第363話 ボスクラム
正式な国王との謁見予定は無く、こっそりと抜け出てくるのが定番となっているギルドの個室に男が三人だけで集まっていた。
国王らしい食事は無く、酒とつまみだけがテーブルに置かれている。
「で、本題だが、話は聞いているな?」
「ボスクラムですね。」
「うむ。」
一口・・・ではなく一気に飲み干し、空になったカップに酒を手酌で追加する。
「会話が成立しないんでな、どうにもならなくて困っている。漁の邪魔をするとか、人を襲うとかはないんだが、退治できる冒険者は少ないからな。」
「被害が無いならそれでいいんじゃ?」
「無いと言えば無いが、海岸に近寄れないと困る奴等も居るんでな。それに最近は数が更に増えてるんだ。」
「なんか、面倒ですね。」
「報酬なら払うぞ。」
「いや、別にお金が欲しい訳じゃないんですけど。」
「ん、そうか。欲が無いな。」
「太郎君だからな。」
「別に、欲が無い訳ではないですけど。」
「性欲なら有りそうだな?」
酒を少し飲み過ぎたのか、顔を赤くしている国王が馬鹿な事を言う。
「否定はしませんが、間に合ってます。」
その返答に国王が驚く。
「女なんて何人いても困らんと思うんだがな。」
「・・・ハレムかぁ。」
現状を考えると、確かにとっかえひっかえ出来ると言えば出来る。俺が言えば嫌がらずに笑顔で応じるだろう。
むしろ俺がそうしなくても勝手にそうなるんだけどね。
「・・・贅沢だなあ。」
「それだけの価値と力が在るという事だろ。」
「伝説のドラゴンと繋がりがある普人なんて、お前ぐらいなもんだ。」
「太郎君が本気になったら伝説のドラゴンだってひざを折るんだろうな。」
「そんなことは無いと思うけど。」
「謙虚も通り越すと嫌味になるんだぞ。」
どうやら国王様は酔いが回っているようで、目がどっしりと座っている。
このまま酔いつぶれるまで飲ませるのが良いだろう。
「まあまあ、乾杯しません?」
「乾杯ってのはなー、毒や悪霊払い、特に相手を信用してないから行われるんだ。俺はお前達を信用しているから乾杯なんてしないぞ。」
へー。
そんな意味があったんだ。
ただの祝い事だと思ってた。
「肴が足らんな。」
「ボスクライムが美味いんだが、捕れる奴がいないからな。」
「100年物なんて子供の頃に食って以来だな。」
「あいつら無駄に長生きだしなあ。」
「反抗してきたら助かるんだけど。」
二人して物騒に会話を始めている。
ジェームスさんも酔ってるな。
「そうならない為に俺が呼ばれたんじゃないんですか?」
二人が俺を見て思い出したようだ。
いや、忘れないで、頼むから。
「・・・そういや、お前らの家族はどうしたんだ?」
「家に帰りましたよ。」
「そっかー・・・瞬間移動って便利だな・・・誰か使える奴はいないのか?」
自国の将軍には使える者は一人もいない。
魔法研究施設は有るが、国家レベルで研究しても開発できていない。
国王が溜息を吐く。
酒臭い。
「俺も基本は教わったが、先ず魔力が足りない。」
ジェームスさんも溜息を吐いたが、こちらはまだそれほどでもない。
「二人とも酔ってますけど、いつ行くんですか?」
「朝一だ。」
翌朝、頭痛持ちの国王を放置し、ジェームスとフレアリスが待っていて、遅れてやってきたマギは完全武装で、珍しく硬そうな鎧を身に着けている。
「やる気がみっちみちだね。」
マギがきょとんとしている。
何しろ俺を含めて3人は普段着と変わらないからだろう。
「私の夫を一晩連れまわさした奴を殴ろうと思ったんだけどね。」
「やめてくれ、それは俺も殴られる奴だ。」
「そうね。」
マギが苦笑いしている。
「武器も持ってないですけど、それで行くんですか?」
「戦うワケじゃないし、今回はマナ達も居ないし。」
いつものメンバーは誰もおらず、今日は太郎一人だ。
とは言っても実は一人になる事はないのが今の太郎である。
シルバニードとウンダンヌが太郎の身体の中でくつろいでいるので、そういう意味で完全に一人という事はない。
「太郎君一人で十分だ。」
「バカ(国王)はいらないわ。」
マギが困った笑い方をしている。
そのマギに質問する。
「海岸には今もびっしり居るの?」
「最近はみんなも慣れてきたみたいで、見物客の方が多いかもしれないです。」
「うん?」
「実は、誰かが退治に来るっていう噂が昨日の夜に流れていたみたいで。」
「そりゃ、ギルドに貼りだされた依頼がいきなり取り消されたからな。」
「そうね。」
解決もしないうちに取り消されるという事は、解決する見込みがある。
もしくは、特別な解決法が見つかったという事だ。
「そっかー・・・。」
「人が多いのは嫌ですか?」
「そりゃあ、活躍を自慢したい訳じゃないからね。」
「そ、そうですね。」
4人で件の海岸へ向かう。
夜明けから少し時間が経過しているとはいえ、既に人が多く集まっていて、見た感じ冒険者風のがたいの良い男が多い。
今日の海岸は天気も良く、潮風が気持ち良い。帆を張っている船が遠くの海上に見えるし、目の前の光景が無ければ良い散歩が出来ただろう。
「すっげー数ですね。」
「そうね。」
護岸の無い砂浜に向かって進むと、太郎ではなくジェームスを見て納得したように話しかけてきた。
「やっぱり、またお前か。」
「そう思うか。」
「またおまけを連れてきやがって。」
「おまけで悪かったわね。」
「あんたはギルドの依頼に興味ないだろ。」
「そうね。」
「俺も最近は興味ないな。」
「まあ、俺達じゃ何ともならんからな。」
「俺達?」
ジェームスの言う俺達とは、ギルドの仲間と言う意味である。
「破壊して良いのなら倒せるけど?」
「駄目に決まってるだろ。」
「あの殻を破壊できる気はしませんね。」
話しかけてきた冒険者風の男が太郎を睨む。
「お前・・・?」
太郎の名前は各地で有名になっているが、その容姿は不明である。
名前くらいなら知っているが会った事も見た事も無いというのがほとんどで、噂では戦士より戦士らしく、魔法使いより魔法使いらしいという、謎の話が広がりつつある。
「で、クウガーも参加するのか?」
名前で呼ばれた男は首を横に振った。
「依頼でやろうと思ったらすでに数が多過ぎて諦めたところだ。」
「じゃあ退いてくれ。」
言われて下がると、ジームスが進み、後に続く。
砂浜を進むと、野次馬がどんどん膨れ上がっているようで、後ろからざわざわと聞こえる。いい加減な予想を立てて、適当な事を言いふらしている声の大きな男がいるようで、話題の中心になっているようだ。
クウガーと呼ばれた男ではない。
「さて、どうする?」
目の前にはボスクラム達が波に揺られている。太郎に気が付いたのか、パクパクと動き出した。
それが一斉に行われたので、殻が擦れる音が響く。
「えー・・・マジで?」
「な、なに?」
にゅるっと太郎の背中から半透明の姿が現れる。
「主ちゃん、来るわよ。」
「ちょっ・・・いきなり?!」
目の前の海が荒々しく揺れると、巨大な渦が発生し、周囲が濃い霧に包まれる。遠くに見えていた船が見えなくなるぐらい濃く、その中から黒い影が現れた。
その姿に野次馬達は一斉に逃げたし、場内の監視塔で勤務する兵士達も一斉に動き出し、国防を担う将軍達が現場に向かう事態にまで発展していた。
だが、それは太郎に関係が無く、事件は彼らが出動する直前には解決する事となる。
現れた黒い影の姿は、霧が晴れてはっきりすると、初めて見た姿に稼働していた。
巨大なヘビには見えない。
もちろん鰻にも見えない。
だからと言って、ただのドラゴンとは違う。
場合によってはドラゴンよりも恐れられる存在。
「お前が鈴木太郎か?」
声は聞こえていたが、陽の光に照らされ、鱗がキラキラと反射する。マリンブルーとスカイブルーが見事に融合した鱗が七色に輝く。
「すっげー・・・綺麗だなー・・・。」
太郎の発言に飽きれたのはジェームスである。
フレアリスは感じる威圧に腕を組んで耐えていて、マギも頑張って耐えている。
「太郎君は、アレを見て怖いと思わんのか?」
「あー、なんかファンタジーっぽいのをここまではっきり見たのが初めてなので、感動しています。」
「幻想的ってか。余裕だな。」
「聞こえんのかー!」
シードラゴンの音波のような声に、野次馬達が吹き飛び、ボスクラムも何匹かが逃げた。砂浜が埃のように舞う中、平然と立っていられたのはウンダンヌが守ってくれたからだ。
「むっ・・・ウンダンヌ様が・・・?」
「ちょっとは加減しなさいよねー。」
ふわふわと浮いているウンダンヌが太郎だけでなくジェームス達も水で包むと、そのまま浮いてシードラゴンに向かって行く。
「音波で話すの面倒でしょ?」
「良くわからんけど、周りに被害が出ない方が良いな。」
「はいはい。」
寄って来た姿にシードラゴンの方が驚いていて、ボスクラム達はいつの間にか姿を消している。
「うっ、ウンダンヌ様?!」
「そーよ、何の用なの、うちの主ちゃんが来るように仕向けたんでしょ?」
シードラゴンが青い姿なのに顔面蒼白である。
なんだこれ。
「こ、この者が私の姿を利用したと聞きまして。」
「別に良いじゃない。」
「そ、そーですよねー、ハハハ。」
威厳がまるで無い。
「会話しにくいから人型に成って。」
「は、はい。」
シードラゴンが目の前で姿を変えると、青い髪と青い肌の美しい女性になった。
女の人だったのか・・・。
ジェームスが痛がっているのは、見惚れていたからだろう。
まぁ、男だもんね。
「では、その者が鈴木太郎でよろしいので?」
「そーよ。」
なんで俺が会話に入れないの。
「まさかそれだけの理由なの?」
「あっ、いえいえ、実は相談したいこともありまして!」
何故か分らないが、相談を受ける側になった。
だから、なんで。
2025/6/18
ボスクライム (間違い
ボスクラム (正解




