第348話 本物の魔界
白いローブで身を包み、隠しきれない大きな胸を揺らして歩く。周囲の人々はいつも通りの生活を営み、先ほど迄旅人が居た事も忘れて作業に従事している。ここの住む人にはここでの生活が有り、他人の事より家族の事、そして自分の事。
少し違うところが有るとすれば、少し寒いくらいだろうか。
ワイバーンとカラーの姿も見えるが、ココにはキラービーはいない。
「太郎様はいつ戻ってくるのかしら?」
くしゃみをした。
その事に自分で驚いた。
まるで人間みたいだと思った。
マリナのように、もっと人らしくなれると考えた事も有ったが、やはり自分はトレントだと気づかされもしていた。
あの村は暖か過ぎる。
気温も。
住む人々も。
太郎様の心も。
ココは少し寒い。
うどんは、自分でも気が付かず、いつの間にか、木に成っていて、そこに数人の男女が意を決し表情で近付いてくるのを、静かに見守っていた。
押して、押して、押しまくる太郎は、妙な掛け声と応援を受けつつ、自己強化の魔法で無理矢理扉を開こうとしていた。
「パパ、ヒビが・・・!」
いつまで押しても扉は開かず、そのまま押し込めた挙句、魔石で作られた扉を破壊してしまった。
「あっ!」
「なんと・・・。」
「壊れちゃった・・・。」
気が抜けて急激に萎んで行く太郎の身体は、いつもの姿に戻っていた。流石に大きくなり過ぎた所為で服がボロボロだ。
「パパー、プラプラしてるよー!」
こらっ!
見ちゃダメです。
「何よ、こんな所で全裸なんて、やるわね?」
やってません。
感じる視線が二人よりも増える前に、慌てて袋から服を取り出して着替える。
・・・袋は破れてない。
流石、神様から貰った袋だな。
「俺が大きくなった意味が無くなったな。」
ポチも元のサイズに戻ると、着替える太郎が恥ずかしそうにしているので、身体で視界を遮るように座った。
「ポチ、助かる。」
「うむ。しかし、凄い魔素だな。」
「ああ。これなら・・・ココに植えたらどうなるんだろう?」
「何をだ?」
「これ。」
着替え終えた太郎が袋から取り出したのは世界樹の苗木だ。
「何をプラプラしておる?」
もうプラプラしてませんよ。
「扉が壊れちゃったから、代わりにね。」
「でも、ちょっと小さくない?」
「植えて大きくするか。」
「うん。」
「おい、ちょっとマt・・・。」
勝手に植えようとするのを止めようとしたところを、もりそばに止められた。
「今までのままじゃ何も変わらないわ。こーゆー時は何も知らないモノに任せた方が良いわよ。」
「お前・・・聖女の記憶を完全に持っているのか?」
「まーね。」
今のもりそばにトレントっぽさは全く感じられない。
みんなに見守られつつも、苗木を植えるとすぐに大きくなった。
え、なんで?
「なんもしてないんだけど。」
「わたしもー・・・?」
「魔素を吸い上げてるみたいー!」
「なんだと・・・?!」
魔素を多く含んだ土からぐんぐんと吸い上げた世界樹は、あっという間に太郎が壊した扉とほぼ同じぐらいに成長し、周囲の魔素を押し退けた。
地面からにゅるにゅると不思議な植物が生え、ホンノリ光を放つ。
「ヒカリゴケだと・・・?!」
今まで植物など生えた事の無い場所に、コケとはいえ植物が生えて光景に驚きが隠せない。自然と世界樹の許に集まると、今までに感じた事の無い安らぎが有る。
太郎が世界樹を背にして座ると、マリナが抱き付いてくる。
むくれるマナを無視してガッパードが太郎に問う。
「とんてもなことをしてくれたな・・・。」
やはりこんな樹に頼ってはいけない。
世界樹が存在する危険性は魔素を浄化する事ではないからだ。
「負の魔素を吸い上げて正の魔素を放ってるわ・・・。」
「それって、結果的に浄化してるって事?」
「そういう訳でもないけど。」
「そのようじゃの。事実、世界樹の周囲のみじゃ。」
世界樹から数メートル離れた先には何も生えておらず、ヒカリゴケの所為で余計に暗く見える。魔女でも聖女でも出来なかった事を、世界樹がやっている事に多少の悔しさもある。
「それで、この後はどうする?」
「この世界樹はこれ以上成長するのかな?」
「すると思うけど、したくないって。」
「え?」
「この子がそう言ってるのよ。」
世界樹の苗木は、いわばマナの分身であり、子供である。
幹に手を添えて会話をしているようだ。
「コイツはずっとこのままなのか?」
「移動させたいのなら私が取り込めばいいだけだから、いつでも動かせるわよ。」
「そういや、マナの身体の中にあと何本の苗木が有るの?」
「だいぶ増えたわ・・・30本ぐらいかな。」
なんで自分の身体の中に有るのに覚えてないのか謎だ。
マリナも一緒になって手を添えているが何もわからなくて寂しそうだ。
「扉の代わりになったのは良いが、この先は魔素の塊がゴロゴロと存在する。魔界と言っても過言ではない場所だ。」
「魔界・・・?」
「魔素から生まれるモンスターも出るぞ。」
負の魔素の所為で殺意しか持たない、破壊に満ちた魔物。
生物であるのに生きる為に戦わない。
自分以外を全て敵とみなし、殺戮を繰り返す。
生物としての意味を持たない生物。
「全てを倒して中心に辿り着いたとしても、なにが有るのかは分からん。なにも無いのかもしれん。」
「それなのに護ってきたんでしょう?」
「そうだ。」
「あんたも真面目ねー。」
「ココを護っていれば最悪の事態は避けられるからな。」
「確かにね。」
それだけ重要視していたのだから、今までもなんかしらの対策を考えて実行して来たのだろう。扉が重くて開けないという事も、調べなければ分からない事だ。
そして、扉の前に立って余計なモノが出てこないようにしていたという訳だ。
で、マリアとスーは壊れた扉を拾い集めている。
高濃度の魔石は珍しいらしい。
「・・・ところでカレーは有るか?」
「・・・は?」
ガッパードが無言でカレーを食べている。太郎が調理道具もカレールーも持っているのですぐに作れるし、こんな危険地帯の中でのんびりとカレーを食べているのは、何かがおかしい気がする。
マリナがカレーを夢中で食べているドラゴンの顔を覗き込む。
「おいしい?」
飲み込んでから返事をする。
「うむ。」
マリナがおたまを持っていて、ガッパードの持つ皿にカレーを追加。
「太郎達と居ると常識を忘れてしまいそうじゃ。」
「そうねぇ~。」
マリアとナナハルの二人は何故か親密度が上がっているようだ。
悪い事ではないが、これも何か違う気がする。
「食べるのは何年振りか・・・。」
「カレーを?」
「いや、食べ物を口に入れるという事が数十年ぶりのような・・・。」
よく生きてるなあ。
ファングールもカレーが好きみたいで、マリナがニコニコしながら二人のカレーを継ぎ足している。寸胴鍋に沢山作ったから、まだまだあるので平気だ。
・・・人間サイズで食べてるけど、元の姿だったらどうなるんだ?
という疑問は捨てる。
「カエル肉も絶品だな。」
こちらはポチがカレーの味付けで焼いた肉を食べている。
逆に小さくなったら少量で済むのかな?
その疑問は、魔法で身を縮めているナナハルが教えてくれた。
「食べるという行為がマナの補給に過ぎないのも寂しいモノだ。しかし、空腹は有る。腹を満たせられればなんでもいいのかと言われるとそれまでだが。」
「なんでもいいんだ?」
「うむ。しかし、食事は楽しみたいものじゃぞ。」
ドラゴンの二人を見ると、確かに少し楽しそうに見える。
もっと楽しそうなのはマリナで、零したり、皿に残っているのに追加を要求すると、ぷんぷんと怒っている。
怒られているのはドラゴンだよね?
・・・あの二人、子供に弱いのかな?
「マリナが特別・・・とは思うけど、エカテリーナでもああなりそうかもね~。」
「マリアもやってみればよいのじゃぞ?」
「前向きに検討するわ~。」
これ、絶対にやらない奴だ。
満足するまで食べさせていれば、今度は地面に寝転がる。
剥き出しの土ではなく、苔が絨毯のように広がっているので、寝心地が良いらしい。
「今がどれだけ危険な場所なのか理解してるのかしらね~?」
「無駄じゃな。正直わらわも眠い。」
警戒心が完全に消えている。
「昔を思い出すな。」
「へー、おじいちゃんの昔話?」
「そうだな・・・まだ聖女が生まれたころから、魔女と出会うまで・・・。」
「その間だけで数万年ありそうなんだけど。」
寝転がっていたガッパードが胡坐に座りなおして考える。
「・・・あるな。」
その胡坐にマリナがちゃっかり座り込むと、真上を向いて両手を伸ばす。
「お話きかせてっ!」
それを見ていたファングールがおろおろしていたのだが、なぜか身体が固まった。
「睨まれただけで動けなくなるとは。」
「太郎だって睨めばだいたいの奴は動かなくなるわよ?」
「えー・・・。」
マリナの頭を撫でてにっこりとほほ笑む。
その光景にはマリアもびっくりしていた。
もちろん睨まれることはなかったが、違う意味で硬直している。
「ふむ。たまには語るのも良いな。」
「やったったー!」
休憩時間は延長される事になった。
※おまけ
カレー好きなんですか?
そもそもカレーが主食だ
香辛料って昔からあるんですね?
聖女の時代にもあったが、滅んでしまった後はしばらく狩猟採取生活だったからな、長い間忘れていた
文明も崩壊してるからそうなるか~




