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第351話 残酷な時の流れ

 あれから半年が経過した。

 太郎と一緒に行った者達は誰一人として戻ってきていない。

 三ヶ月ほど前から天使達が編隊でやってきて、周辺の捜索を始めている。

 フーリンやエンカだけではなく、ピュールも来た。そして見た事のない姿もちらほら現れ、今の町は天使達に占拠されているような状態になっている。

 カラーやワイバーンも忙しそうに働いていて、町の人達も大忙しだ。

 取り残されたワケではないこの町のエルフ達も、太郎の村からやってきたエルフ達と合流し、畑の拡張や家の建設などに従事し、太郎の村で使われている技術が次々と流れ込んできている。

 ここでの食糧生産能力が限界に近くなっていて、魔法袋を持っている天使のオトロエルに運ばせていたが、今はうどんが畑の生産力を底上げしていた。


「なんか、たった半年で変わってしまったなあ。」


 町の住人の声は、町を占拠していた天使達の住居を造る為にやってきたエルフ達によって、さらに劇的に変わっていた。

 ただし、迷惑は出来る限りかけない。

 太郎ならそうしただろうと、あの村に住む者はみんなそう思ったからである。

 さらに一ヶ月が経過すると、母親も父親も失ってしまった子供達がやってきた。

 ハルオが困った表情でフーリンに相談している。


「心配するのはお父さんとお母さんを信じていないって思われちゃうけど、毎日さ、何となく塩味の濃いご飯を食べるのもつらい。」


 母親のナナハルも帰ってこなければ、子供達の相談相手はフーリンやダンダイル、母親の妹のツクモになる。比較的仲の良いトーマスに相談しても、オリビアに意見を求める事になるので、変わらないのだ。ミカエル達天使はすでに行動を開始していたので、相談することができなかった。

 村では料理専門、太郎達の家事全般を担当をしていたエカテリーナもこの地を訪れていて、それに驚いたうどんが数ヶ月ぶりに人の姿になった。それは彼女を抱きしめる為だった。


「それにしても、太郎殿はどこへ行ったのだ?」







「お、おい・・・何を・・・。」


 ガッパードが肩を掴んで止めたが、指先はすでに境界の外だ。


「な・・・なんだと・・・何故、変化しないのだ・・・。」


 絶句に近い驚きの声と、無理矢理絞り出した声でむせた。

 何度か咳き込むと、マリナがよしよしとばかりに背中をさする。


「説明は、しないよ。」


 区切った言葉は、力強さを感じるが、その表情には余裕がない。

 ドラゴンである自分が、只の人である者に雰囲気で負けを実感した時だった。

 それは決意の表れでもあり、そのまま歩いていく太郎の背を見送る事しかできない歯がゆさは、残してきた三人と同じ気持ちだろう。

 

「寿命が有る者だと出られない。」


 その言葉は、太郎にだけ深く突き刺さる。

 マナも気が付いていて、何も出来ない自分を悔しく思いながら、その上で黙っているのだ。

 何故、これほど悲しい表情をしているのか。

 自分でも分からないほど複雑な感情と戦っている。

 太郎の背中が離れて行く・・・。

 自分が泣いている事にも気が付かずに。


「ここまで来て何もできんとはな。」

「命が有るって重要だったのね。」

「何を当たり前のことを言っておるんだ?」

「だってさ、いつも死んでいる人を見送っていたから、生きている人を見送る側になるなんて思いもしなかったのよ・・・。」


 マリナが見つめてくる。


「あなたも私と同じ存在よ。太郎と違っていつかは死ぬの。」


 太郎が創り出した存在ではあるが、彼女は植物から作られている。

 基本がトレントのような存在であるから、いつかは枯れる。

 もしかしたら、世界樹(わたし)より寿命は短いかもしれない。


「アイツは一体何者なんだ?」


 それは自然な疑問だろう。


「スズキタロウは鈴木太郎よ。それ以上でも、それ以下でもないわ。」

「そういう意味では・・・。まあ、いい。そもそも世界樹と同じ場所に居るということ事態が異常なのだ。」

「そうね、本来は敵だし?」


 マリナが悲しい表情をして呟いた。


「おじーちゃん、敵・・・なの?」


 目に涙を浮かべて見つめてくる。


「うぐっ・・・。」


 純粋すぎる瞳に、威圧されたワケでもないのにたじろぐ。

 それを見てケラケラと笑い出したマナは、少しワザとらしかったが、ガッパードはその意を汲んだ。背の低いマリナに合わせてしゃがみ込み、手招きをする。

 とととっと、小走りで駆け寄ってきた頭を撫でる。


「敵ではない、今は良き理解者だ。」

「えー・・・。」

「不満・・・か?」

「おともだちっ!」

「え、あー、うむ。そうだな、友達だ。」

「やったったー!」


 両腕を上げ、ぴょんびょんと跳ねて喜ぶ。

 純粋なのか、無垢なのか、それとも全てを知っているのか・・・。


「言っとくけど、マリナは私より怖いかもしれないから。」


 色々な意味で。


「こわくないよー?」

「あ、ああ・・・。」


 子供のようなマナと、子供のマリナに変な目で見られ、なぜか汗を流すガッパードであった。

 そして、いまさらながらに気が付く。


「それより、私達って戻れるの?」

「あの男が戻ってこなければ、ココで生涯を終えるだろうな。」

「暢気ね。」

「この木が大きくなれば何か変わるかもしれんが。」


 マナが自分の分身に話しかける。


「アンタ、いける?」

「無理だって。」

「負の魔素ばかりじゃ無理よねぇ。」


 普通の人なら、例えばスーなら普通に、魔女ぐらいでも絶望するレベルであるが、ここにいる者達はなぜか暢気であった。

 そもそも危機感が無く、太郎が帰って来るのを信じているのが理由ではなく、どこに居てもいつもと大して変わらないからだ。少し寝てれば数十年ぐらい経過してしまう者達の常識である。

 雨が降る心配もない洞窟内で待つことにした。






 暗闇の中を進む。

 だが、仄かに明るい。

 足元と、その少し先が見える程度だが、走らなければ困らない。

 頭の中では、異世界に来る前に聞いた流行曲がエンドレスで流れている。

 どこへ進んでいるのか。

 どこまで進めばいいのか。

 何故か不安はない。

 自分の進むべき方向を知らないのだが、自然と足は向かっていた。


「一人ではないですよ。」

「ねー。」

「・・・。」


 返事をしない太郎は、聞こえていなかったのではなく、ただひたすらに歩いていて、返事をする事を忘れていただけだった。

 精霊の二人も何も言わなくなったが、周囲の警戒は強く、僅かな揺らぎにも反応して攻撃態勢をとっている。

 シルヴァニードもウンダンヌも、寿命は無い。

 だから太郎について行けたのだが、もしあの時に太郎が消滅してしまったらどうなっていたのか?

 それは、次の候補者のところへ移動するか、そのままふらふらと存在を消していくか・・・。精霊なので、困りはしないのだ。

 だが、二人は今の適格者をとても好いていて、離れたくない気持ちが有る。

 その為に全力を持って守ろうとしているのだった。


「見える?」


 どれだけ歩いたのか不明で、どれだけの時間が経過したのかも不明なその時、問いかけられる。


「見えます。」

「あの、赤黒い揺らぎは何?」

「解りません。」

「だけど、凄く凝縮された魔素なのは間違いないわ。だけど・・・。」

「そうですね。」


 意味深な会話をする二人。


「あの揺らぎ、私達に似てるんです。」

「精霊ってこと?」

「存在で言うとそうなりますが、負の魔素で創られた精霊の存在を私は知りません。」

「知らないわねー。」

「悪意は?」

「存在そのものに問題が有りますが、原因である可能性は凄く高いです。」

「真っ黒い球がいくつも浮いているんだが?」

「あれは天使達に見せてもらったものに似ていますね。」

「あー、暗黒球だっけ。」

「はい。」


 その時、強い揺らぎが発生し、強風となって襲い掛かってきた。


「え?」


 何かに気が付いたシルバだったが、反応は無い。


「シルバが消えた・・・。」

「いるよね?」

「う、うん。」

「なに、今の?」

「わかんない。」


 精霊が分からないのなら俺に分かるはずもない。

 確かに消えたのだが、存在は感じる。

 何か、必死に訴えかけてくる何かを感じるからだ。

 揺らぎは何事も無かったかのように消えていて、黒い球が残った。


「魔素が負に変えられた場合って、精霊はどうなるの?」

「どうなるって・・・そりゃあ・・・あっ!」


 消えた理由は分かっても、相手の攻撃してきた方法が分からない。

 これでは何もしないまま消されてしまう危険性が有る。


「魔力量は負けてるけど、守るだけならなんとかできると思う。」

「魔法で水の障壁でも作る?」

「ううん、創造魔法の水で物理障壁を作るの。」

「それで守れるんだ?」

「魔素を通さなければ、謎の攻撃だって届かないはずよ。」


 ウンダンヌの言葉に信頼を感じ、太郎が水を創り出すと、それを操ってウンダンヌが周囲に水の壁を作る。何か揺らぎのようなものが見えるが、水の障壁が僅かに揺れただけだ。

 あの赤黒いモノは、何が目的なのだろうか?

 そもそも意思が有るのか?

 揺らぎは更に濃くなり、周囲の流れが外に向かって行くのではなく、その揺らぎに集まっていく。一瞬、ウンダンヌが消えかかったが、太郎の身体の中に逃げ込んで助かった。気が付くのが遅かったら、本当に一人になったかもしれない。


「やっと気が付いてくれたのね!」


 揺らぎから確かな言葉を感じた。

 それは音波となって太郎の耳に届いたのではなく、念波として感じた。

 まるで脳内に直接打ち込まれているような、気持ち悪い感じだ。


「あたまいたーい、むりむりむりむりむりむり・・・。」


 ウンダンヌが消えた。

 水の障壁は残っているので、存在は消えていない。


「気が付いた?」


 揺らぎが移動すると、人の姿へと変わる。


「神様に見つけてもらうのをずっと待ってたのよ。」


 ずっと待っていた?

 どういう事だ?


「ここにこれたのならあなたは神様・・・だよね?」


 頭と耳が壊れそうに痛い。

 だが、太郎はとても丁寧に答えた。


「俺は神様じゃないよ。」







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