第335話 続かない平和
日々は順調に過ぎて行き、子供達はすくすくと成長している。ククルとルルクの誘惑に勝てるはずもなく、父親としては情けないと思いながらも、ナナハルからは「そういう種族」として認識されているので何も言わない。
「兎獣人の原種を囲っておるのじゃ、諦めよ。」
マナはまだしもマリナに悪い影響が無いか心配していたが、突然現れた美女にあっさり襲われて、翌朝それがマリナだと気が付いた時は、何とも言えない気分になっている。
だって、ぼんっ!きゅっ!ぼんっ!の大人だったから・・・。
「太郎もバカねー。」
その後にちゃんと説明してくれたが、言われてみればそうなのである。マナがいつでも自由に姿を変形できるのだからマリナだって可能なのだ。
突然現れた美女に誘惑されて負けるような太郎では無いのに、何の不安もなく抱いてしまったところで気が付くべき、というモノだ。
「なんかマナっぽかったもんでツイ。」
「えへへー。」
「でも一言もしゃべらなかったよね?」
「うん、そー。」
「喋ったら流石にバレるでしょ。」
それから暫く、エカテリーナが全く喋らずに誘惑してくるようになった。
なんで知ってるのさ・・・。
「スーさんに教えてもらいました。」
ニッコニコである。
ナナハルとスーとマナは慣れてしまったのか、一緒に来るようになった。4人でしか出来ない楽しみがあるらしいが、いつも最初にスーがダウンし、ナナハルが諦めて寝て、マナが最後まで付き合ってくれる流れは変わらない。
ある日の朝食を作業が大変だったのか、遅れてきた子供と一緒に食べる事になった。自分の仕事は自分でやるという教育方針のナナハルによって、手伝ってもらう事は許可されていない。
ただし大変過ぎる時はナナハルが手伝うらしい。
「おかーさんが子供が増えるかもしれないって言ってたけど、ママが他にもいるの?」
ナナコに言われた。
俺はどういう表情をしていたんだろう。
「私もパパの子供なら産んでもいいよ?」
ナナハル、タスケテ。
なんで、後方腕組みして笑ってるの。
「太郎以上の優秀な男などこの世におらんでな。」
「・・・ぐぅ。」
言い返す言葉なんて有る訳が無い。
一番良い男と褒められて、拒否しにくい。
そして、太郎は畑に逃げたのである。
コツコツと広げた畑は、果樹園が一番広くなった。何しろキラービーが毎日やってきて、咲き誇る花の蜜を採っている。受粉はどうなっているんだろう・・・?
そもそも、受粉関係なく成長させて実を付けているので、困った事が無い。キラービーに聞いてもキョトンとするだけで、いそいそと蜜集めに勤しんでいる。
畑の作物にも花は咲くので、数は少ないがこちらにもキラービーはやってくる。見た目が完全に巨大化した蜂と、人型になっている蜂とで分かれていて、人型の方は将来の女王候補にもなる。
ところで、カラー達は何をしてるのかな・・・?
「向日葵の種が頂けるので集まってるんですよ。」
すでにカラー達と仲良しになっているマリナが向日葵を咲かせて遊んでいる。
植物で遊ぶっていうのは何かおかしい気がするが、マリナがとても楽しそうなのでヨシとする。
そこへマナとうどんがやってきて巨大な向日葵をどーーん。
「無理して持とうとしなくても良いんだぞ?」
カラーとほぼ同じ大きさの種を両足で掴んでいる。飛べるはずもなく、必死で種の皮をくちばしで器用に剥いて中身を食べている。分厚い皮で、中身はパンパン。寧ろ食べきれるのか心配したが、ちゃんと仲間と分けあっている。
ホントに賢いなこいつら。
畑にある他の作物は、今日もエルフ達が収穫を頑張っていて、拡張された小麦畑は大忙しになっている。オリビアとトーマスは今日も魔王国のゴルギャンの店に隣接するパン屋へ向かうのだ。
もしかすると、この村で一番働いてるのはこの二人かもしれない。
「ほれ、出来たぞ。」
ナナハルが作ってくれたのは蕎麦と牛蒡や人参、ササガキの天ぷら。ワサビとショウガ、ネギにミョウガ、薬味も有る。海苔は手に入らなかった。エカテリーナが本を見つつメモを取りつつ、ナナハルに質問して、作り方を教わっていた。
「今度は私が作りますね!」
「うん、期待してるよ。」
エカテリーナが太郎に頭を撫でられてエヘヘっと笑っている。蕎麦はたくさん作ったので子供達だけでなく、公共食堂で、みんなで食べる事になった。ナナハルの手際は洗練されていて、割烹着姿がとても似合う。
「蕎麦職人みたいね。」
「ショクニン?」
「作るのが上手い人の事よ。」
「ほぅ。」
職人って言葉がワルジャウ語に有るのかは知らないが、ナナハルの作った蕎麦はあっという間になくなった。兵士やエルフ達にも人気が有ったのだが、一番食べたのはエンカとピュールだった。
「おぬしら、少しは遠慮せい。」
わんこそばレベルで食べまくる勢いだが、流石に無くなっては無理だ。
「もうないの~?」
「材料は有るが、これだけの人数分作るのにどれだけ時間がかかると思っておるのじゃ・・・。」
「明日からは私が作るので大丈夫ですよ。」フンスフンス
ナナハルに頼んで手伝うように言うと、小さく頷いてくれた。
「暫く蕎麦三昧に成るのぅ。」
因みに、一週間続いた。
蕎麦を毎日食べていたピュールは何故かずっと帰らず、エンカと良く話をしている。畑仕事も手伝うので文句は言わないが、純血のドラゴンが居るとみんなが不安になるので帰って欲しい。
「パパが困ってるから帰って!」
マリナと戦ってボコボコにされても、ピュールは帰らなかった。
「・・・太郎と話をさせr」ガツン
マリナに頭をグーで叩かれている。
「くそっ、なんでこんな小娘にも勝てないんだ俺は・・・。」
「太郎君に勝てるワケないのに、この子に勝とうなんて無理な話よ。」
「そんなに強いのか?」
「戦い慣れているから、太郎君ぐらい強いかもね。」
太郎は戦いがあまり好きではない事も有って、積極的に戦う事は無いが、マリナはそんな事は無い。ママ認定しているマナのように鋼の心臓じゃないかってぐらい、度胸がある。何しろピュールを素手で反撃もさせずにボコボコにしているのだ。
「パパの方が強いよ?」
「そうね。」
何故かマリナを抱いて頭を撫でているエンカは、母親気分でも味わっているのかもしれない。マリナの娘味が凄い。
「なんで戦い慣れてるんだ?」
「世界樹と太郎君の知識を使ってるんでしょうね。経験値が最初から高過ぎるのよ。」
「くそう・・・どうにかして活躍しないと立場がなあ・・・。」
「遊び過ぎたわね。」
「ぐぅ・・・。」
「そうそう、今度勇者を連れて来るけど、パパに伝えといてくれるかしら?」
「うん、わかったー。」
「良い子ねぇ・・・ピュールに見習ってほしいわ。」
勇者の事など炉端の石ころのように気にしない者達は、そのパパが迎えに来るまでのんびりと過ごしていた。
「勇者が来るって?」
「うん、そー。」
「なんで直接言わないんだ?」
「わかんないー。」
目の前にエンカが居るので聞いてみる。
「なんで?」
「太郎君が来るとは思わなかったからよ。」
迎えに来るのはスーかポチと思っていたので、頼んだらしい。
勇者は大怪我をしているが、死んではいない。
それと同時にとんでもない情報が届けられた。
「エルフの国が襲われた?」
「ああ、ワイバーンの大群という話だ。」
「それを勇者が助けたって事?」
「いや、勝手に手を出して負けそうになって逃げて来た。」
オリビアがギルドで情報を集めていて、直ぐにでもエルフ国に行きたいのかもしれない。
「行く?」
「いや、あの国の事はあの国で処理するべきだ。」
トーマスも同意していて、この村の方が大事だという。
しかし、パン作りは部下に任せて、エンカとフーリンとピュールから詳しい話を聞きたいらしい。その為に食堂に集まり、ダンダイルとトヒラも来ている。
フーリンはまだいない。
「一大事だな。」
ダンダイルの眉間にしわが多い。
ワイバーンの大群というのは、基本的に誰かに命令されたか、操られている可能性が高く、本来は家族単位で行動するとの事だ。
「それで、勇者を連れてくる理由は?」
「その勇者は北の大地に住んでいたらしいのだけど、コルドーの件で魔王国近くまでやってきて、なにもよくわからないまま帰国したっていうのよ。」
確かに辿り着けなかった勇者もいるんだろう。
そうすると他にもっと理解すらできないまま帰った勇者も沢山いるんだろうな。
「そんな北に国が有るのかね?」
「数万人が暮らす集落があるけど、国っていう方が適切よね?」
「統治者がいないの?」
「集まって暮らしているけど、統治となると責任の押し付け合いに成るから誰もやりたがらないの。」
どこかの国にも似た様な話があったな。
ダンダイルさんは天井を見詰めている。
まあ、追及をする必要が無い。
「その辺りはワイバーンも棲み処にしていて、共存していたらしいのだけど、帰国したら大半がどこかに飛び立ったって事で、けっこう困ったって話よ。」
「ワイバーンと共存?」
「ワイバーンは元々、ドラゴンのように強くは無いから、子供を育てるのに少し寒い所へ行くの。寒い方が敵が少ないから。」
「でも、結構強いんでしよ?」
太郎にとってワイバーンはドラゴンほどではないにしろ、強いイメージはある。
もちろんゲームの所為だが。
「単体ならたいして強くないわ。口から火が出せるくらいしかないもの。かなり大きければピュールと戦えるぐらいにも成るけど、基本的にドラゴンに挑めるほどの強さは無いわね。ただ、ドラゴンに飼われている事も有るから・・・。」
「あんたも飼ってたの?」
「連絡手段に使った事が有るくらいよ。その時のワイバーンの大きさはポチより小さいぐらいだし。」
話を必死でメモしているトヒラとは対照的に、腕組みして動かないダンダイルが質問する。
「ワイバーンが意図的に送り込まれたという事かね?」
「かもね。それで一つ訊きたいのだけど、太郎君達のやっている世界樹を各地に植えるってどのくらい進んでいるの?」
最近はポチとスーとマナとマリナを連れた5人で移動して植えているが、進捗でいうと、魔王国周辺の山岳地帯に数本と、エルフ国に一本。ハンハルトに追加で三本、コルドーにもコッソリと郊外に植えていて、ガーデンブルクにも一本ある。他にも人のいない場所に何ヵ所か植えていて、迷いの森の中にもある。ギンギールと鬼人族の町にも植えようと考えているトコロだ。
「それって魔素溜まりの有った場所よね?」
「そうよ。」
「効果は?」
「ほぼ無いわね。周辺が少し綺麗になるかなって感じ。まあ、波動が出ていれば問題ないし、小さいなら小さいなりの効果しかないのよね。」
「何処か変わったところに植えないの?」
「変わったところかどうか知らないけど、シルバに頼んで周囲数キロ人気のない場所を適当に選んでもらって植えたくらいかな。」
しゅるるっ!
「はい、特に魔物も少なく魔素が濃い場所です。」
出現に遠慮のないシルバが答えた。
「魔素の濃度で悪意も生むけど、必要な者達も居るのよ。」
「必要な者達?」
「ドラゴンよ。」
「ドラゴンは魔素を必要としているの?」
「私はハーフドラゴンだから関係ないけど、純血なら知ってるんじゃないかしら。まあ、私に相談するくらいだから期待は薄いけど。」
そのピュールはマナに大人しくされていて、マリナにも頭を撫でられて顔が真っ赤だ。性格さえ悪くなければ良い子なんだろうな。
性格さえ・・・。
「フーリンの方が詳しい?」
「どうかしらね?」
マナとマリナをどうにか振り払って、ピュールは椅子に座った。
深く息を吐き出して、こちらに視線を向ける。
「ドラゴンはこの世界の守り神だったのは知ってるよな?」
「しらなーい。」
マリナがまっすぐに元気よく答える。
マナ以外も似た様な反応だ。
エンカだけが頷いている。
「ドラゴンに興味なさ過ぎじゃないか?」
「特に興味ないわ。やって来たのがたまたまハーフドラゴンだったってだけよ。」
「世界樹レベルだとそうなりそうね。」
どういうレベルなんだろう?
「じゃあ、エルフの国を襲った理由は?」
「運用試験ってところかしら?」
「ナニソレ。ワイバーンが命令通りに行動するかどうかをエルフの国を攻める事で実験したって事?」
「ドラゴンにとって自分達以外の生物に興味は無いわ。」
「それで守り神を謳っていたのか。」
「単純に強さを示す意味しかないわ。」
「エルフの国の被害ってどうなの?」
オリビアに視線を向けると応じる。
「追加情報はまだ来ていないが、大きな被害は無いと思う。さっきも言ったがワイバーンはそれほど強くない。それこそ単体ならここの兵士3人いれば倒せる。」
強さの基準がわからん。
今度はトーマスが口を開く。
「魔法に弱いし、負けると分かれば直ぐ逃げるし、闘争本能は低いと思うぞ。昔はワイバーンを使って手紙や荷物を運ばせるぐらい従順だったしな。」
「人でも飼える程度なんだ?」
「たまにとんでもない強さのワイバーンが出現する事も有るが、そういう時は天使達が倒しているな。」
「なんで天使が?」
「ワイバーンの肉は美味いんだ。家畜にして卵を食べていた事も有る。」
「ひょっとしてミカエル達が助けたのかな?」
「被害が少ないというのなら天使達が介入した可能性は有る。あれでも一応エルフ達と無縁ではないからな。」
「へー、何かの縁は有るんだ?」
太郎がシルバを見詰めると、すうっと消えた。
数秒後にドアが開いて吹き飛んだ。
「ちょっと、食事中に無理やり連れて来ないでよ!」
吹き飛んだドアがすぐに修復されて元に位置に戻る。
あれ、誰がやったん・・・マリナだ。
「誰?!」
マナにベシッと叩かれている。
マリナにバシッと叩かれている。
「ちょっと、何なの・・・またとんでもないのが増えて・・・?」
マリナを見詰めると、ふんわりと柔らかい笑顔になる。
「やっぱりこの子は可愛すぎるわ!ちょうだい!」
「ダメよ、太郎と私の子供なんだから。」
「うん、そー。」
「ぐぬぬ。」
今のミカエルでは話が進まないので、とりあえず中断された食事をココで再開させる。エカテリーナがニコニコして料理を出すと、椅子に座って、照れながら、怒りながら、頬を赤くしながら、食事を始めた。
■:ピュール
若い純血のドラゴン
馬鹿だけど素直なクソガキの男
マナの波動は感知できないがその波動をモロに受ける
太郎はライバル(太郎はそう思っていない
マリナに負けた
■:エンカ
竜人族の女性
ハーフドラゴン
今は太郎の村に住んでいる




