第359話 これからの事
地底から地上へ出ると、外はビックリするほど快晴で、ガッパードギアの町で待っている者に会いに行くために訪れると、たくさんのエルフ達が大喜びで迎えてくれた。涙を流す者もいたが、特に強い視線と、激しい感情を持って飛び付いてきた者が居る。
「た゛ろ゛う゛さ゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
走ってきたが、何故か何もないところで躓いて転び、慌てて立ち上がろうとしてまた転んだ。手を差し出すと恥ずかしそうにしながらもその手を掴み、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになったまま、太郎に抱き着いた。
「ただいま。」
そう言うと、見上げはしたが、しゃっくりが止まらず、涙も止まらず、恥ずかしくて真っ赤にした顔を太郎のお腹の辺りに押し付けた。
意外と力強く、いろいろな変化に気が付く。
少し背が高くなっただろうか?
髪型も少し変わっている。
胸も・・・。
「私も寂しかったのですが?」ムニュ
抱きしめるのではなく、締め上げる様に密着する。
この胸の当たり具合と大きさはうどんだ。
なんで持ち上げるの?
「あわわわ・・・。」
エカテリーナも一緒に持ち上げられ、周りで見ていた者達が笑っている。
激戦を終えたという気分ではないが、この和やかな空気感は久しぶりだ。
あの殺伐とした場所に一年ぐらい居たというのだから、周りの心配も同然だと思う。
ガッパード町ではなく、エルフ達の作った集落は、どこか村を思い出させる造りで、なぜか風呂場まで建設されていた。
「疲れてませんか?」
「今、とてつもなく疲れてる。」
察していない筈が無いうどんが二人を下ろし、皆が改めて集まってくる。
まるで村に居るみたいだ。
一人一人・・・ではなく、一斉に万歳三唱をするから、魔物の咆哮と勘違いしたワイバーン達が一斉に逃げて行った。
そもそも、万歳三唱の文化が何故有るの・・・?
オリビアさん、そんなに真剣な表情でしなくてもいいですよ。
万歳を終えたオリビアさんが困り顔で近づいてくるので、うどんに抱きしめられているが、重さを感じない歩みでそのまま話しかけてきた。
「ここに住む予定ではなかったんだが、期間が長くなってしまって住民と仲良くなってしまったんだ。」
詳しく聞くと、俺の捜索の為に人員を集めていたら、そのまま住み着くことになってしまい、肥沃な土地のおかげで小麦も良く育ったという。
カエル肉カレーとパンのコラボは大好評だという。
「そういえば俺達が居なくて村の作物って困ったんじゃない?」
「ベヒモスが育ててくれました。」
そういや、アイツ豊穣伸だったっけ?
すっかり忘れてた。
「じゃあ何かお礼してやらないとな。」
「自分が育てたものではない、美味しい大根が食べたいと言ってましたね。」
「そういうもんかね。」
「うどん殿も居なかったので。」
うどんを見るとニコニコしている。
ずっと居なかったという事はここに居たのか。
「気に成ってたのか。」
「木に成ってました。」
「んで、今の村ってどうなってるの?」
「大きな問題はありません。街道整備は順調に進んでいますし、鉄道も運行しています。一つ問題があるとすれば、太郎殿が不在の間に乗り込んでくる貴族達の対処くらいですかね。」
「まー、それは村に戻ってからでいいかな。こっちも紹介と言うか。ちゃんと教えないといけない子が居るから。」
いつの間にかいないフィフスは、マナともりそばと一緒に歩き回っている。町の人も可愛い子供と思って迎え入れているのかもしれないが、ものすごく危険なんだよなあ・・・。
まあ、いいか。
「それと、もう一つ戻る前に先にお耳に入れておきたいことが有ります。」
真剣な表情に変わるとうどんがいつの間にかいない。
「ワンゴが変装して村に現れているようです。」
「どういう事です?」
スーがスっと現れた。
エルフの国での内戦終結以降、新しく出来た商人の街に隠れ住んでいるという情報は得ていたという事で、魔王国の情報網と協力して追跡していたとのこと。
「被害は出てるの?」
「出ていません。それどころか作業に協力しているようで、周辺に現れる魔物退治にも参加していました。もちろんワンゴとは名乗りませんでしたが・・・。」
「あいつ、そーゆートコロあるんですよねー。人を殺すのも平気な癖に。」
「それは問題にならないの?」
「トヒラ殿が太郎殿が来るまでは絶対に手出しするなと厳命してたくらいです。」
「それって俺に丸投げするって事じゃん。」
逆に言うとワンゴが俺が来るのを待っているとも考えられる。
このまま俺の存在が消えれば何らかのアクションを起こす可能性もあるが、ハーフドラゴンが定住していたら手も出しにくいだろう。
エルフに天使に魔王国兵士も駐在する村なんて、誰も攻め込みたくはないと思うんだけどな。
「戦う気が無いなら直接話をしてもいいかなー。」
「太郎殿はやはり豪気で器がでかいな。」
真正面に言われると気恥しいので、エカテリーナを撫でようとしたら、そこにポチの頭があった。いつの間に。
ポチを撫でながら話題を変える。
「せっかくだしここの風呂入ってから帰ろうかな。」
「一緒に入りましょう!」
エカテリーナがすごい積極的で、オリビア以外が驚いた。
オリビアはほっこりとした笑顔だ。
なんでや。
風呂場は広く、掃除も行き届いていて、とても綺麗だった。
ポチのような魔物の専用の洗い場が有るのは、ワイバーンを洗う時に使うそうだ。
ワイバーンがお湯に浸かっているのはビックリしたけど、なぜか気持ちよさそうだ。
風呂に入るときは、誰が入るかで揉めていたらしいけど、フィフスが一睨みで散らした。それでも入ってきたのはうどんくらいである。
「なにこれ・・・?」
何も知らないフィフスに教えているのはエカテリーナで、彼女を何も知らないからなのか、元々そういう性格なのか、今日のエカテリーナは一味違う。
石鹸はもうこの世界の物しかないので、泡立ちは悪いが、それでも汚れはすごくよく落ちる。
そもそも汚いな、俺。
「太郎様も洗いましょうね!」
もう何にも言わない。
言えやしない。
この子達強すぎるよぉ・・・。
村に戻る前、ここに残る事を許可して貰う為に太郎達が風呂から出てくるのをずっと待っていたらしい。別に許可なんて無くても好きにしたらいいと思うのだけど、俺がいない間に上下関係が作られていた。
やっぱり難しいよね、平等な関係って。
「私達は先に移動するわね。」
そう言って飛び立っていったのはフーリンとエンカだ。
村とは別のところに立ち寄っていくとのことで、エンカの父親であるファングールまでもが太郎に別れの挨拶をする。
立場というものを強調されてしまった所為で、純粋なドラゴンですら太郎を無視しないという、面倒な問題を作られてしまったのだ。
「もう、太郎殿は何でもありですな。」
「ナシナシ。オリビアさんも気にしないでね。」
「太郎殿には申し訳ないが、個人的には無理としか言えないな。」
「神様だもん、当然よね!」
フィフスがそう言うからどんどん問題のある方向に進んでいきそうで怖い。
うどんが嬉しそうに抱きついてくるからもっと困る。
なんでマナとフィフスが頭に乗って来るの。
そもそも、どうやって乗ってるのか・・・見えないから分からない。
「村に戻るか。」
「早く行きたーい!」
移動予定の皆を一か所に集めると、とんでもないのがやってきた。
「ばーちゃんもお願いするねー。」
「あっちに見てる人は・・・?」
ガッパードが後方腕組みをしている。
「お父様はいずれ自分が必要な時に行くって。」
「アイツなんかキラーイ。」
「一応ばーちゃんのお父様なんだけどねー。」
「いつも睨んでくるんだから。」
フィフスの事を完全に信用していないのは理解できる。
正直言えば俺も信用はしていない。
厄災の塊であるフィフスがいつ暴発するのか、誰にも分からないのだ。
皆、逃げなくても平気だから、どうせ駄目な時は駄目だから。
「そういう言い方はやめてくれないか。」
ミカエルがとても渋い顔で詰めてくるが、メイリーンが寄ってくると離れた。
「よろしいですか?」
シルバに確認されたので頷くと、瞬間的に景色が変わった。
「すっごいねー。」
「すごいねー!」
メイリーンとフィフスがきょろきょろと周囲を見渡している。
わちゃわちゃと現れた子供達を連れたナナハルが自分の庭であるように自由に動くのは当然として、メイリーンとフィフスがうろうろと何処かへ行ってしまった。
だれも止められないから困る。
「神様!」
その声とともにズラっと現れた天使の団体が上から降ってくる。
「何事?」
ミカエルが代表としてなのか、団体の一番前に立った。
「我々としては、太郎が神であるのなら従うのが道理。」
「神じゃないから、その道理は忘れてくれないかな。」
「無理よ。」
リファエルも上から降ってきた。
「私達がどういう理由で活動しているか知ってるでしょ。」
「まあ・・・うん。」
「その問題を解決したうえに、その問題そのものを抱えている人に敬意を払えなかったら存在意義まで見失う事になるのよ。」
「えー・・・。」
とりあえず面倒な感じしかしない。
「これからは神としての自覚を持って貰わないと。」
「持つ気もないし、持ちたくもないよ。」
「魔素溜まりは発生しないのでしょ?」
「いや、今まで通り普通に発生するはず。」
天使達がビックリしている。
ミカエルはちゃんと伝えたのかな?
「解決したんじゃないの?」
「確かにフィフスは負の魔素で出来た存在だけど、あの洞窟の中では今も魔素が溜まり続けてるよ。」
フィフスはあの時に溜まっていた魔素の塊であって、それが全てではないのだ。それを説明すると、なぜかホッとしているようだ。
「魔素が無くなる訳じゃないのと、実際には正の魔素も負の魔素に変化するんじゃないかな?もちろん逆もあり得る事だけど。」
「それは有り得るだろうが、簡単に変化されても困る。」
「意図的に手を加えれば変化するけど、自然に変化したのは見た事が無いわ。」
突然割り込んできたのはマリアで、隣にはマチルダも居る。
「そもそも魔素の存在理由が不明なのよ。そのおかげで魔法が使えるのは分かるけど、魔法力としての魔素は無くても魔法は使えるし。」
古代言語を用いた魔法の事である。
「オマエノカー・・・。」
二人して止めてきた。
顔を真っ赤にして止めてくるとは思わなかったんだけど。
「禁忌なんだから簡単に言わないでちょうだい。」
「あ、うん。なんかゴメン。」
魔素が全ててはないが、魔素はこの世界に必要な要素の一つである。
魔素が無くなったらどうなるのか、少なくとも俺は困らないけど。
「魔素だけで存在しているマリナやフィフスは存在を維持できないでしょうね。」
「そうだよなー・・・。」
生まれ方は異なるが、マリナもフィフスも太郎の存在があって成立している。
マリナは太郎よりも優秀な能力を持っているし、フィフスが魔法を使えば周囲に負の魔素をまき散らすことになる。
「俺の魔素をまき散らして定着できたらいいのかな?」
「そんな恐ろしい事は言わなくていいわ。」
なんか怒られた。
「それより言われたでしょ。ワンゴの事。」
「あぁ。」
「魔王国の連中も無視を決め込んでるからやり難いらしい。」
「ミカエルが追い出してくれてもいいんだけど?」
「何か違う覚悟を持っている気がして、無視して良いモノか悩んでいたのだ。」
「今はどこに居るの?」
ミカエルが部下から報告を受けてビックリしている。
「・・・そうなの?」
確認して溜息を吐いた。
「どしたん?」
「帰ったって。」
「あら。」
結局、来るまで放置することになった。
ワンゴ「なんか、誰も居なくなったし一度帰るか・・・




