第364話 海底神殿
遠くから監視されている事に気が付いていないのは太郎だけで、多くの人々の注目を集めている。それは海の上に浮いたまま、現れたシードラゴンが人型に成り、それが身体よりも長い髪の毛を海に垂らし、いきなり海にぽっかりと穴が開いたかと思ったら、そこに入って行くまでの光景であった。
そして、海は何事も無かったかのように元に戻っている。
「なんだったんだ・・・。」
「お、おい。ボスクラムも居ないぞ。」
「あんなに居たのにな。」
「もう、安全になったのかしら?」
「ギルドからの安全宣言が出るまではやめておいた方がいいぞ。」
「そ、そうね。」
その後、遅れてやってきたハンハルトの兵士達が海岸を封鎖し、急ぐ必要もなくなった将軍がとぼとぼと歩いて到着する。
「もう、あいつらだけでいいんじゃないか・・・?」
そのボヤキは誰にも聞こえなかった。
人の姿になったシードラゴンは服のように見えるもので覆われていて、裸には見えない。
助かる。
二の腕からはヒレの様なものが伸びているし、足の先も人とは明らかに違う水かきのようになっている。
「アンタまだあんな所に棲んでたの?」
「そういわれましても、海底神殿は私の城なんですから。」
「魔力供給はどうしてんのよ。」
「それが最近子供が増えて不在にしていたものですから・・・。」
シードラゴンは人型の姿で泳ぐように進み、それに付いて行く太郎達は水の泡の中に居て立っているだけだ。空気足りなくならないかと心配したが、問題は無かった。
で、シードラゴンの子供は何処だろう?
「太郎ちゃんが居ればそこが一番の安全地帯なのよ。」
「なるほどなー。」
「そうね。」
「うんうん。」
俺って何?
スイスイと進む海の底までの景色はとても幻想的で、水族館で水槽の中を見ているというより、その水槽の中に入っている感覚だ。下に向かって進んでいるので、魚の群れが自分の頭上を泳いでいる。
眼下に広がる景色に変化が現れると、明らかに崩れた何かがある。
「なんだこれ。」
「良く言って酷いですね。」
「そう・・・ね。」
俺も同意見だ。
遺跡のような建造物が海底に建っているが、建っているというより、建っていた、が正しいのかもしれない。それでもとんでもない規模感で、ハンハルトの城よりも大きいかもしれない。
その海底遺跡に近づくと空気の泡が消えたが、呼吸が普通に出来る。
「ここは聖域結界が有って、地上と変わらない活動が可能よ。結界の外に出るといきなり海中に戻るけど。」
「へーっ。」
ウンダンヌはイキイキとしているが、シルバが出てこないのはなんてだろう。てか、結界の領域を自由に出入り出来ると、水圧でとんでもない事にならないのかな?
周囲を見ると魚は寄ってこず、ボスクラムくらいしか出入りしていない。
貝だから平気みたいだ。
「私の領域だからね。精霊としては条件の揃った時に優先権が有るのよ。」
「・・・ウンダンヌ様、そいつにはシルヴァニード様もついておられるのですか?」
「そうねー・・・実力で言えば全部の精霊が来ても不思議は無いけど。」
シードラゴンが俺を見て顔を真っ青にしている。
いや、肌が青いから分からないけど。
「太郎様、お許しを・・・。」
いきなり土下座された。
許すとか許さないとかないんだけどなあ。
ジェームス達が俺を見てドン引きしてるんだけど、そんな目で見ないでくれ。
頼むから。
「なんにも気にしてないから普段通りにしてよ。」
「ほ、ほんとですか?!」
凄い勢いで近づいてきた。鬼人族のフレアリスがその速さに驚くほどである。
「で、では嫁にしてくだs」
ウンダンヌに頭を叩かれて地面に伏した。
「こいつ、誰が見てても気にせずヤル奴だから気を付けてねー。」
「お、おぅ。」
海底の砂に顔を突っ込んだまま反論する。
「だって子供作らないと滅んじゃうじゃないですかー・・・。」
確かにそうなんだけど、そこで俺を選ばなくても良いよね。
「それより、相談って事でここまで連れてこられたんだけど、なんなん?」
ずぼっと音がするほどの勢いで立ち上がると、今度は深く頭を下げた。
「魔力を分けていただきたく・・・。」
なんか、言葉遣いも変わったな。
「魔力って、俺の?」
「そうです。ウンダンヌ様がいらっしゃるので適正については問題ありません。正確に言うと、ちょっとドロッとした泥水をいただきたいのです。」
泥?
「ボスクラムの唾液で固めてブロックにすることで美しい藍色に成るんですよ。」
「へー。」
あ、忘れてた事を思い出した。
今のうちに言っておくか。
「ボスクラムから採れるパールに黒いのが有るって聞いたんだけど。」
「あー、黒いのは全く役に立たなくて困っておる。神殿の中に沢山有るから好きにすると良いぞ。」
「神殿?」
「現在も使用中の神殿だ。」
その神殿は遺跡のイメージよりもボロボロなんですが。
てか、急に口調がコロコロ変わるのなんなの。
「魔素が不足して維持が出来なくなってしまったんだ。本来なら魔素がもっと湧き出てくるはずなんだが。」
「どの辺りから魔素がでるんです?」
「この辺り一帯は常に出ている。」
「負の魔素じゃないの?」
「負の魔素・・・とは?」
黒いパールの事と負の魔素について説明すると、シードラゴンは知らなかったらしく、凄く驚いている。ドラゴンの事も話したし、伝説ともいわれているガッパード・ギアの話をすると少し興奮していた。
「なるほど・・・。しかし、ガッパード・ギアが実在するとなると、まだあのお方が生きているという事だな。」
この人もあのお方と呼ぶのか。
「そのうちに村へ遊びに来る予定だけど。」
「世界滅亡の日ですかね?」
「主ちゃんとお友達みたいな関係。」
明らかに噴き出るような汗を流したシードラゴンは、絶対に言わないと心に決めた。
本当は自分を利用した事を追及して、あわよくば魔力を吸収して神殿に閉じ込めるつもりだったなどと、言える筈もない。
怖い。
コワイ。
こわい。
「どしたん?」
「あー、いえいえいえいえいえいえいえ、ななななな、なんでもないですぅぅぅぅ。」
絶対に何かある。
「じ~・・・。」
「そんな、いちいち口に出して見詰めてる事をあからさまにしなくても・・・。」
「ははは、冗談だよ。それより、泥もそうだけど、ボスクラムが集まって来たヨ。」
「あら、ホントですね。呼んでもいないのに。」
「私が居るから集まってくるのー、人気者はつらいわー。あーつらいつらい。」
シルバのねっとりとした嫉妬を内側から感じる。
なんでだ。
結界内に入ると途端に動きが悪くなるのか、ボスクライムが山積みになっている。
そこから二枚貝が単体でぴょんぴょんと跳ねて近づいてきた。
ああ、泳げないからそうなるよね。
『あー、アンタあの時の奴だろ、パール取ってくれー。』
「イイケド、後でね。」
『オッケー、約束したからなー。』
「・・・。」
シードラゴンに見詰められているけど、どう見てもドン引きだ。
「なんで会話が出来て・・・。」
「言語加護が有るんで。」
「しかも知り合いみたいに・・・。」
「ちょっと、以前、魔石とかの関係で。」
「ああ、パールに魔力を閉じ込めて宝石にする奴だな。」
「そう、多分それ。」
「あいつらもワルジャウ語を理解するようになったか、関心関心。」
「教えたんだ?」
「神殿内に本が有るから読み聞かせたんだ。覚えさせるのに50年くらいかかったな。まあ、誰かが覚えれば自然と広まるんでな、後はあいつらが勝手に覚えるようになったんじゃないかな。」
想像するとシュールな授業風景だな。
「俺達には何を言ってるのか分からないけどな。」
「ボスクラムに言語が有るってのがおかしいと思うけど、何とかならないかな。」
(今限定でいいのならなんとかしますよ。)
出てこないで声だけ聞こえる。
「シルバ、頼んでいい?」
(お任せください。)
「うわー・・・なんだこれ、急にうるさくなったゾ。」
「そうね。」
「でも、何言ってるかわかりますよ!」
マギが嬉しそうにボスクライムに近づいて行く・・・。
ワルジャウ語で言えば、ボスクライムの言葉で返って来る。
ニコニコと楽しそうに会話すると、蓋がばかーっと開き、マギが食べられた。
「ちょ?!」
「大丈夫ですよ、パールを取っているだけです。」
「あ、ああ。そういう・・・。」
マギだけでなく、フレアリスもボスクライムの群れに近づくと、二枚貝がパカッと開いた。ジェームスはと言うと・・・。
「男は嫌だってよ。」
「手がゴツゴツするから痛いんだろう。」
「それだけには見えねぇけどなぁ・・・。と、言うかあんな貝でも女の方が良いとか、どういう感覚なんだ。」
そう言って向けた視線の先にはフレアリスが居る。
彼女の手はそこら辺の男よりもゴツい。
マギとフレアリスがいくつもパールを取っているのを背景に、太郎達はシードラゴンの頼みを解決する事にした。こちらは神殿を構成する素材の作成であって、建築を手伝うつもりはない。何しろ神殿が巨大過ぎて、材料もとんでもない量になるだろう。
パールを取ったボスクライム達が太郎の周りに集まると、泥と唾液を混ぜ、シードラゴンが何か手を動かす。
何をやっているか良くわからないが、藍色で正方形のブロックが完成した。
「やっと修理が再開できる・・・。」
シードラゴンが嬉しそうなのでどんどん作業を進める。
・・・なんでこんな事してるんだっけ?
物凄い作業スピードでブロックが山積みされ、太郎は平然としているがシードラゴンは表情が険しい。
「早いって、早いって。」
「でも、結構な量を作ったよね。」
「んー・・・。」
自分の後ろを見て自分でビックリしている。
「ああ、充分だ。これだけあれば何か所か直せるぞ。」
腕を流れるように振ると、山積みされたブロックが消えた。
体内に取り込んだらしい。
便利だな。
そのブロックが消えて、良く見えるようになると、マギがあっちへ行ったりこっちへ行ったり、忙しく動いている。フレアリスは抜き取った球を横に置いてボスクラムの方は遠くに・・・軽々と結界の外に投げていた。
「鬼人族か。流石の腕力よの。」
「鬼人族の中では最強クラスだからな。」
「ほほぅ・・・そんな奴が仲間とはとんでもないの。」
「・・・確かにそうなんだが・・・。」
「不満でもあるのか?」
ジェームスは目だけを動かして太郎を見てから溜息を吐く。
「太郎君の傍に居るとこれでも普通に見えるからな。」
「・・・やはり地上は恐ろしいところだ。子供には上陸禁止を強く言っておくか。」
子育てに関して何も言う事は無いが、あの村が特別だとも思う。目の前に居る人型の女性は、海で出会えば生きて帰れないと恐れられるシードラゴンなのだ。数多の勇者が挑み、その全てが敗北している。
当たり前だ。
シードラゴンは生きているのだから。
「おわったー・・・。」
マギが凄く疲れた顔で戻ってきた。
ボスクラム達はいなくなっていて、パールがごろごろと転がっている。
その中には黒いパールが幾つもあって、どうせここでは使えないので持って帰る事になっている。
オーケー、俺の袋で一時的に預かるのね。
「これではただ手伝ってもらっただけになるし、矜持も守れん。せめて食事ぐらいしていくか?」
「ジェームスさん達はどうします?」
「飯よりも気になる事がある。」
「なんじゃ?」
「この神殿に保管されている本だ。相当古いのだろう?」
「無論、古いぞ。逆に新しいモノが追加される事が無いんでな。」
そもそも、どうやってこんな海底に本を持ってきたのか。
「こっちとしては、ボスクラムの件が解決して、パールもたくさん手に入って、本も見せてもらえるのならこれ以上の報酬は無い。」
「そうね。」
「ふむ。」
双方が納得したようで、神殿への入場を許可された。
そうか、当たり前だけど普通は入れるモノじゃないよね。
何か価値観が崩壊しているかもしれない。
「太郎君と一緒に居ると経験値が高くなった気がする。」
「そうね。」
「お土産も出来ました!」
マギはいつの間にかボスクラムを持っていた。
中身は無いカラの状態の殻だ。
光に当てるとキラキラと輝くので宝石に使われることもあるらしい。
村のはちみつを買うための資金にするって。
欲しいなら上げるけど?
「いえ、冒険者としては正当な手続きで手に入れてこそ達成感があるんですよ。」
「まあ、確かに?」
シードラゴンの案内を受け、今にもぼろぼろと崩れそうな正門をくぐると、内部はそうでもないようで、青と緑の中間のような色で、思ったよりも綺麗だった。
広い通路で天井も高く、壁が光を放っているのか、まったく暗くない。
無駄に広い空間は玉座の間との説明を受けたが、そこは通らず、横を抜けると、中庭のような場所へ出る。そこでは何故か植物も生えていて、不思議な実を付けている。
辿り着いた扉を開いて室内に入ると、整列した本棚と、びっしりと詰め込まれた本が並べられていた。




