第334話 順調な経営
太郎は今日も畑で作業をしている。
木陰で休憩すると、ベヒモスがチョロっとやってきて、膝に座る。小さくて軽いから良いんだけど、周囲の草がモシャモシャ生え、サブトンのようになる。
たまに生え過ぎて足に絡んで来るけど。
「ぱぱ~、つかれたー?」
「ちょっとねぇ~。」
マリナが背中から抱き付いてきて、頭をナデナデしてくる。
マリナの身長では太郎が座らないと届かないのだが、浮けば解決なのでは?と、言うのは野暮なのかもしれない。
「それにしてもさ、マナの能力も有って、魔力のコントロールもちゃんとしてるね?」
休んでいる太郎達とは別に、エルフ達が収穫した野菜をせっせと運んでいて、となりの果樹園では、リンゴとナシとカキとブドウとモモとパナップル・・・季節感って何だろう?そんな疑問すら持たなくなった者達が、こちらもいそいそと運んでいる。
今収穫している食べ物は全てマリナが急成長させたモノなのだ。
それらの積み込みが終わったら、太郎達も貨物車の後ろにある客車に乗って一緒にアンサンブルへ向かう予定だ。行ってもたいした用事は無く、店の様子とフーリンさんの所へ行くぐらいしか選べない。一応、カジノとかお城とか、行こうと思えば行けるが、余計な事を教える必要も無いだろう。マリナの好奇心は無限大だからなぁ。
その好奇心よりも気になる事がある。
「もしかして瞬間移動もできるの?」
「パパが出来ないからできないよぉ~。」
俺が出来たら出来るって何なん?
「それにしては移動が速いよね?」
「うどんと似た様な事が出来るよ。」
「うどんかぁ・・・。」
確かにうどんも神出鬼没だ。
なんだかよくわからない説明受けたけど、マリナは説明できるのかな?
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
ダメだった。
邪魔なベヒモスの首掴んで退かすと、そこにマリナが座る。
ただ見つめ合って抱き合っただけだ。
ベヒモスに睨まれた。
なんで俺を睨むの。
「どうした?」
「とんでもない化け物を生み出したんだな・・・。」
「俺の子だぞ?」
「そうだな。」
ベヒモスはイロイロと諦めて逃げて行く、その方向からオリビアがやって来た。
「積み込みが終わりましたので、そろそろ行きますか?」
タイムスケジュールとか時刻表とか無いので、太郎が乗らないと発車する事は無い。今回は子供達も付いてこないので、ナナハルも来ない。スーとポチも来ないので、マナとマリナの三人だけになる。エカテリーナは特に言わないと付いて来る事は無い。
オリビアは管理責任者として普段から乗っているそうだ。
「マナは何処?」
「世界樹様でしたら既に乗っています。」
「じゃあ、行こっか。」
「うん。」
マリナは太郎に抱き付いたまま動かないのでそのまま立ち上がる。マナ同様とても軽いが、いつでも変えられるらしい。
まあ、重くても困るからこのままでいいナ。
今日も元気に活動する鉄道建設反対運動は規模が少しずつ小さくなっていく。そもそも、ゴルギャン母娘と従業員達はマリナと初対面だったが、特に違和感なく受け入れられた。いきなり新しい子供だと言って何とも思わない訳でもないのだが、有力者や貴族等ではそういう事も有り得るので、逆に受け入れない方がオカシイらしい。
「それが普通なんですよ。」
「ドーゴルさんは子供がいないんですか?」
その質問をすると、給仕をしていた従業員が逃げ出すように姿を消した。
「妻もいないのに作れませんよ。」
「まだ無理かもねー。」
マナではなくマリナの言葉だ。
「まだって、いずれ可能って事?」
「うん、そー。」
「太郎君のように魔法で人を造れると?」
「マリナも出来る?」
「出来るよー!」
テーブルの上に小さな人・・・妖精?が現れた。
「魔力が足りないからちっちゃいなー。」
「え、え、え?」
珍しくマナが驚いている。
「ママも出来るじゃん。」
「出来るけど、私の場合はみんな私の分身になるだけよ。太郎は完全に意思を切り離してるけど・・・。これも太郎と同じ魔法じゃないの。」
「・・・!」
背中に羽根の付いた小さな人が何か喋ろうとしているが、声が小さくて聞こえない。
「パパの魔力借りたら喋れるよ。」
「どうやって貸すの?」
「手の上に乗せたらいいよ。」
掴むのは遠慮しておこう。
何しろ、小さくても全裸だから。
手のひらを目の前に差し出すと、その上に小人が乗った。
「よいショっと。」
それが第一声で良いのかね?
「私の記憶はパパとママの記憶を引き継いでるから、この子にも同じ能力があるよ。」
「とんでもない事ですね。」
魔王が驚いている。
「そんなにポンポンと気軽に人造されても困るんですが?」
「それはそうだね。」
「じゃー戻すね。」
マリナが太郎の手のひらの上に居る小人を掴むと消えた。
なんか、寂しい。
「魔力を戻しただけだよ。」
「じゃあ、俺が同じ事をしたらマリナは消えるのか?」
「うん、そー。」
「それ危ないから、そうならないように何とかできない?」
触れただけで間違って消してしまったら心のダメージで耐えられないぞ。
「パパは私の事を消えないように願ってるから消えないよ。ママもそう思ってる。それにパパの手のひらに乗っても消えなかったでしょ。」
確かに。
「あんた、私達の事を理解し過ぎじゃない?」
「そんなことないよー、産まれた時から後の事は解んないもん。」
「しかし、なぜ造ったんです?」
「最初はリンゴの木を作るつもりだったんですけどね・・・。」
「あー、りんご、りんご。リンゴなら出せるよ。」
立ち上がるとスカートの中に手を入れて取り出す。
確かにリンゴに見える物体を取り出したけども、なんでそこから取り出す必要があるんですかねぇ。
魔王の笑顔が引き攣っている。
そりゃそうだ。
俺も食べたいとは思わない。
「リンゴの木がどうしたら人型に成るんでしょう?」
そっちに驚いたのかい。
「リンゴなら私がいつでも育てるわよ?」
さりげなく渡されたリンゴをマナが受け取って、ぱくッと一口。
「うん、ちゃんひょりんふぉふぇ。」
食べながら喋らないでくれ。
「しかし、リンゴしか出せないにしても、食べ物を生成可能な人なんてとんでもない事ですよ?」
「リンゴ味で良ければはちみつも出るよ。」
その蜂蜜は何処から出るのかな?
その、ニコニコしながらスカートをたくし上げるのやめなさい。
マナも対抗しないで。
魔王様が凄く困ってるよ。
「お願いですから、売り物にしないで下さいね。」
太郎と魔王は固い約束を交わした。
妙な結束をしたドーゴルは疲れた表情で城に帰り、その後に太郎達はフーリンのところでポーション用の薬草を育てると、暇になってしまう。お城に行くのは面倒な事になりそうなので止めておくとして、カジノとか連れて行く理由もないし、後は商店街ぐらいしかない。マナとマリナが好き勝手歩き回るのを追いかけて散歩していると、冒険者のような衣服を着た男がウロウロするような場所に来てしまった。
周りからの視線を感じる。
「ちっ、子連れか。」
なんで知らない男に舌打ちされたんだ?
てか、ふらふら歩いてたらココどこだ?
「ここって以前に来た事あるわね。」
そう言われて周囲を見ると、確かに覚えがある。
「あー・・・ココってあれか、ワンゴと戦った場所か。」
「いろんな人に見られてるよ。」
「ホントね。」
マナとマリナは何かが分かる様だ。
でも、俺も何となく分かる。
ここは治安が悪いのだ。
「町外れだったな。」
「遊んでく?」
「いちいち相手しないで、オリビアさんの所に戻ろう。」
「そうね。」
3人がスッと姿を消すと、人相の悪い男達が消えた場所に向かって集まってくる。
「なんなんだ、あいつら・・・?」
「良いカモだと思ったんだけどな。」
「他、探そうぜ。」
諦めて去って行く男達は、明日の食事にも困る生活をしていて、泥棒を生業としていた。しかし、最近は治安が良くなり、ワンゴの部下というハッタリも効き難い。町外れに出来た新しい店には、エルフが店を出していて、開店当初はかなりの男達が夜な夜な店を襲いに現れたが、その夜のうちに全てが撃退されていた。エルフ本人も標的にされたが、あの村で生き抜いてきた彼等にとって町のゴロツキどもは敵にもならなかったのだった。
そして、その事実はほとんど知られていない。
エルフ達は、治安の悪さとは無関係に普段通りの生活をしている。特にオリビアは周囲の住民達の理解を得る為に苦心していた。
薄暗い森の中で生活していた頃と比べれば今はとても安全で、自分達以外の生物が人の姿をしているだけでも安心する。それが街中ではエルフを見るだけでソッポ向くような連中を相手にする訳だから、特に悪人ではなくても、集まった人々がエルフに害を及ぼす敵になりかねない。
それらを注意深く観察し、仲良くなるべき相手を探していたのだが、意外なところからあっさりと見つかった。
従業員として働いている子供達である。
店は隣なので、休憩時間は子供達とよく話し、そしてそのまま母親達とも話をし、その夫達に広がると、一気に親睦を深めた。今では兵士も守ってくれるし、朝夕にパンを買ってくれる。
買ってくれた客の主婦達からは心配するような声がある。
「こんなに美味しくて安いなんて私達は嬉しいけど、他のパン屋が潰れないかしら?」
「それは努力次第だろう。」
オリビアが一蹴する。
素材は確かに太郎の村で出来た小麦だが、この小麦は魔王国内で流通している。エルフ達だけが特別な小麦ではなくなっているのだ。
「まあ、我々にも秘伝というモノが・・・。」
「あるの?!」
「ない。」
ビックリして目を見合わせると、笑いがこみ上げてくる。
種族は違っても笑い合えるという、オリビアにとって最高の瞬間だ。
だが、こんな時にも、いやらしい視線には気が付いてしまう。
笑顔がピタッと止まると、その表情に恐怖を感じる。
「どうしたの?」
「見られている・・・。」
すると、店の奥からトーマスがエプロンを綺麗に畳んでから店を出て行き・・・。
「ふむ。」
「大丈夫なの?」
「うむ。安心して良い。」
優しい笑顔に安堵のため息が出る。
エルフ達は美男美女が多い。
その所為で客の夫や妻、恋人から睨まれる事も有るが、もちろん手を出すようなことは許さない。誘われたとしてもだ。そして、それがより信頼度を高めていくのだという事も、オリビアは知っている。
知っていて苦労をしているのだが、戦う事しか知らなかった時代と比べれば、充実した人生と言えるだろう。労働に汗を流している事が、たまに戦いたくてうずうずしてくる身体を、きっと忘れさせてくれるだろう。
オリビアの元部下で、銀髪の志士として戦ってきたトーマスも、戦いに身を置いていた事を忘れつつあった。
太郎達が戻って来たのはやはり町外れだが、こちらは治安がかなり良い。魔王がお忍びでやってくるという噂も有って、兵士も良くウロウロしている。それはゴルギャンの店の常連だったり、近くの住人達だったりで、旅人や冒険者はかなり少ない。
フーリンの店の方には近くに公園が有って、宿に泊まれなかった冒険者連中が今日も屯している。少し場所が変わるだけでも治安はかなり変わるのだ。
「おや、太郎殿。散歩は楽しめましたか?」
店の前でトーマスが出迎えてくれた。
「いろんなものが沢山あったよね!」
マリナが満面の笑顔で返事をすると、トーマスも笑顔になった。
子供の笑顔って幸せになるよね。
あー、うんうん。
マナもね。
子供ではないけど。
店内では閉店作業をしているが今日は売れ残りがあるらしく、大きな木のトレイにパンが積まれていた。だが、困っている様子はない。いそいそと裏口へ向かって行く。
「太郎殿。」
オリビアに声をかけられたので振り向くと、神妙な面持ちで見詰めてくる。
「済まないが見逃して欲しい。」
「何の事?」
裏の方からワイワイと賑やかな子供達の声が聞こえ、その子供達がパンを一つ持って走り去っていく姿が見える。
「そういうのは俺に言わなくてもいいよ。オリビアさんの裁量でやって。」
「ああ、ありがとう。」
「あの子供達って、やっぱり親に問題があるとか?」
「いや、元コルドー教会の孤児達だ。」
コルドー教は現在、存在しない。
魔王国内でのコルドー教は全て改宗し、昔ながらのシルヴァニードやウンダンヌを信仰しているという。サラマドーラやグーノデスは人気があまりないが、火を扱うトコロなら信仰する者もいるらしい。
「流石にもうコルドーを今でも信仰している人はいないか。」
「当初、国が無くなった事を信じられずにコルドー教を続ける者もいたようですが、コルドー教徒を名乗るだけで冒険者達から総攻撃にあったそうです。」
あの一件で被害にあった者は多い。コルドーの名を聞いただけでも怒りがこみ上げるような状態で、その結果、経営困難に陥り、孤児達が散ってしまったという。コルドー教を捨てた他の孤児院も収入が激減していて、魔王国に援助を求めているらしい。
もしかして魔王が良くここに来るのは調査も兼ねているのかな?
「それ、俺にも責任ありそうだから、今度直接言っておくよ。」
「太郎殿が言えば通りそうですなあ。」
トーマスが苦笑いしているトコロを見ると、直接言った事が有るんだと思う。
「なんでも、資金をひねり出すアテが無いそうでどうにもできないとか。」
「難民だけでもかなり大変だったと。」
「あ~・・・。」
どうするべきか悩んでいても簡単に答えは出ない。そこへパンを持た男の子と女の子が駆け寄ってくる。太郎に向かってではなく、オリビアとトーマスに向けて叫ぶように言った。
「おじさん、おばさん、ありがとぉー!」
そして、何故か顔を赤くしている。
トーマスとオリビアも少し頬を赤くして、トーマスが男の子を、オリビアが女の子の頭を撫でた。
耳まで真っ赤になった子供は走り去っていく。
「いいんじゃない?」
「ねー。」
マナとマリナが納得したように言うと、太郎も同意した。




