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第356話 鈴木太郎

 暗闇の中にあるテントは、そこそこ大きく、内部で火を使っても大丈夫な設計がなされている。そのテントの中には仄かな灯の中で人影が二つ。

 その影は微動だにせず、横たわるもう一つの影を見つめている。

 その影は時折奇声を発し、涙を流し、痙攣するかのように震えだす。


「な、なに・・・こんな病気、見た事もない・・・。」


 体温は高くなく、苦しむような表情をする事もあるが、それは苦悩に似ている。


「なんであんなに優しくするの。見捨てられないじゃない・・・。」


 袋を見る。テントの隅に置かれた袋は、どんなに頑張っても持ち上げられないし、開ける事も出来ない。中に何か有ればいいと思ったが、もう諦めている。

 寝息が聞こえると安心する。

 身体を触ると苦しみだすので触れない。

 どれぐらい経ったのだろう?

 何も食べていない。

 寝る必要もないから寝てもいない。

 鍋に残った僅かな食べかすを指でなぞり、くっついたモノを舐めている。

 心配だが暇を持て余す。

 気分を変える為ではなく、ただなんとなく久しぶりにテントの外を見ると・・・驚く光景に変化していた。


「なにこれ・・・この木は何?」


 それは、テントを設置したときに目印として植えた世界樹の苗だった。

 その横には小さな畑が有り、気まぐれで植えたトマトが実を付けていた。


「畑なんていつの間に作ってたのかしら・・・赤い木の実?」


 実を掴み、もぎ取る。

 今まで感じた事の無い、甘酸っぱい香りを感じた。

 身体が自然に動き、求めるように口に入れる。

 瑞々しさと美味しさを感じる。


「自分が人に・・・。」


 その姿は完全に人間の少女で、今まで無かった感覚を得ている。

 それが誰に望まれたモノなのか理解していた。


「わたしのかみさま。」


 まるで初恋をしている女の子みたいだと思った。

 横たわる姿を眺める。

 神ならばこんな苦しみが続くとは思えない。

 もっと強く、もっと優しく、もっと厳しく、もっと・・・。


「ほんとに、なんなの・・・。」


 その悩みは苦しみではなく、希望に満ちていた。

 ただ一つ望めないのは、横たわる者がいつ起きるのか分からない事だった。





「あれ、スーは?」

「スーなら三日前から見てないわね。」

「そっか、もうすぐ・・・。」

「太郎には絶対見られたくないでしょうしね。」

「捜さない方がいいかな?」

「それは好きにしたらいいんじゃない?」

「じゃあ、暫くしたらポチと一緒の墓に入れてあげようかな。」

「エカテリーナも喜ぶんじゃない。」

「いつか一緒のお墓に入れて欲しいって言ってたもんな。」

「ククルとルルクのお墓がちょっと大きすぎるのよねぇ。」

「まぁ、兎獣人達を全部入れてるから仕方ないよ。」

「・・・。」

「どうしたの?」

「自分の子供達が老衰で死ぬのって、辛いな。」

「そっちはずっと先じゃない、今から心配してどうするのよ。」

「そーだけどさ、なんか明日って遠くて近いなーって。」

「なによ、それ。」

「残念だけど私もいつかは枯れるのよ。」

「枯らさないよ。」

「ふふっ。」





 太郎は涙を流していた。

 もちろん気が付いていない。

 ずっと、見たくもない不安な未来の夢を見せられているのだ。

 それは、周囲から人が消えていく、確定した未来。

 世界樹が枯れるなんて想像も出来ないが、生きている限り終わりはある。

 それが俺には無い。

 それがとてつもない悲しみと苦しみを、いつまでも受け入れ続けるという地獄。

 不老不死なんて成りたいと思っている奴には教えてあげたいものだ。

 愛しい家族も、大好きな景色も、全てが失われる未来でも、生き続ける悪夢が有るという事を。


「ずっと泣いてるじゃない・・・。」


 赤い実を太郎の口に近づけてみる。

 ただ何となくした行為に、僅かな反応を見せた。


「た、食べたいのか・・・ナ?」


 唇にくっ付けてみた。

 太郎の口が何かを食べているように動く。

 その様子をもう少し見ていたかったが、嫌な気配を感じた。


「ちょっと待っててね、すぐ追い返してくるから。」





 周囲の魔素が消えたので、かなり自由に歩けるようになった。そして、今まで結界内に居た事で感じなかったモノを感じられるようになると、それほど遠くないところに自分と同じ魔力を感じた。


「私の分身があっちに在るわ。」


 指示した方向は瓦礫の山で、町が有ったんじゃないかと分かる程度に崩れている。生活用品なども散乱しているし、戦争の痕も有る。枯れ木もあるが、生きていなければマナの力でも生えてこない。種が有れば別だが・・・。


「マナ様、先に行かせてもらっていいですか。」


 スーが凄いやる気だ。

 本当に誰かを殺しかねない形相である。

 それは、世界樹の苗木の前に立つ人の姿が、こちらに悪意を向けていたのを感じたからだった。それを止める声が聞こえるより早く、スーは帯剣を抜きつつ飛び掛かったが、弾き返されたうえに、無数の何かの礫を全身に浴び、文字通り吹き飛んで戻ってきた。

 フーリンが回り込んで受け止めたが、服も肉も突き抜けて、全身から血を流している。苦痛に歪む表情で声にも出せず、スーは歯ぎしりして悔しがっていた。


「とんでもない魔力よ、立っているだけで怖いわ。」


 魔女が震えている。

 惜しみなく高級ポーションを使ってスーを回復させるが、傷は治っても、痛みはしばらく残り、植え付けられた恐怖は消せない。

 人の形をしているそれは、悪意に満ちた魔素を纏い、たった一体なのに、天使達を恐れさせ、魔女を震えさせ、ハーフドラゴンも純血ドラゴンも、思わず後退りさせるほどだった。


「くそ・・・何のためにここに来たのか分からないな・・・。」


 ミカエルとオリビアも、恐怖で震えていて、人型の何かから目をはなす事が出来ないでいる。

 マナとマリナともりそばは注意深く観察していて、一つ気が付いた事がある。


「あいつ、私の服を着てるわ!」

「って事は、確実に要るってこと。」

「パパを助けないとっ!」


 だが、周囲から負の魔素が湧き出るように侵食してくる。


「?!」


 突然の強風が通り過ぎると、魔素が霧散した。

 驚いたのはマナ達だけではなく、人型のなにかも、一瞬の弱さを見せる。


「正の魔素を含んだブレスだ。・・・ただの鼻息だがな。」


 ガッパードがドラゴンの姿になって先頭に立った。

 意味が無さそうで、とても意味のある強い鼻息が人型をも吹き飛ばしそうになったが、人型の後ろにある世界樹の苗木に阻まれた。


「あれはどうにかならんのか?」

「もっと近づければどうにでもなるけど。」

「なら行け。」


 他のドラゴン達が文句の一つも言わない。

 エンカとフーリンはスーを診ているし、他に動けるのは太郎の子供達ぐらいだ。それは流石にナナハルが許さないし、マナも子供に頼ろうとは思わない。


「ここは私の聖地よ、邪魔はさせない!」


 再び魔素で覆いつくそうとするが、今度はドラゴン達が協力して息を吐く。

 鼻息ではない。


「なんか私に似ててやり難いわ。」


 元聖女でトレントのもりそばが魔素の浸食を防ぐ結界を張り、マナとマリナにも結界で守ると、慎重に歩き始める。

 周囲の者達が見守っていると、何度も魔素の嵐に飲み込まれつつも、ドラゴンのブレスと、結界によって、近づく事が出来たのだが、そこには驚く姿と声が有った。


「あんた・・・私に似てるわね。」

「アンタにアンタなんて呼ばれる覚えは無いわ。」

「良い度胸ね、でも神様は渡さないから。」


 カミサマ?


「神様って、なによ。」

「私の神様。あんた達に関係ないわ。それだけの数を集めて近寄って来るのが精一杯なんでしょ?また吹き飛ばしてあげるわ。」


 魔素が濃くなり凝縮されると、小さな球が出来た。それが弾丸のようにマナ達に向かって襲い掛かる。一つ一つがとてつもない強度を持った暗黒球で、結界をも簡単に貫通した。もりそばが心配する。


「穴開いてるけど大丈夫?」

「直ぐ塞がるからダイジョブ。」

「ダイジョブー。」


 ドラゴン達が呆然としている。

 一部始終を見ていたが、暗黒球は服も身体も突き抜けると急激に減速し、ボトッと落ちている。開いた穴は確かに元に戻っている。だが、それは、人の姿をしていても人には見えない。


「あんた達も人間じゃないわね。」

「そんなの、最初から解ってるわ。」

「パパは返してもらうからっ!」

「パパ?」

「わたしのっ!パパっ!」

「残念。私の神様はこの世界を創る唯一無二。もう誰にも止められない。」


 禍々しくも穢れを籠めた負の魔素が、巨大化して大砲の弾のようになる。


「おい、流石にあれを喰らったらこっちにも被害が出るぞ!!」


 ガッパードが叫ぶと、メイリーンがマナ達の存在を無視して分厚い魔法の壁を作る。ファングールがエンカに向かって逃げるように伝えると、言われなかった者達までもが逃げ出した。

 必死なドラゴンの声が心の奥にまで響いた結果だ。


「そんな事したら洞窟まで崩れるわよ?!」


 暗黒球が更に大きくなる。

 凝縮している所為なのか、周囲の魔素濃度が一気に下がった。


「もらったわ!!」


 マナが自ら結界を押し退けて驚くほどのスピードで体当たり・・・するのかと思ったが、人型の横を通り過ぎで世界樹に飛び付いた。


「さすママ!!」

「なにやっ・・・て?!」


 世界樹が急激に成長した。

 それはマナが苗木に入って、取り込むと、魔素を吸い上げたからだ。


「ちょっとやめなさい、神様がっ!!」


 その時のマナは気が付かなかったが、近くにあった畑は太郎が植えた世界樹の苗木によって育てられたモノで、赤い実も取り込んで、畑も無くなった。

 それが、神様を守りながら戦っていた事で隙を与えてしまった自分に対する憎悪で、負の魔素が暴走した。

 姿は保っていたが、禍々しい魔素がオーラのように身体に纏わり付き、暗黒球を片手で掴んで世界樹に投げつけた。


「いただきっ!」


 世界樹からにょきっと顔だけ出すと、その暗黒球を口で受け止めて、そのまま丸呑みした。


「あんたバカなの?!」


 世界樹が葉の先まで真っ黒に染まり、茂っていた葉が一気に落ちた。

 根が地面をえぐるように伸びると、あっという間にテントを包み、太郎の存在を確認できた。


「返せっ!」


 魔素が世界樹に纏わり付いたが、張り巡らした根はどんどん太くなり、天井に向かって伸びる。


「太郎!起きて、太郎!」


 



 ・・・声が聞こえる。

 なぜか、とても懐かしい声だ。

 ・・・ってなんだ、同じ声が左右から聞こえるぞ。


「かみさまー!」

「たろー!」


 マナが・・・二人?!







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