第355話 突入作戦
「フィフス。」
「はーい。」
名前で呼ぶと返事をする。
なぜかお腹が空いたと駄々をコネコネするし、ペタペタと触るし、抱きついてくる。
なんか、マナみたいだ・・・。
「身体の事は知っているし、アンタが望むんならエッチな事してもいいよ。」
・・・。
「どうしてそういう思考になるんだ。」
「私がアンタの望みを反映した姿なのよ。」
ロリコンが確定してしまった。
まって、お願いだから誰にも言わないで。
もちろん、巨乳だって好きだよ。
「エッチな事考えてるでしょ。」
「・・・いいからそれ食べなさい。」
小さなコンロに小さな鍋で、ただの野菜のごった煮を作っただけだが、フィフスはスプーンを使ってかきこむ様に食べている。
「おー・・・、おぉー。」
「どうしたん?」
「美味しいの!」
またガツガツ食べて、お代わりを要求してくる。
ホントに精霊なのか、これ。
暢気に食事をしているが、ここは洞窟の深部。
そして、負の魔素の溜まり場だ。
食事をしている間に暗黒球が3個増えた。
「それにしても、この魔素はどこから湧いてくるんだ?」
「ココ。」モグモグ
「ここって言うけど、ここの場所の主にどの辺りなん?」
「ぜーーんぶっ!」
想像よりも大きい洞窟・・・というよりも巨大な空洞。
天井は暗くて見えない。
測ったところで意味もない。
街一つが埋まっていることを考えるとかなりの広さはあるだろう。
「魔素の乱れが激しく、今離れてしまうといつ帰れるか分かりません。」
というシルバの見解だ。
「それ以前に移動しようにも時間軸の乱れが酷くて、多分だけどちょっと横に移動したら、それだけで数百年ぐらい経ちそう。」
ウンダンヌの説明の方が怖い。
時間に取り残されてしまったら、もしかするとマナにも会えないかもしれないのだから・・・。
急激な寒気と恐怖感に襲われた太郎は、怒りと悲しみの感情が身体の中で激しくぶつかり、奇声を発しながら泣き出すと動かなくなり、力が抜けるように倒れた。
突然の出来事に、理解が追い付かない。
「え、なに、何が起こったの?!」
以前は元聖女の記憶を取り込んだ所為で動かなくなったが、今回はその感情の規模が違う。一人でさえ数多の記憶が交錯していた聖女よりも、更に多くの人々の負の感情が太郎の心に襲い掛かったのだ。
マナがいないことで、制御できなくなった魔力が暴走しているようにも見え、許容量を超えた膨大な魔素が、そしてその塊である存在が、太郎を苦しめている事に気が付いていない。
「ちょっと、あんたたちも何か言いなさいよ!」
シルヴァニードが辛うじて存在感を示していたが、ウンダンヌは一滴の雫が落ちて消えてしまった。どうすれば良いのか分からず、食べ残している皿を落として、太郎のおでこをぺちぺちと叩いた。
反応はない。
ついさっきも、突然泣き出したのを見ている。
その時にどうしていたのか、どうされていたのか、気持ちを落ち着かせると、考えるまでもなかった。
ただ抱きしめて、寄り添った。
太郎が目を覚ますまでずっと。
それが悪影響を与えている事を知らずに・・・。
周囲の魔素が少し薄くなり、影響が無くなったと感じると、今まで見えなかったモノが見えるようになった。それは別の魔素の流れも感じていて、まるで助けを求めるように漂っている。
「草木など一本も生えていなかったのに、ここだけ奇麗に生えているな。」
「間違いないわね。」
「マナ様がこの先に・・・。」
急激に周囲の魔素が減っていくのを肌で感じる。
身体が急に軽くなった様にも感じ、子供達がドラゴンよりも先を走って行く。
「ばーちゃんが見ててあげるから、安心すると良いよー。」
母親のナナハルよりも安心感が有り、子供達は文字通り突撃していく。追うように天使達も追随し、周囲の魔素を弱めていく。
「これは・・・天使の力じゃないな。」
魔素の減り方が異常なほどで、それでも小さな魔素溜まりを発見すると、暗黒球にして魔素を取り除いている。捜索隊は迷う事なく進み、小さな樹木を発見した。
「お父様?!」
メイリーンの声が少し甲高くなると、人型の男は子供達と天使に囲まれた。もちろん、そんなことで動揺はしない。驚いた声よりも低く冷静な声で返答する。
「おー、良くココまで来れたな。」
どこからともなく、ひょっこりと現れたのはマナとマリナだ。
「アンタたち、どうやってここまで来たのよ。」
「やっと会えましたー・・・。」
スーがマナに抱き着いた。
「こんな大きな甘えん坊は見た事ないわね。」
そう言って頭を撫でると、スーは人目も子供も気にせずに大粒の涙を流し、大声で泣いた。
「ちょっと、大袈裟過ぎない?」
「大袈裟どころではない、もう一年近く経っているのじゃぞ。」
「へ?」
「やはり、時間のズレが生じていたか。一年で済んだのは奇跡的だな。」
「そうだと思います。」
自称ばーちゃんが、再会を喜んでか、子供のような笑顔を作る。
その間にも続々と集まってきて、ドラゴン達が合流すると、ガッパードに挨拶をする。そのガッパードの頭の上にマリナが居て、なぜか器用に正座をしてこちらを不思議そうに見つめているから、いちいち視線を向けてしまう。
嫌なら怒る筈なのに、何も言わないという事は認めているのだろう。
「それにしても、これだけの天使が良く協力してくれたな?」
「鈴木太郎の所為らしいです。」
「・・・そうか。」
「パパ凄いねー。」
「親としてではなく、人としてならお前の親はよっぽど人望が有るらしいな。」
「まあ、太郎だしねー。」
スーを撫でながらマナが応じる。
もう一人の子供が、頭からびょんっと飛び降り、その鈴木太郎の子供達のところへ走って行く。
「みんなー、げんきー?」
危機感も屈託も無い明るい声で、子供達がキャッキャしている。
こちらはドラゴンとは別に合流し、フーリンとエンカがどちらに行こうか悩んでいると、子供達に引っ張られ、ナナハルと魔女二人は自然に輪に入っていく。
「天使達はこんな洞窟の中でも飛んで行くとはな。」
「あっ、そっち行っちゃだめ!!」
数人が木を超えて行こうとしたが、その木から発せられた何かによって阻まれた。
「なにこれ、世界樹の苗木をなんでこんなところに植えてるの?」
「なるほど、この先に太郎殿が居るのだな。」
オリビアが睨んだ先は、こちら側とは全く別の悪意に満ちていて、世界樹の発する力によって守られているのだ。
「ここから先は今まで感じた事の無いほどの負の魔素で満ちている。その者達の結界が無ければ、お前達がココにたどり着くのは数百年後になっただろう。」
険しい表情のガッパードに一同が息をのむ。
「そこでだ・・・。」
視線が集まる。
「何かまともな飯を食わせてくれんか。」
何を言っているのだろう・・・。
「お前達は美味い飯を食ってるだろ。」
「スー、持ってきた?」
既に泣き止んでいるスーが、ガサゴソと食材を取り出した。
「本当は太郎さんに食べて欲しくて持ってきたんですけどー・・・。」
「こんなところで作るの~?」
「わがままなおじーちゃんの為に作ってあげて。」
マリナがマリアから鍋を受け取ったようで、身体よりも大きい寸胴の鍋を軽々と持ち上げて寄ってくる。
「しっかりしてるわね。」
「まー、経理担当なんでねー。」
スーが意味不明な返答をすると、鍋置のブロックを積み上げている子供達と、寸胴鍋を10個取り出したマリアが、その鍋に創造魔法で水を注ごうとすると、止められた。
「マリアのは不味いから私が出すよ。」
久しぶりにショックな一言を受けたマリアだが、マリナの方が美味しいのかどうかは知らない。水のおいしさ勝負を挑んだのだが、結果は当然だった。
マリナが水を鍋に注ぎ、カレーのルーと、野菜やら肉やらを煮込み始める。
「リンゴしか食べてないから飽きたんだ、カレーなら大歓迎だぞ。」
「おじーちゃん、うれしい?」
「うむ。」
「やったったー!!」
一年近くは同じ場所に居たはずで、信頼関係というか、親密度というか、孫と子供のように見えて、メイリーンが不貞腐れている。
「お父様?!」
「ど、どうした?」
ガッパードが何やら小言を言われているが、それは無視して、警戒に当たっている天使達を戻し、みんなでカレー作りを手伝った。鍋が10個もあるのでそれなりに大変なのだ。
誰だ、10個も出したヤツは。
ドラゴン達は誰一人手伝いもしない。
眺めているだけだ。
「気持ちは分かるけど、あんまりおじーちゃんいじめちゃだめだよ?」
「・・・この子、誰!?」
メイリーンが睨んでも怯まない。
それどころか、にこにことして近寄ってくる。
そして、マリナをガッパードが抱き上げた。
「子供に嫉妬するでない。」
「子供って・・・こども・・・?」
「しっかり観察すると良いぞ、今この場を安全に保っているのはコイツとアイツの二人だからな。」
マリナとマナの事である。
「うそでしょ・・・こんなの・・・?」
エッヘンとしているが、可愛いので許されている。
「なんでこんなに魔力が有るの?」
「負の魔素を少しずつ吸収していたらしい。」
「私も吸ってたけどねー・・・マリナには勝てないわ。」
抱き上げたマリナを降ろしてから何かに気が付く。
「そういえば忘れておったが、出さなくてよいのか?」
「あー・・・忘れてたわ。」
「あたしもー!」
多少は成長している世界樹の苗木に二人が近寄ると、手を突っ込んで、何かを引っ張り出す。
「なーに、寝てたんだけど。」
「いつまで寝てんのよ。」
「みんなきたよー!」
「えっ、えっ?」
人がいっぱい居る事に驚いていて、暫くは茫然と眺めていたが、自分を取り戻すと、あらためて状況の確認をする。
そして、もりそばを名乗る人型の生物に説明したのがガッパードだったので、ドラゴン達が驚いている。
「へー、そんなことが有ったんだ。」
「ああ、予定より早くて助かったな。」
「それで、あのドラゴン達は何で居るの?」
「助けに来た・・・んだよな?」
メイリーンが頷く。
「それで1年近く経ってるって、大丈夫なの?」
「何がだ?」
「太郎よ。」
「・・・大丈夫だろ、あの時間の中をスイスイと歩いて行ったのだ。」
「まぁ、そっかー・・・。」
鈴木太郎って何者なの?
「メイリーンよ。」
「は、はい。」
「我らは鈴木太郎が戻ってくるまでここを動くつもりはない。あの男に全てを賭けたのだからな。」
子供が3人、うんうんと頷いている。
なんなのこの子達・・・。
「じゃあ、私が作った結界って・・・無駄?」
子供が3人、一回頷いた。
それを見て魔女がしょんぼりしている。
魔女ってこんなに卑屈だったっけ?
そんな事よりイイ匂いが漂ってくる・・・。
「カレー出来ましたよー。」
お父様が・・・カレーに・・・。
天使達が列になって鍋の前に並んでいて、既に手には皿を持って待機していた。
ちょっとそのお皿をばーちゃんにも下さい。
お父様が並んでいるのに、ドラゴン達が守らないなんて駄目だよねぇ。
「なんでこいつら、こんなに暢気なんだ?」
「さぁ・・・?」
「早く並ばないと無くなってしまうのでは?」
いつの間にか用意されているイスとテーブル。
折り畳み式だからすぐ設置できると・・・。
鈴木太郎の考案で作った?
気に成りますね、鈴木太郎。
もぐもぐ。
■:フィフス
太郎が命名した負の魔素の精霊
存在が同じというだけで、正確に聖霊かどうかは謎
太郎を見て一目惚れした
太郎の事を神様だと思っている




