第33話 山間の遭遇
目の前の少女はマナの事を世界樹様と言った。知り合いという事になるが、マナの交友関係は良く分からないな。
「いつか戻ってこられると思っておりましたが、ここでお会いできるとは。それにしても、小さくなられましたね。」
普通は逆じゃないのか。
「まあ色々あったのよね。それより、なんであんたこんなところにいるの?」
「兎獣人たちに信仰を頂いたのでここに住む事にしたのです。それ以前はどこへ行ってもマナが不安定で・・・ここは少しはマシな方みたいです。」
「精霊だもんね、マナの影響は少ない方がいいし、ここは私が居なくても安定しているのは確かね。偶然かしら?」
「天使がやってきて何かしたような跡がありましたので、多分その影響かと。」
「なるほどね、それであのエルフが気が付かなかった訳ね。」
「それも有ると思いますけど、私がここに住むようになって3年も経っていませんので。」
「本当に偶然じゃない。凄いわねぇ。」
「はい。なので今の私には力が何もないのです。こうして姿をお見せできるのも世界樹様がいるからで、普段は兎獣人の極めて一部にしか感じてもらえません。」
「そういう意味じゃ500年前の被害者の一人だもんね。」
何の会話をしているのか。俺もスーもポチも。兎獣人ですら黙って見ている。
「ああ、それで種を。わかったわ、ちゃんと場所が決まったら育てとく。」
「ありがとうございます。」
また深くお辞儀をした。
「あと、伝言を頼まれています。」
「私に?」
「スズキタ一族は全ていなくなってしまいましたが、彼の者の子孫より世界樹様に感謝を伝えたいとの事です。」
「え?私の傍にいた一族以外にもいたの?」
「あの村ではもともと私を信仰していた一族なのですが、マナが不安定になって村もなくなりそうになった時に世界樹様の波動を感じて救われたのです。もちろん、私も救われた一人ですので、世界樹様には感謝しております。そして村の中で二人が世界樹様のところへ向かいました。あの当時は村で最も優秀な二人を選んだのです。むしろそうでないと世界樹様のところに辿り着けませんから。」
「あー、感謝しているってそういう事だったのね。あの子たち何も言わないから。」
一族をあの子呼ばわりである。
「そうなんですか?」
「まぁ、今からその村に向かう予定なんだけど、何か変った事ある?」
「村は廃村になっています。誰も住んでいません。一つだけ残っている建物はスズキタ一族でないと開けないので意味は無いでしょう。」
「そう。じゃあ問題ないわね。」
「一族の・・・ああ。こちらの方でしたか。なるほど良い波動を感じます。世界樹様そっくりですね。」
「何故か分からないけど太郎からも感じるのよね。私と同じ波動。まだまだ全然弱いんだけど。」
「それはたぶん私の影響もあると思います。」
「そっか、元々信仰していたモノね。」
「俺は何も信仰していないぞ?」
「一族の能力みたいなもので、遺伝されているから太郎には関係なくてもどこかで目覚めるのよ。たぶんこの世界に戻って来たから、眠っていた力も戻ってきたのね。」
「そろそろ力が切れますので、失礼いたします。」
「うん、元気でね。」
深々とお辞儀をした精霊が姿を消した。俺はウルクと呼ばれた兎獣人から種を受け取ったのだが、種をそのまま受け取ったので袋に詰めなおす。すると―――
「も、もう我慢できません。」
真っ赤な目から大粒の涙を流している。俺の手を握ると艶っぽい声で言った。
「男の人ですよね。間違いなく男ですね。男・・・。」
もう一人の兎獣人も俺に寄ってきた。目が真っ赤になって、何やら艶めかしい肌に見える。この状態になったら男ならだれでもいいのか。
スーが二人を引きはがそうとするがマナに止められる。
「兎獣人ってこうなったら止められないから早く通過したかったのよねぇ。スーも知っているでしょ。諦めなさい。」
「え、どういう事?」
「う゛ー・・・。」
俺は兎獣人の二人に身体をペタペタと触られて、服を脱がされている。袋を背負っているので上着を脱がす事が出来なかったが、下半身の一部は丸出しだ。こんなところで~。
マナが素早く周囲の草で俺と兎獣人の姿を隠した。
「とりあえず被害はここで収めておきましょ。」
「町に住んでいる兎獣人はこんなに激しくは無かったんですけどねー。」
「兎獣人の本能なんだから仕方ないわ。」
「もうただの煩悩ですよ。これ。」
ポチは興味もなく欠伸をしている。俺は―――
今はテントで寝ている。スーとマナが疲れ切った俺の身体を拭いてくれたので、なんとか綺麗になったが、アレが終わった直後は酷いものだった。身体中が体液でべちょぺちょで、服も洗って干してある。袋は何とか無事だったのが幸いだ。これ染み込まないよな?近寄ってくる他の兎獣人たちはポチが威嚇して追い払った。俺からたっぷり搾り取ったあの二人は満足しているようだった。本能って怖いなあ。
翌朝になると疲れは取れたが、追いかけてこようとする兎獣人たちを追っ払って森に逃げ込んだ。ここまでは追ってこない。町にも居た筈なんだけど、兎獣人ってこんなに恐ろしいのか。いや、なんかもう最後の一滴まで搾り取られるって感じだった。
「太郎も激しい日は激しいけどね。」
「俺を野獣みたいに言わないでくれ。」
「でも抵抗もしないで受け入れてましたよねー。えっちへんたいすけべー。」
こういう時の男の立場って、なんで弱いのかな。俺、被害者なんだけどなあ。兎獣人にとって男を見ると発情してしまうのは本能なので仕方が無いとして、これって男にとってパラダイスでは・・・いや、四六時中求められたら死ぬか。
「と、言うかさ。知ってたんなら教えてくれよ。」
「言ったらちょっと興味持ちそうだったから。」
「参りました、ごめんなさい。早く行こう。」
俺の腕にしがみついてきたスーが耳元で言う。
「今度は私達二人で搾り取ってあげますからね。」
絶句。
しばらくは安定した旅が再び続いた。夜は搾り取られなくてホッとしている。森の中では魔物が現れやすいと思ったがそうでもなかった。ゴブリンやオークといったメジャーな魔物はどこへ行ったんだろう。
「魔物だって食べなきゃ生きていかれないんだから、捕食相手がいないところに棲んだりしないわ。」
確かにその通りか。
それでも小さな虫やトカゲや蛙のような爬虫類を見かけるようになると、小川の近くでまったりと休んでいるドラゴンヴァイパーと遭遇した。一匹だけではなく何十匹もいたが、襲ってこないので放置する事にした。かなりきつい毒を持つ蛇竜との事だが、その鱗が竜の様に硬く、防具や武器の素材に使われることもあるのだとか。これらに詳しいのはスーであり、元冒険者だった頃の知識が役に立っていた。方向感覚にも自信があるようで、基本的には俺達の先頭を歩いている。
森を抜けると、大きな山が迫ってきた。この山脈の中間あたりに村があるらしいのだが、なんでこんな場所に村を造ったのか・・・昔の人の考えは分からない。木々も姿を減らし、林と呼ぶに不足するぐらいまばらに立っていた。森に流れ込んでいた小川の始まりの湧水が有り、山越えの前にしっかりと休むことにする。ただし、この辺りは大型の猛禽類がそこそこいるようで、夜になれば襲ってこないが昼間はかなり警戒が必要になる。
「夜でも飛んでるのはドラゴンくらいだしね。」
昼夜問わず襲ってくるのは野犬で、結構な数の群れにも囲まれたが、ケルベロスのポチが吠えると逃げていく。流石だ。
ゴブリンやオークとは遭遇しなかったが、山間のルートでマナとポチが何かが居るのが察知できても姿が見えず、出会い頭に襲ってきたオーガを返り討ちにしたのだ。相手はスーを狙っているようで、その後も何度か襲われ、殺さなかった事が災いとなって集団戦になってしまった。
「人の姿をしていると殺すのに抵抗があるのは仕方のない事ですけど、そろそろ慣れないと今後どころか、今すぐにでも苦労しますよ。」
スーは殺すつもりで戦っていたが、それを俺が止めたのだ。逃げて行くって事は敵わないと思っているだろうから、何度か追い返せばそのうち襲ってこなくなると思ったのが間違いだったのだ。気が付けば10体以上のオーガに囲まれていて、俺は殺しきれなかったが、オーガの持つ斧や大剣を破壊した。すると素手でも襲ってきたので、ついにポチが首に噛みつき、筋肉隆々の巨体が絶叫し、血を吹き出しながら絶命した。
乱戦になった。
個々の戦いとしてはオーガに負ける事は無いが、包囲された上に捨て身で突撃されるとポチはかなり不利だった。スーは一時的に空中へ逃げたが、同じ様に空中を追って来たオーガの体当たりを喰らって地面に叩き付けられた。火の魔法がどこからか飛んでくる。魔法障壁を張る暇が無かった俺は、喰らう直前にマナが張った草の壁に守られて難を逃れた。そのマナが周囲の草を一気に伸ばしてオーガの身体に巻き付けたが、力技で引き千切るとマナに向かって斧が飛んだ。マナの一番近くにいたポチが身体で受け止める。ポチの背中には斧が刺さって、血が流れる。
マナとポチの近くへ苦痛で顔を歪ませたスーが駆け寄ると、慌てて太郎の方を向く。この瞬間、斧を投げた腕が切り落とされていた。次に胴が二つに分断されると、勢いをそのままに首を刎ねた。オーガの身体はバラバラになると血を吹き出し、太郎の身体に降り注いだ。
この時の太郎は冷静だったが、相手を人として見なくなったことで冷徹になった。殺された恨みを晴らすかのように、ただ一人に対して集団で襲ってきたオーガを斬り殺していたのだから。
最後の一体は逃げた。追いかけようとしたところを今度はスーに止められた。直ぐにはスーだと気が付かずに振り解こうとしたら、全力で抱き付かれて止められた。
「ストップです。あいつは家に帰るでしょう。」
血だらけの姿に抱き付いたのでスーも血だらけになったが、今度はスーが太郎より冷静な声で説明する。
「これだけの数ですからオーガの棲家が有るはずです。逃げてもマナ様が察知してくれてますから場所は解ります。それにポチさんもケガしていますし、少し休憩しましょう。」
ポチの背中に刺さっていた斧はマナが抜いて、今はスーが常備しているポーションで治療している。回復魔法という高度な魔法は誰も覚えていないので、薬を使うしかない。
ポーションは塗るタイプと飲むタイプが有るが、ポチに飲ませるのは少々手間なので、傷に直接塗っている。傷は見る見るうちに塞がったが、血が渇いて体毛にこびり付いている。
逃げたオーガは進行ルートのすぐ近くにある洞窟を棲家としていることが分かったので、オーガの死体と血の臭いが充満するこの場所から離れ、進んできた道を幾許か戻る事にした。また襲われては困るし、血の染みついた服も着替えなければ他の魔物も呼び寄せてしまう。珍しくマナが寝ずの番をすると言ったので、今回ばかりはお願いして、僅かな平地に有る窪みにテントを張って夜を明かした。




