第341話 生き残った者達
太郎が目を覚ました時、ベッドに寝ている状態で、傍にはポチとマナが居た。スーとマリナは何か料理をしているのか、良い匂いがする。
「ああ・・・また怖い夢を見たよ。」
「気にしなくて良いのよ、色々と背負い過ぎなんだから、太郎は。」
「う、うん・・・。」
気を失っていたという事は、今はいつだろう?
数時間?
数日?
慌てる姿にマナが教える。
「まだ夜になる前よ。ほら。」
明るい。
よかった。
またエカテリーナを困らせてしまうトコロだった。
「でも、なんで料理してるの?」
「食べさせろってアイツが言うからよ。それに、太郎の袋をマリナは持てるのよね。」
「あっ、そういわれれば・・・。」
袋が無い。
見ると、マリナが背中に身に着けているが、移動すると袋が地面の上をズルズルと引きずっている。破れないとは思うけど、ちょっと心配だ。
椅子に座って料理をしている姿を眺めているのはファングールだ。
「カレーか。」
「そうみたいね。」
「なんであんなにたくさん作ってるの?」
「いちいち行かなければ食べれないだろ。」
「いちいち食べに来ないで下さい。ピュールじゃないんだから。」
少し静かになった。
なっただけで諦めてはいない。
二人の作るカレーは煮込むだけになったようで、マリナが袋を軽く投げ棄てて太郎に飛び込んだ。
「ぱぱ~!」
急に甘えん坊になるマリナは、スーやマナでも認めてしまう無邪気さが有り、純粋さだけなら誰にも勝てないだろう。
「なるほど、負の魔力が中和されているな。」
「なにいってんの?」
「その男は負を吸い込み、娘が中和している。」
「さっきの・・・?」
「ああ、負の魔素に飲み込まれいたが・・・一つ分からぬ事が有る。」
「何処からその魔力が発生したのか。でしょ?」
その指摘は正しく、無言の頷きで同意を示す。
マナにもスーにもポチにも出来ない、太郎の魔力の安定をマリナが可能としている。
マナにも可能なのだが、マリナの方が安定するまでの時間が圧倒的に短いのだ。
「そうなのだが・・・そうすると何か封印してある可能性も有るな。」
「それにしたって、あんた達が生まれる前から存在していた場所なんでしょ。」
あんた達呼ばわりされた事を気にするよりも、思考を別に向けている。
「そもそも読めないから気にしていなかったのだが、最近はイロイロと事件が多くてな。ゴリテアの事は流石に驚いたが。」
「へー、知ってたの?」
「お喋りな天使が喋りに来る・・・最近は気配が無いが。」
担当する天使が必ず居る筈だが、名前は知らない。
太郎がマリナを抱きながらベッドから離れ、テーブルを囲む椅子に座る。ポチも寄って来たが、スーは竈の火を見ているので、別に用意したキャンプ用の椅子に座っている。
なんでマリナが俺の袋の中身まで把握しているんだ?
「多分だけど村の方に来てるんじゃないかな。」
「お主の村か。」
「みんな集まりすぎなんだよなあ・・・。」
「太郎が居るからな。」
ポチがぼそっと言うから頭を撫でておく。
「お主個人に対する周囲の評価が高いのは理解する。統治すれば恐怖政治ではないというのも、評価の高い理由だろう。」
「統治してるつもりは無いし、支配したいワケじゃないからね。」
「それだけ野心の無いヤツも珍しいな。」
「そう?能力が有るからって皆が皆、頂点に立ちたいワケじゃないから。信頼されるのは構わないけど、責任までは嫌かな。」
「ふむ。一理あるな。」
強いというだけで頼られるのはいつの時代でも同じだ。
それが物理的に強いのか、政治的に強いのか、精神的に強いのか、人それぞれであっても、強さを持つモノに助けを求めるモノは多い。
「お主は強くなり過ぎたのではなく、身体の成長と心の成長のバランスが取れていないだけだろ。いつかその強さに見合った責任がやってくるだろう。」
もう、いろいろと経験している気がするけどスルー。
「あのお方も、強いが故に色々と抱えているだろうからな。」
「そういえば、あのお方って誰?」
「そうか、確かに知らぬ者も多いだろう。」
なんでもったいぶるのか。
「あのお方はかつて降り注ぐ火の玉を払い、一部の地域のみではあったが、人々を守ったといわれている。」
「いわれているだけ?」
「誰も事実を知らんのだ。当時生き残った人も魔物も・・・。もちろんドラゴン族も知らん。だが、負の魔素を集め、浄化し、正の魔力に変換して放出している。」
「あ~、それで世界樹が邪魔だと思ったのね。」
「それは魔女から聞いた話でな、本当に邪魔だったのかは知らぬ。」
「真実はわからないと。」
「そういう事だ。」
「で、名前は何なのよ。」
「ガッパード。」
「それって、この土地の名前と同じって事?」
「そうなるが、土地が先なのか、あのお方の名前が先なのかも知らぬ。」
「なによー、知らない事ばっかりじゃない。」
「ねー。」
マナとマリナがぷんぷんしている。
「生き延びた者がいたからココが残っている訳だから、あの助けを求める文字は効果有ったという事かな?」
「助けに来たのがドラゴンって事じゃない?」
「ねー。」
「それは同意する。でないと、この土地が守られた理由がわからんからな。」
「そもそもここを守る事にした理由は何だったんだろう・・・?」
「何か重要な事があの場所に刻まれていると思ったんだがな。」
「あー・・・まだ、多分何か有ると思いますよ。」
「何故そう思う?」
何故そう思うのか。
それは、あの時負の魔素を吸い込んだ時、感情も流れ込んで来たのだ。
助けを求める声と、荒れ狂う怒りの声とが混在する、負の感情が・・・。
「字体が一つじゃなかったんですよ。」
一人が書けばみんな似た様な文字になる。
それが、同じ文字でも僅かに形がズレていたり、斜めに書かれていたり、一つ一つの文字の大きさがバラバラだったりと、明らかに一人で刻んだとは思えない。
「良く見ておるな。読めないからそこまでの考えにも及ばなかった。名前が沢山あると言っておったな?」
「ええ。」
「ならば、聞いた事のある名前は無かったか?」
名前を幾つか思い出す・・・。
アルスト、イグワーナー、ウィップス、エマ、オール・・・。
「さらっと見ただけですけど、なかった感じかなあ・・・。」
「ふむ・・・。」
「ガッパードの名前は有ったよ!」
「ほう・・・?」
マリナはなんでも良く気が付くなあ。
「ドラゴンの始祖ってワケじゃ無いのかな?」
「始祖であるのは間違いないだろうが・・・そうなると、どうやって子孫を残したのかが謎になる。」
「番じゃなければ増えないもんねー。」
「卵を産む事は出来ないからな。」
と言う事は、このドラゴンの始祖は男なのか。
確かに、どうやって子孫を・・・。
「あー、そこでトレントか。」
「うん、そー。」
マリナは気が付いていたのか。
こっそり教えてくれても良いんだぞ?
その屈託のない笑顔が狡い。
「でも、それがなんで負の魔素がココに溜まってるいるのか、理由が分からないな。」
「一応、負の魔素からも人は生まれるからな・・・。」
「遺跡の謎を調べるよりも、直接話したかったんだけどなあ。」
「あのお方はまだ寝ている。」
「いつ起きるのよ。」
「そのうちにな。カレーが好物なのだ。」
ガタッと音がしてスーがこちらにやってくる。
「カレーなら出来ましたけど、そういう理由だったんですねー。」
「そうか、礼に鱗をやろう。」
スーの目がすっごいキラキラしているから、高級品なのは分かる。
腰を低くして受け取っていて、直ぐに魔法袋にしまうのではなく、しばらく眺めてからほくほく顔で袋に入れた。
「現金な奴だな。」
「ポチさんだってカエル肉に目が無いでしょう?」
「まーそうだが・・・。」
「カエル肉ならあいつらが沢山保管しているだろう。」
「アイツらって近くの町の人達の事?」
「うむ。欲しいのなら連絡しておくが?」
ポチが俺をじ―っと見つめてくる。
屈託のないキラキラとした目で。
わかったよ。でも、なんでマナとマリナまで見て来るの。
「じゃあ町に寄ってから帰ろっか。」
「帰るのか?」
「暗くなる前に帰らないと怒られちゃうからね。」
「明日も来るか?」
「村の用事済ませたら来るつもりだけど、この場所の重要性がまだ分からないかな。」
「極論してしまえばここが始まりの地と言う事になる。それだけでも重要だろう?」
「生き残れた理由と、いつかやってくる魔素の嵐に対抗する為の方法が有れば良いけどね・・・。」
「あのお方だけの力で全てを防いだという事であれば、それは方法とか手段とは呼べんからな。」
「誰でも可能な方法を探さないとね。」
辺りにカレーの匂いが充満している所為か、外から視線を感じる。不思議そうに覗いてくるワイバーンとカラーが居た。
「町まで案内してくれる~?」
太郎が外に向かってそう言うと、ワイバーンの頭が上下に動いた。どうやら太郎達が来ているのを知っている他のワイバーンのようだ。
「それじゃ。」
外に出るとワイバーンが上空に居て、それが一匹や二匹ではなく、埋め尽くしそうなほど居た。フワッと浮き上がって群れの中に飛び込んでいく姿をファングールが見送っている。その姿は恐れるそぶりもなく、仲間に加わって行くように錯覚するぐらい自然に飛んで行く。
「不思議な男だ。自身が中庸な魔力を放っているとは、あのお方みたいではないか・・・。あれで浄化能力も有れば、魔素の嵐も防げそうだがなあ・・・。」
「仲間の匂いがする。」
「村に棲んでる所為かな?」
「町までけっこうあるよ?」
「だいじょーぶ。」
「我々の新しいご主人様ですか?」
何処に棲んでいてもカラーの処世術は変わらないのかな?
ワイバーンは友達感覚で話をしていて、マナとマリナが楽しそうに会話している。
太郎も近くのワイバーンに疑問を投げる。
「この町ってさ、生き残った者達なの?」
「生き残った?」
「そう、多数の火の玉が降り注いだ後の生き残り。」
「そういう話でしたら、書籍師が居ますんで、そこで聞いてください。カエル肉が欲しいんですよね?」
「うん、そー!」
ポチの代わりにマリナが元気よく返事する。
暫くして、町外れに着陸し、少し散策する。
「なかなかいい町だね。畑と住宅とキッチリ分かれてるし、城壁も有るなあ。」
「でしょー!」
カラーがボス認定していて、太郎の両肩に6匹ほどとまっている。マナとマリナはポチに乗っているので文句は無さそうだ。
太郎達が大通りを歩いていても驚く姿は無く、既に知らされているのか、人々は太郎にそれほど興味を示さない。通り過ぎる馬車も畑用のモノが多く、武器を提げる人よりも、農具を持つ人の方が多い印象を受けた。
「避けられてるみたいですねー。」
「ファングール様からの通達ですからね!」
お喋りなカラーのおかげで理解した。
ドラゴンから言われているのなら関わりたくも無いだろう。
「ここのカエル肉は絶品ですよ!」
ポチの尻尾が激しく動いている。
町ではあちこちにカラーの姿を確認でき、案内をしてくれたのも町の中ではカラーである。その案内に従って倉庫に辿り着くと、町の住人らしき男が対応してくれた。
倉庫の中には吊り下げられたカエル肉が大量に並んでいる。
「余るほど保管してあるから好きなだけ持って行くといい。」
「貰うだけで好きなだけって言われると困るんで、何か交換しませんか?」
「交換・・・か。マンドラゴラが有れば種が欲しい。」
「あるよー!」
マリナが返事すると男が驚いている。
太郎が袋から袋を取り出し、中身を確認すると、多分マンドラゴラの種だと思う。
スーに見せて確認すると、そのまま袋を渡した。
「・・・済まない。」
そう言って受け取った男は、一列分のカエル肉を箱に詰めて渡してきた。このカエル肉は一個が太郎の頭よりも大きい。どれだけ巨大なカエルなんだろう?
袋に入れる為には箱から出さないとならないので二度手間にはなったが、驚く視線に見詰められながら詰め終えると、直ぐに村に帰った。
残された男と、それを野次馬のように見ていたカラーとワイバーンが、同じ表情で空を見上げていたなんて太郎達は知らない。




