第354話 5体目の精霊の名は
オリビアが突入作戦に参加して二日が経過した。
最初の吉報は三人の発見で、エカテリーナは喜びと驚きをもって迎えた。
「スーさんがあんなに大声で泣いてる・・・。」
再会を喜んでいるワケではないのくらいは分かる。
ナナハルさんも表情は暗い。
全く変わらない様に見えるのは魔女さんだけ。
・・・唇の端を噛んでいて悔しそう・・・?
何もしていないと辛いので、今日も朝から料理と給仕をしているエカテリーナは、三人を労う為に精一杯の料理を作ったが、その口は堅く結ばれていて、食はなかなか進まなかった。
「髪はボサボサ、服はボロボロ、病気ではなさそうだが、あんな真っ暗なところに一年以上も何をしていたのだ。」
その疑問はミカエルの口から発せられた。
回答を得るまでに数分を要したのは、誰が答えるのか牽制した結果である。
「太郎が戻って来るのを待っていたのじゃが・・・一年も経っているとは。」
スーの持っている保存食で何とか腹は持たせたが、長く居るという事は、ここで生活しなければならないという事であり、洞窟内で雨が降る心配は無いので、廃屋を改造して居住スペースを作った。
もちろん、最初は反対だった。
こんなところに住みたくはないし、待つにしても数日ぐらいだろうと思っていたからだ。そもそも食糧もそこまで用意していない。
それが、体感的に三日が過ぎても、誰一人戻ってこず、それどころか見た事の無い黒い毛に覆われた獣のような魔物に襲われるようになった。
魔物に負けるような軟な者は一人もおらず、来るたびに全て撃退していたが、さすがに何度も来ると面倒になった。それが家を作るきっかけとなったのだった。
魔女の神気魔法で水や食料はある程度確保できるが、保存食は直ぐに無くなった。涙ながらにとっておきの燻製魚も食べきってしまい、魔女の作る不味い野菜スープしかなくなってしまった。
「魔物の肉が食べられるかどうかは問題ではなくてな、もう肉なら何でもよかった。」
ナナハルの目が遠くを見つめている。
時間の感覚が無くなり、疲れたら交代で寝て、起きたら魔物を警戒しつつ倒して肉を得る。堅くて苦くて、不味い。それがどれだけ続いたのか分からない。服を着替えるという思考も失い、ただ戦い続ける三人の希望は唯一太郎だけであった。だが、魔物を一掃する輝く炎を見た時、三人は泣きながら笑った。
-助かった-
それが太郎ではない事。それが自分達以外である事。
そして、この無限に続くかのような地獄から逃げたという自分達の情けなさに。
話を聞いているだけで涙が止まらないエカテリーナが嗚咽を漏らすと、ミカエルがその頭を優しく撫でていて、三人はそれを見るだけでとても辛かった。
「砂利のような触感の肉を食べるより辛いなんて事がこの世にはあるものなのよね。」
スーとナナハルは無言で、心の中で同意している。捜索隊に参加する意思を示したが、自称ばーちゃんのドラゴンに「邪魔になるから」と言われ、休息する事を拒否できなかったのである。
「出口を自力で発見出来なかった原因は分かったわ。」
魔素の流れが不安定で、時間的感覚と、方向感覚、それに、どこからともなく現れる謎の魔獣。
「負の魔素の発生源がどこかに在るのは分ってるのだが、そこまで進むだけの力が私達にはなかったのだ。」
「完全に力不足ですー・・・。」
顔が完全に疲労に染まっていて、これ以上は聞き取るのに時間がかかると判断し明日にすることにした。食事もそこそこに半分以上を残し、単純に休めと言われても、彼女達は用意された部屋に数時間ボーっと何もせず、ベッドに座って小一時間経過し、横になって半日寝る事が出来なかった。
いつも通りに戻ることは無いにしても、活動可能な状態になるのに三日を要し、スーに至っては一週間を必要とした。
ただ、突入した者達の報告を聴く時は無理にでも出席したのは、彼女達の矜持がそうさせたものであったのかもしれない。
突入組はメイリーンを先頭に、どんどん奥へと進んでいた。
正確には進んでいるつもりであった。洞窟の入り口が開いてから、定期的に魔素の風が吹き、そのたびに方向感覚をズラされ、バラバラに行動すると迷子になって帰れなくなる危険性を考慮し、集団で移動する事にした。
その所為もあって、スー達を発見したキャンプ地を拠点として、各方向を目指しているが、遅々として進まなかった。
現れる魔物はドラゴンにとって敵ではないが、それでもしつこいぐらい現れる時もあって、体力よりも精神を削られる。
「さすがのばーちゃんもこんなに来られると困るよぉ・・・。」
そう言って一時の休息を求めていたのだ。
メイリーンが休息したために、エルフ達を連絡役として、広範囲の捜索をドラゴンが率いる、ブロッグーン、バロッグーン、スフィアの三部隊に分けていたが、その初日にいつまでも帰ってこなくなる事件か発生し、今はスフィアが天使達を率いて連絡役になっている。
「アンタたちの言ったとおり、瓦礫だらけだったよぉ。」
休憩しているメイリーンに提供した料理はカレーで、エカテリーナが作ったものだ。それを美味しそうに10人分ぺろりと平らげ、コーヒーの湯気を顎に当てて満足そうにしていた。
「・・・おばあちゃん・・・?」
「そーだよ、ばーちゃんだよお。」
しばらくもじもじしていて、きょろきょろと周りを見て落ち着かない。
「遠慮しなくていいよ。」
うながされ、思い切って声を出す。
「た、太郎様は・・・。」
「たろう・・・?」
メイリーンの目的は自分の父親を見付ける事であって、鈴木太郎の事はすっかり頭から無い。しかし、心配する気持ちは同じだ。
「あの三人を見付けてからは何も新しいことは無いねぇ・・・。」
自分の父親だって見付けられないのだから、今はただの連絡待ち状態である。
「あの場所はドラゴンのばーちゃんでも居るだけで疲れるんだよぉ。その三人が生き残ってたのが不思議なくらいだからねぇ。」
同席しているナナハルが小さく頷く。
マチルダはマリアと再び会えた事を喜んでいて、二人で村に帰っている。すぐに戻って来るらしいが、報告しなければならないこともあるようで、魔女としての立場と、一国の将軍としての立場もあり、マチルダは少し面倒に感じている。
スーはというと、今でこそエカテリーナの手伝いをしているが、部屋から出てくるまでに三日かかっていて、その間は殆ど寝ていたらしい。
そう説明していた時の目は真っ赤になっていたので嘘なのは直ぐに分かるが、実際は悔しくて泣き続けていた。しかし、分ったところでエカテリーナには何もできないのだ。
それからミカエルとオリビアも捜索に参加することになった時、戻ってきた魔女二人とナナハル、それに太郎の子供も参加し、スーも気合を入れなおして参加した。
子供が付いてくる事を不思議に思ったメイリーンが訊ねる。
「そんな子供たちまで参加するのかい?」
「二人いれば天使一人に勝てる程度には強い。」
「へぇ~、若いのに凄いねぇ。」
こちらは十分に休息したメイリーンで、ミカエル含む天使達とエルフでは唯一参加するオリビアと、更にフーリンとエンカを加えて、戦力で言えば大きな島を水没させてしまいそうなほどの過剰戦力に見えた。
リファエルとエルフィンは最初から参加しておらず、当初は参加していたエルフ達も居残り組で、うどんとツクモとエカテリーナも居残り組である。
居残り組には街とは別に作ったキャンプ地に、まだ足りない宿舎を建設する仕事が続いている。太郎の村とは違い、ここでは雪も降るのでなかなか作業が進まないのだった。
「天使がこんなに積極的に協力するなんて、ばーちゃんの知らないところで何かあったのかねぇ。」
そう呟いただけで回答は求めていない。ミカエルも言えば笑われそうな気がするので言いたくないという事情もある。
それだけに、メイリーンは鈴木太郎という男について少し知りたくなっていた。
ドラゴンが集まればハーフドラゴンは黙って見ているだけで、意見は言わない。言いたいことも特に無く、全力で魔物を排除することに専念していたが、それにしても多すぎて疲れる。食べれはするが不味い肉を回収するのも嫌なのだが、明らかに食糧不足になり始めていて、集まった数だけで200人を超えているのだから、魔女や天使達の協力はとても助かる。
「俺達ドラゴンだけでも十分だろ。」
と言っていたのは最初だけで、最も面倒な食糧を無償で提供して貰っているのだから、文句も言えないと、メイリーンに窘められている。
洞窟内でも休息可能な場所を魔女の膨大な魔力で結界を張って作り、少しずつだが、安定した探索が可能になっていた。そして、それを最初に見つけたのは洞窟内の魔物と戦えるほどに成長した子供達である。
「こんなところに草が生えてる!」
目が覚めると、不思議な布で覆われた部屋のような場所にいた。ふかふかとした感触にぬくもりを感じる。
「ここどこ?」
「場所は移動してないよ。」
きょろきょろと周りを見ている。
狭いが屋根も有り、ランプのようなものがぶら下げられていて明るい。
「これ、テント?」
「テントを知ってるんだ?」
「知ってるけど、今の状態で見るのは初めてかなあ。」
昔の記憶がいろいろと混ざっているというのは、元聖女で今はトレントのもりそばと同じだ。
「もりそばと同じ・・・。」
「もりそば?」
「いや、何でもないんだけど・・・なんで、女の子の姿になってるの?」
「へ?」
自分を見てビックリしている。
ペタペタと触っている。
「うそ・・・なんで・・・姿が変えられない。」
もちろんというか、もう驚きもしないけど、当然のように全裸で、背丈はマナとあまり変わらない。袋からマナの服を取り出して着るように言うと、素直に従った。
「ねぇ、お腹空いたんだけど。」
「お腹空くんだね。」
「分らないけど、そういう感覚が有るのよ。抓ると痛いし。」
そう言って自分の頬を抓っている。
ちょっと強すぎないかな、血が出てるんだけど。
「なにこれ、血?」
「やり過ぎだよ。」
抓るのをやめさせ、頬に付いた傷を見ると、それほど深くは無いようだったので、血は直ぐに止まった。というか、傷も消えた。
「この中の魔素がすごく気持ちいいんだけど、なんで?」
「水魔法で結界を張ってるのと、この木の所為かな。」
部屋の真ん中に植えられている小さな木が僅かな輝きを見せる。
世界樹の苗木でも植木鉢に植える程度の小さなモノで、それほどの強い力はない。ただ、この植木鉢の土は太郎が創った泥水で、水分をウンダンヌに取り除いてもらっている。その所為か、少しキラキラするようになったのだ。
そのウンダンヌがにょきっと現れると、人の姿になったもやもやを指して言った。
「これ、私達と同じ聖霊になってるんだけどー。」
「精霊?」
更にふわっと現れる。
「姿が変えられないのは、本人の意思によるものです。」
「私の・・・意思?」
「・・・って事は・・・魔素はどうなるの?」
引っ込んだ。
分らないよね、そうだよね。
「ねえ。」
「ん?」
「記憶の所為で、いろんな名前で呼ばれてて分からないのよ。何か呼び名決めてくれない?」
とんでもない事を突然言われると困る。
困るけど、確かに名前は無いと困るよね。
「ねぇ?」
「ちょっと、待って。少し考えさせてもらっていい?」
時間が無い訳ではないが、長居したい訳でもない。
ここに居るのはこの子が・・・たった今精霊と成ったらしいこの子を守る為に作った簡易テントであって、帰れるのなら地上に、あの村に帰りたい。
帰りたいという気持ちが胸の奥から湧き上がってくると、今度は太郎が泣き始めた。
急に襲われる寂しさに耐えられないのだ。
「・・・なんで、なんでこいつを見てると・・・愛してしまいそうになるのかなあ?」
自分でも理解できない気持ちに、困惑していた。
そして、名前を決めたのはそれから数時間後であった。




