている。
「お、お主ら・・・まさか・・・。」
「夫じゃ。」
「くっ、なんでじゃー!こんな、私より弱いやつが・・・なんで・・・。」
「状況が良くわからないんだけど、シードラゴンってどのくらい強いの?」
「人型で手を抜いておってもわらわでは普通に勝てない。」
ナナハルがあっさりと負けを認めているから嘘じゃなさそうだ。
「そうなんだ。」
「どうせ太郎を見て嫁になろうとでもしてたんじゃろ。」
「ぐぬぬ。」
ぐぬぬって久しぶりに聞いた気がする。
それにしてもよく理解してるなぁ。
普通なら婿にしようとするんじゃないのかな・・・。
いや、問題はそこじゃないか。
「ナナハルも知り合いなん?」
「知合いと言うほどではないが、知らない仲ではないな。」
「過去に何度か世話をしあった仲じゃ。」
そういわれると、なんか喋り方が似ている気がする。
「世話?」
「ま・・・まあ・・・あの頃はな・・・色々とあってな・・・。」
尻尾で俺の頬撫でながらモジモジしないでもらえますか。
「都合の良い男を探しておったのじゃ。」
シードラゴンがさらっと言うと、ナナハルが珍しく焦っている。
誰にだって知られたくない過去ってあるよね。
うん。
「ま、まあ・・・今は太郎一筋じゃぞ。ホントだぞ。」
なんか新鮮で可愛いな。
頭撫でとこ。
顔が真っ赤になっている。
シードラゴンの視線が冷たいが、顔が熱くて気が付いていない。
近寄ってきたシードラゴンが話を続けた。
「海竜種じゃないとハーフが生まれるから困るしの。」
「ナナハルは九尾って言ってたけど、俺との間だとハーフになってたよね。」
「うむ。」
「困るんじゃないの?」
なんか視線がイタイ。
「そもそも九尾の子が必ず九尾になる訳ではない。妹のように魔力を増加させることで変化する場合もある。」
「あー、なるほど?」
少し離れた所で困っている三人に気が付いた。
そうだ、帰るんだった。
「全く、太郎君と居ると飽きなくて良いんだが、こうなると何もできないな。」
「そうね。」
「やっと気が付いてくれたみたいです。」
シードラゴンに何か問い詰められているように見えたが、するっと抜けてくる。あんな相手でも普段と態度が変わらないのは尊敬に値する。
そんな風に見ていたジェームスだったが、よくよく考えてみると出会った最初のころもあんな感じだった。世間知らずが良く似合う貴族のお坊ちゃんという印象は変わらないが、そこに今は自信が感じられる。
「お待たせしました。」
「帰りも頼る事になるからな、気にしなくていい。」
「そうね。」
「お土産もあるんで!」
マギがニコニコして言ったのはボスクラムの殻である。少し大きいがそれだけは自分のリュックにひもで縛りつけて自分で持って帰るらしい。ナナハル別れ際に何かを渡しているようで、もしかしたらそれが本当の用事なのかもしれないと考えつつ、シードラゴンとボスクラムの見送りを受けて地上へ戻った。
@おまけ
365ってなんか一年って感じするけど
週一更新続けてるからその七倍・・・
長いなあ・・・
あ、評価していただけるととても助かりますm(_"_)m




