第349話 ドラゴンとトレント
「あの・・・トレントですよね?」
「・・・。」
「お噂は聞いております。」
「・・・。」
少し冷たい風が吹く。
集まった男女は私の周りに立って縋るように見つめていた。
「お願いします、私たちもオリビア様の居る村に住まわせてください。」
うどんは振り返ったつもりだったが、彼らには分からない。
木に成っていた事に気が付いて、姿を変える。
「私の一存では決められませんよ?」
太郎様は、お願いされると断りにくい人だと知っている。特に困っている人達なら種族なんて関係ない。そして見返りを要求することもない。もちろん、例外はあるけど。
しかし、勝手な事は言えないのが私の立場だ。
村では自由にさせてもらっているけど、私には私なりの節度はあるのだから。
「昔はな、この辺りも結構栄えてたんだぞ。」
「パパの村ぐらい大きい?」
「もっと大きいぞ。今の魔王国よりも大きいからな。」
「すっごーい!」
太郎の村のことは情報として知っていたが、規模なんて知るはずもない。
村というのだから小さいだろうぐらいである。
「今のように獣人などはほとんど・・・?」
あの頃に獣人なぞ居たか・・・?
「どうしたの?」
「そう考えると、獣人っていつからいたのだ・・・?」
独り言のような疑問に反応したのは一人だけだ。
「少なくとも私が生まれる前にはいたわね~。」
マリアがそう言うと、もりそばも考え込む。
「その昔に一族を名乗る普人の集団が存在したわ。確か・・・ススーギン?」
「あー・・・その名前、スズキタでもススキダでもないんだ?」
「もしかしてギンギールと関係ありますかねー?」
「ギンギールは滅んだのではないのか?」
「ギンギールは滅んでいますが、今は私と同じ猫獣人ぐらいしか住んでませんねー。思い出してみると、他の獣人はあまり住んでませんねー。」
「やはり、あの日から少しずつ変わっていったのだな・・・。」
「あの日ってなーに?」
「それはな・・・。」
ガッパードは膝に座るマリナを優しく抱きしめると、喜んでいる感じだ。
そして、ゆっくりと語り始めた。
長き戦いは終わった。
しかし、聖女を失い、希望を失い、生き残った者達の飢えと絶望は続いた。
英雄はいない。
力ある指導者もいない。
人以外の生物も少なくなったが、それは魔物も少ないということで、多少の安全を確保できるようになると人々は少しずつ互いを避けて生活をするようになった。
小さな集団が幾つも現れ、村と成り、町となったが、大きくなると人々は争いを始めてしまう。
それを嫌っている人達が離れ、別の村や町を作る。
アルカロスが滅びて数百年余・・・。
世界は再生を始めていたと、この頃は思っていた。
だが、最悪の厄災が待っていた。
各地で魔素が溜まり、原因不明の嵐が発生した。
嵐だけではなく、山が火を噴き、大地が揺れ、発生した地割れに全てが吸い込まれてゆく。
私の住む土地にも魔素の嵐はやってきた。
山の中に穴を掘って空間を作り、逃げてきた人々を守った。
彼らは感謝していたが、食べる物も生きる術も失っていて、更なる助けを求めてきたが、助けられなかった。
既に大地は荒れ、嵐は続き、食糧不足による飢えに苦しみ続けた。
そして、それは私も同様だった。
体力の無い者は力尽き、人が人を食べるという悍ましい光景も見た。
人々は次第に数を減らし、穴蔵生活にも限界が訪れようとしていた。
「聞いているだけで気分が悪くなるのぅ。」
「事実を話しているに過ぎん。」
「でもねー、なーんか、その話を、知っている気がするのよねぇ・・・。」
「聖女は知らんはずだが、トレントなら知っているかもしれんな。」
「あっ・・・なるほど。」
膝に座ったままのマリナが上を向いたり、もりそばを見たり、忙しそうにして落ち着かない。
「つづきはー?」
「続きは私の出番ね?」
「わー!」
マリナがぱちぱちと手を叩く。
警戒を忘れないファングールとナナハルとマリア。
俺とスーは食べた後の片付けをし、もりそばとマナがポチを背もたれにして座ると、ガッパードの語りが再開された。
現れたのは謎の生き物。
人ではあったが、人とは何かが違う。
人の姿をした何か・・・。
「何者だ?」
「私は人ではありません。あなた達を助ける事ができると思い、やってきました。」
「どうかな。お前も避難しに来たのだろう?」
「その通りです。」
「人ではないが女のように見える。そして男のようにも見える。どっちなのだ?」
「今はそのどちらでもありません。あなたが望めば男にも女にもなりましょう。」
飢えに苦しむ者達にとって意味の無い会話が続いたが、現れた人型のなにかは大量の食べ物を出した。身体から浮き出てくるように現れたのは果物のように見えるが、食べても良いモノなのかの判断はできない。しかし、飢えに苦しむ者にとって、食べられそうに見える果物はとても魅力的だった。
山積みにされるほど大量に出てくる赤い木の実。甘い匂いが誘う。それを見ているだけに耐えられない者が一つ手に取り食べた。
「なんだこれ・・・瑞々しくて甘くて、すごく美味しいぞ。」
その言葉に人々が群がり、次々と手に取って食べていく。
僅かに生き残った者達にとって食欲を満たせるという希望が叶えられたのは大きい。
薄汚れたローブを一枚身に纏っているその者は、にっこりとほほ笑んだ。
「お前、少し小さくなっていないか?」
「魔力を消費しましたので。でも、外は魔素が荒れ狂う大地。根を張って吸収すればすぐに回復します。」
「まるで植物みたいなことを言うのだな。」
「植物?・・・そうですか、植物ですか。」
「植物を知らんのか?」
「急激な変化で歩いたり喋ったり出来るようになりましたが、数日前まではソコに居ましたよ。」
指で示したのは外。
僅かに残った樹木は一番大きかった木が無くなっていた。
「そうか、赤い木の実が生る木だったのか。」
「この種を植えれば、安定した食べ物の確保が容易になります。」
それは残された木の実の種ではなく、別の種だった。
残された種は人型の植物によってすべて回収され、代わりに手渡された種を見つめている。
「これは、俺達の村で植えていた野菜の種じゃないか。」
「本当だ。でも、植えるにしても道具がないぞ。」
「道具ならとってきてやろう。」
「特に必要ありませんよ。等間隔に並べて植えていただければ生やします。」
理解できないのは誰も同じだったが、言われるがままに作業を終えると、不思議な事が起きた。地面からにょきにょきと芽が出て、伸びて、膨らんでいく。
「生えて・・・実がなったぞ?!」
「俺の村で植えていたトマトだ。また食べれるなんて・・・!」
「料理したいな・・・。いや、肉も欲しいが・・・。」
少し悲しい表情をする。
「すみませんが、肉は無理です。」
「肉なら・・・アレが有るじゃないか。」
「何か知っているのか?」
その者はなぜかこう呼んだ。
「ガッパード様。」
と。
それが定着し、名前となるまでに時間はかからなかった。
何故そう呼ばれたのかという疑問は捨て、話を聞く。
「ガマガという魔物が沼地に棲んでおりまして、弱いくせに凶暴な生き物なんです。」
「ガマガ?」
「放置しておくと作物を食べられ、すぐに増えるので間引いているのですが、それが癖のない柔らかい肉なんです。あまり美味しくはないのですけど。」
「贅沢は言えんな。」
「はい。」
それよりも、目の前の謎の人型植物には名前がなかった。
「おぬしは名はいらんのか?」
「ギンギールではトレントと呼ばれていましたが。」
「ギンギール?この嵐でも生き残っておるのか。」
「どうでしょう・・・?」
ギンギールはアルカロスとは別に発展した国で、当時に聖女や勇者は存在しない。
独自の文明を持ち、アルカロスと比べれば無視できる程度に小さいが、今では唯一の大国である。それでもこの魔素の嵐によってかなりの被害を受けていて、滅亡寸前ではあるが細々と生き残っていた。
ギンギールは元々アルカロスに住んでいた者達の一部が移り住んだ土地で、聖女や勇者とは別の、自然生物を信仰していた。それはシルヴァニードやウンダンヌという精霊も含まれていて、サラマドーラやグーノデスの方に信仰は傾いていた。
ギンギールに住む者達は、故郷をガパドと呼んでいる。
「私の仲間は各地にたくさん居ましたが、この嵐で魔素を吸収できずに吹き飛ばされたり、そのまま枯れてしまったモノも多いのです。」
それから、ガッパードとトレントの二人は協力するようになり、トレントはいつしか女性として多くの子を産んだ。人も魔物も分け隔てなく・・・。ただし、そのトレントも一人ではなく、数百体のトレントが存在する森として成長していた。
ガッパードがドラゴンとして畏れられるようになったのは更に先のことで、魔女がこの地に現れて世界樹の事を話すには10万年近い月日の流れが必要だった。
「へー・・・私はそんな事してたんだ?」
「何で知らないのよ。」
「そんな昔の話をいちいち覚えてられないわよ?」
「それは・・・そうね。」
マナが納得したところで、この土地にカエル肉が多い理由も分かった。
別に知りたくはなかったけど。
「それにしても話が跳びすぎじゃない?」
「簡単に言えば、嵐に巻き込まれないように人を助けたら、やってきた植物と共存した。」
「簡単すぎるの・・・。」
「えぇ・・・。」
「えー、おもしろかったよー?」
マリナがこれでもかってくらい撫でられた。
擦れる擦れる。
・・・喜んでるからいいか。
モミクシャにされながらマリナが質問する。
「ガッパードって名前は、なんでそうなったのー?」
「ギンギールの言葉でガパドは始まりって意味なんですよー。多分訛ったか発音聞き間違えたか・・・。」
答えたのはスーで、このギンギール語をタマタマ知っていただけらしい。
本人シランとのこと。
「それで、ドラゴンはどうして増えたん?」
「・・・それを言わせる気か?」
「あー・・・私の記憶にはあるけど、それは私の分身よ。一番多い時で1000体ぐらい分身がいたけど、全部の事を記憶してる訳じゃないし。」
「ふむ。」
「それより、この先の魔素の塊のような廃墟の奥に行くんでしょう?」
「そりゃ、行かないとならない気がするってだけで、根拠は何も無いよ。」
「世界に魔法をもたらしたのも、それが原因で世界樹を燃やすことになったのも、根源はここにある。だから魔女達は警戒していたらしいのだがな。」
「ああ、あの子の事ね。多分一人でやってたと思うけど。」
「まったく、あのバカ女の所為で碌な目に合わないわね。」
フーヤレヤレって顔をしている。マナはそれを言うだけの権利を十分以上に有しているから、マリアは何も文句は言わない。
「まぁ、私も少しは原因に寄与した訳だけど、世界樹の存在が消えたとしても、この原因を取り除く方法は知らなかったワケだし。」
「どういう意味よ?」
「あの子は、魔素の一極集中に原因が有る事には気が付いたけど、魔素を消滅させる方法は知らないの。今は・・・知ってるけどね。」
「自称天使か。」
天使達は魔素溜まりを消す事が出来る。
どうして出来るようになったのかは謎だが、世界を安定させているのは自分達だという自負もあるのだ。
「どうしてそんな能力が奴等ダケに有るのか・・・。」
「理由なんて知らなくてもいいのよ。あんただって口から火が吹ける理由を知らないでしょ?」
「・・・確かにな。」
「PCゲームで遊べるけどPCやゲームを作れないのと似てるよね。」
「そぅそぅ。」
パパとママの不思議な会話はズルい。
「でもね~、魔素がこの世界から完全に消えることは無いわ~。」
「ある意味、存在意義でもあるからな。」
魔素は世界を変えた。
だが、変わった事実を知っているのは神様だけだ。
そもそも、その事実を知っているのも神様しかいない。
「魔素の無い世界であったらどうなったのか、気に成る事ではある。」
「木に成っちゃうんだ?」
「ならん。」
今の会話、ワルジャウ語で聞きたい!
どうなってんの、それ?
「魔法の無い世界で生まれたから、俺にとってはこの世界の方が謎なんだけどね。」
「無くても生きていけるのか?」
「もちろん。」
太郎がきっぱりと言ったので、かえって悩んでしまった。
「魔素が原因とはいえ、魔素を消滅させるという考えには至らなかったな。無いと困るしな。」
「それはこの世界の常識なので、それで問題ないんですよ。」
「・・・おぬしは変わった奴だな。」
「改めて言われると、力が抜けるんですが。」
「こんな所まで来たのに、世界が変わる事に危機感を覚えんのか?」
「そもそも話になるけど、危機感を感じたのが神様で、それで生まれたのが世界樹で、その世界樹に危機感を覚えたのが、ドラゴンと魔女って事なんだよね?」
「どこが、そもそも、なのだ?」
「世界が崩壊する魔素の嵐が来るというところが。」
太郎の言葉に一同が考え込む。
それぞれが何かを思案しているようだが、一人だけ違った。
「パパは本当にそれでいいの?」
「マリナはさ、なんで自分が生まれたのかっていう事を考えすぎてないかな?」
「だってパパとママの子だもん。」
「そうよねっ!」
なんでマナが同意してるの・・・。
ああ、そうか!
「それって、世界樹としての意思なのか。」
「そーゆーことよ。」
「でも、自己犠牲するつもりは全くないんだけどなあ。」
ガッパードの膝に座っていたマリナが、いつの間にか太郎の背中に居る。
いつの間に?
いきなりいなくなってビックリしてるよ。
「おぬしらの会話を聞いていると・・・。」
「ねぇ・・・?」
「なんだかのう・・・。」
ファングールとマリアとナナハルが相談を始めた。
スーとポチも怪訝そうにしている。
「まるで世界の為に何かしようとしているみたいではないか?」
「え?」
確かに世界が崩壊するのを知っているし、神様に頼まれてはいるが、それは世界樹としての使命であって、太郎は一助と成れれば良い程度にしか考えていない。
そもそも、話が壮大すぎる。
「私はそのつもりでここにいるけど?」
「世界樹はそうだろうな。しかし、おぬしは、鈴木太郎はどうなのだ?」
「俺?」
「何の為にここに来たのだ?」
※おまけ情報
ガッパードとは、ギンギールの言葉で無理矢理読むと「ガパド」
ワルジャウ語で「始まり」という意味
トレントはギンギール語で「実の生る木」という意味
ガマガが凶暴な理由は棲息地以外を知らなくて最強だと思っているから
井の中の蛙ってところですかね
本編で書けよって言われたらそうなんだよなあw




