第342話 魔素の行方
エカテリーナの笑顔に迎えられ、遅めの夕食を食べる。貰ったカエル肉はマリアの作った低温倉庫で保管していて、長期保存が可能になっている。魔法袋に入れておくと太郎以外が自由に使えない為、野菜なども保管する為にマリアが作ったのだ。
「こんなのいつの間に作ったの?」
「魔石が沢山あるから作れたのよ~。」
温度を管理しつつ低温を保つとなると魔石の消費が大変な事になるので、造ろうと思う人は殆どいないらしい。
「こんなに無駄な使い方しているトコロは有りませんよねー。」
「まぁ、太郎ちゃんが居るからほぼ無尽蔵と変わらないのよ~。」
「パパ凄いね!」
そういうマリナも何個か魔石を作っていて、その品質はマリア以上太郎以下である。掘っても出てくる天然魔石は販売用らしい。
「本当はもっと貴重なモノだった筈なんですけど、太郎さんといるとこうなるんですよねー。」
「だよね~。」
マリアとスーが意気投合している。
「これなら卵の保管にも困らなくていいね。」
「はい、大変助かってます!」
エカテリーナとしては使う食材に困る事も無くなったが、保管量が多すぎて入りきらない事も有るらしい。
「ところで~。」
太郎が食事する反対側の席に座ったマリアが目を細めている。
「ガッパード・ギアはどうなったのかしら?」
「あ~、ケッコウ色々あったね。」
「話をして欲しいのだけど?」
食事をしている太郎に代わって説明したのはスーで、ガッパード・ギアでの出来事を聞いたマリアは、そんな場所が有る事を知らなかった自分を悔しがっている。
「滅んでると思ったから探す気も無かったわ。」
「今もちゃんと町があるよ。」
「私が袋に閉じ込められる前から存在していた筈よね~?」
「ドラゴンの棲み処にもなってる筈だから、行きたいと思う人もいないんじゃないかな。勇者でもない限り・・・。」
「だぶん他にも何か魔法的な結界が作られている可能性も有るわね。」
「結界なんて有ったん?」
一番気が付きそうなマナに訊ねたが、首は横に振られた。
「特に結界なんて無かったわよ。負の魔素はあちこちで感じたけど、普通に生活しているみたいだったし・・・。そういわれてみると不思議な町よね。」
「特に違和感はなかったけどなあ?」
「だって、あんなに発展しているのに冒険者らしい姿は少ないし、ギルドもないし、強そうな人がいる感じもしなかったし。」
「うん、そー。」
スーが付け加える。
「予想ですけど、ドラゴンが周辺を守っている所為で、他の地から人が入ってきにくいんじゃないですかね?」
「書籍師とかが居るとか言ってたから、明日は先にそこに行ってみようか。」
「書籍師ってな~に~?」
「知らん。」
「しらん!」
マリナが俺の真似をする。
マリアの方は不機嫌になる事もなく、手招きして無邪気なマリナを引き寄せると、そのまま抱きしめて顔を胸の間に押し込んで黙らせた。
「蔵書庫とか、図書館とか、とにかく本が沢山ありそうな感じがするわ~。」
「それは同感だけど、付いてきたいの?」
「うん、そぅ~。」
マリナの真似をして返事をするマリアだが、言い方は少し艶っぽい。
明日の同行を了承すると、抱いていたマリナをマナに手渡した。何故か物のように扱われていたが、マリナはマナの胸に顔を当ててプルプルしている。
「なによ?」
「もっと大きくしてー。」
要求はすぐに実行され、マリナはマナの胸の中で満足そうにゴロゴロしていた。
母と娘っぽくて微笑ましいはずの光景なのだが、何かが違う気がする。
マナとマリナを眺めながら食事をしていた太郎は、それがキッカケと言う訳ではなかったが、思い出して紙を取り出す。
「エカテリーナは何処?」
「はーい。何ですか、太郎様っ。」
呼ばれた事で語尾が跳ねている。
嬉しいんだろう。
凄い笑顔だ。
「これさ、ガッパード・ギアで手に入れたカレーのレシピなんだけど、古代語をワルジャウ語に直してあるからそこに書かれている材料が全部あるか確認してもらえる?」
紙を受け取ってエカテリーナがじーっと見ている。
「ふむふむ。」
ふむふむなんて口に出す人は珍しいと思うけど可愛いからいいや。
「ふむ~?」
少し考えるように身体が斜めになる。
ワザとかな?
アピールしなくても可愛いからね?
「太郎様、材料は全部あります。作りますか?」
「全部あるんだ。なんか特殊な物とか無いの?」
「材料の事を知っているんじゃないんですか?」
「書いてあるから読めただけで、名称を見ただけじゃ物がなんだかわからないよ。」
「そーなんですかっ・・・。」
吃驚したような不思議そうな、何とも言えない表情で太郎を見詰めている。
その少し隣りにボインに成ったマナの胸で遊んでいるマリナがいるが、視線はエカテリーナから動かさないようにしよう。
うん・・・。
うん?
なんで顔が赤くなってるの・・・。
そんなモジモジクネクネして・・・。
マリアは「よかったわねぇ~。」と言い残し、スーには肩を叩かれている。
あ、ハイハイ。
風呂に入るのね。
何故かスーも参戦する事になり、その日の夜は少し騒がしくなった。
ニコニコで朝から上機嫌のエカテリーナは、レシピの再現をしてカレーを作っていた。今の時代ではどれも難なく入手可能であるが、配合する割合に違いが有り、それだけでも味に変化をもたらしている。
カレー作りで、これほど辛いカレーを作ったのは初めてだったが、カエル肉を煮込んだスープでカレーを作るというのは初めての試みで、朝の食堂では匂いに釣られてやって来た者達の食欲を満たすだけの量を作るのに、エルフ達を料理担当以外からも集めての総動員体制になっていた。
「辛いけど美味い。これは食べ過ぎてしまうぞ・・・。」
などと言っているのはダンダイルで、普段の三倍近い量を食べていたる。
兵士からもエルフからも大絶賛されたカレーは、太郎達の寸胴鍋一つだけを残して完食された。穴に籠ったまま出てこないグルでさえ、偶然出てきた日にこのカレーを食べたモノだから、直ぐに採用されて鉱山内でも作られることになったのだ。
カエル肉がどんどん無くなっていくのを一番悲しそうに眺めていたのはポチだったのかもしれない。
「スーの気持ちがわかるっ!」
「ですよねー・・・。」
在庫は既に半減以下。
翌日には無くなっているだろう。
「売ってくれるようだったら買おうか?」
ポチが飛び付いてきた。
目をキラッキラに輝かせて顔をお腹に擦り付けてくる。
こちらはしっかりと満腹笑顔のマリアが小さく膨らんだお腹を撫でながらやって来た。食べ過ぎた様子で、直ぐ近くの椅子に座る。
「いついくの~?」
「農作業が終わったらね。」
「そう、じゃあ昼寝するから行くときに起こしてね~。」
椅子から立ち上がり、すたすたと歩き去って行く。
さっき起きたばかりじゃないの?
ただの二度寝でしょ。
「それにしてもこのカエルの肉は美味しくて、サイズも大き過ぎるよね。あっちの方ってここより寒いと思うけど。」
「古代カエルかもしれませんねー。」
なんでも古代ってつければいいっていう理由かな?
古代の剣。
古代の楯。
古代の弁当。
古代のバニースーツ。
そんな訳ないか。
「昔の人ってなんでも古代ってつけないと気が済まないんですかねー?」
スーがそう言ったくらいだから、他にも色々とある予想は当たりかな。
でも言い方が変わるだけで価値観も変わる。
古びたランプ。
古ぼけたランプ。
いにしえのランプ。
古代のランプ。
まあ、そんなもん。
「古代って付いていた方が有難味があるからでしょ。」
「まぁ、そうなんですよねぇ~。」
子供達もどこかで食べているのだろうけど、周りでは見当たらない。ここは一般食堂であって、太郎の自宅ではないからだ。なのでダンダイルも居るし・・・なんでピュールがいるの・・・。
「自宅に来るより先にココに居ったぞ。」
「あれ、ナナハルもこっちで食事するの?」
「子供達に譲ったのじゃ・・・。親としてはな・・・。」
「俺はエカテリーナに言われて最初からこっちだったよ。」
「ふむ。一度に大量に作れるというだけでカレーは優秀な料理じゃな。失敗は少ないし、子供達だけでも作れる。」
「ちょっと肉がね。」
「あのカエル肉は絶品じゃったの。」
「そうなんだよね。定期的に買いたいところだよなあ・・・。」
「お主が買う分には構わんじゃろ。なんでも村で手に入るというのもあまり良くないでの。」
定期購入ルートを確立するのもワイバーンが居れば何とかなりそうだしな。
「で、行くのじゃろ?」
「農作業が終わったらね。」
「わらわも行く、後で声をかけてくれ。」
「子供達も?」
「今回は様子を見るだけ・・・流石にドラゴンが近くにいるような場所に子は連れて行きとうない。」
「同感。」
ところでこのカエル肉。
魔素の含有量が高いらしく、ただのカレーなのにかなりの健康食になるらしい。
魔素の含有量が高いという事は、元々のカエルが口に含む食べ物に魔素が多く含まれているという事だ。ただ、魔素が強過ぎると普通の動物も魔物化するので、これだけの魔素を含みながらどうやって巨大なカエル肉を集めているのか不思議なところである。
「考えても始まらないし、始められる事からやろうか。」
調理と配膳を終わらせたエカテリーナが小走りにやって来た。
「太郎様、一つだけ残しておきましたが、これはどうするのですか?」
「肉とか野菜は入れてない?」
「はい、スパイスだけです。」
「ルーにする。」
エカテリーナが頭にビックリマークを付けたかのような表情になっている。
「それならもう作ってありますよ。」
「そうだったんだ。じゃあ、ルー貰ってっていい?」
「はい!」
農作業を終え、エカテリーナから弁当を貰ってから瞬間移動であっという間にガッパード・ギアの町の手前へ。メンバーは前回に加えマリアとナナハルだ。
その二人が到着した瞬間から周囲を警戒するようになった。
主にワイバーンの動きを見ているようだが、それ以外も何かを感じているようだ。
「魔素の流れが悪いの。」
「ええ・・・。」
険しい表情になっているが、特に違和感は感じない。多分マリナの所為かもしれないが、それは悪いという意味ではない。
「私も特に変な感じはしないわね。」
「しないー!」
スーとポチも変わらないようだ。
「太郎ちゃんと長くいる所為で鈍感になったんじゃないの~?」
「それは否定できませんねー。何しろとんでもない人ばかり現れますから。」
スーとポチからすれば、ココでの自分以外はとんでもない人に含まれる。
その一行が町に近付こうとすると、ワイバーンがこちらに向かってきた。
急降下ではなく、ふんわりと周囲をくるっと回ってから、目の前に着地した。
会釈をするワイバーンが話しかけてきた。
「御用件でしたら承ります。」
ナナハルとマリアの表情が一層険しくなった。
「監視されてるわ。」
「知ってるけど?」
「そうか。そうじゃな。当り前であったな。」
二人は警戒を解き、諦めたかのように息を吐き出した。
ワイバーンが困っているように待っていたので、一言謝っておくか。
※追記※
■:ガッパード
古代の天変地異を生き残った古龍
特定の地域のみを限定して守った
守った土地と名前を同じくして多くの人に崇められた
ギアとは古代語で歴史を示す
■:古代のカレーのレシピ
古代のカレーのレシピ
特に珍しいモノは無いが、逆に言うと既に存在していたカレーである
材料の入手が困難に成り、レシピだけが残されていた
ファングールの好物




