第336話 ドラゴンとゴリテア
「確かに助けたわ。あのままだとかなりの被害が出たでしょうし。」
「天使ってそういう事もするんだ?」
「あのね、一応天使名乗ってるから空を自由にされると威厳が保てないのよ。」
「ドラゴンは自由だよね?」
「あんなのに勝てるワケないでしょ。」
フーリンとエンカに対抗できる天使はミカエルとリファエルくらいで、他の天使達もそれなりに強いが、それは空を飛べるという優位性が有るというだけで、直接戦えば鬼人族に勝てないし、一対一でシルバー級の冒険者達ならまともに渡り合える。
「オトロエルはそれなりに強かったもんなあ。」
「サマヨエルは弱かったですけどねー。」
ミカエルの前でとんでもない事を言っているが、怒っている様子はない。
「全滅させたわけじゃないし、可能な限り追い返したわ。」
「倒さないんだ?」
「食べる分は確保したわよ。」
「食べるんだ?」
「ワイバーンは高級食材なのよ。ドラゴンの肉は不味いって有名だけど。」
「ドラゴンを食べる人がいるのか・・・。」
マナがフーリンとエンカを見ている。
流石に食べたいとは思えないだろう。
なんでわざわざそこで俺を見てニヤニヤしたの・・・?
「そりゃあ、ドラゴンっていっても魔物には違いないし。」
「魔物肉を食べるのが当たり前のように言われてもなあ。」
「ドラゴンだって他の魔物の肉を食べるでしょ。フツーよ、フツー。」
そう考えれば人間を食べる魔物が居るのだから、当たり前なのか。
「それで、エルフ国はどうなったんだね?」
「特に大きな被害は出てはいないけど、エルフ国にワイバーンが集まった方が謎なのよね。人を襲って食べる習性は無いし、襲うにしても誰が何の目的かも解らないのよ。」
「勇者はどうしたの?」
「ああ、そんなのいたわね。でも一人でここまで来るのは大変だから、誰かに頼みたいんだけど。」
「エンカさんが連れて来るんじゃないの?」
「えー・・・メンドクサイ。」
マナみたいなこと言わないでくれるかな。
「一応、ワイバーンに頼んだから、そのうち来るわ。もっと早く来て欲しいのなら誰かさんにね。」
「え?どうやって?」
回答は得られなかったが、数日後にワイバーンが4匹やってきた。
運ばれた勇者はそのまま空から落とされて、地面に激突する前にエンカがキャッチしている。そのワイバーンは太郎の家の屋根に着地した。
わざわざ落とさなくても屋根に置いてくれればよかったのでは?
「あの~・・・ここ、どこナンですか・・・?」
「一応、魔王国の領内です。」
「ああ、この面倒な能力を消してくれるって本当ですか?」
「本当よ、先にやってもらいなさい。」
うどんがやってきてその場で処置をしているが、凄く困った表情をしているので、ニコニコ顔で抱きしめられている。
「文様が消えた・・・。」
「もう死んだら駄目ですよ。」
「は・・・はい・・・。」
うどんの笑顔は一級品だ。
顔が赤い。
元勇者はオルト・バンと名乗り、自分の呪いを解いてくれたうどんに何度も頭を下げている。その元勇者に対して言葉が投げられる。
「エルフの国とかワイバーンの事、教えてくれるかしら?」
いつもの食堂で話を聞いているが、美味しい料理に負けながら説明をしてくれた内容によると、帰国した時に沢山のワイバーンの姿が消えてしまっていて、調査する為に旅立った。追いかけているうちにエルフ国に来てしまったが既に戦争が終わっていて、労せず入国したが、人々に襲い掛かっていくワイバーンを見て止めに入ったのだ。
「流石に多過ぎて勝てませんでしたけど、話しかけても反応が無いので、きっと操られたんだと思います。」
「ワイバーンの大群を操るというのは誰でも可能なの?」
「はい。一応・・・不可能ではないですが、我々がやる事はありません。いなくなると生活に困りますので。餌などと交換して友好的に取引はします。」
「じゃあ、他の可能性が?」
「道具などを用いず従わせる事が可能なのは天使かドラゴンになりますね。」
天使が犯人は有り得ないので、もう一つの方となる。
因みに力の強い者に従うという習性も有るので、鬼人族も含まれるし、強ければ良いのなら種族に関係ない。
「ドラゴンが一体何の目的で?」
「申し訳ありませんが、ソレはわかりかねます。」
「でしょうねぇ・・・。」
フーリンとエンカは一つの答えが見出せたようだが、何か引っかかっている。
勇者とはいえ、ドラゴンの内情に詳しい人などほとんどいないのだ・・・?
「ワイバーンってあなた達の故郷の他にはどこに棲んでるの?」
「だいたい寒くて険しい山岳に住んでいる場合が多いです。木の実を好むだけじゃなく、果実の葉の方も食べますが・・・寒いと食べ物に困るから麓に降りてくるんです。」
「じゃあ、この辺りにもいるの?」
「これだけ暖かいと降りて来ても不思議ではないですが、ワイバーンが棲むほどの高い山が見えないので棲んでいないと思います。」
なんでマナとマリナはガッカリしているのかな?
「ホルスタン山脈っていうトコロなら居るとおもいますけど。」
「あの辺りにはいなかったわ。」
フーリンがそう答えた。
「それだと、ココに来たワイバーンは帰れなくて困るんじゃないですかね?」
なんで思い出したかのように飛び出していくの・・・?
マナとマリナはそのまま屋根の上で何かをしているようだ。
「お役に立てなくて済みません。」
「いや、来てくれたってダケでも色々情報が入るから助かるよ。ギルドを利用すると必要じゃない情報の方が多くなるから。」
「でも、そうなると、意図的に行う理由は分からないけど、可能性が絞られるわ。」
「でも理由が・・・。」
フーリンとエンカが、悩んでいる。
うどんに抱きしめられたのはフーリンの方で、エンカが何故か寂しそうにした。
「じゃあ、ドラゴンが・・・でも・・・なぜ、今なのかしら・・・。」
「やっぱり世界樹の所為なのかな?」
「確かにそうなんだけど、エルフ国を襲わせた理由が分からないわ。」
「天使達が邪魔をするかどうかの確認って可能性も・・・あるのかな?」
太郎の言葉はミカエルを悩ませる。
「確かに、世界樹がドラゴン達に襲われるのを我々は傍観した。それは勝てないからという理由も有るが、守る理由も無かったからな。」
太郎がミカエルを睨みつけるほど強くは無い視線を向けたので、ソッポを向いて誤魔化す。
「し、仕方がないだろ・・・あの頃は世界樹なんてどうでもよかったんだ。」
あの頃。
それで太郎は理解したので、追及はしない。
今度はチラチラとこちらを見てくるので、逆にソッポを向いて見せると、さらに慌てたが、うどんに抱きしめられて落ち着いた。
「理由を知りたいかしら~?」
分厚い本を片手に持って現れたのはマリアだ。
視線が集まって、にっこりとする。
「ゴリテアにあった本?」
「そうよ~。」
椅子に座って本を置き、栞が挟んであるページを開く。
「古代の文字ね。読めるの?」
「ワルジャウ語のちょっと前の文字くらいなら読めるわ~。」
いまさらながら周囲を再確認するオルトは、気が付いて背筋を凍らせている。
間違いなく、どう見ても、天使が居るのだ。
彼にとって天使と言えばドラゴンの次ぐらいに恐れられている存在で、あちこちの土地で名前が刻まれている。強さなら鬼人族も強いが、知名度で上回るのが天使だ。
さらに魔女っぽいのも居るが確認するのが怖い。
誰か安心できる存在が無いか周囲を見渡すと、一番普通っぽい人がいるので、ホッとして話しかける。
「すみません、ココって何の集まりなんでしょう?」
応じたのはココの住人で、唯一の純血の普人だ。
「みんな好きに集まっているだけだよ。」
「それにしては・・・強そうな人ばかりですね。」
「魔女、天使、エルフに元魔王も居るからなあ・・・。」
「な。・・・何の冗談です?」
顔が引き攣って、声が震える。
「ああ、さっきの女性はトレントだよ。」
「わらわもおるぞ?」
なんでナナハルが主張して来るの。
ほら、怖がって声が出なくなってるじゃん・・・。
「ちょっとー、これから大事な話なんだけどぉ~?」
普段の行いの所為でしょ。
ね?
そんな表情で見ないでくれるかな。
ちゃんと聞くから。
古代文字を翻訳しつつ読み上げるマリアに、強く耳を傾けているのはトヒラとダンダイルで、トヒラは同時にメモも取っている。作業を終えた子供達が戻って来たが、異様な雰囲気を感じたのか、何かに気が付いたのか、直ぐに出て行った。
ともかく、古代文字で綴られた文章の内容は―――
ゴリテアを造る事になった理由。
そして建造計画。
必要な魔素量の確保。
そこには主要人物の捕獲計画もあった。
リファエルとエルフィンはここで騙されている事も分かり、かなり複雑な表情をしている。
あれ、いつの間に居たの?
「オリビアが居ないから代わりにね。でも、当時その理由に納得した人っているの?」
ゴリアテの建造理由。
それは当時も今と同じように魔素溜まりがあちこちに発生していて、凶悪な魔物の出現が頻発していたとの事だ。ただ、それを知っているのは天使であって、その危機感は浸透していないとも記されている。
その後に魔素の嵐が発生したとの記録は無いが、大地が揺れて亀裂の中に沈んだ事は書かれていて、内部で生き残った人達がその後も記録を続けていた事が解る。
「ムー一族が色々と情報隠していたらしいけど、その辺りの事は書いてないの?」
「あるわよ~・・・。」
ペラペラと頁を戻す。
さっき読まなかったのかな?
「聖天使と繋がりが有って、それなりに情報交換していたみたいだけど~?」
「そんな事あったかしら?」
「聖天使とは書いてあるのだけど、名前は無いの~・・・。」
「名前が無いなんて、変ねぇ・・・。」
「他の人の名前は有るの?」
「・・・封印した後は書かれてるわね~。」
「じゃあ、単純にこの記録を見られても誤魔化せるようにする為じゃないの?」
「聖天使は一人しかおらんよ。二人居るなどとは聞いた事が無いの。」
リファエルが「う~ん」と声に出して考えていてる。
「リファエルだって親がいるでしょ?他の子供とか、双子だったとか?」
「親が居るのは当たり前だけど、私以外の姉妹が居たかどうか記憶に無いわ。親よりも長生きしてしまったし、親と一緒に生活してたのもほんのちょっとだったし。それに私達以前の親って長生きしても100年程度よ。」
「なんでそんなに短いの?」
「あの頃はまだ魔法がそれほど発展していなかったのと、魔法の存在を知らない人も多くて・・・。そう考えるとムー一族はどうして魔法の存在を知ったのかしら?」
ゴリテアが発見された時点では魔素の嵐は発生した後で、既に勇者は存在するし、ギンギールも存在していたが、その地域がいつ文明を持って、いつ滅んだのかは記されていない。
「まだ自称扱いの聖天使で、確立したのがいつなのかは知らないわね。」
「当時は封印されていたって事になりますね。捜しても見つからなかった理由なんだけど、そう考えると腹が立つわ。」
ミカエルにとっては母親なのでかなり必死に捜したらしい。
「でも、聖女の話は何処にも無いね?」
「そうなの~・・・。」
「もりそばなら知ってるだろ?」
もりそばは聖女の記憶を持っている。もちろん辛い記憶も有るが、歴史的に見ればかなり重要な事も知っている筈だ。見回すと、うどんの肩に乗ったもりそばが現れ、びょんっと俺の目の前に降りた。
「あのさ、ゴリテアの事、なんにも知らなかったんだけど?」
「あ、あ~・・・。」
「トレントの時の記憶ならゴリテアに居たから有るけど、特に自分の意志でアソコにいたわけじゃないし、管理だって私がやらないと壊れちゃうから。それに、誰も人がいなかった時間の方が長いから。」
「聖女の事を考えると頭痛がするんだよな。」
「私の事を頭痛のタネみたいに言わないでくれる?」
「あ、う~ん・・・。」
「なによ?」
「直接ドラゴンから話を聞いた方が早い気がしてきた。」
フーリンとエンカが吃驚して、マリアが読みにくい文章を飛ばしつつ、説明する。
「一応だけど~、魔素~・・・溜まりが~・・・大変みたいな~?」
「それはそうなんだけど、ドラゴンが困る理由は何だろうってね?」
「魔素溜まりが出来て困る理由・・・?」
「だって純血のドラゴンは強いんでしょ?魔素溜まりから魔物が出た程度では困らないんじゃないの?」
「あ~、それ逆ね~。」
「魔物が出てこないと食べれないわ。」
魔物は食糧という考えは今の太郎達と変わらない。
「多過ぎると困るし、減り過ぎても困るって、随分面倒だね。」
フーリンとエンカが顔を見合わせている。
説明しようにもどう言えばいいのか困っているようで、うどんに纏めて抱きしめられていた。
「結局は、ゴリテアの運用目的が何だったのかで変わるんだけど。」
「それはそうねぇ~。」
ゴリテアは世界征服が目的でなければ、侵略兵器でも無かった。ただの居住空間であって、人々を魔素から守るのが真の目的であると明記されているのを見付けてはいたが、それをマリアは鵜呑みにしていない。
一つ息を吐き出すと、マリアが急に真面目な口調で語り始めた。
「そもそもの話だけど、10人がゴリテアの建造をする為に協力したとして、それぞれが全く同じ理由とは限らないのよ。一人は人々を守る為だったのかもしれないけど、他の人がそうとは限らない。造ってしまえばその運用目的を後から変える事だって出来るわ。そして、その事が記される筈はないって事が問題になるってワケ。」
その説明は自分達魔女が変えられた歴史を経験しているから言えるのかもしれない。
「完成途中に指導者が変われば・・・そういう事も有り得た?」
「残念だけど記録は無くて、私の憶測に過ぎないわ。」
「でも、納得出来る説明だと思う。」
太郎がそう言うと、同意の頷きが広がる。
それが正しいとは限らないと知りつつも、結局はドラゴンの動向で今後が決まるという事は変えられない事実だった。
■:オルト・バン
現勇者の一人
北の大地に住んでいる、普通の犬獣人
勇者だと気が付いていたが秘密にしていた
お金が無くて帰れなくて困っている
勇者の能力を消してもらって普通の生活に戻る
■:ワイバーン
飛竜種
たまにドラゴンの幼体に見間違えられて狩られる可哀想な存在
ギルドの転送装置が出来て以降も連絡手段や荷物運び、農作業に使われる
子育ての為に寒いくて険しい山に棲むが、食糧確保に麓に降りてくる
強い者に従う習性がある
数が多いので個体差も激しく、独自の言語が有る
残念な事に魔王国や太郎の近くに棲んでいなかった
■:カラー
ワルジャウ語を理解し会話する鳥
同じ種類なのに個体によって色が違う
カラフルなカラー
■:キラービー(雄殺し
超高級蜂蜜を作る蜂
人の顔ぐらいの大きさで、個体によっては妖精のようにも見える
雄の精子を搾り取って死なせてしまう為、雄殺しと言われている
太郎の村では無差別に襲わない為、魔法の使える強い魔物程度の認識に落ち着いた




